ダンデリオンの花

木風 麦

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2. 専属メイドの戸惑い

ささやかなお祝い

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 主のベールまで直した頃、計ったかのように「ラヴィールです」と戸が叩かれた。
 ソッフィオーニは「開けますね」と令嬢に一言断ってから戸の方へ向かう。
 扉を開けると、屋敷のメイドによって丁寧にアイロンがけされた正装を着た少年が立っていた。
 騎士団の本入隊は基本16歳以上だ。鬼才と噂されるフュリスの従兄弟ですら14歳に入隊している。13歳での入隊は、いくら若輩育成に方針が切り替えられたといってもそう認められることではない。

──故に。

 制服のサイズがなかったのだ。制服は騎士団から支給されるのだが、彼が着ているのは16歳以上の青年が着るような隊服だ。デザインといい上げただけの袖といい、少年体型の彼にはダボダボのサイズになってしまっていて似合わない。
「……っ!」
 耐えきれずに横を向いて吹き出したメイドに若騎士は「おい!」と抗議の声を上げる。
「似合わない自覚はあるがこれは制服のせいであってオレの身長のせいじゃない!」
 一息に言ってみせた少年は肩で荒い息を繰り返す。紅潮した頬といいムキになる姿勢といい、まだ精神は成熟していないようだ。
「マントを羽織っていたら如何です?少しはマシな見た目になると思います」
「マシって言うな。あと……マントは、いらない」
 歯切れ悪く言う若騎士に、ソッフィオーニは「ああ」と合点がいったように小さく首肯する。
「マント付けたら余計残念な姿に仕上がったんですね」
「その通りだようるさいな。少しはオブラートに包めよ。繊細な少年の心をいたぶるなよ」
 チッと高らかに舌打ちする少年を前に、ソッフィオーニは「繊細な少年の心?」と湧き出た疑問をそのまま声に出す。
『ソフィ、どうしてダンデリオンさんに意地悪言うの』
 言葉が耳をほとんど介さずに脳に流れ込んでくる。もう随分長い間この感覚を味わってきたからか、すっかり慣れてしまった。しかし騎士の方は違和感を顔に表していた。
『渡してあげて』
 鏡台の椅子に腰掛けたまま令嬢は言う。
 状況が分からない若騎士は怪訝そうにソッフィオーニと令嬢を交互に見る。
「かしこまりました」
 ソッフィオーニは「つまらない」と言いたげに半目になりながら、ベッドの奥にあったトルソーをカラカラ引いてきた。
 トルソーには若騎士が着ているものと同じデザインの制服が着せられていた。
『着てみてください。たぶん大丈夫だと思うのですけど』
 トルソーの制服を脱がし、呆けている若騎士にそれを渡す。
「お嬢様からの贈り物です」
 と言うソッフィオーニの言葉は聞こえていないらしい。口を半開きにしたまま制服を手にした若騎士は、緩慢な動作で自分が着ていたものを脱ぎ、渡されたものに袖を通す。騎士団のシンボルカラーであるエバーグリーン色の生地。金のボタンと肩章が制服を地味だと思わせない。
 肩幅や袖の太さまでが若騎士に合うよう作られており、不格好さは微塵もない。
『似合ってますよ』
 朗らかな声で称賛する令嬢に、若騎士は「ありがとうございます」と心ここに在らずな様子で返事をした。
 しかしすぐにハッと目を見張り、
「あっ いえ、えっと……ご厚意に感謝申し上げます」
 我に返ったらしい若騎士は足を引きながら敬礼しようとする。膝をつけそうになる彼を『まって』と令嬢が止めた。
『わたしの前では膝を付かなくていいです。見ていて気持ちの良いものじゃないから』
 ソッフィオーニが専属メイドとして仕えることになったときも、主は同じようなことを言った。どうやら令嬢は、貴族と使用人という関係に分けて考えることが嫌らしい。

(きっと、お嬢様が独りだったからだ)

