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MITSUKADO

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彼等が送る日常、その破綻

医務室の一日

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衛生兵隊の隊長である進戻繰行はその一日を医務室で過ごす。
機械の整備中に怪我をした整備兵隊の隊員を治療したり、負傷した隊員の面倒を見たり、やることは尽きない。
しかし、こう他人の世話をできるのも自分が「おかしく」なっていない今だけだ。
進戻繰行は物体の速度を操作するという大きな力を持つ代償に、たまに「おかしく」なる。
それは本人にとって大きな悩みでありその力に驕らずにいられる枷でもあった。
「おかしく」なるとは具体的には幼児退行の事である。
隊員達にはもはや知れ渡っている事であるが、実際に進戻繰行が幼児退行している現場を目撃した者は少ない。
というのも幼児退行には前兆があり、進戻繰行はそれを感知し自らを自室に閉じ込めるからだ。
進戻繰行の部屋はまるで子連れの使う部屋のようで、綺麗に片付いた部屋の片隅に積み木や色とりどりのクレヨンがぶちまけられた一角がある。
それこそが進戻繰行の中に巣くう幼い子供の爪痕であり、もし片付けでもすれば癇癪を起こし、それは気のすむまで暴れまわることだろう。大人の体と腰に携えたサーベルで。
しかし幸いな事に、今日は幼児退行の兆候は今のところまだ見られない。
この間の全認否断と窓入帰無への援護の際力を使ったので一抹の不安があったのだ。
まちまちに来る負傷者を世話し、一段落といったところで火にかけたポットから茶をカップへ注ぎつかの間の休息が訪れる。
一口二口と茶を口へやり喉を潤していると静寂を破るようにして医務室のドアが開かれた。
何て乱暴な開け方だ、こちらからはカーテンで向こうが見えないが、こんな乱暴で無遠慮なドアの開け方をするのは全認否断か目瞬幾都か踊乱胡乱かそれとも···などと予想をしたところでその候補の多さに少しげんなりするのであった。
「進戻繰行~いる?」
果たしてそのドアを開けたのは予想にも入っていなかった補給兵隊の虚言滅路であった。
彼は正直言って進戻繰行の好きになれない人物だ。
虚言癖もさることながら全くデリカシーのない行動に配慮に欠けた言動に数えだしたらきりがない。
「ああ、いるとも。それで。」
既に進戻繰行の声にはうんざりだといったようなイントネーションが含まれており、返事もどこか投げやりだ。
それは間違いなくカーテンを開けこちらの姿を確認する虚言滅路が生傷をつけたままの上半身に衣服を何も纏っていないという事が原因であった。
「怪我したから治してよ」
まるで自分は何もおかしな事などしていないとでも言うかのように自然な立ち振舞いで、虚言滅路は治療を頼む。
「勿論だ、それが俺の仕事だからな」
棚から治療用の道具箱を取り出し膝に乗せ器具をいくつか取り出している間も虚言滅路は進戻繰行がげんなりするような言動を続ける。
この傷はさっきの出動で負ったものだとか。
さっき噂で聞いた個人のプライバシーを著しく損害する情報だとか。
今日の食事のメニューは昨日と同じにするだとか。
どれが嘘でどれが本当なのかはもはやわかったものではないが、今日はまだ一度も出動命令は出ていないし、補給兵隊の虚言滅路はそもそも前線に出ることはないのは確かだ。
「どうせまた昨晩に蓮幻金糸と寝たんだろう」
前線に出ることもない虚言滅路の怪我の原因などたかが知れていた。
彼と歪んだ肉体関係にある整備兵隊の蓮幻金糸はサディストであるともはやこの基地内では知れたことだ。
「うん」
それを隠しも否定もしない虚言滅路は平然と言う。
鞭のようなもので叩かれたような跡や爪の食い込んだような跡、大きな痣など見ているだけで二人がしている行為が頭に浮かび非常に不快だ。
「俺には君と彼との関係をどうこう言う筋合いはないが」
正直どうでもいい、どうでもいいが現状この基地では一人の損失も出したくないほど困窮を極めているのだ。
「殺されないようにな」
だから言った言葉だ、決して思いやりがある訳でも彼に好意があるわけでもない。
「まあ、その時はその時かな」
が、やはりそこは言動に一切の配慮がない虚言滅路だ。人の親切心を容易く踏みにじる。
彼にはこの戦いも、戦いで消えていく者たちにも興味など無かった。
その無関心は自分にすら及んでいて死のうが生きようがどうでも良くて、ただ今自分は生きているから、生きるという事をしている、というだけであった。
彼がいつからこうなったのか、それとも元々こういった性分なのかは今もこれからも語られることは無いが、少なくとも彼のその無関心は目の前で自分を治療している進戻繰行を大いに苛つかせているのであった。
「·········終わったぞ」
苛つきを圧し殺して治療を続けていた進戻繰行が包帯を巻き終わりそう告げる。
「うん、わかった。じゃあね」
ありがとう、等の感謝の言葉を一言も発する事が無いまま虚言滅路は医務室を後にした。
それを見送ると進戻繰行は大きなため息と共に空いたベッドへと倒れ込む。
彼のどこへもやることのできない鬱憤は圧し殺されたままストレスへとなり、貯まって重くなったそれは彼を幼児退行させるに十分な質量をもってのし掛かっていた。
視界が歪み景色が明滅する。
どっと冷や汗が流れ出し、呼吸すらままならなくなった進戻繰行は震える脚で何とか自室へたどり着く。
吸い込まれるように自室の一角へと崩れ落ちると、徐々に大人びた険しいその表情が嬉々としたものへと変わる。
それは彼に巣食う子供が殻を突き破り顔を覗かせた合図だ。
結局この日は日が沈むまで進戻繰行は幼児退行したままであった。
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