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第六章 一人の少女と一匹の猫
14 マリエは王都へ向かうのか……
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「ええ、承知しております。ですので、側近につける前に、少し世界を見せて見聞を広げさせようと思ったのです」
司祭はすまなそうに、「殿下には申し訳ないのですが……」と頭を下げた。
「そこまでする必要はあるのか? できれば準成人の期間は侍女教育を受けてほしいのだが……」
侍女兼護衛にするつもりだったラディムとしては、マリエには準成人を期に宮殿に入って、見習い侍女として働いてもらうつもりだった。ラディムが騎士団の寮での任期を終えて宮殿に戻り次第、そのまま傍付き侍女にするために。
「王都滞在中に教育を受けられるよう手配をしております。マリエは優秀です。ただ侍女教育を施すだけではもったいない。今、劣勢に立たされている王国の世界再生教会の実情を見せて、いろいろと考えてほしいと思うのです。殿下の側近として仕えれば、図らずも宗教問題に直面することになるはずです。将来の世界再生教を背負って立つ導師の一人としても、しっかりと世界での教団の実情を、知ってもらいたいのですよ」
司祭は暖かなまなざしをマリエに向けた。
王都滞在中に侍女教育もさせる。見聞が済めばミュニホフに戻る。司祭はそう説明する。
「そういうことか……。わかった」
準成人後の騎士団寮滞在中にマリエに会うのは厳しいだろうし、王都であってもきちんと侍女教育がなされるのであれば、ラディムがこれ以上文句を言う筋合いはないのだろう。確かに、世界を知ることはマリエの将来にもプラスだと思えた。
「マリエ、しばらく会えなくなるが、しっかり頑張ってくれ。私も頑張ろう。お前にバカにされないように、な」
再開した時に、マリエとの実力差が開いていたら恥ずかしい。騎士団に入っても自主鍛錬は怠れないとラディムは胸に刻んだ。
「はいっ! 私も、殿下に追いつき追い越せの勢いで、しっかり務めを果たしてきます!」
マリエはうつむかせていた顔を上げると、精いっぱいの声を張り上げる。マリエの瞳は、燃え上がるように輝いて見えた。
「では、残された時間も少ない。早速研究の続きをやろうか」
互いに決意の言葉を掛け合ったところで、ラディムは話題を変えた。
今日の当初の目的も果たさないといけない。この後にはエリシュカの実家でミアに会う予定もあるのだ。いつまでもおしゃべりをしていては、研究もせずに日が暮れてしまう。
いつものとおり、ラディムはマリエに手を引かれて、奥のマリエの自室へと向かった。
「この一週間の成果を見せますね、殿下。これなんですけれど……」
マリエは机の引き出しから、丸い毛糸球を取り出した。
渡された毛糸球を、ラディムは恐る恐る触りながら確認した。マリエの『生命力』が充満している。属性は……風だろうか。
「おおっ、これはすごいなマリエ!」
見事なマジックアイテムだった。
『生命力』を込めて相手に投げつけると、毛糸球の毛糸がほぐれ透明化し、相手をがんじがらめに拘束するとマリエは説明する。
「これなら格上相手を拘束することもできます。生け捕りが必要な相手に、大変有効かと思って」
褒められたマリエは、フンっと鼻を鳴らしながら胸を張った。
「うんうん、こいつは使える。マリエ、やはり君はすごいよ。魔術の天才だな」
敵を殺さずに無力化できる。軍隊や街の警備隊など、需要はたくさんありそうだった。ただ、発動に『生命力』を要するため、どうしても『生命力』持ちとセットにしなければならないのが難点ではあるが。まあ、そこは運用次第となるだろう。
「そ、そんな……。殿下、褒めすぎです」
マリエは体をよじって照れている。顔が真っ赤だった。
「そんなことはない。こと、魔術に関してはもうお前にはかなわないだろうな。確かに生命力の絶対量は私のほうが多い。だが、扱い方はどう見てもマリエのほうが一段上だ」
今のラディムでは、同じものを一週間以内に作れと言われても作れる自信がなかった。『生命力』での絶対量はマリエのほうが圧倒的に低いのに、マリエはその少ない生命力を巧みに扱うすべを心得ていた。繊細な魔力調整は、断然ラディムよりも上をいっていた。
「ありがとうございます、殿下!」
パッと満面の笑みを浮かべ、マリエは飛び上がった。
その晩――。
(なんだこれは……。夢、か? やけにはっきりとした夢だ)
ラディムは不思議な夢を見た。いや、これは夢なのだろうか。いやに意識がはっきりしていた。
目を前方に向けると、四人の若者の姿が見えた。
大柄の戦士風の男。深緑色のローブを着込んだ細身の青年。長く奇妙な形をした槍を持つ少女。大型の弓を手に持つ女性。
(あれは? 私の知らない者たちだな)
全員がラディムの知らない人間だった。だが、なぜか沸き起こる既視感。
ローブの男の傍らには四匹の動物の姿が見える。黒毛の子犬、トラ柄の子猫、首元が玉虫色にきれいに輝く鳩、栗毛の仔馬。
(それに、あの猫……。ミアにそっくりじゃないか?)
