春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第十部】

自分自身に別れを告げて

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 次の日目を覚ますと、俺たちは一緒にシャワーを浴び、二人でキッチンに並んで朝食を作った。
 初めて咲の家に泊まった時は、彼に全部やってもらっていたけど、最近は俺も手伝うようになった。いかにハムエッグをうまく作れるようになるか挑戦することが、最近の俺の趣味でもある。

「それで、さ。咲」
「どうしたの?」

 全ての用意が終わり、リビングテーブルで向かい合って食事をしている時、なるべくなら不自然にならないように俺は言葉を切り出した。

「咲は、俺との関係、隠したい?」

 すると咲はくすくすと笑いだした。俺、ヘンな事聞いたか?

「剛は隠したくないって顔してる」
「まあ、な。でも咲が秘密にしたいのであれば、俺はそれに従う」
「あはは。良いよ。剛がズズニーで言ってくれたでしょ? 『隠さない事に決めた』って。だから、僕もそうしようと思う。もし君が傷つくことがあれば、今度は僕が守るから」
「ヤバい、そんな事言われたら、さらに惚れる。つか、俺も絶対咲を守るから!」
「それは何よりです。次は何を言われたとしても、僕は迷わないから」
「おう。俺も、外野が何を言っても、咲を好きな気持ちは一生変わらない」
「僕もだよ。今日も、その先も、君を愛してる」

 大切な人と新たな日を迎えて、食事をして、暮らしを続けていく。
 それこそが、俺の望んだ「人を愛する」という事なんだろう。

 真上に輝く太陽が照らす、早春の曇り一つない軽やかな青空は、きっと俺たちの未来を祝福してくれている。
 繁華街の中、華美な電飾の下で見る作り笑いの咲よりも、今こうして自然な光で無垢な顔で笑う咲を、これから先もずっと大事にしていきたい。

 そんな誓いを、俺は心に深く刻んだのであった。

 咲と過ごす休日が過ぎ、そうして迎えた登校日。
 この日は別々の登校となったけれど、俺たちはある約束をしていた。

 授業開始一〇分前、俺はイツメンに囲まれ、ワイワイと雑談を交わしていた。
 そんな中、突然周りがざわつく。そう、とある人物が教室に入ってくると同時に。

「ねぇ、あれって誰?」
「こんなかっこいい人、うちのクラスにいたっけ」

 彼は男女問わず人目を惹いているようだ。けれどまるで何事も無かったかのように、堂々と通路を歩いていく。

「おい剛、あいつ、知ってるか?」

 そう文が尋ね終える前に、俺は彼の名前を呼んでいた。

「咲!」

 するとこちらに視線を投げた彼が、にこやかにこちらへと歩いてくる。
 以前教室に居た、重ための前髪に分厚い眼鏡で地味な服を着た咲じゃない。
 髪もアップバンクにして、グレージュのカラコンを身に着けている。それに今はブランドものじゃない、俺と一緒に買いに行った古着を身に纏っていた。
 まるで彼の通った道がぱあっと明るくなるような錯覚さえ覚える程、美しさを放っている。

「と、言うことで。俺、仲間……いや、咲と付き合ってるんだ」
「どうもー。剛とお付き合いさせてもらってる仲間でーす」

 すると俺のイツメンは一斉に咲を質問攻めにした。

「ウッソ! ヤッバ、超イケメンじゃん」
「っていうか、剛の好きな人って仲間くんだったんだ!」
「うわー。これはガチで勝ち目ない」
「えっ!? 仲間って、あの地味で陰気そうな仲間?!」
「剛、おめでとー! まあ? ウチは剛が失恋するなんて思ってなかったけど」

 そう言って彼を囲む友人たちは、興味津々であることを隠そうともしない。
 けれど否定されるよりずっと良い。
 正直受け入れられるかっていう不安は、彼が俺の席に来る直前まであった。
 それなのに、こいつらは受け入れてくれようとしている。その心遣いがものすごく嬉しかった。

「地味はともかく陰気は失礼だろ」
「まあ地味だし陰気に見えるよね」

 そう言って苦笑する咲の肩を、文はがしっと組もうとする。
 だから俺はそれを阻止しつつも、彼を自分の方へ引き寄せた。

「それにしても、仲間、お前。モデルみたいじゃん」
「そうだろ。俺の彼氏、超かっこいいんだって」
「あ~はいはい惚気おつ。っていうか仲間も仲間よな~。そんなにイケメンだったらモテてただろによー」
「僕はモテるつもりは無かったからね。でもこうして剛の隣に立つなら、外見を整えておかないと」

 そうさらっと言う咲は、イツメンだけじゃない。この教室全ての注目を集めている。
 それが誇らしくもあり、けれど同時に俺しか知らない咲をみんなが知っていくような寂しさもあった。
 だけど、今こうして咲が前を向いて歩けているならそれが一番良い。
 彼の自然体な笑顔が、俺は一番好きだから。

「カーッ! お前、愛されてんなー!」
「おっさんくさいんだよ、お前は。ま、そーゆー事だから、今後ともよろしくな」
「こちらこそ! 仲間くんも、今度一緒に呑みにいこーよ!」
「剛の恥ずかしい話、聞かせろよな」
「あ、だからと言って私たちを差し置いてラブラブしないでね?」
「あはは。了解です。僕も、君たちと色んな話がしてみたいな」
「結婚式には呼んでくれよ~」
「お前ら、気が早すぎ。まあ、将来的にはな。全員来いよ?」

 俺たちは本当にいろいろな事があった。
 最初は人に言えない関係から始まったし、社会の偏見に惑わされ、離別も経験した。
 だからこそ、こうして友人たちが祝福してくれるなんて、誰が想像できただろう。

「剛」

 そう咲が名前を呼んでくれるだけで、俺は心がぱっと明るくなる。
 それは春の日差しに照らされた、一輪の花のように。
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