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第七章 封じられた記憶
7 優里菜を信じ切ってもいいのか?
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「明日、母上と話すにあたって、あなたに言っておきたいのだが」
これまでのやり取りで、ラディムが感じた優里菜の性格。精神面が不安定な母にそのまま相対させるのは、正直不安だった。
優里菜は少し、自由奔放なきらいがあるとラディムは見ていた。不用意な発言が飛び出しかねない。
(あー、ラディム君。そんなにかしこまらなくてもいいよ。確かに私はあなたの母だけれど、歳も近いんだし、もっと砕けて話してほしいかな)
ラディムがずっと他人行儀な喋り方をしていたのが、優里菜の気に障ったのだろうか。
「じゃあ、優里菜、でいいか?」
ラディムとしてもそれほど抵抗のある提案ではなかったので、素直に応じた。
(うん、それでオッケー)
少しうれしげな声を優里菜はあげる。
「で、明日なんだが、私が母上と話している間、割り込んで表にでしゃばるような真似はしないでほしい」
言い含めるように、ラディムは少し強めの声を上げた。
(別に、そんなつもりはもともとないよ?)
少し不満げに優里菜は答える。
「それならばよいのだが……。間違っても精霊を肯定するような言動を、母上の前でするわけにはいかなくてな」
母に激昂されて話がこじれると困る。
(それほど、あなたのお母さんは精霊を憎んでいるの?)
少し困ったように優里菜は尋ねた。
「亡くなった夫の敵とすら思っている。下手に藪をつつくと、まぁとんでもないことになるよ」
(くれぐれも気を付けるわ……)
優里菜は「怖い怖い」と、声を震わせる。
(私、前の世界の記憶があるから、どうしても精霊に否定的な立場はとれないんだよね。あなたのシステム上の父だったカレルなんて、世界一の精霊使いとまで呼ばれた人だったから、余計に、ね)
少し懐かしさと愛しさを含ませた声で、優里菜はつぶやいた。
わざわざ自らの転生素体の父に選んだ男だ。優里菜はそのカレル・プリンツという男に恋い焦がれていたのだろう、とラディムは思った。
「しかし、優里菜やヴァーツラフが精霊を善と考えている点が、私にはいまだに信じられない。まったく逆の話を、幼いころから延々と聞かされてきたからな」
ラディムはため息を漏らす。
ザハリアーシュら教育係から散々教えられてきた邪教としての精霊教。帝国としても精霊教の排除に掛かっている。優里菜の話を頭から信じろと言われても、ラディムの心の奥深いところで、否定しようとする気持ちが渦巻く。
(今、無理に飲み込もうとしなくてもいいよ。徐々に、分かり合いましょう?)
「そうだ、な……」
優里菜の言葉にラディムは首肯した。だが胸中では、本当に分かり合えるのだろうかという不安がうごめいていた。
その夜――。
優里菜の人格は完全に眠りについていた。一人、ラディムは考える。
(優里菜からは徐々に分かり合おうといわれたが、今までの母上のことを思うと……)
今の母の支えは、夫カレル・プリンツの唯一の忘れ形見、ラディムだ。そのラディムが、母の憎む精霊教に肯定的な態度を取れば、いったいどうなるだろうか。
母の心は、完全に折れてしまうのではないか?
(私は母上を裏切ることはできない。精霊教を認めることができない)
発狂する母を、見たくはなかった。
(ギーゼブレヒト家の人間として、帝国臣民の上に立つものとして、精霊を認めるわけにはいかないのだ)
ベルナルドやミュニホフの市民の前でも宣言をしたばかりだ。精霊教をこの世界からなくし、世界の崩壊を防ぐ、と。
帝国臣民はみな、精霊が世界を崩壊させると信じている。そこにラディムが、実際は違うと言い出したところで、ただ乱心したと思われるのが関の山。最悪、辺境伯家の血筋という事実から、フェイシア王国のスパイだと糾弾もされかねない。
(このまま、優里菜の話に耳を傾け続けてもいいのだろうか……)
ラディムは、このままでは身の破滅を招きそうな予感がした。
(私は私で、今までコツコツと積み重ねてきた人生がある。私自身の思いに従って、行動すべきではないのか?)
ラディムの人格としては、やはり素直に精霊教を肯定できない。積み上げられてきた経験、知識、そのどれもが、世界再生教を善とし、精霊教を悪とするものだった。今までのラディムの全否定になる。
(二か月で、優里菜と人格がまじりあうと言っていた。それまでに、優里菜を説得して世界再生教の教義に納得してもらうべきではないか?)
ラディムが折れるのではなく、優里菜が世界再生教側に歩み寄る方がよいのではないか、と思い始めていた。
それですべては今までどおりだ、丸く収まる。帝国の人間として、ギーゼブレヒト家の一員として今後も生きていくためには、それ以外ないのではないか。
優里菜の記憶の知識自体は有益だ。ラディムの知らない貴重なものがたくさんあった。なので、優里菜の人格を全否定するのも、それはそれで損だ。うまく優里菜を乗せて、誘導すべきだ。
(宗教は大きな問題だ。このまま優里菜と意見を異にしたままで、果たして私は優里菜とうまく一つになれるのか?)
