ダンデリオンの花

木風 麦

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7.あなたに幸あれ

奥底で燻るもの

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 翌日、眼窩がんかに薄暗い隈をつくった若騎士は上官フュリスに呼び出されていた。訓練中の騎士のために設置された休憩所用のテントだが、現在は日がまだ昇りきっていない時分。二人以外に人影は見当たらない。
 上官はテーブルの上で手を組みながら、
「酷い顔だな」と話を振った。
「ええ まさか早朝に呼び出されるなんて思っていなかったものですから、夜更かしを少々」
 いつものように嫌味を吐くラヴィールに、フュリスは「悪いな」と苦笑混じりに労いの言葉をかける。
「昨日、アリスティア嬢と湖畔を回っている間に襲撃を受けた。襲撃者は監視付きで白テント内部ではりつけにしている。ゆえに、テントへは近づかないように」
「……それは、あらぬ疑いをかけられないためですか。それとも私がまだ幼い子どもと見られているからですか」
「本音をいえば両方ある。だが一番は、何か起きた際、お前に嫌疑がかけられないようにするためだ。……わかったなら返事をしなさい、ラヴィール・ダンデリオン」
 普段ヘラヘラしている人間が真面目に話をするだけで、こうも空気がヒリつくものだろうか。
 上官の真剣な面持ちに不慣れな若騎士は、素直に「わかりました」と頷いた。
「よろしい それでは本題に入ろうか。捕まえた犯人は二人、どちらも旧アクタム国の者と思われる。だが足跡を見る限り、あと一人居るはずなんだ。足跡はヒールのようなもので、女性の可能性が高い。……ラヴィール・ダンデリオン、なにか情報があれば共有してほしい」
 睨んでいるわけではないのに身動きひとつでもしようものなら射抜かれるような迫力をもつ緑瞳に、真を見透かすような光が宿るのを若騎士は感じた。
「…………ヒール、ですか。さぞ動きにくいでしょうね。招いた令嬢の中に足跡が同じ者はいないか調べた方がよろしいのでは?」
「できたらそうするが、今回の件は公にできない。無駄な嫌疑は騎士団の信用失墜に繋がる。そもそも足跡の照合ができる者が今いない。そして──情報を持っていそうな者が目の前にいるわけだ。手当り次第靴を見せてもらうより建設的だろう」
「私がなにも知らないとは思ってない口調ですね」
「思ってないからな」
 ぴしゃりと言い返されたラヴィールは鼻から息を吐き出す。
「その前に教えて頂けませんか。刺客はなにか言っていましたか」
「今はまだ気絶している。聴取できていないんだ」
「では 刺客を尋問せず、なぜ今回のような強行に及んだか聴いてください。そして、死刑には処さないと約束してください」
「それが叶わない場合は?」
「叶えてください」
 有無を言わさぬ物言いをした若騎士は上官と無言で見つめ合う。しばしの後、フュリスは「わかった」と承諾した。
「ただし、話に誤魔化しや嘘があるとこちらが判断した場合は無効だ」
「それでは、得たい情報が出てこなければ反故にされるのでは?」
「いいや 意図的に喋らなかった場合のみだ。そこは私がその機微を見逃さない奴だと信用してもらいたいところだな」
 普通なら理不尽だと叫ぶところだが、目の前の男から向けられる視線があまりに熱く。無意識のうちに、ラヴィールは「信じてます」と言葉を滑らせていた。
「あんたのことは、信じてます」
 優しく目尻を下げる上官から顔を逸らしつつ若騎士は「それで」と話を戻す。
「なにから話せばいいのでしょう」
 ラヴィールは遠き日を見つめるように睫毛を伏せた。
「私は12歳でリヨク騎士団に入隊しましたよね。ただの平民の出だと申しておりました」
「ああ それは調査済みだ。……だがその口ぶりからすると、ただの平民というのは語弊がありそうだ」
「平民ということに変わりはありません。ですが一つ隠していたことがあるとすれば、私の一族は代々旧アクタム国の王族の護衛を請け負っていたということです。私も歳が近い王女の護衛係をしておりました。といっても一人前とは呼べない腕前でしたので、遊び相手をしていた、と言った方が正しいでしょうね。王族の方々は監視の目とともに日々を過ごしておられました。……しかし王女が御歳五つになられた年、突如ご両親が行方知れずとなってしまわれたのです。当時オレはまだ幼く、大した記憶など残ってはおりませんが、そのときの王女は手が付けられないほど取り乱しておられたのは今でも鮮明に思い出せるほどです。それから八年後、後を追うように王女も忽然と姿を消してしまいました。──そんな王女が、昨日再び私の前に現れたのです」

──漆黒のローブに身を隠し、瞳に激しい風が吹き付ける雪原のような冷たさを孕む、様変わりした王女が。

 ラヴィールの話を淡々と聞いていた上官は、つと目線を机上から上げる。
「それはつまり、亡国の王女がなにか企みをしているということだな」
 上官の問いにラヴィールは答えなかった。無言で視線を交し、フュリスは「わかった」と立ち上がる。
「しばらくお前は謹慎だ。令嬢の護衛に専念しなさい」
「……期限は設けないのですか」
「あえて設けるとしたら、この騒動の片が付くまで、といったところだな」
 それは大して日常が変わるわけでもないうえ、陰口など噂の的になることから守られていることと同義だ。

 そこまでして守られるような価値、オレにはないというのに。


***


 鉛のようなものが胃の奥の方へと沈んでいく感覚とともに、ラヴィールは帰路をたどった。
 白い光を緑に注ぐ朝日を浴びながら、ラヴィールは泥に汚れたブーツで草を踏みつけながら道をつくる。

──今回の遠征は踏んだり蹴ったりだ。

 己の感情に振り回されるわ、王女が生きていたのは朗報だったが、それを既に王国の騎士団に知られている。事実、王女の外見についての情報は聞かれなかった。「計画」に支障が出る要素の塊が一気に襲ってきた。
 これ以上イレギュラーを増やさないでくれ。
 立ち止まったラヴィールの拳に力が入る。
『ラビ』
 脳に直接話しかけられる感覚。すっかり慣れた感覚に顔を上げると、別荘の二階窓から令嬢が顔を覗かせていた。

──ベールを着けずに。

 あんなにも素顔を晒すことを恐れていた令嬢が、金糸のような髪を靡かせ、光を取り込んだブルーグリーンの瞳を露にしていた。

『おかえりなさい』

 令嬢はベールをしていないことに気づいたようで、すぐに顔を引っ込めてしまった。
 おそらく無意識なのだろう。
 言葉を贈った令嬢は安堵の表情を浮かべていた。それが初めて見る、主の柔らかな笑顔であったことに鈍感な若騎士は後で気づくのである。
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