ダンデリオンの花

木風 麦

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1. 専属騎士の受難

理想と現実

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 逃げ込んだ庭で、ラヴィールは息を整える。そこまで荒れてはいないものの、息を殺しておいたほうが見つかるリスクは低くなる。
 背の低い植木が並ぶ庭は、華やかでいて控えめな香りが心地好い。裏庭と言っていたが、多種多様、色とりどりの花が咲き乱れる表の庭よりも好感が持てる。

──なんていうか、静かなんだよな。

 小鳥のさえずりさえも聞こえない。風の音が声となって聞こえてきそうなほどの静寂。けれど不気味なほど静まり返っているかといえばそうでもなく、雰囲気が優しい空間というか──。

 だがすぐに我に返ると、
(この庭だって領民の血税から造られたものなんだ。しっかりしろ)
 と首を振った。

 隠れたはいいものの、追っ手が来る気配は皆無で拍子抜けする。もしかしたらあの上官は常習犯で、この追いかけっこも初めてではないのかもしれない。
 だとすればラヴィールが走って隠れる必要性はゼロだ。余計な体力使わせやがって、と憤る彼の背後から、兵たちの焦ったような声が聞こえてきた。
「おい 見つかったか?」
「見つかるわけないだろ。……っつか 誰が本気で探すっていうんだ。俺らは次女様に、もう一人の騎士を近づけないようにだけすればいいだろ」
「まぁそうだよな。あの奔放小僧を捕まえるなんてできるのは、団長殿とバシュベル様くらいだろうさ」
 奔放小僧の衝撃ワードに頭がショートしかけたが、「次女様には会ってはいけない」と暗に言われていたことに疑問をもった。
 かの小隊長からは家族構成について特に言われていないから、てっきり一人娘だとばかり思っていた。

(けどなんで俺に注意をしなかった?)

 兵たちが少し焦った声色で「近づけない」ようにしているというのなら、小隊長の口から「あの一角には近づくな」等の指示があってもいいはずだ。
 あの上官のことだから「忘れてた」の一言で片づける可能性も捨てられないのだが、どうにも引っかかった。
『どちら様?』
「ひっ!?」
 背中越しにいきなり声──厳密には声というか、脳に直接語りかけてくるような妙な感覚だ──をかけられ、ラヴィールは飛び跳ねた。
 黒いベールを被った、背丈がラヴィールとほとんど変わらない少女が立っていた。黒いドレスという見慣れない姿に言葉が消える。「怪しい」としか思えない身なりに、ラヴィールは怪訝な顔になる。
「お、れは……」と言いかけ、
「いや 私はリヨク騎士団団員のラヴィール・ダンデリオンと申します」
 拳を握った右手を胸の前で平行になるよう構え、恭しく礼をした背を冷や汗が伝う。
 いくら怪しい姿をしていても、領地内にいるのは令嬢か奥様かメイドくらいのものだ。そして少なくともメイドの格好ではない。つまり貴族様の選択肢しか残っていない。
 貴族を相手に、まして太パイプの令嬢に礼を欠いては、今後騎士団員として名を挙げることが難しくなってしまう。
『ダンデリオン……』
 ベールの下で微笑む気配があった。
 それを、「嗤われた」とラヴィールの脳は解した。
「……雑草だって馬鹿にしてますか?どうせオレは平民出身だ。だがあんたらみたいに元々与えられている側の人間に、オレが劣っているだなんて思っていない。馬鹿にしてられるのも今のうち──」
 少女に食ってかかったラヴィールの視界がぐらりと揺れ、気づけば鈍い痛みと共に地べたに這いつくばっていた。
「……っなにが、起こって」
 呼吸が上手くできずに、ヒュっと喉が鳴る。
 利き腕を背中に押し付けられる形で拘束されていることにようやく気づき、回らない首を無理やり捻じる。

「動かないでください。それ以上の抵抗を試みるならば、腕を脱臼させます」

 真っ黒な長髪の女が、無表情でラヴィールを見下ろしていた。上官と同年代らしいその女の膝が無慈悲に肩を地に押し付ける。
『ソフィ……その体制つらそう。離してあげて』
「お嬢様への暴言と野蛮な態度からは、とても騎士には思えません。それにこんな少年が騎士団員だなんて、ホラ吹きではないのですか?」
『いいえ 彼は騎士団員よ。最年少の騎士団員、ラヴィール・ダンデリオン。ソフィと名前が一緒だから、覚えていたの──だから、ね?』
 令嬢の困ったような表情を前に、ソフィと呼ばれた侍従は軽くため息をつくなりラヴィールを解放した。
 気道が確保され、取り込めなかった酸素を得ようと息が大きく吸い込まれる。通常の呼吸時よりも多い酸素量に身体が驚きせるはめになった。
 涙目で咳を繰り返すラヴィールは、ギッと女を睨みつける。
「お前、これが同業者に対する仕打ちかよ」
「私はお嬢様に害をなそうとした輩を止めただけです。というか同業者……?私はお嬢様専属のメイドですよ。貴方、誰かのメイドなのですか?」
「はっ?」

──メイド?

 メイドって、淑やかな態度でしおらしく後ろで控えている女を指す単語じゃなかったか。まだ背は成長期の男と言えど、容赦ない一撃を食らわし、地面に頭をつかせたこの女がメイド?

 ラヴィールの中にあったメイド像がガラガラ音を立てて崩れていく。

「お前こそ職歴詐欺だろ……」
「失礼ですね。前歴がいろいろあるってだけですよ」
「前科の間違いじゃなくて?」
 終わりそうにない言い合いを終わらせたのは令嬢だった。
『それより、あの、ダンデリオン殿はどうしてこのお庭に……?ここは一応、他の人の立ち入りが禁じられているはずなのですけれど……』
 若輩の騎士は慌てて「申し訳ありません」と詫びを口にする。
「なにぶん、初めて足を踏み入れたもので地理もわからず……本当に失礼をしました。気分を害したのなら謝罪させてください」
『あ、いえ。それはむしろ発見があったので全然……』と令嬢は手を振る。
「発見?」
 訝しむラヴィールに、メイドがすまし顔で、
「こちらの話です。どうぞお気になさらず」と探りを拒否した。
「今後も関わる機会があるのなら、お話する機会もあるかと思いますので」
 曖昧に濁され、良い気はしない。しかしそれをさらに深堀りすることを、平民ラヴィールは許されていない。貴族令嬢の意向を呑み込むしかないのだ。
「わかりました。これ以上は聞きません」
 引き下がる姿勢に、令嬢は『ありがとうございます』と申し訳なさそうに言った。
『あの、それで……家にはどう言ったご要件でいらしたのです?』
 令嬢の疑問に、上官が不法侵入した突っ走ったことを口走りかけ慌てて口を閉じる。どうにか上手い表現ができないものかと首を捻っていると、
「……お嬢様、誰か来ます。そろそろ戻りましょう」
 メイドがひそりと令嬢の耳元で囁いた。
 令嬢は憂いを唇に宿し、
『ええ……ダンデリオン殿、わたしはこれで失礼します』
 とドレスの裾をつまみ、軽く礼をした。

 風が優しく吹いた瞬間、ベールが少しだけ持ち上がり、薄い桃色の唇と真っ白にも見える金の髪が覗いた。
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