春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第七話】

酔えど敵は憎し

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「っつーことで、カンパーイ!」
「カンパーイ!」

 場所はイツメンでよく利用する新宿の雑居ビルの個人経営居酒屋。
 ここは一度咲とも訪れた場所で、その時の思い出がじくりと胸を刺した。

 入店の暖簾をくぐったとき、俺は店のおばちゃんにこんな事を言われた。

「おっ! 彼方くん。この前は来てくれてありがとうね。今日はあの綺麗な子連れてきてないのかい? えっと、名前は――」
「おばちゃん! 言わないでくださいって! ……あいつは、今日はいないですよ」
「えっ、剛、誰!? その綺麗な子って!」
「あらあら、それは悪かったね。さ、いつもの席開けてあるから、入った入った」

 今日のメンバー、俺含めて男三人、女三人のグループはそのまま奥の席へと案内される。
 咲の事聞かれると思ってなかったから、マジでビビった。
 でもそうだよな。おばちゃん、あからさまに咲の事気に入ってるっぽかったもんな。

 俺たちは飲み放題と各々好きなものを注文する。
 確かにこうやって仲の良いやつらとの飲みも楽しい。けど、やっぱり咲と一緒にいる時のドキドキ感とは全く違うんだよな。
 また、一緒にご飯、食べに行けたらいいのに。

 最初のドリンクが来れば、文はここぞと言わんばかりに乾杯音頭を取る。
 ガチャリとグラスを合わせ、ごくごくと酒を飲み下す。

 それから一時間は経っただろうか。
 俺は少しだけ酒が進みすぎていたようで、頭の中に靄がかかったみたいだった。
 だから、こんなことを言ってしまったのかもしれない。

「おい、剛。ペース早くね?」
「めずらしー。何、剛。なんかヤなことあったん?」
「嫌な事、な。……なぁ、お前らさ、例えば俺が男とホテルから出てきたら、どう思う?」

 するとすぐにざわめきが起こった。ヤバ、俺、ヘンな事言ったかも。

「って、ワリ! 例えばだよ、例えば!」

 そうフォローを入れるものの、周りは興味津々と言ったばかりに俺を見てくる。

「確かに。剛みたいな顔も性格も良いイケメンにずっと彼女がいないのマジで不思議だったんだけど、男って考えは無かったな」
「何? 気になる男でもいんの? ちょっ、それ詳しく聞かせろし」
「つか、剛に出来たのって彼女じゃなくて彼氏だったんじゃね!? なら、マジで言いづらい雰囲気出してたよね、ウチら。気付いてあげらんなくて、ごめんね」

 そう言って友人の一人は俺の手をぎゅっと握った。
 また「気持ち悪い」だの「ありえない」だの言われる可能性だって無かったわけじゃない。
 それなのに、こいつらは真剣に受け止めようとしてくれてる。

「……俺、お前らがダチで良かったよ。マジサイコー」
「おう! 俺も剛がダチでよかった!」
「アタシもアタシも! やっぱ、みんなでこうやって呑むのが一番たのしーよ」
「だから剛も彼氏に浮かれてばっかりじゃなく、私たちとも飲みに行こーね」
「ははっ。まだ彼氏じゃねーよ。絶賛俺の片思い中」
「剛に片思いされて落ちない男なんていんの!? ヤッバ、俺なら速攻落ちるけど」
「いーなー。ウチも剛に愛されたーい」

 今俺と繋がってるのが、こうやって笑い飛ばしてくれる連中で本当に良かった。
 咲に夢中で、こいつらには悪いことしちゃったかもしれないな。
 いずれ咲も含めてみんなで飲みに行けたら、きっともっと楽しい。

 その日はそのまま話題もコロコロと変わり、俺も久々の飲み会で思わず酒を飲みすぎてしまった。正直なところ視界がグルグルしている。

「おーい! 誰か剛のこと介抱してやれ~!」
「珍しいな、剛が飲みすぎるなんて」
「うぅ……お前ら、耳元で騒ぐな。頭ギンギンする」

 会計を終え店から出ると、繁華街特有の饐えた臭いでより一層吐き気が増す。
 咲と一緒の時は、風が気持ち良い、だなんて思っていたのに。景色もここまで色を変えるものなのか。

 文に肩を支えられながら、俺はだらしなく下を向いていた。
 これ、家まで帰れっかな。
 けれど俺の酔いは、外野からのある一言で急速に醒めていった。

「あの、剛さんの事をお迎えに来ました」

 この声は。もう二度と聞きたくはないと思っていた女のものだ。

「おっ! おい剛、この美人誰だ~!?」
「おいおい、ツレがいるんだったら早く言えって!」

 外野はその女に興味津々なようだ。
 けれど俺は、咲と離れる原因になったそいつを許すことはいまだに出来ていない。
 それなのにこんなところにいるなんて。本当に気持ちが悪い。