人格を形成する上で大きな影響を与え得るであろう宗教心の部分で、お互いに反目しあっていては、とても人格の統合など果たされるとは思えなかった。
であるならば、ラディムの臨む形で人格統合をなすためにも、当面は優里菜の説得にも力を裂かねばならないと、ラディムは心に刻んだ。
(まぁ、何はともあれ、まずは明日の母上との話し合いだな)
ラディムは一つ大きく深呼吸をし、ベッドにもぐりこんだ。
これまでのやり取りで、ラディムが感じた優里菜の性格。精神面が不安定な母にそのまま相対させるのは、正直不安だった。
優里菜は少し、自由奔放なきらいがあるとラディムは見ていた。不用意な発言が飛び出しかねない。
(あー、ラディム君。そんなにかしこまらなくてもいいよ。確かに私はあなたの母だけれど、歳も近いんだし、もっと砕けて話してほしいかな)
ラディムがずっと他人行儀な喋り方をしていたのが、優里菜の気に障ったのだろうか。
「じゃあ、優里菜、でいいか?」
ラディムとしてもそれほど抵抗のある提案ではなかったので、素直に応じた。
(うん、それでオッケー)
少しうれしげな声を優里菜はあげる。
「で、明日なんだが、私が母上と話している間、割り込んで表にでしゃばるような真似はしないでほしい」
言い含めるように、ラディムは少し強めの声を上げた。
(別に、そんなつもりはもともとないよ?)
少し不満げに優里菜は答える。
「それならばよいのだが……。間違っても精霊を肯定するような言動を、母上の前でするわけにはいかなくてな」
母に激昂されて話がこじれると困る。
(それほど、あなたのお母さんは精霊を憎んでいるの?)
少し困ったように優里菜は尋ねた。
「亡くなった夫の敵とすら思っている。下手に藪をつつくと、まぁとんでもないことになるよ」
(くれぐれも気を付けるわ……)
優里菜は「怖い怖い」と、声を震わせる。
(私、前の世界の記憶があるから、どうしても精霊に否定的な立場はとれないんだよね。あなたのシステム上の父だったカレルなんて、世界一の精霊使いとまで呼ばれた人だったから、余計に、ね)
少し懐かしさと愛しさを含ませた声で、優里菜はつぶやいた。
わざわざ自らの転生素体の父に選んだ男だ。優里菜はそのカレル・プリンツという男に恋い焦がれていたのだろう、とラディムは思った。
「しかし、優里菜やヴァーツラフが精霊を善と考えている点が、私にはいまだに信じられない。まったく逆の話を、幼いころから延々と聞かされてきたからな」
ラディムはため息を漏らす。
ザハリアーシュら教育係から散々教えられてきた邪教としての精霊教。帝国としても精霊教の排除に掛かっている。優里菜の話を頭から信じろと言われても、ラディムの心の奥深いところで、否定しようとする気持ちが渦巻く。
(今、無理に飲み込もうとしなくてもいいよ。徐々に、分かり合いましょう?)
「そうだ、な……」
優里菜の言葉にラディムは首肯した。だが胸中では、本当に分かり合えるのだろうかという不安がうごめいていた。
その夜――。
優里菜の人格は完全に眠りについていた。一人、ラディムは考える。
(優里菜からは徐々に分かり合おうといわれたが、今までの母上のことを思うと……)
今の母の支えは、夫カレル・プリンツの唯一の忘れ形見、ラディムだ。そのラディムが、母の憎む精霊教に肯定的な態度を取れば、いったいどうなるだろうか。
母の心は、完全に折れてしまうのではないか?
(私は母上を裏切ることはできない。精霊教を認めることができない)
発狂する母を、見たくはなかった。
(ギーゼブレヒト家の人間として、帝国臣民の上に立つものとして、精霊を認めるわけにはいかないのだ)
ベルナルドやミュニホフの市民の前でも宣言をしたばかりだ。精霊教をこの世界からなくし、世界の崩壊を防ぐ、と。
帝国臣民はみな、精霊が世界を崩壊させると信じている。そこにラディムが、実際は違うと言い出したところで、ただ乱心したと思われるのが関の山。最悪、辺境伯家の血筋という事実から、フェイシア王国のスパイだと糾弾もされかねない。
(このまま、優里菜の話に耳を傾け続けてもいいのだろうか……)
ラディムは、このままでは身の破滅を招きそうな予感がした。
(私は私で、今までコツコツと積み重ねてきた人生がある。私自身の思いに従って、行動すべきではないのか?)
ラディムの人格としては、やはり素直に精霊教を肯定できない。積み上げられてきた経験、知識、そのどれもが、世界再生教を善とし、精霊教を悪とするものだった。今までのラディムの全否定になる。
(二か月で、優里菜と人格がまじりあうと言っていた。それまでに、優里菜を説得して世界再生教の教義に納得してもらうべきではないか?)
ラディムが折れるのではなく、優里菜が世界再生教側に歩み寄る方がよいのではないか、と思い始めていた。
それですべては今までどおりだ、丸く収まる。帝国の人間として、ギーゼブレヒト家の一員として今後も生きていくためには、それ以外ないのではないか。
優里菜の記憶の知識自体は有益だ。ラディムの知らない貴重なものがたくさんあった。なので、優里菜の人格を全否定するのも、それはそれで損だ。うまく優里菜を乗せて、誘導すべきだ。
(宗教は大きな問題だ。このまま優里菜と意見を異にしたままで、果たして私は優里菜とうまく一つになれるのか?)
人格を形成する上で大きな影響を与え得るであろう宗教心の部分で、お互いに反目しあっていては、とても人格の統合など果たされるとは思えなかった。
であるならば、ラディムの臨む形で人格統合をなすためにも、当面は優里菜の説得にも力を裂かねばならないと、ラディムは心に刻んだ。
(まぁ、何はともあれ、まずは明日の母上との話し合いだな)
ラディムは一つ大きく深呼吸をし、ベッドにもぐりこんだ。
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