トラ柄の子猫は、エリシュカが飼っている例の子猫、ミアに瓜二つだ。柄の模様がほとんど同じに見えた。
(なんだろう、初めて見るはずの光景なのに、なぜか懐かしく感じる……)
若者たちはどこかの建物の中にいた。目の前には金に輝く巨大な扉が行く手を阻んでいる。
施された細工をよく見ると、世界再生教で悪の化身とされる龍がかたどられていた。
ローブの青年が他の3人に何やらつぶやくと、その金の扉をゆっくりと押し開き始めた。
――そこで、夢から醒めた。
気が付いたら、いつもの宮殿のベッドの上だった。
「やはり夢……。なんだったんだ……」
汗でべっとりと寝間着が肌に張り付いている。
ラディムは頭を振り、意識を覚醒させた。所詮は夢、あまり深く考えても仕方がないと思い、ベッドから這い出た。
もう二度寝をするような時間でもないので、エリシュカを呼び早々に着替えることにした。
まもなく準成人の儀、準備しなければならないことは、それこそ山ほどある。せっかく早起きをしたのだ、時間を有効に使おうじゃないか、とラディムは動き始めた。
司祭はすまなそうに、「殿下には申し訳ないのですが……」と頭を下げた。
「そこまでする必要はあるのか? できれば準成人の期間は侍女教育を受けてほしいのだが……」
侍女兼護衛にするつもりだったラディムとしては、マリエには準成人を期に宮殿に入って、見習い侍女として働いてもらうつもりだった。ラディムが騎士団の寮での任期を終えて宮殿に戻り次第、そのまま傍付き侍女にするために。
「王都滞在中に教育を受けられるよう手配をしております。マリエは優秀です。ただ侍女教育を施すだけではもったいない。今、劣勢に立たされている王国の世界再生教会の実情を見せて、いろいろと考えてほしいと思うのです。殿下の側近として仕えれば、図らずも宗教問題に直面することになるはずです。将来の世界再生教を背負って立つ導師の一人としても、しっかりと世界での教団の実情を、知ってもらいたいのですよ」
司祭は暖かなまなざしをマリエに向けた。
王都滞在中に侍女教育もさせる。見聞が済めばミュニホフに戻る。司祭はそう説明する。
「そういうことか……。わかった」
準成人後の騎士団寮滞在中にマリエに会うのは厳しいだろうし、王都であってもきちんと侍女教育がなされるのであれば、ラディムがこれ以上文句を言う筋合いはないのだろう。確かに、世界を知ることはマリエの将来にもプラスだと思えた。
「マリエ、しばらく会えなくなるが、しっかり頑張ってくれ。私も頑張ろう。お前にバカにされないように、な」
再開した時に、マリエとの実力差が開いていたら恥ずかしい。騎士団に入っても自主鍛錬は怠れないとラディムは胸に刻んだ。
「はいっ! 私も、殿下に追いつき追い越せの勢いで、しっかり務めを果たしてきます!」
マリエはうつむかせていた顔を上げると、精いっぱいの声を張り上げる。マリエの瞳は、燃え上がるように輝いて見えた。
「では、残された時間も少ない。早速研究の続きをやろうか」
互いに決意の言葉を掛け合ったところで、ラディムは話題を変えた。
今日の当初の目的も果たさないといけない。この後にはエリシュカの実家でミアに会う予定もあるのだ。いつまでもおしゃべりをしていては、研究もせずに日が暮れてしまう。
いつものとおり、ラディムはマリエに手を引かれて、奥のマリエの自室へと向かった。
「この一週間の成果を見せますね、殿下。これなんですけれど……」
