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「……きちんとお礼も言えず、申し訳ありませんでした。誰にも言えなくて、言いたくなくて、気づかれたくないのに、気づいて欲しくて、でも、堪えるのにも疲れてしまって……。そんな時に、アレン様に掛けて頂いた言葉に、私は救われたんです。逃げてもいいと言って貰えて、肩の力が抜けました。狭くなった視界が広がって、私が本来、集中して取り組むべきことにも気づけたんです」
万人に好かれることはそもそも無理な話しではあるけれど、反省すべき点は改善に努め、限られた労力や時間を無為にするくらいならば、有用に使った方がきっとずっといい。
「夜会の日、恐れながらあの日のお礼をお伝えしたく、お側に……」
そして見てしまった。凶刃に倒れたはずの、メアリーの笑みを。
「……実は僕も、あの夜会の日にナディアを探していたんだ」
「え……?」
「気づかなかったかな、何度か視線が、合った気はしていたんだけど」
照れたように頭を掻くアレンを見上げて、ナディアはポカンと目を見張る。
「わ、私がアレン様を見ていたので、き、気のせいかと思いましたし、恥ずかしくて……っ」
「学年も学舎も違うから、あれ以降話す機会はなかったけれど、ナディアのことが気がかりで、何となく姿を探して、ずっと気になっていた。……たまには姿を見つけたことも、あったんだよ」
「ご、ご心配をして下さりありがとうございます……っ」
カッカとする頬を押さえて、ナディアは下へ視線を落とす。
「……あの夜会の日もナディアを見つけて、話しかける機会を伺っていた。あまりにナディアが綺麗になっていて、話しかけることばかりに集中していたら、暴漢への対応に遅れを取ってしまってーー」
「ーーアレン卿は優しい人柄で実戦には向かないとはお伺いしていましたが、剣術に関しては決して弱くないと聞いていたので不思議だったんです。あの没落貴族とメアリー令嬢に遅れを取ったのは、妹に見惚れていたからでしたか」
言葉を濁したアレンに、ニアがフッと笑って口を挟む。
「お、お兄様! 失礼なことを仰らないで下さい!」
とんでもないニアの言葉に、ナディアが血相を変えて振り返る。
「いや、ニア副団長の仰られていることは間違えではないよ、ナディア」
「え……っ」
ボソリと呟かれたアレンの言葉に振り返ったナディアの両手が包まれる。
「僕はずっと、キミが……ナディアのことが、好きだったんだーー」
意を決した表情でナディアに想いを告げるアレンと、固まっているナディアを部屋に残して、ニアはその長い黒髪を揺らして部屋を後にしたーー。
「あんた、一体どう言うつもりなの!? この泥棒猫がっ!! あんたみたいなか弱いフリして男に媚を売る女が1番嫌いなのよ!!」
ガシャガシャと檻を鳴らして口汚く喚き散らすメアリーを、ナディアは黙って見つめた。
「……結果として、お2人の仲を割いてしまった点については申し訳なく思っております」
「はぁっ!? いい加減にその薄汚い仮面を取って本音で話しなさいよ!! 最初から気に食わなかったのよ!! 弱々しくしやがって! 周りを味方につけて、私の居場所を奪いやがって!!」
血走らせた瞳で、薄汚れたメアリーは尚も檻の中の猛獣の如く吠えている。
「……あなたに私がどう見えていたかはわかりませんが、私は私にできること、期待されることに真摯に取り組むことに努め、できるだけ皆に公平に接しようと心掛けただけです。あなたを不当に貶めた覚えもございません」
「それがいい子ちゃんで気に食わないって言ってんだよ!!」
メアリーの苛立ちから、ガシャーンと檻が大きな音を立てた。本来であれば愛らしい美貌が見る影もない。
「あなたには私が邪魔者に見えているようですが、現行の制度が一夫多妻制である以上、あなた以外の誰が過ちを犯しましたでしょうか?」
「うるせぇんだよ!!」
