わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第十四章 悠太と優里菜、移ろいゆく心

9 早くお会いしたいですわ

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 クリスティーナの計らいで無事にドミニクの婚約者に戻れたアリツェは、再びドミニクとともにグリューンへ戻った。

 グリューンの街も、少しずつだがかつての賑わいを取り戻してきていた。国境を越えて、隣国ヤゲル王国のクラークの街へ逃げのびていた精霊教関係者たちも、間もなくグリューンへ帰還する予定だ。今はまだ、マルティン前子爵の指示で破壊された教会や孤児院の再建中なので、実際に戻るのは再建が成ってからだろう。

「久しぶりにエマ様に会えますわ。積もる話もありますし、楽しみですわね」

 子爵邸の執務室でアリツェは様々な決裁を行いながら、傍らのソファーに座るドミニクに話しかけた。

 マルティンの精霊教禁教のお触れは、既にアリツェの手により解除されている。エマは、かつてマルティンの手により人さらいに追われていた際に手を差し伸べてくれ、その後も様々な面倒を見てくれた大恩人である。アリツェは再会を心待ちにしていた。

「ボクはエマとはほんの少ししか話をしていないけれど、アリツェの語りぶりを聞いていると、さっぱりとした気持ちのいい女性のようだね」

 かつてグリューンの街にとらわれたアリツェの救出作戦を練る際に、ドミニクとエマは会話をする機会を持ったらしい。アリツェ捜索の拠点として、エマの持ち家を提供する話になったからだ。しかし、その際は必要最小限のやりとりしかできなかったようで、お互いに人となりを知るまでには至らなかったとドミニクは言う。

「えぇ! わたくしの命の恩人でもございますし、グリューンへお戻りになられたら、改めて何かお礼をしなければなりませんわね」

 もはやかつての孤児だった状況とは違う。今はこの子爵領の領主になった。立場に見合うだけの礼を、きちんとするべきだろうとアリツェは考えた。

「それに、孤児院で一緒だった『霊素』持ちのお友達にも、精霊術を教える約束をしているので、きちんと果たさないとですわ」

 アリツェと同い年の子供が二人、孤児院にはいた。彼らも僅かではあるが『霊素』をもっていたので、使い魔の従え方や簡単なマジックアイテムの作り方を教えれば、将来立身出世に役立つはずだ。

「アリツェのお友達、孤児ってことはこの街の出身なんだよね。なら、後々は領地のために働いてもらうのもいいかもしれない。元が孤児では、なかなか条件の良い仕事を探すのも大変だろうし」

「それはよいお考えですわ! さすがドミニク」

 アリツェはパンッと両手を叩いた。

 ラディムがマリエを側近にしようとしたみたいに、アリツェの腹心の部下として領政に関わってもらうのも悪くない考えだ。

「なんにせよ、こうしてアリツェと無事に元の鞘に戻れたんだ。帝国軍が本格的に動き出すまでに、協力してこの子爵領を盛り立てよう!」

 ドミニクは微笑み、アリツェの肩をグイっと抱いた。アリツェはそのままドミニクにもたれかかると、目を閉じて温もりを堪能した。






 アリツェがグリューンに戻り、二週間ほどが経過した。この日は朝からあわただしかった。フェルディナントからの急使がきたからだ。

「ついに動き出したか!」

 急使からの報告を受け、ドミニクは叫んだ。

 報告の内容は、帝国軍がミュニホフを発ち、辺境伯領との境界に向けて進軍をしているというものだった。

「ドミニク、わたくしたちも領軍を率いて、お兄様のところへ駆けつけるべきでは?」

 本格的な戦争に備え、かつてマルティンが整備していた常備軍二百名をさらに倍に増員し、現在訓練の最中だった。

「しかし、今の子爵領の戦力では、かえって邪魔になりそうだよ。ボクたちが個人的に参加したほうが、小回りも効くしいいんじゃないかな?」

 増員分は新兵が多く、最初の基礎訓練もまだ終えていない段階だった。出陣をしたところで、足手まといは確実だと思われる。

「一理ありますわね。ドミニクの剣の腕とわたくしの精霊術で、お兄様の身辺警護に当たるのが一番いいかもしれませんわね」

 アリツェはドミニクの言葉に納得し、うなずいた。大軍で動くにあたり、足並みの乱れは非常にまずい。練度の低い今の子爵領軍は連れて行かないほうがいいと、アリツェも思い直した。

「うん、それがいいよ。なんにせよ、今回の戦はラディムに倒れられたら終わりだ」

「確かに、お兄様を失えば、ムシュカ伯爵もわたくしたち王国側も、帝国を攻める大義名分の一つを失いますわ」

 世界再生教という誤った思想で世界征服を狙う、悪の皇帝ベルナルド。その野望を打ち砕き、代わりに皇位継承権第一位のラディムが帝位につくべき。これがムシュカ伯爵やフェイシア王国側の主張だった。ラディムありきの戦争なので、いなくなれば周辺諸国からの理解を得られない可能性がある。

「厳密にいえば、アリツェにも皇位継承権はあるんだろうけれど、ベルナルドは決して認めないだろうしね」

 ラディム救出時にちらっと対面した際にも、ベルナルドはアリツェを嘘つき呼ばわりし、存在を認めようとはしなかった。ベルナルドばかりではない。アリツェが皇帝に立つと主張をしたところで、納得する者は少ないだろう。元々アリツェの存在は、帝国側には知らされていなかったのだから。何しろ、産んだ母ユリナ・ギーゼブレヒトでさえ、双子であった事実を知らない。

「それに、ボクの妻になるアリツェを、帝国皇帝になんてさせるわけにはいかないさ」

 ドミニクはアリツェを背後から抱きしめると、首筋に口づけをした。

「あ、ドミニク……。いけませんわ!」

 身じろぎして離れようとするが、ドミニクから漏れる吐息の熱に、アリツェは抵抗する気力を失う。

「ふふ、本当にかわいいね、アリツェ」

「ドミニク……」

 耳元でささやかれ、アリツェは甘美な夢の中に落ちていった。
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