年上イケメン彼女と頼られたい年下彼氏

木風 麦

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矢先〈陽菜語り〉

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 別れ話を切り出されると思った。
 でも彼を傷つけたことに変わりはなくて、彼の笑顔が胸に刺さる。この笑顔はから元気から作られていることくらいわかる。
 なんとも、勝手な人間だと思う。
 今の彼がかつての私を受け入れてくれているけど、そんな酷なことを私は最初から、記憶を持った時から望んでいたのだ。
 私は前世に自分だけが巻き込まれているように感じていた。実際それはそうなのかもしれない。けど、私は彼方君に昔のように接して欲しかったのかもしれない。じゃなきゃ、こんなに希望が打ち砕かれたみたいな感情にはならないだろう。
 願いは叶ったはずなのに、胸が圧迫されたみたいに空気が器官を通らない。


 彼と別れてから、私は真っ直ぐ家に帰った。
 冷蔵庫に入っているアルコール濃度の低い缶チューハイを手に、無意識にテレビのリモコンを探す。
 まだ昼にさしかかるくらいだが、体が無性にアルコールを欲していた。
 番組はニュースか、最近出てきたお笑い芸人が出る何でも番組しかない。
 画面の中の人は、弄られても笑って、自身は客を笑わせるようなことを言う。
 するめをちまちま齧りながら、その光景をぼうっと眺めていた。
 先刻さっきのことが、頭から離れない。
 私は、今でも過去の人を好き。これはどう言葉を濁しても折れない、私の芯。
 だけど彼は、そんな私を受け入れようとしてくれてる。
 どうしよう。
 彼のことを思うと胸がすごく痛くなるのに、私は嬉しくて涙が出てくる。
 私はすごく、自分本位な性格をしているってことを突きつけられた。

 ふと、頭をもたげて天井を仰ぐ。
 彼の笑った顔は、カルタとは似ていない。
 カルタは表情を隠すようにそっと笑う。
 向けられる眼差しも、カルタはとても優しい瞳で私を見る。けど彼方君は、楽しそうな、嬉しそうな目をする。
 あの子ほんとに私が好きなんだって、恥ずかしくなるな。
 彼方君は、カルタと激似だけどやっぱりちょっとだけ違う。かくいう私も、かつての私とはちょっと違う。
 名前だけじゃなくて、性格も少し違うし、身体の作りも違う。好みだって変わった。
 一時期、ちゃんと彼のことはおとぎ話の住人、と割り切っていた。
 だけど本人が現れちゃったから。
 心惹かれるまま、私は彼を求めた。きっと私が、縁を未だに手放せずにいるんだ。

 プルルル、とスマホが振動する。
 物思いに耽っていたから、つい身体がビクッと震えた。
 鳴り続けるスマホを手に取ると、発信先は千秋だった。
「もしもし?」
 スピーカーの向こうから、救急車のサイレン、ザワついたような人たちの声。
 途端に、嫌な予感が胸いっぱいに拡がった。
 ぞわっと産毛が総毛立ち、背中が冷えていく。
「陽菜!?今から近所のでっかい病院きて!」
「……え?」
「彼方が車に轢かれたの!!」
 なんで、だって、ほんの数時間前まで会っていたのに。
「早くしてよね。今意識ない状態なの。説明はそこでするから」
 千秋の焦る声は、数秒後にブツリと切れた。
 暫くスマホを手にしたまま、身体が動かなかった。
 数分後に、ようやく立ち上がって車のキーだけを手に家を出た。
 何も考える余裕のなかった私は、プルが中途半端に開かれた缶チューハイとスルメの存在を、信号が赤になったときに思い出した。


 息を切らして病院に駆けつけると、手術中のランプが赤く灯る場所へ案内された。
 そこに、好恵と千秋がぼうっと立っていた。
「好恵、千秋」
 声をかけると、二人は事故のことを話してくれた。
「好恵が財布を忘れたから、それを取りに家に帰ろうとしたの。そしたら、ほら、公園あるでしょ?あそこにトラックが突っ込んできて、何故か彼方がその場にいて、轢かれそうになった子どもを助けたんだけど、彼方自身は……」
 千秋はそう言うと俯いた。
 好恵はそんな千秋の肩を抱く。
「あの子、意識不明の重体だったのよ。それ以外何も分かんなかった……駄目ね。説明されても本当に頭に入ってこないんだもの」
 ふっと視線を上げ、好恵はこちらを見た。
「馬鹿よね。助けるなら自分も助からなきゃ意味無いわ」
 そう笑う好恵も、頬に涙の筋が残っていた。
 私だけが、まだ受け入れられずに赤いランプだけを見つめていた。


