わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十四章 悠太と優里菜、移ろいゆく心

5 聖女様が実は……

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 そして、再び婚約破棄のあった、王都プラガの王宮のホールに話は戻る――。






 ドミニクに婚約を破棄され、アリツェはホールを後にした。

 自然と顔はうつむき、世界から色が失われたのではないかと思うほど、周囲はすべて灰色に見えた。ここまで相当な覚悟をして、婚約破棄の当日を迎えた。だが、それでもアリツェはドミニクを想う心は捨てきれなかった。無理やりあきらめようと、今もこらえている。

 そんな時、ホール側から大きなざわめきが起こった。

 アリツェは立ち止まり、振り返ってホールを見遣った。

 二人の男女が駆け寄ってくる……。ドミニクとクリスティーナだった。

(いったいなんですの? 今の悪役を演じきった惨めなわたくしに、さらなる追い討ちをかけるおつもりですか!?)

「アリツェ! 待ってくれ!」

「ごめんなさい、アリツェ! 私、私……!」

 ドミニクとクリスティーナの表情が歪んでいた。ドミニクはアリツェの事情を承知したうえで、この芝居に乗ってくれているのでまだわかる。だが、今、喜びの絶頂のはずのクリスティーナが顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべているのは、いったいどういった訳だ。

 アリツェに追いついたドミニクとクリスティーナは、乱れた息をどうにか落ち着かせると、じっとアリツェの顔を見つめてきた。

「いったいどうされたのでしょうか。わたくしは婚約を破棄され、王国を追放された反逆者。将来の明るいお二人が話しかけるような女ではございませんことよ」

 棘を含んだ口調で、アリツェは二人に抗議の声を上げた。

「違う、違うんだ、アリツェ! 話を聞いてくれ!」

 ドミニクは顔が青ざめている。

「アリツェ、私が間違っていたんです。ごめんなさい、婚約者はあなたであるべきだわ!」

 クリスティーナも頭を振りながら、謝罪の弁を述べた。

(ちょっと待ってくださいませ。いったい何が何やら……)

 突然のドミニクとクリスティーナの態度の豹変ぶりに、アリツェはただ戸惑い、言葉を失った。

「アリツェ、こういえばお分かりになるかしら? 転生者、と」

 クリスティーナは顔を近づけ、アリツェに耳打ちをした。

「え!?」

 アリツェは目を見開いた。まさか今この瞬間に、『転生者』の話題が出てくるとは。

「父上から時間をもらった。今日の件はいったん保留になっているから、急ぎ私の私室で三人で話し合おう。どうやらクリスティーナにも、大きな問題があったようなんだ」

 ドミニクは焦れた様子でアリツェの手を取ると、王宮内のドミニクの私室へ向けて歩き出した。

「わかりましたわ。クリスティーナ様の今のつぶやきで、わたくしにも関係のある重大な事情がおありになると、理解できましたわ」

 アリツェはうなずいて、ドミニクに手を引かれるがまま、歩を進めた。






 ドミニクの私室に付くと、アリツェとクリスティーナは用意されたソファーに座った。

「あれから、いったい何があったんですの?」

 アリツェはドミニクに顔を向けた。とにかくまずは、状況確認が必要だ。

「それが、ボクが以前、アリツェから婚約のしるしとしてもらった金のメダルをつけたペンダントがあったじゃないか。あれを外して、衛兵経由でアリツェに返そうと思ったんだけれど、その時にクリスティーナがいきなり倒れて」

「私、あのメダルを見て、突然頭に激痛が走りました。実は私も、同じメダルを持っているんです」

 アリツェの対面に座るクリスティーナは、懐から件のメダルを取り出した。黄金に輝く『精霊王の証』だ。

「えぇ、承知しておりますわ。その……、嫌がらせの一環として、そのメダルを隠そうとしたことがありましたので……」

 あの時はアレシュに見つかり、目的は果たせなかったが……。

「あらあら、まぁ! それでアリツェは、わたくしに妙な質問を投げかけてきたんですのね?」

 何度か手を変え品を変え、転生者である尻尾をつかもうとクリスティーナを問いただした。その時のことを言っているのだろう。

「えぇ、あの時は見事に、あなたにはぐらかされましたが」

 アリツェは苦笑を浮かべた。本当に、この聖女様は役者だと思う。転生者であるそぶりを微塵も見せなかったのだから。

「いいえ、違うのです。はぐらかしてなんかいません。そもそも、私は自分が転生者だったなんて、あの時点では覚えていなかったんですから」

「え!?」

 クリスティーナの告白に、アリツェは仰天した。

 確かに転生者としての記憶がないのであれば、いくら鎌をかけようが答えようがないではないか。別にクリスティーナが名優だったわけではなさそうだ。
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