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トラブル〈彼方語り〉
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アイスのついた服の汚れを落としている間、俺は一人土産屋を冷やかしていた。
ふと、先ほどの人形が目に入った。
陽菜さんは「同僚の子供用に」と言っていたが、何となく引っかかるものがあった。
確信めいたものがあった。
彼女はストラップこそ持たないが、カフェの窓際に座ってはよく外を眺め、散歩コースの犬をじっと見つめていた。
何で犬を見ているのかわかったか?
まだ相席するようになって間もない頃、よく彼女が日曜の朝方には窓際をソワソワしながら見ている時期があり、少し気になって一緒に見ていたら、ドーベルマンのような厳つい顔の犬、多分違う犬種だが、それがよく若い男と一緒に大体同じ時間に散歩していた。
それで、気になって聞いてみた。
「··········あーいう人が好きなんですか?」
平成を装ったが、装えていたかはわからない。
すると彼女は目を瞬かせて「何のこと?」と言った。
「··········あの犬の飼い主、なかなかイケメンですよね」
何故かライバルになるかもしれないやつを褒めるという奇行に走った。当然内心では「しまった」と思った。
彼女は目じりを下げてあははと笑った。
明るく可愛いその顔を見れたので反省は一瞬でどこかへ飛んでいった。
「違うよー。犬の方だよー」
まだ笑い続ける彼女の顔を見てほっと息を吐く。
「私昔から動物には好かれないから」
笑いながら言っていたが、恐らく気にしていないわけじゃないだろうなと思ったのを思い出した。
そっと人形を手に取る。
うん。笑った彼女によく似合う。
いや、でも大人の女の人だし·····もしかしたら要らないかな。
困った顔をされるかもしれない。
迷った挙句、カバンに入るくらいで部屋に置く大きさの人形を手に取り、レジへと向かった。
レジの店員さんに一瞬ニマッとされ、
「喜んでくれるといいですねぇ、彼女さん」
と言われた。
小さい声で「··········ありがとうございます」と言って、ひったくるように袋を受け取りそそくさと店を出た。
多分耳まで真っ赤だったと思う。
少し急いで待ち合わせ場所まで戻ると、既に陽菜さんがいた。
何だか浮かない表情だ。
この世界そのものが視界に入ってないような、そんな瞳だ。
··········何言ってるんだろ。
馬鹿馬鹿しい妄想を頭から取り払って小走りで彼女のもとに駆け寄る。
「陽菜さん」
声をかけると、ハッとしたように目を見開いてすぐに笑顔になる。
「おかえり。もうちょっとゆっくりしてても良かったんだよ?」
売店で買ったカピバラのパーカーを着た陽菜さんが少し端に寄って座るスペースを空けてくれた。
「··········この動物園、カピバラなんていました?」
ふと疑問に思ったことを口に出すと、陽菜さんは首を振った。
「見てないね」
数秒見つめあって、二人して笑った。
「何でいない動物使うんですかね」
「売れるからじゃない?」
可愛いからじゃない?と言わない辺りが陽菜さんらしかった。
「··········そろそろ、帰りますか?」
まだ名残惜しいけど、もう六時になる。
「せっかくだから、夕飯食べていこーよ」
陽菜さんの提案に少しばかり気が引けた。
自分の分の金は出せるかもだが、毎日カフェに行ってるので金銭的余裕はない。それに払ってもらうなんてことはしたくない。大人とはいえ女性だから、男としてのプライドがある。というのももちろんある。が、一番の理由は··········。
俺が渋っていると、陽菜さんは少し覗き込んできて微笑した。
「やっぱ帰ろっか」
気を遣わせてしまった。そういうのもさせたくないのに。なんで収入がこんなに少ないんだ。いや、違うな。
何で俺はこの人と対等になれないんだ。
「··········すみません」
顔が見れなくて下を向く。
すると彼女はそっと手を握ってきた。
「はいっ」
ビックリして思わず返事をしてしまった。
その様子を見て陽菜さんがまた明るく笑った。
「帰るまでがデートだよ」
そう言った彼女は繋ぎ方を変え、指を絡ませた。
心臓がうるさい。
もう駅が見えてきてしまった。
まだあと二十分、いや三十分はこのままが良かった。
そんなふわふわした空気から一変、雨雲がゴロゴロと音を立てた。
「··········早く、帰りましょうか」
「え?···············うん」
陽菜さんが少し驚いた顔をして、笑顔を見せた。
あ、誤解させたかな。
「あの、陽菜さ──」
慌てて引き留めようとした時だった。
ピシャッと空が光った。
「わっ」
「ひっ」