「お前ッ……! ……君、こんなところまできて何の用?」

 思わず声を荒げそうになるが、ここは友人たちの前だ。
 一つ大きく息を吐いて、冷静さを保とうとする。
 すると図に乗った女は、俺を文から引き剥がすようにして腕を引いた。

「言ったじゃないですか。剛さんを迎えに来たって」
「……ここじゃ場所が悪い。ごめん、俺、帰るわ」
「おー! 気を付けて帰れよ~! 明日詳しく話聞かせろよな!」

 彼らの姿が見えなくなったことを確認して、俺は女の手を振り払う。
 どうせそうしても勝手に付いてくるのだろう。
 だから俺は駅とは逆方向の、人気の少ない路地に入っていった。
 周囲に人がいないことを確認して、俺はその場で立ち止まる。
 女は息を切らしているようだが、離れるようなことはしなかった。

「剛さんッ……!」
「剛、って呼ぶの。やめてくれる。つか、何の用。お前、俺とあいつのこと言いふらしたんじゃなかったのかよ。キモいって言ってただろ。そのキモ男に付いてきて、ありえねーんだけど」

 俺の目の前でわざとらしく膝に手を付き、呼吸を整える女。
 そんな姿にも苛立ちを覚え、俺は思わず舌打ちをする。

「言いふらすって言ったのは嘘です。私、ご……彼方さんに振り向いてほしくて」

 震える声で俺に上目遣いをするが、どうもそれが計算のように思えて、さらに怒りは増す。
 そうすれば許されると思っているのか。そんな事、絶対にありえないのに。

「俺の好きな相手を傷付けた時点で、お前の事を好きになるとかマジないんだけど。実際、お前のせいであいつと距離が出来た。どう責任取ってくれんの?」

 半分は八つ当たりだ。女だけに責任があるわけではない。俺だって咲の事をとっさに庇えなかった。
 けれど、人を貶す事で相手が振り向くという成功体験は絶対に作らせたくない。
 何より咲を傷つけた女を、俺が好きになるなんてあり得なかった。

「責任なら、私がその人の代わりになります」

 その一言で、プツンと糸の切れる音がした。

「だからそういうところが無理なんだって。別に俺が男を好きだって言いふらしても構わない。その代わり、ウゼー彼女面するのだけはマジでやめろ。どんだけ俺に付きまとおうとも、俺はお前のこと絶対に許さないから。俺が好きなのは、あいつだけだ」

 これ以上この女と話す時間は無い。そもそも俺にとってこの女の価値はむしろマイナスだ。
 自分の好きでもない人間と下らない話をするのは無駄以外の何物でもない。
 それも、自分の好きな相手を貶めようとした奴を。

 俺は女を置き去りにしてその場を離れようとする。
 そいつは声を上げて俺を引き留めようとするが、次の一言で思わず立ち止まってしまった。
 ことごとく放つ言葉が気に障る女だ。

「彼方さん! どうして、なんで私じゃ駄目なんですか!?」

 この女はすぐ感情的になる。ヒステリックに叫べば、相手が同情してくれるとでも思ってるのか。

「俺は、俺を大事にしない奴は嫌いだ。俺だけじゃない、俺の周りの奴も尊重出来ないような人間を好きになるとか、マジであり得ねぇ」
「それなら私だって、あなたの友人の方を大事にします!」
「お前、自分がした事忘れたのか? ずいぶん都合が良いんだな」
「咲さんにも、きちんと謝罪します。失礼な事を言ったって」
「もしそれで咲が許しても、俺は絶対にお前を許さない」

 先月初めて見た、咲の感情をすべて失った平坦な声。全く光の差さない昏い瞳。全身から溢れる俺への拒絶。
 きっと咲は優しいから、この女に謝られたら許すのだろう。けれど俺は、たとえどんなことをされても謝罪を受け入れることは出来ない。

「もう俺の前に現れるな。お前の顔なんて、二度と見たくない」

 それが俺のすべてだった。
 流石にもう引き下がる気はないようで、女はその場に蹲る。
 そうされたって心配する義理もない。
 そいつを置き去りにして、俺はその場から立ち去った。

「なんなのよッ……!」

 そう泣き叫ぶ声が聞こえたが、そんなものは都会の雑踏にすぐにもみ消されるのだ。
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