甘瀬の声は夏を呼ぶ

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どうしようもないこと

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「応援団やろうと思ったのはね」
 甘瀬の桃色に色付いた唇がゆっくりと動く。言葉を探すように、瞳は上下して落ち着きがない。
「私、楽しくやってるよって叫びたかったの。それをね、親に、妹に、見てほしくて。私は不幸なんかじゃないよって言いたくて」
 晴れやかでない表情で、彼女は言った。
「けどどんなに私がアピールしようとしてもさ、親は泣いちゃうの。妹もつらそうな顔をするの。それが……そんな顔されるとさ、私、どうしたらいいのかわからなくなるの。仕方ないってわかってるけど、悲しい顔したって悲しがるじゃない。笑ってたって同じだもん……もう、どうすればいいかわからなくなっちゃってさ」
 病気の彼女にしかわからない葛藤であり、悩みだった。そこに対して「わかる」だの「そうだよね」だの、陳腐な言葉を返してはいけないというのはわかる。わかるが、返す言葉が見つからない。どうしたって彼女を傷つける刃となってしまうのだろう。
「……仕方ないって言葉では、片付けられないな」
「そう。どうしようもないから、余計に苦しい」
 甘瀬は俯く。小さな膝を抱え、額を押しつけた。
「私だって、別に死にたいわけじゃないのに」
 どうしようもないんだもん、と彼女は消え入りそうな声で呟いた。
 たしかにどうしようもない問題だ。第三者が介入したところでこれが解決するようには思えない。どこの世界に大事な人の死の宣告を易々と受けいれらる者がいようか。

「大事な人には、笑顔でいてほしいもんな」

 当たり前でありきたりな願いかもしれないが、当たり前の現実にするのは難しい。
 甘瀬は鼻をすすりながら小さく頭を揺らして肯定した。
「甘瀬。家族が泣いてしまうのはおいておけ」
「だから、それができないって……!」
 噛みつかん勢いの彼女を「最後まで聞け」と宥める。
「ただ泣かすんじゃない。甘瀬の思いを伝えて泣かせるんだ。やっぱり言葉にしないと、甘瀬がすっきりすることはないとおもう。それに……もしかしたら、今後がすこし変わるかもしれない」
 締まらない。我ながらグタグタな言葉を息巻いてしまった。けれど彼女の思いをぶつけない限り、きっと心の重荷はなくならない。本気の思いを相手にぶつけるのは怖い。すごく怖い。そのくせぶつけたって消えるかわからない。加えてこれは、自己満足の行為とも言えてしまう。
 だからこそ、と足を抱える甘瀬の腕部分のジャージ生地を摘む。
「味方でいることならできるからさ」
 もし無理でも、話は聞ける。それしかできないとも言えるが。

「ずっと笑顔を振る舞い続けるくらいには、演技は得意だろ」
 嫌味ったらしく言うと、彼女は「演技じゃないし」と拗ねた物言いをする。
 ぐしっと顔を拭った彼女の目元はかすかに赤い。
「ほんと、君は慰めるのが向いてないね」
 微笑んだ彼女は眩しかった。
 明るい色の髪の毛のせいか、教室に差した太陽光のせいか。

──違うな。そう見えてしまうのは……。

 自覚したくない思いが汗となり、じわりと指を湿らす。
 変なことをこれ以上口走らないよう、そして彼女と変な噂をたてられないよう、早急にこの教室を出なければ。
 そもそもなにをしに来たんだっけか、と踏み出した足がすぐに止まる。背中側の衣服がつと引っ張られている、と気づくのにたっぷり五秒は要した。
 ギギギ、と壊れたロボットのように覚束無い動きで首だけ振り返る。
 指をかけていた上目遣いの彼女と目が合う。
 ほんのり頬を染めながら、彼女は言った。

「学ラン、貸して?」
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