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プロローグ
しおりを挟むここはアルデングェイム王国。
《神》は、遥か昔、地上に降り立ち、気まぐれに人間と戯れたという。
《神》は、あるものには知識を与え、あるものには力を与えた。
そして、あるものにはマナ魔力を。
様々なものを、人間へ与えたもうた。
《神》と人間は、その日々を、生活をただ享受した。歓び、愉しみ、純粋に、素直に、享受した。
ある僻地の村に、ある一人の男がいた。
その男は、親も居ず、頼れるものも居らず、見目も悪い。更には、生まれつきなのか、片方の目が完全に失明していた。その生まれから、職にも就けなかった。
日銭もない、若さもない、誰かから優しさを、その日生きるための食料でさえも、与えられない。
男が生きていくには、盗みを働くしかなかった。幼いころから、盗みを働き続けた。生きてゆくには、食べなければならぬ。だけれども、食料を買う金はない。それならば、盗むしかないではないか。
誰がこの男を救えただろうか。身なりも汚れ、汚らしい、この男に、誰が手を差し伸べられただろうか。
いたのかもしれない。世界の何処かには、いたのかも知れない。だけれども、この男の側には、そんな聖人君子のような人間はいなかった。
男は徐々に、心までもがくすみ、汚れていった。まるでヘドロのように、心は黒く澱んでいった。
そんな時、男はある噂を耳にした。
『近くの村に、《神》様がお戯にいらっしゃっているらしい』
《神》など信じていなかった。《神》などいてなるものか!もし《神》がいるのなら、なぜ俺を救わなかったのか!男は激しい怒りに包まれた。
そうして、男はそんな残虐非道な《神》を、人目でも見てやろうと、村へ赴く。
そこにいたのは、女《神》。女《神》から何かを与えられ、頬を紅潮させ、やたらに礼をする青年。見目麗しい一柱一人。
男は胸の中から何かが吹き出るような感覚に襲われた。前がよく、見えない。
なんだ、これは。俺を救わずに、俺より恵まれたものに、更に恵みを与える。なんなのだ、それは。そんなことが、許されていいのか?《神》は、全ての者を救うのではなかったのか?怒りが、収まらない。
男は家とも呼べぬ、荒屋に帰ると、光の灯らぬその瞳をさらに陰らせ、ギョロギョロと目を動かす。
あった、これだ、そういうと、男は使いすぎて錆きってしまったクワを手に取り、ゆっくりと砥いでゆく。
これは、男がまだ幼いころ、唯一優しくしてくれた、近所のお爺さんにもらったものだ。
そのお爺さんも、もうとうに亡くなっている。
「お爺、すまなかった、今まで迷惑ばっかりかけてすまなかった。俺には何にもなかった。何にもできやしなかった。努力でどうにでもなるなんて、嘘だ。努力なんて、何の意味もない。《神》は、恵まれたものに、恵まれているものに恵みを与え続ける。それが過剰であることを知っていながら、俺たちのような救いを求めるものには何も与えはしない。そんなものを、《神》と呼ぶのか?俺は、《神》とは呼べないと思う。お爺、ずっと、言ってたよな。《神》様は、誰もを見守ってくださっています。《神》様は、誰にも救いを与えてくださるのです。《神》は、懺悔し、悔い改めれば、全てをお許しくださいますと。そんなのは嘘っぱちだ!お爺が騙されてたとは言わねえ、あいつらが、《神》が騙していたんだ!だから、俺は、俺の怨恨を、晴らすよ。俺が間違っていたのだとしても構わない。もう俺には、何もないんだ。死んだって、構わない!」
男は砥がれたクワを手に、その女《神》のいた場所へ向かう。女《神》は、もう随分日が暮れているというのに、まだあの青年と話していた。その緩んだ顔を見て、男の怒りが、蘇る。
男は気付かれないよう距離を、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
そして、青年に向かってクワを大きく振りかぶって…下ろした。
断末魔。悲鳴、飛沫する血液、飛ぶ青年の生首。女《神》は震えているようだ。
女《神》も、恐怖を感じるのか。それならば、女《神》も、《神》も、死ぬのではないか?
《神》を殺せば、この世界から、格差というものは、少なくなっていくのではないか?《神》そのものが、諸悪の根源なのではないか、そうかんがえた男は、計画の始めにこの女《神》を殺すことを、決めた。
《女神》は足が遅いらしい。そりゃあそうか、天上で悠々自適な生活を行う《神》には、走ることなど、必要がないのだろう。悲鳴をあげ、泣きながら逃げ惑う女《神》を捕まえ、男は、首をーーー刎ねた。
「お前たちが、俺を救わぬから、悪いのだ」
男のような思考をもつものは、たくさんいた。男は貧民街の鬱屈とした住民たちに声をかける。
『《神》を殺さないか?』
あるものは、《神》は不死なのではと問いた。そんなとき男は、刎ねて何週間も経っても生気のようなものを失わぬ女《神》の生首を見せつけて、こう言った。
「《神》は死ぬのだ」
あるものは、《神》の存在に懐疑心を抱いた。そんなとき男は、死してもなお美しさを失うことのない女《神》の生首を見せつけて、こう言った。
「《神》は、いる。あいつらは、決して俺たちに救いは与えない!」
そうして男は、何千もの恵まれないものたちを集め、《神》殺しを始めた。
簡単なことではなかった。それは《神》だ。男たちは人間だ。しかし、それでも、恵まれないものたちの方が、あと一歩、強かった。恵まれないものたちの殆どは失うものなどない。失うものなどないから、命など惜しくない。全ての《神》を殺し終わったとき、歓声が上がった。それは、心からの歓声。
今まで行き当たりばったりで、ただその日を食いつなぐことだけを必死にこなして来た人間たちの、心からの、歓声。
しかし心優しき、小賢しき《神》は、こんな緊急の事態が起こったときには、恵まれた、自分が恵みを与えた者たちには、自分たちの住む天上へと逃げるよう、はなから言い含めていたようだった。
この男の名は、アルデングェイム。
後に、英雄と呼ばれた男の名である。
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