「ーー…………」
ハァハァと髪を振り乱して荒い息で睨みつけてくるメアリーを、ナディアはしばし見つめた後に口を開く。
「アレン様はお優しい方です。そして真実はどうあれ、あなたが怪我を負ったことも事実であり、多少のことならアレン様があなたを見捨てることもなかったはずです。屋敷に優しい方が多いのは、統治者の人柄が伺えます。……そんな恵まれた環境でも満足ができず、人を堕とすことでしか自分を保てないあなたは、本当に昔から何も変わってはいないのですね」
「ーーは? 何の話しよ!?」
まさしく悪鬼の如し表情を向けるメアリーを見つめて、1つ息を吐くとナディアは踵を返した。
未だ何ごとか喚く雑音を意識的に遮断して、じめついた地下牢から地上への階段をゆっくりと登る。
この期に及んで、自身がかつて先導してタチ悪くいじめていた者が目の前にいることにすら気づかない。その程度の感情であったことにすらいっそ驚いた。
「ナディア、大丈夫だったかい? メアリーとは話せた?」
「はい、お待たせ致しました。もう、大丈夫です」
差し出されたアレンの手を取って、ナディアは穏やかに笑む。
メアリーから見ればナディアは悪役であり、ナディアがもし強引に現れなければ、2度目の事件は起こらなかったのかも知れない。
2人が添い遂げたのかも知れないもしもの未来に、少しだけ痛む胸の内を1人考えた。
過去は変わらない。過去と今の行いの先に未来があり、自分で選択した結果の責任を取れるのもまた自分だけ。
それだけは皆が平等で、どんな過去も経験も、糧にしたと思えるように前を向いて歩いていく。
願わくば、その積み重ねが少しでも良い未来に繋がることを願って。
「ナディア、愛している」
「私も愛しております、アレン様」
唇を重ね、手を繋いで牢獄を後にする。
今も昔も、あなただけを愛してる。
【完】
万人に好かれることはそもそも無理な話しではあるけれど、反省すべき点は改善に努め、限られた労力や時間を無為にするくらいならば、有用に使った方がきっとずっといい。
「夜会の日、恐れながらあの日のお礼をお伝えしたく、お側に……」
そして見てしまった。凶刃に倒れたはずの、メアリーの笑みを。
「……実は僕も、あの夜会の日にナディアを探していたんだ」
「え……?」
「気づかなかったかな、何度か視線が、合った気はしていたんだけど」
照れたように頭を掻くアレンを見上げて、ナディアはポカンと目を見張る。
「わ、私がアレン様を見ていたので、き、気のせいかと思いましたし、恥ずかしくて……っ」
「学年も学舎も違うから、あれ以降話す機会はなかったけれど、ナディアのことが気がかりで、何となく姿を探して、ずっと気になっていた。……たまには姿を見つけたことも、あったんだよ」
「ご、ご心配をして下さりありがとうございます……っ」
カッカとする頬を押さえて、ナディアは下へ視線を落とす。
「……あの夜会の日もナディアを見つけて、話しかける機会を伺っていた。あまりにナディアが綺麗になっていて、話しかけることばかりに集中していたら、暴漢への対応に遅れを取ってしまってーー」
「ーーアレン卿は優しい人柄で実戦には向かないとはお伺いしていましたが、剣術に関しては決して弱くないと聞いていたので不思議だったんです。あの没落貴族とメアリー令嬢に遅れを取ったのは、妹に見惚れていたからでしたか」
言葉を濁したアレンに、ニアがフッと笑って口を挟む。
「お、お兄様! 失礼なことを仰らないで下さい!」
とんでもないニアの言葉に、ナディアが血相を変えて振り返る。
「いや、ニア副団長の仰られていることは間違えではないよ、ナディア」
「え……っ」
ボソリと呟かれたアレンの言葉に振り返ったナディアの両手が包まれる。
「僕はずっと、キミが……ナディアのことが、好きだったんだーー」
意を決した表情でナディアに想いを告げるアレンと、固まっているナディアを部屋に残して、ニアはその長い黒髪を揺らして部屋を後にしたーー。
