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第八章 皇帝親征
9 ここが辺境伯領か
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魔獣を討伐したのちは、順調な行軍が続いた。
辺境伯領に入ったが、領軍の姿はまだ見えない。戦力差を考慮して、領都オーミュッツに立てこもる作戦を取ったのだろうか。そのまま何ごともなく、日が暮れる前には国境の街にたどり着いた。
街を預かる代官は、抵抗することなく帝国軍の首脳陣を街に入れた。無血開城だ。あらかじめ、辺境伯から抵抗をしなくてもよいと言われていたのだろう。戦うそぶりは一切見せなかった。
代官の詰める役所で降伏文書の調印を済ませると、騎士団に街の外へ陣を張るようベルナルドは指示し、そのまま数名の副官とラディムを連れて街の様子の確認に出た。
ラディムは街のメインストリートに立ち、周囲を見回した。もうじき夕食時を迎えるとあって、買い物客でにぎわっている。帝国軍が街のすぐ外で陣を張っているにもかかわらず、街の人たちの生活は平穏そのものに見えた。
「戦争中の、しかも敵国に占領中の街とは思えない……」
「確かに、ラディムの言うとおりだな。どういったわけだ?」
誰に聞かせるともなく漏らしたラディムの言葉に、ベルナルドが頷いた。
邪教の支配する街にはとても見えない。さすがに戦争中とあって、不安げな顔を浮かべている者も多いが、表面上はいたってのどかな田舎町の風景だった。
「ラディム、私たちは先に宿に戻るが、お前はどうする?」
ラディムはもう少し街の様子を知りたかったので、ベルナルドに別行動をとると伝えた。
「お前の実力ならめったなことにはならないだろうが、くれぐれも気をつけろ。では先に宿に行っている」
ベルナルドは副官を引き連れて、今日確保した宿へと向かった。ラディムはその姿を見送ると、再びメイン通りの露店へ目を向ける。
(帝国の臣民と何ら変わらないように見える。皆、邪教の信者のはずなのに……)
「よっ、お坊ちゃん! 見かけない顔だね。どうだい、一つ買っていかないか?」
街の様子に戸惑いながらぼんやりと歩いていると、ふいに声をかけられた。
声は傍の露店主からだった。トゥルデニークと呼ばれるお菓子の屋台だ。
トゥルデニークは、薄く伸ばした小麦粉の生地を筒に巻いて焼き上げた、中空の棒状のお菓子だ。ここの露店のものは、表面上にナッツと粉砂糖をまぶしてある。大陸中央の伝統的菓子で、ラディムも好物だった。
「いい匂いだ……。うん、一つもらおうか」
「まいどありっ!」
店主からトゥルデニークを受け取ると、ラディムは大口を開けてひとくちほおばった。ナッツの歯ごたえがたまらなく心地よい。粉砂糖の甘い香りも口いっぱいに広がり、思わずラディムは頬を緩めた。
「あんた、もしかして、外の帝国軍の人間かい?」
訝しげな顔を浮かべ店主が尋ねた。
ラディムはどう答えようか迷った。正直に話して騒ぎになるのも不本意だ。だが、今この街にいるよそ者など、帝国軍関係者以外はあり得ないだろう。
「ああ、そんなに身構えなくてもいいよ。別に取って食おうってわけじゃない」
少し大げさにぶんぶんと店主は両手を振った。
「あんたたちが退治してくれたんだってな? 国境の魔獣を」
「そうだが、なぜ知っているんだ?」
店主はニッと笑いかけてくるが、疑問に思ったラディムは首をひねった。
魔獣退治の場面を辺境伯領の領兵に見られていたのだろうか。ラディムはあの場で、帝国軍以外の気配には気づかなかったが。
「そりゃ知っているさ。ここ二年ばかり、あの魔獣のせいでこの街は大分ひどい目にあわされてきたからなぁ。で、常に警戒をしていたわけだよ、国境の森を」
店主の話では、街の警備兵が国境周辺まで定期的に巡回に行っていたらしい。
「で、先日も魔獣の出没の報を聞いた警備兵が現場に駆けつけてみれば、帝国軍が魔獣にとどめを刺すところだったっていうじゃないか」
やはり現場を見られていた。傍まで来ていたのが少数の警備兵のみだったのだろう、ラディムは存在に気がつかなかった。
「我が領軍でも敵わなかったあの魔獣を倒しちまうなんて、帝国軍はすげえなって話になっててな」
敵国の軍隊なのに、なぜだか褒めちぎる店主。意味が分からず、ラディムは怪訝な顔をした。
「しかも、その帝国軍の中には、あのカレル様の忘れ形見がいらっしゃるっていうじゃないか。オレたち街のもんは、みな興奮しっぱなしさ」
思いがけない方向に話が進み始め、ラディムはぎょっとした。
店主の話すカレルの忘れ形見、どう考えてもラディムのことだ。いったいなぜ、そんな話が出回っているのだろうか。
(辺境伯家が流したのか? だが、どんな理由で?)