どうやら雷が近くで落ちたようだ。雨が唐突に降り始める。
「··········ビックリしたねー」
そういう癖に平然としている。怖くはないのだろうか。
「雷落ちるってわかったの?」
俺が小さく頷くと、陽菜さんがすごいと言う。
「ええ········まぁ」
ごにょごにょと誤魔化す。
次いで、また空が光って大きな音が鳴り響いた。
意思に反して体はビクッと震える。
「··········彼方君」
陽菜さんの声がすぐ耳元で聞こえる。
「雷、怖いの?」
俺は頷かなかった。否、頷きたくなかった。
呆れられたかな。ダサいと思われたかも。
ただでさえ情けないところとか見せてるのに。
「··········もー。そーなら早く言ってよー」
少しむくれた声で俺の腕を掴んだ。
「えっ」
「こーした方が落ち着かない?」
密着する面積が増えてより一層心臓が音を立てる。
恥ずかしさからなのか、怖さからなのかわからない。
「···············あ、不味いかも」
「え?」
彼女の呟く声に顔を上げると、電光掲示板に表示されていたのは、
「··········え、止まった?」
どうやら落雷は電車の命綱には当たらなかったものの、そのすぐ近くの大きな木に当たって倒れてしまったらしい。
困ったな、帰れない。··········陽菜さんが。
「うーん··········タクシー··········呼ぶのはなぁ」
そう。陽菜さんは大のタクシー嫌いなのだ。
「··········ホテル取るかなぁ。··········彼方君はお迎え来てもらえるかな?」
「え、ええ··········。」
お迎え、という何とも子供用みたいな言葉が胸にズシンと響く。
「じゃあ、またね」
そう言って彼女は笑顔を浮かべて駅から遠のこうとする。
伸ばしかけた手を引っ込める。
引き止めてどうする。困らせるだけだ。
やめよう。仕方ない。
パシャッと水が跳ねた。
「陽菜さんっ」
水に濡れた彼女は大きく目を見開いている。
ああ、やっぱり綺麗だ。
いや、違う違う!そうじゃない!
「あの、··········濡れるので、取り敢えず駅·····っゴホゴホッ」
全力で走ったから喉が引きつった。
「··········取り敢えず屋根のあるところ、だね」
くすっと笑った彼女は相変わらず美しかった。
二人して服がびっしょりだ。
駅に戻り、タオルで肌が露出している所を拭く。
「··········あの、·····引き止めてごめんなさい。でも、その··········良ければ、家来ませんか」
直球な言葉しか出てこない俺の頭を誰かと交換したくなった。
ふと、先ほどの人形が目に入った。
陽菜さんは「同僚の子供用に」と言っていたが、何となく引っかかるものがあった。
確信めいたものがあった。
彼女はストラップこそ持たないが、カフェの窓際に座ってはよく外を眺め、散歩コースの犬をじっと見つめていた。
何で犬を見ているのかわかったか?
まだ相席するようになって間もない頃、よく彼女が日曜の朝方には窓際をソワソワしながら見ている時期があり、少し気になって一緒に見ていたら、ドーベルマンのような厳つい顔の犬、多分違う犬種だが、それがよく若い男と一緒に大体同じ時間に散歩していた。
それで、気になって聞いてみた。
「··········あーいう人が好きなんですか?」
平成を装ったが、装えていたかはわからない。
すると彼女は目を瞬かせて「何のこと?」と言った。
「··········あの犬の飼い主、なかなかイケメンですよね」
何故かライバルになるかもしれないやつを褒めるという奇行に走った。当然内心では「しまった」と思った。
彼女は目じりを下げてあははと笑った。
明るく可愛いその顔を見れたので反省は一瞬でどこかへ飛んでいった。
「違うよー。犬の方だよー」
まだ笑い続ける彼女の顔を見てほっと息を吐く。
「私昔から動物には好かれないから」
笑いながら言っていたが、恐らく気にしていないわけじゃないだろうなと思ったのを思い出した。
そっと人形を手に取る。
うん。笑った彼女によく似合う。
いや、でも大人の女の人だし·····もしかしたら要らないかな。
困った顔をされるかもしれない。
迷った挙句、カバンに入るくらいで部屋に置く大きさの人形を手に取り、レジへと向かった。
レジの店員さんに一瞬ニマッとされ、
「喜んでくれるといいですねぇ、彼女さん」
と言われた。
小さい声で「··········ありがとうございます」と言って、ひったくるように袋を受け取りそそくさと店を出た。
多分耳まで真っ赤だったと思う。
少し急いで待ち合わせ場所まで戻ると、既に陽菜さんがいた。
何だか浮かない表情だ。
この世界そのものが視界に入ってないような、そんな瞳だ。
··········何言ってるんだろ。
