わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

文字の大きさ
83 / 272
第八章 皇帝親征

7 魔獣だって!?

しおりを挟む
 ラディムたち親征軍は、順調に国境地帯付近まで進軍した。

 バイアー帝国とプリンツ辺境伯領との境界周辺には、広大な森が広がっている。遠征軍は、その森の中を貫いて走る街道に沿って進んでいた。さすがに帝国領土内で辺境伯軍と鉢合わせするような事態は起こらなかった。だが、国境を越えてからは、そうもいかないだろう。

 皇帝の親征軍が動き出せば、プリンツ辺境伯も事態に気づくはずだ。無策でいるはずがない。

 人数は帝国軍側が圧倒している。いくらプリンツ辺境伯家が長きにわたり国境防衛任務についてきた武の家とはいえ、帝国側の本気の攻勢を防ぎきれるだけの軍勢を整えきれるとは思えなかった。帝国軍有利な状況は、誰の目にも明らかだった。

「嵐の前の静けさってところかな……」

 馬車の中で揺られながら、ラディムは周囲の森の景色を見回した。異常はない。行軍の音以外には何も聞こえない。

 ここまでは退屈な旅だったので、ラディムはミアを連れてきて本当に良かったと思っていた。ミアとの戯れで時間を潰せたからだ。同行者も、ほほえましげな表情でラディムとミアを見つめていた。周囲には子供と子猫がじゃれているようにしか見えていないのだろう。

 と、そんなとき不意に、軍列の先方で騎士たちの大きな怒声が響いた。

 馬車が慌てて止められ、ラディムはその衝撃で大きくしりもちをつく。

「痛ててて……。なんだなんだ、どうしたのだ?」

 尻をさすりながら、ラディムは御者に確認した。

「そ、それが……。前方でものすごい土煙が上がっています。何か、戦闘でも起こっているのでしょうか、殿下」

 御者が前方を指さし、不安げな声を上げた。

 ラディムが示された先を見遣ると、確かに戦闘中らしき大きな土ぼこりが上がっていた。

「何事だ!? まだ国境を超えていないのに、辺境伯軍に鉢合わせをしたか?」

 ただ、それにしてはおかしい。剣戟の音がしない。

 すると、前方から一人の騎士がラディムの乗る馬車へ向かって走ってきた。

「ラディム殿下! いらっしゃいますか!」

「呼んだか? いったい何事だ?」

 血相を変えて馬車の前に飛び出してきた騎士に、ラディムは見覚えがあった。よく騎士団の詰所で模擬戦をした、入団して間もない若い騎士だ。

「へ、陛下がお呼びです! 前方で、何やら魔獣らしきものが暴れているので、殿下のお力が必要だと」

 息を切らせながら、騎士はラディムに告げた。

 どうやら、魔獣が街道に現れ、足止めを食っているようだ。もしかしたら、先日通りがかった村の村長が話していた個体だろうか。

 この大編成での遠征軍なら、ラディムが出るまでもないと思う。だが、わざわざ呼びつけるということは、騎士団のみでは被害が大きくなりそうなほどの、よほど強力な魔獣が現れたのか。

「わかった、すぐ行く。案内してくれ」






 騎士に連れられ、ベルナルドの乗る馬車の前まで来た。

 ベルナルドはパレードの際に栗毛の馬へ騎乗していたが、通常移動時はさすがに馬車に乗っていた。愛馬は侍従が引いている。

「陛下! ラディム、参りました」

 ラディムが馬車へ声をかけると、中からベルナルドが出てきた。

「わざわざ悪いな。状況は薄々わかっているかと思うが、魔獣が街道に立ちふさがっている。今まで見た中でも最大サイズで、正直なところ、まともにぶつかってはこちらの被害もかなりのものになりそうなのだ」

 ベルナルドの説明では、これまで帝国で出没が確認されたどの魔獣よりも巨大で、かつ凶暴だそうだ。熊の異常進化系だと思われ、身体能力がかなり高く、騎士も簡単には近づけないらしい。

「そこで、お前の魔術でどうにかならないかと思って、声をかけた」

 魔術で遠距離からどうにかしろ、という話だろうか。

「魔獣は物理的な攻撃に強いですから、騎士だけではつらいでしょう」

 魔獣は皮膚が『霊素』で強化されている。生半可な物理攻撃ははじき返すのだ。たとえ騎士が接近できたとしても、なかなか効果的なダメージは与えられないはずだ。それこそ、数に任せて四方八方から攻撃し続けて、微小ダメージを何とか蓄積させていくしかない。

「わかりました、用意してきたマジックアイテムでどうにかしてみます。うまく弱らせたら、とどめは任せましたよ?」

 だが、魔術なら物理攻撃よりは効果的だ。『生命力』の力と『霊素』の力は、本来同質のもの。生命力による攻撃であれば、霊素の影響をそれほど受けずに相手に届かせることができる。

 だが、今のラディムの魔術の力量では、まとわりついている霊素の一部に裂け目を生じさせることはできても、魔獣自身を殺しきるまではできない。持っている火の魔術による爆薬の威力は、そこまで高くはない。

 ラディムの爆薬で霊素を剥がしたところに、騎士たちの剣や槍での攻撃で致命傷を与える。これが現状採れる最善策だとラディムは考えた。

「私の魔術で魔獣の皮膚にまとわりついている霊素を剥がします。騎士たちにはその隙に攻撃をするよう指示を与えてください」

 ラディムの作戦にベルナルドは頷き、すぐさま指揮官へ指示を飛ばした。

 ラディムはいったんベルナルドの馬車から離れ、爆薬を投擲しやすい場所を探した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...