辺境伯家としては、身内が帝国の皇族になっていては外聞が悪いのではないだろうか。そもそも、この件は前辺境伯の妻とその子供に帝国へ逃げられたという、辺境伯家の醜聞だ。大っぴらに宣伝して回る代物ではないとラディムは思う。理解が追い付かず、ラディムは頭を抱えた。
「精霊教の司祭様のおっしゃるとおり、抵抗しなければ帝国軍は何もしてこなかったし、これも精霊王様のお導きの通りだ」
ラディムの様子に気づかず、店主はべらべらと一人でしゃべり続けている。平常心を失ったラディムは、それ以後の店主の話が全く耳に入っていなかった。
辺境伯領に入ったが、領軍の姿はまだ見えない。戦力差を考慮して、領都オーミュッツに立てこもる作戦を取ったのだろうか。そのまま何ごともなく、日が暮れる前には国境の街にたどり着いた。
街を預かる代官は、抵抗することなく帝国軍の首脳陣を街に入れた。無血開城だ。あらかじめ、辺境伯から抵抗をしなくてもよいと言われていたのだろう。戦うそぶりは一切見せなかった。
代官の詰める役所で降伏文書の調印を済ませると、騎士団に街の外へ陣を張るようベルナルドは指示し、そのまま数名の副官とラディムを連れて街の様子の確認に出た。
ラディムは街のメインストリートに立ち、周囲を見回した。もうじき夕食時を迎えるとあって、買い物客でにぎわっている。帝国軍が街のすぐ外で陣を張っているにもかかわらず、街の人たちの生活は平穏そのものに見えた。
「戦争中の、しかも敵国に占領中の街とは思えない……」
「確かに、ラディムの言うとおりだな。どういったわけだ?」
誰に聞かせるともなく漏らしたラディムの言葉に、ベルナルドが頷いた。
邪教の支配する街にはとても見えない。さすがに戦争中とあって、不安げな顔を浮かべている者も多いが、表面上はいたってのどかな田舎町の風景だった。
「ラディム、私たちは先に宿に戻るが、お前はどうする?」
ラディムはもう少し街の様子を知りたかったので、ベルナルドに別行動をとると伝えた。
「お前の実力ならめったなことにはならないだろうが、くれぐれも気をつけろ。では先に宿に行っている」
ベルナルドは副官を引き連れて、今日確保した宿へと向かった。ラディムはその姿を見送ると、再びメイン通りの露店へ目を向ける。
(帝国の臣民と何ら変わらないように見える。皆、邪教の信者のはずなのに……)
「よっ、お坊ちゃん! 見かけない顔だね。どうだい、一つ買っていかないか?」
街の様子に戸惑いながらぼんやりと歩いていると、ふいに声をかけられた。
声は傍の露店主からだった。トゥルデニークと呼ばれるお菓子の屋台だ。
トゥルデニークは、薄く伸ばした小麦粉の生地を筒に巻いて焼き上げた、中空の棒状のお菓子だ。ここの露店のものは、表面上にナッツと粉砂糖をまぶしてある。大陸中央の伝統的菓子で、ラディムも好物だった。
「いい匂いだ……。うん、一つもらおうか」
「まいどありっ!」
店主からトゥルデニークを受け取ると、ラディムは大口を開けてひとくちほおばった。ナッツの歯ごたえがたまらなく心地よい。粉砂糖の甘い香りも口いっぱいに広がり、思わずラディムは頬を緩めた。
「あんた、もしかして、外の帝国軍の人間かい?」
訝しげな顔を浮かべ店主が尋ねた。
ラディムはどう答えようか迷った。正直に話して騒ぎになるのも不本意だ。だが、今この街にいるよそ者など、帝国軍関係者以外はあり得ないだろう。
「ああ、そんなに身構えなくてもいいよ。別に取って食おうってわけじゃない」
少し大げさにぶんぶんと店主は両手を振った。
「あんたたちが退治してくれたんだってな? 国境の魔獣を」
「そうだが、なぜ知っているんだ?」
店主はニッと笑いかけてくるが、疑問に思ったラディムは首をひねった。
魔獣退治の場面を辺境伯領の領兵に見られていたのだろうか。ラディムはあの場で、帝国軍以外の気配には気づかなかったが。
「そりゃ知っているさ。ここ二年ばかり、あの魔獣のせいでこの街は大分ひどい目にあわされてきたからなぁ。で、常に警戒をしていたわけだよ、国境の森を」
店主の話では、街の警備兵が国境周辺まで定期的に巡回に行っていたらしい。
「で、先日も魔獣の出没の報を聞いた警備兵が現場に駆けつけてみれば、帝国軍が魔獣にとどめを刺すところだったっていうじゃないか」
やはり現場を見られていた。傍まで来ていたのが少数の警備兵のみだったのだろう、ラディムは存在に気がつかなかった。
「我が領軍でも敵わなかったあの魔獣を倒しちまうなんて、帝国軍はすげえなって話になっててな」
敵国の軍隊なのに、なぜだか褒めちぎる店主。意味が分からず、ラディムは怪訝な顔をした。
「しかも、その帝国軍の中には、あのカレル様の忘れ形見がいらっしゃるっていうじゃないか。オレたち街のもんは、みな興奮しっぱなしさ」
思いがけない方向に話が進み始め、ラディムはぎょっとした。
店主の話すカレルの忘れ形見、どう考えてもラディムのことだ。いったいなぜ、そんな話が出回っているのだろうか。
(辺境伯家が流したのか? だが、どんな理由で?)
辺境伯家としては、身内が帝国の皇族になっていては外聞が悪いのではないだろうか。そもそも、この件は前辺境伯の妻とその子供に帝国へ逃げられたという、辺境伯家の醜聞だ。大っぴらに宣伝して回る代物ではないとラディムは思う。理解が追い付かず、ラディムは頭を抱えた。
「精霊教の司祭様のおっしゃるとおり、抵抗しなければ帝国軍は何もしてこなかったし、これも精霊王様のお導きの通りだ」
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