***


 手術は、想像よりもずっと長かった。
 医療ドラマみたいな、あんな早く決着がついたりしない。赤いランプが光って、しんとした廊下にちょっとした物音が反響する状態がずっと続く。
 時々扉が開いて、助手のような人が走って出ていき、何か道具を持ってはまた入っていく。
 こちらとしては怖くて仕方ない。
 手が震えて、お腹がすごく冷えている。
 何回身震いしたか分からない。

──また、私は彼に会えなくなるのだろうか。

 ウィィと扉が開いて、医者が出てきた。
「手術は成功しました。しかし意識不明なことに変わりはないので、まだ安心はできません」
 そう告げられた。
 それ、成功っていうの?
 顔に出ていたらしく、好恵と千秋は無言で私の手を握った。
「あとはご本人の頑張り次第、ということになります」
 私はやっぱり何も言えずに、無言で自分の爪先を睨んだ。

 私がとても優秀な医者だったら、もしかしたら彼方君は意識を取り戻していたかもしれないのに。
 いやそれ以前に、なんで彼方君は外に出ていたの。なぜトラックが突っ込んできたの。なんでそこに子どもがいたの。
 一つでも条件が違えば、彼は今こんなことになっていないかもしれないのに。
 椅子に体を投げる。
 ギッと軋む音が響く。あまり柔らかくないから少しおしりが痛い。
「あの」
 見知らぬ男が、私たち三人に近づいてきた。
 額を怪我している。
「……トラックの、運転手です」
 心臓が、ドクンと音を立てた。
「……此度は、誠に……誠に申し訳ございませんでした……!」
 そう言いながら、男は膝をついた。
 毛が薄くなった男の頭が、床につかんばかりに下げられる。
 好恵も千秋も、その男をただただ見下ろしていた。

 私は、微笑んでいた。
「……あなたも怪我、負われたんですね。大変でしたね」
 自分でも驚くほど、優しい声色だった。
 立ち上がり、ゆっくりと男に近づいて両膝をついた。
「額の怪我、大丈夫ですか?あなたが生きていて良かった……」
 私の言葉に、男は顔を上げる。
 青ざめた顔だった。唇は紫色で、目には涙が溜まっていた。
 その表情を前に、一瞬にして、言いようのない憎悪と嫌悪が身体中を駆け巡った。
 その男の頬を、私は大きく振りかぶって平手打ちした。
 パンッ、と乾いた音が廊下に響き渡る。
 誰かの、息を呑むような音が聞こえた。
 すぅ、と息を吸って、大きく吐いて、呼吸を整える。
「……だって、死んでしまっては何も出来ないでしょ?ああ、よかった。小さな子どもを轢き殺しかけた殺人鬼さん……あ、殺してはいないから殺人鬼ではないのかしら。でも同じことよね?実際死にかけているんだものね?」
 にこ、と私の口角が上がる。
「あなたには、全ての罪を背負って、中傷されて、心に大きな傷を負って、日常の生活に影響が出るくらいの苦しみを味わってもらいたいわ。そして、苦しみながら死んで欲しい。一瞬で死ぬだなんて、そんなのずるいもの」
 ゆっくり立ち上がり、私は病院の出口へ向かう。
 カッカッカッと靴が癇に障る音をたてる。
 これ以上、その場に居たくなかった。
 やり場のない怒りがくすぶって、身を内側から焼かれるような気になった。

 きっと、彼は戻ってきてくれる。
 そんな確信めいたものはなくて、ただただ祈った。
 彼がまた笑ってくれる未来を、ただひたすら祈った。
 そして私の足は、近くの神社へと向かった。
 大して信仰もしていないが、こういう時だけは知らず身体に染み付いている伝統がそうさせる。

 すれ違う人たちは皆、いつもと変わらない日々を過ごしている。
 それが、妬ましかった。
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