 友人と呼べる存在もいない、家族とはどこか線を引いている。いちばん身近な存在がメイドと騎士であることは他の貴族も一緒だ。決定的に違うことと言えば、メイドしか心を開く人間がいないという点だろう。
 だが今、お嬢様はラヴィール騎士を受け入れようとしている。少しは社交性が育ってきたと言っても良いのかもしれない。

(けど、私たちは平民出身。お嬢様が白い目で見られることは確実……)

 それをわかっていなければオルガ嬢が恥をかくことになる。従者の一挙一動が主の評価につながる。年齢的には子どもだからと言って許されるような世界ではないのだ。
 これからは一層気を抜けない日々が待っている。
「お嬢様の御心のままに」
 簡略的な礼をした騎士に、令嬢は『そういうのもちょっと……』と苦笑した。
 狼狽える若騎士に、メイドは「肩章が少しズレています」と一歩近づき、
「お嬢様には友人のように接してください。お嬢様と私だけがいる場所では敬語も外して結構。しかし決して、他の人には聞こえないようにして下さい」
 と耳打ちする。
「私のことはソフィと呼んでもらって構いません。これからよろしくお願いしますね」
 身を引きながら手を差し出すソッフィオーニに、若騎士は「はい」とその手を握る。
「おれ──私のことは……なんとでも」
「改まらなくて大丈夫ですよ。では愛称はなんです?」
 若騎士は「ラビ、です」と小声で言う。その表情は暗い。メイドは軽いため息をつく。
「お嬢様とお近づきになること自体を諦めるおつもりですか?」
 ソッフィオーニの言葉に騎士は気まずそうに顔を背ける。その顎をメイドは躊躇なく掴み、ぐっと引き寄せる。
「気持ちはわからなくないです。けれど言ったはずですよ。あなたにも啓示があったのは、私たちなら未来を変えられるはずだからだと」
 ひそりと秘め事を話すような声量とは裏腹に、いつかと同じ殺気を孕んだ眼だった。夜空のような深い碧に捉えられた少年は身動きが取れなくなる。
「……ッ放せ!」
 毎日剣を振っている腕なだけあって、少年の華奢に見えた腕がソッフィオーニの手を力強く掴む。強気に睨み返した目に戸惑いが滲む。
 メイドの腕が引き剥がせない。いくら年の差があるとはいえ、男と女、それに少年のほうは騎士なのだ。並の成人男性よりも腕力があるのだが──……。

『ソフィ』

 いつの間にか近づいていた令嬢がソッフィオーニの肩に触れた。
『ソフィ、いいの。わたしに付いてくれるだけで十分なのよ。無理に仲良くなる必要ない』
 悲しげではなかった。むしろほっとしたような声だ。メイドは「しかし」と食い下がる。
『その人はわたしの友人になるために志願したわけではないでしょう?履き違えては駄目よ』
 主の言葉にメイドは押し黙る。令嬢の言葉は正しく聞こえるが、それでは駄目なのだ。
 専属騎士と共に過ごす時間は決して短くない。その騎士と良い関係を築けなければ、この先の令嬢の日常が重苦しくなるのだから。
 再び軽く裾を引かれたメイドは渋々若騎士の顎から手を離す。騎士に向き直り、「手を出すのは過ぎた行いでした。申し訳ありません」と軽く頭を下げた。
 令嬢は若騎士に対し、
『フュリス様から、あなたが貴族を好いていないことは聞いています。それで……無理して仲良くする必要はありませんよって、伝えてなかったなって思って。専属騎士の成手がいなかったから、志願してくれて本当に助かりました。ありがとうございます』
 感謝を告げた令嬢に「いや……」と若騎士はか細い声を出す。しかし続く言葉はなく、三人の間に静寂が落ちた。
『そろそろ時間ですね。わたしたちは先に行ってます。後から執事が参りますので、練習通りに会場へお越しくださいね』
 沈黙を破った令嬢は、メイドを連れて部屋を出た。

 赤い絨毯の敷かれた廊下を歩みながら『ソフィが感情的になるなんて珍しい』と令嬢が明るい声を出した。

『それだけ、あの人に期待してるのね』

 ソッフィオーニは苦笑を浮かべ、「そんなことありませんよ」と長い睫毛を伏せた。
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