86 / 272
第八章 皇帝親征
10 あの声が再び聞こえる!?
しおりを挟む
理解の追い付かない話を聞かされ、ラディムは精神的にすっかり擦り切れていた。おぼつかない足取りでベルナルドの取った宿へと戻る。
宿に着くや、ベルナルドに一言断り、早々に自室へと引きこもった。ベルナルドに訝しんだ表情をされたが、どうやら単に遠征の疲れが出ただけだと思われたらしい。深く追及されずに解放された。
外套を脱ぐと、ラディムはそのままベッドへと飛び込んだ。うつ伏せになり、顔を枕に押し付ける。
「あー、あー、いったい何なんだこの街は! わけがわからない」
露店主の言葉がぐるぐるとラディムの脳裏を回り続けていた。
帝国軍を全く敵視している様子のない住民。前辺境伯カレルの息子として、ラディムを歓迎する様子もあった。辺境伯家はいったいどういった意図でこのような情報操作をしたのだろうか。
「疲れもあって、ダメだ、頭が回らん。今日は寝るか」
ラディムはそのまま目を閉じた――。
「――ディム君。ラディム君」
(なんだ……、うるさいな……)
今寝ているんだ、静かにしてくれ、とラディムはイラついた。
「ラディム君!」
女の怒鳴り声が、頭の中に大きく響き渡った。
「うわぁぁぁぁっ!」
ラディムは脳裏に反響する声に、たまらず頭を抱えた。
「気が付いたね、ラディム君」
「あ、あんた、誰だ……? 見覚えがあるようなないような……」
声のする方へと目を遣ると、見慣れない女が立っている。
「ん? ここは、夢の中か?」
確かに夢の中だった。証拠に、今ラディムの立つこの空間は、先ほどベッドに飛び込んだ宿屋の部屋ではない。一面の真っ白な世界。目の前に立つ名も知らぬ女性とラディムがいるのみの、閉じた空間。
「何を言っているの? ラディム君の母の優里菜じゃない」
おかしなことを言う。目の前の女性、いや、少女といったらよいだろうか。わずかにラディムよりも年上であろう少女が、母親のはずがない。しかも、母の名前まで騙る不届きさだ。
「ユリナ? なぜ私の母上の名を騙るのだ?」
少女の態度に苛立ちを覚え、ラディムは語気を荒げた。
「え? あなたどうしちゃったの? 私のこと、忘れている?」
少女はきょとんとした表情を浮かべている。
(……何言っているんだ、この少女は?)
忘れているも何も、初対面だろう。
(……ん? 本当に初対面か? マリエの薬で抑えられるまで頭の中に響き渡っていた、あの幻聴と同じ声ではないか? 声質が同じような気がする)
思い出そうとすると、頭に痛みが走る。うまく思い出せない。
「私の人格を封じられていたみたいだけれど、もしかして何かあった?」
「人格? 封じられる? ……何の話だ」
優里菜と名乗る少女は、また、わけのわからない話を始めた。人格を封じるとは、いったい何の話だろうか。
「封じられていたことに気づいていなかったの? タイミング的に、あなたのお母さんに会いに行った前後が怪しいな……」
少し待ってほしかった。
だが、考える時間が欲しいラディムの様子には気づかず、優里菜はどんどん持論を展開していく。ラディムはまったく話についていけない。
「母上が? ちょっと、何を言っているのかわからん。わかりやすく説明してくれ」
ラディムはたまらず優里菜の言葉を制止した。
優里菜が言うには、すでに一度、優里菜とラディムは記憶の中で、お互いの自己紹介も含めてしっかりと話し合いを持っていたらしい。
ラディムはただ耳障りな幻聴が聞こえていた程度にしか覚えていなかった。しかし、どうやらこれも、マリエの薬の作用のせいではないかとの優里菜の見立てだった。人格だけでなく、付随する記憶まで封じられていたと。
「ということは、私はマリエの薬によって何らかの術を掛けられ、あなたに関する記憶を封じられていたと?」
優里菜の推論は、素直に納得のできないものだった。マリエがラディムを害するような真似をするとは、どうしても思えない。
「そういうこと。あ、あと、前にも言ったけれど、私のことは『優里菜』って呼び捨てでお願いね」
「あ、ああ。わかった」
にかっと笑いかける優里菜に、ラディムは困惑した。今は重い話をしているはずのに、ずいぶんと軽い対応だなとラディムは思う。それとも、単に動揺しているラディムに気を使って、明るく振舞っているだけなのか。