マリエは机の引き出しから、丸い毛糸球を取り出した。
渡された毛糸球を、ラディムは恐る恐る触りながら確認した。マリエの『生命力』が充満している。属性は……風だろうか。
「おおっ、これはすごいなマリエ!」
見事なマジックアイテムだった。
『生命力』を込めて相手に投げつけると、毛糸球の毛糸がほぐれ透明化し、相手をがんじがらめに拘束するとマリエは説明する。
「これなら格上相手を拘束することもできます。生け捕りが必要な相手に、大変有効かと思って」
褒められたマリエは、フンっと鼻を鳴らしながら胸を張った。
「うんうん、こいつは使える。マリエ、やはり君はすごいよ。魔術の天才だな」
敵を殺さずに無力化できる。軍隊や街の警備隊など、需要はたくさんありそうだった。ただ、発動に『生命力』を要するため、どうしても『生命力』持ちとセットにしなければならないのが難点ではあるが。まあ、そこは運用次第となるだろう。
「そ、そんな……。殿下、褒めすぎです」
マリエは体をよじって照れている。顔が真っ赤だった。
「そんなことはない。こと、魔術に関してはもうお前にはかなわないだろうな。確かに生命力の絶対量は私のほうが多い。だが、扱い方はどう見てもマリエのほうが一段上だ」
今のラディムでは、同じものを一週間以内に作れと言われても作れる自信がなかった。『生命力』での絶対量はマリエのほうが圧倒的に低いのに、マリエはその少ない生命力を巧みに扱うすべを心得ていた。繊細な魔力調整は、断然ラディムよりも上をいっていた。
「ありがとうございます、殿下!」
パッと満面の笑みを浮かべ、マリエは飛び上がった。
その晩――。
(なんだこれは……。夢、か? やけにはっきりとした夢だ)
ラディムは不思議な夢を見た。いや、これは夢なのだろうか。いやに意識がはっきりしていた。
目を前方に向けると、四人の若者の姿が見えた。
大柄の戦士風の男。深緑色のローブを着込んだ細身の青年。長く奇妙な形をした槍を持つ少女。大型の弓を手に持つ女性。
(あれは? 私の知らない者たちだな)
全員がラディムの知らない人間だった。だが、なぜか沸き起こる既視感。
ローブの男の傍らには四匹の動物の姿が見える。黒毛の子犬、トラ柄の子猫、首元が玉虫色にきれいに輝く鳩、栗毛の仔馬。
(それに、あの猫……。ミアにそっくりじゃないか?)
トラ柄の子猫は、エリシュカが飼っている例の子猫、ミアに瓜二つだ。柄の模様がほとんど同じに見えた。
(なんだろう、初めて見るはずの光景なのに、なぜか懐かしく感じる……)
若者たちはどこかの建物の中にいた。目の前には金に輝く巨大な扉が行く手を阻んでいる。
施された細工をよく見ると、世界再生教で悪の化身とされる龍がかたどられていた。
ローブの青年が他の3人に何やらつぶやくと、その金の扉をゆっくりと押し開き始めた。
――そこで、夢から醒めた。
気が付いたら、いつもの宮殿のベッドの上だった。
「やはり夢……。なんだったんだ……」
汗でべっとりと寝間着が肌に張り付いている。
ラディムは頭を振り、意識を覚醒させた。所詮は夢、あまり深く考えても仕方がないと思い、ベッドから這い出た。
もう二度寝をするような時間でもないので、エリシュカを呼び早々に着替えることにした。
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