馬鹿馬鹿しい妄想を頭から取り払って小走りで彼女のもとに駆け寄る。
「陽菜さん」
声をかけると、ハッとしたように目を見開いてすぐに笑顔になる。
「おかえり。もうちょっとゆっくりしてても良かったんだよ?」
売店で買ったカピバラのパーカーを着た陽菜さんが少し端に寄って座るスペースを空けてくれた。
「··········この動物園、カピバラなんていました?」
ふと疑問に思ったことを口に出すと、陽菜さんは首を振った。
「見てないね」
数秒見つめあって、二人して笑った。
「何でいない動物使うんですかね」
「売れるからじゃない?」
可愛いからじゃない?と言わない辺りが陽菜さんらしかった。
「··········そろそろ、帰りますか?」
まだ名残惜しいけど、もう六時になる。
「せっかくだから、夕飯食べていこーよ」
陽菜さんの提案に少しばかり気が引けた。
自分の分の金は出せるかもだが、毎日カフェに行ってるので金銭的余裕はない。それに払ってもらうなんてことはしたくない。大人とはいえ女性だから、男としてのプライドがある。というのももちろんある。が、一番の理由は··········。
俺が渋っていると、陽菜さんは少し覗き込んできて微笑した。
「やっぱ帰ろっか」
気を遣わせてしまった。そういうのもさせたくないのに。なんで収入がこんなに少ないんだ。いや、違うな。
何で俺はこの人と対等になれないんだ。
「··········すみません」
顔が見れなくて下を向く。
すると彼女はそっと手を握ってきた。
「はいっ」
ビックリして思わず返事をしてしまった。
その様子を見て陽菜さんがまた明るく笑った。
「帰るまでがデートだよ」
そう言った彼女は繋ぎ方を変え、指を絡ませた。
心臓がうるさい。
もう駅が見えてきてしまった。
まだあと二十分、いや三十分はこのままが良かった。
そんなふわふわした空気から一変、雨雲がゴロゴロと音を立てた。
「··········早く、帰りましょうか」
「え?···············うん」
陽菜さんが少し驚いた顔をして、笑顔を見せた。
あ、誤解させたかな。
「あの、陽菜さ──」
慌てて引き留めようとした時だった。
ピシャッと空が光った。
「わっ」
「ひっ」
どうやら雷が近くで落ちたようだ。雨が唐突に降り始める。
「··········ビックリしたねー」
そういう癖に平然としている。怖くはないのだろうか。
「雷落ちるってわかったの?」
俺が小さく頷くと、陽菜さんがすごいと言う。
「ええ········まぁ」
ごにょごにょと誤魔化す。
次いで、また空が光って大きな音が鳴り響いた。
意思に反して体はビクッと震える。
「··········彼方君」
陽菜さんの声がすぐ耳元で聞こえる。
「雷、怖いの?」
俺は頷かなかった。否、頷きたくなかった。
呆れられたかな。ダサいと思われたかも。
ただでさえ情けないところとか見せてるのに。
「··········もー。そーなら早く言ってよー」
少しむくれた声で俺の腕を掴んだ。
「えっ」
「こーした方が落ち着かない?」
密着する面積が増えてより一層心臓が音を立てる。
恥ずかしさからなのか、怖さからなのかわからない。
「···············あ、不味いかも」
「え?」
彼女の呟く声に顔を上げると、電光掲示板に表示されていたのは、
「··········え、止まった?」
どうやら落雷は電車の命綱には当たらなかったものの、そのすぐ近くの大きな木に当たって倒れてしまったらしい。
困ったな、帰れない。··········陽菜さんが。
「うーん··········タクシー··········呼ぶのはなぁ」
そう。陽菜さんは大のタクシー嫌いなのだ。
「··········ホテル取るかなぁ。··········彼方君はお迎え来てもらえるかな?」
「え、ええ··········。」
お迎え、という何とも子供用みたいな言葉が胸にズシンと響く。
「じゃあ、またね」
そう言って彼女は笑顔を浮かべて駅から遠のこうとする。
伸ばしかけた手を引っ込める。
引き止めてどうする。困らせるだけだ。
やめよう。仕方ない。
パシャッと水が跳ねた。
「陽菜さんっ」
水に濡れた彼女は大きく目を見開いている。
ああ、やっぱり綺麗だ。
いや、違う違う!そうじゃない!
「あの、··········濡れるので、取り敢えず駅·····っゴホゴホッ」
全力で走ったから喉が引きつった。
「··········取り敢えず屋根のあるところ、だね」
くすっと笑った彼女は相変わらず美しかった。
二人して服がびっしょりだ。
駅に戻り、タオルで肌が露出している所を拭く。
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