紙上のWeAreRight

MITSUKADO

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彼等が送る日常、その破綻

捕食

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補給兵隊であるGB隊が捕らえられている紙魚たちの檻に足を踏み入れると、紙魚の体液の臭いがマスク越しにつんと鼻をつく。
地下にあるここは湿り気もひどく、間違いなくこんな環境下に置かれている補給の仕事は誰もやりたがらないだろう。
しかし娯楽の少ないこの軍内で、かつて自分達を隷属させてきた紙魚たちを捕食者として、反逆者としての大義名分をもって好き勝手いたぶり殺せる事はGB隊の皆にとって唯一の楽しみといっても過言ではなかった。
肉体労働に明け暮れる毎日は彼等に幼い他種族の子をいたぶり殺しその肉を食べる事すら普通の事であると錯覚させてしまった。
毎週決まった時間に決まった量の肉を厨房へ調達するという行為はどこまでもシステマチックであり、そこに命があるという事をもはや誰もが忘れている。
「脚はここに束にして入れて、触角と外殻は部屋の隅にまとめておいていいからね」
隊長の虚言滅路がてきぱきと指示を出す。
隊員たちは無表情で、あるいは引きつったような笑みを浮かべながら、黙々と目の前の紙魚たちを解体していく。
脚を折るめきめきという音、外殻を剥がすべりべりという音、断末魔、肉の断たれるぶつりという音がしばらく続いたあと、規定の量になった紙魚の肉をケースに入れ隊員たちが持つと、檻の入り口は再び固く閉ざされ、紙魚たちには束の間の安息が訪れる。
産卵させ、授精させ、孵化させしばらく経てば食べられるほどの大きさに育つ紙魚たちはユサイの民にとってかっこうの餌であった。
最初のうちは怯え、狭い檻の中を逃げ回っていたが、抵抗する事すら諦めたのか紙魚たちは大人しく殺されるようになった。
苦悶の声は上げども、逃げたり反撃するような素振りを一切見せなくなったのだ。
それを不気味に思う者はいなかったし、そもそも紙魚たちの変化を他の隊に報告すらしていなかったのであった。
厨房へと運ばれた肉は切り分け臭みを消すために野草やハーブとともに暫く置かれたあと、削った岩塩を荒く振りかけ、串で肉が反らないように固定しオーブンへと投入される。
肉に火を通している間に脚の肉の外殻を剥く。
紙魚の硬い外殻は研磨すればナイフにもなるほど薄く頑丈で、剥いたあとの脚の外殻は加工のため整備兵隊のB隊へと送られる。
脚の肉はスープになる。
肉に軽く火を通したあと切った芋や根菜と共に芋が崩れるほどまで煮込み、最後に岩塩を振りかけ味を調節して完成だ。
そこに塩茹でした豆のサラダと野カラシの実をすりつぶしたマスタードを添えたものが毎日の夕食のメニューである。
朝、昼はパンとひき肉を焼いて固めたものだけという質素なものであるだけに、夕食は皆にとって特別な時間であり、憩いの時間でもあった。
「今日はデザートにリンゴがつく予定だったんだけどさ、全部食べちゃったんだよねえ」
虚言滅路がステーキを切り分けながら呟く。
「外にあるリンゴの木はこの間敵襲で燃えたのが最後だったでしょう」
蓮幻金糸がすかさずそう付け足すと、そうだねと虚言滅路はなんでもないようにそう返した。
こうして日常を過ごしている間も軍は敵の脅威にさらされている。
一分後、一時間後、一日後いや、それとも一秒後に敵を確認したセンサーがサイレンをけたたましく基地内に響かせるかもしれない。
テーブルの一つで悲鳴が上がる。
BG隊の隊員の一人がフォークを自らの首に突き刺し、自殺したようだった。
「貴方の隊の隊員が死んだようですよ」
蓮幻金糸が虚言滅路の肩を叩き、悲鳴の上がったほうを指差す。
「ああ、誰か動力炉に放り込んできてよ」
虚言滅路が自分の隊の誰かを募る。
やがてしばしの沈黙のあとに死んだ隊員の隣に座っていた隊員が青ざめた顔で冷や汗をかきながら
「おれが、いって、きます」
と蚊の鳴くような声で言うと、死んだ隊員を抱え食堂を出ていった。
その姿に一瞥すらくれずに虚言滅路は「ねえ、今死んだやつの分、僕が食べてもいい?」と食事の乗ったプレートを自分の席へと運ぶ。
極限まで張りつめ、緊張感に満ちたこの閉鎖的な空間で彼等は着実に狂っていっていた。
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