「あんた、一体どう言うつもりなの!? この泥棒猫がっ!! あんたみたいなか弱いフリして男に媚を売る女が1番嫌いなのよ!!」
ガシャガシャと檻を鳴らして口汚く喚き散らすメアリーを、ナディアは黙って見つめた。
「……結果として、お2人の仲を割いてしまった点については申し訳なく思っております」
「はぁっ!? いい加減にその薄汚い仮面を取って本音で話しなさいよ!! 最初から気に食わなかったのよ!! 弱々しくしやがって! 周りを味方につけて、私の居場所を奪いやがって!!」
血走らせた瞳で、薄汚れたメアリーは尚も檻の中の猛獣の如く吠えている。
「……あなたに私がどう見えていたかはわかりませんが、私は私にできること、期待されることに真摯に取り組むことに努め、できるだけ皆に公平に接しようと心掛けただけです。あなたを不当に貶めた覚えもございません」
「それがいい子ちゃんで気に食わないって言ってんだよ!!」
メアリーの苛立ちから、ガシャーンと檻が大きな音を立てた。本来であれば愛らしい美貌が見る影もない。
「あなたには私が邪魔者に見えているようですが、現行の制度が一夫多妻制である以上、あなた以外の誰が過ちを犯しましたでしょうか?」
「うるせぇんだよ!!」
「ーー…………」
ハァハァと髪を振り乱して荒い息で睨みつけてくるメアリーを、ナディアはしばし見つめた後に口を開く。
「アレン様はお優しい方です。そして真実はどうあれ、あなたが怪我を負ったことも事実であり、多少のことならアレン様があなたを見捨てることもなかったはずです。屋敷に優しい方が多いのは、統治者の人柄が伺えます。……そんな恵まれた環境でも満足ができず、人を堕とすことでしか自分を保てないあなたは、本当に昔から何も変わってはいないのですね」
「ーーは? 何の話しよ!?」
まさしく悪鬼の如し表情を向けるメアリーを見つめて、1つ息を吐くとナディアは踵を返した。
未だ何ごとか喚く雑音を意識的に遮断して、じめついた地下牢から地上への階段をゆっくりと登る。
この期に及んで、自身がかつて先導してタチ悪くいじめていた者が目の前にいることにすら気づかない。その程度の感情であったことにすらいっそ驚いた。
「ナディア、大丈夫だったかい? メアリーとは話せた?」
「はい、お待たせ致しました。もう、大丈夫です」
差し出されたアレンの手を取って、ナディアは穏やかに笑む。
メアリーから見ればナディアは悪役であり、ナディアがもし強引に現れなければ、2度目の事件は起こらなかったのかも知れない。
2人が添い遂げたのかも知れないもしもの未来に、少しだけ痛む胸の内を1人考えた。
過去は変わらない。過去と今の行いの先に未来があり、自分で選択した結果の責任を取れるのもまた自分だけ。
それだけは皆が平等で、どんな過去も経験も、糧にしたと思えるように前を向いて歩いていく。
願わくば、その積み重ねが少しでも良い未来に繋がることを願って。
「ナディア、愛している」
「私も愛しております、アレン様」
唇を重ね、手を繋いで牢獄を後にする。
今も昔も、あなただけを愛してる。
【完】
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作者様の他の作品もあれば読みたいと思います。
ご感想ありがとうございます!
優しいナディアはどことなく気にするんだろうなとは思いましたが、私自身リコ様と同様にいつかは何かしら起こるだろう。。と思いながら書いておりました…苦笑
ご感想を嬉しく参考にさせて頂きます!
この度は読んで下さりありがとうございました!
感想に誤字報告までありがとうございました!
ネタバレが無いのにネタバレ有りになってしまって恐縮です。。汗
ご感想を頂けて嬉しく参考にさせて頂きます!
読んで下さり本当にありがとうございました!🙇♀️