宿に着くや、ベルナルドに一言断り、早々に自室へと引きこもった。ベルナルドに訝しんだ表情をされたが、どうやら単に遠征の疲れが出ただけだと思われたらしい。深く追及されずに解放された。
外套を脱ぐと、ラディムはそのままベッドへと飛び込んだ。うつ伏せになり、顔を枕に押し付ける。
「あー、あー、いったい何なんだこの街は! わけがわからない」
露店主の言葉がぐるぐるとラディムの脳裏を回り続けていた。
帝国軍を全く敵視している様子のない住民。前辺境伯カレルの息子として、ラディムを歓迎する様子もあった。辺境伯家はいったいどういった意図でこのような情報操作をしたのだろうか。
「疲れもあって、ダメだ、頭が回らん。今日は寝るか」
ラディムはそのまま目を閉じた――。
「――ディム君。ラディム君」
(なんだ……、うるさいな……)
今寝ているんだ、静かにしてくれ、とラディムはイラついた。
「ラディム君!」
女の怒鳴り声が、頭の中に大きく響き渡った。
「うわぁぁぁぁっ!」
ラディムは脳裏に反響する声に、たまらず頭を抱えた。
「気が付いたね、ラディム君」
「あ、あんた、誰だ……? 見覚えがあるようなないような……」
声のする方へと目を遣ると、見慣れない女が立っている。
「ん? ここは、夢の中か?」
確かに夢の中だった。証拠に、今ラディムの立つこの空間は、先ほどベッドに飛び込んだ宿屋の部屋ではない。一面の真っ白な世界。目の前に立つ名も知らぬ女性とラディムがいるのみの、閉じた空間。
「何を言っているの? ラディム君の母の優里菜じゃない」
おかしなことを言う。目の前の女性、いや、少女といったらよいだろうか。わずかにラディムよりも年上であろう少女が、母親のはずがない。しかも、母の名前まで騙る不届きさだ。
「ユリナ? なぜ私の母上の名を騙るのだ?」
少女の態度に苛立ちを覚え、ラディムは語気を荒げた。
「え? あなたどうしちゃったの? 私のこと、忘れている?」
少女はきょとんとした表情を浮かべている。
(……何言っているんだ、この少女は?)
忘れているも何も、初対面だろう。
(……ん? 本当に初対面か? マリエの薬で抑えられるまで頭の中に響き渡っていた、あの幻聴と同じ声ではないか? 声質が同じような気がする)
思い出そうとすると、頭に痛みが走る。うまく思い出せない。
「私の人格を封じられていたみたいだけれど、もしかして何かあった?」
「人格? 封じられる? ……何の話だ」
優里菜と名乗る少女は、また、わけのわからない話を始めた。人格を封じるとは、いったい何の話だろうか。
「封じられていたことに気づいていなかったの? タイミング的に、あなたのお母さんに会いに行った前後が怪しいな……」
少し待ってほしかった。
だが、考える時間が欲しいラディムの様子には気づかず、優里菜はどんどん持論を展開していく。ラディムはまったく話についていけない。
「母上が? ちょっと、何を言っているのかわからん。わかりやすく説明してくれ」
ラディムはたまらず優里菜の言葉を制止した。
優里菜が言うには、すでに一度、優里菜とラディムは記憶の中で、お互いの自己紹介も含めてしっかりと話し合いを持っていたらしい。
ラディムはただ耳障りな幻聴が聞こえていた程度にしか覚えていなかった。しかし、どうやらこれも、マリエの薬の作用のせいではないかとの優里菜の見立てだった。人格だけでなく、付随する記憶まで封じられていたと。
「ということは、私はマリエの薬によって何らかの術を掛けられ、あなたに関する記憶を封じられていたと?」
優里菜の推論は、素直に納得のできないものだった。マリエがラディムを害するような真似をするとは、どうしても思えない。
「そういうこと。あ、あと、前にも言ったけれど、私のことは『優里菜』って呼び捨てでお願いね」
「あ、ああ。わかった」
にかっと笑いかける優里菜に、ラディムは困惑した。今は重い話をしているはずのに、ずいぶんと軽い対応だなとラディムは思う。それとも、単に動揺しているラディムに気を使って、明るく振舞っているだけなのか。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる