41 / 56
8【:discord】
8-4
しおりを挟む俺は死にたくない。
ずっと忘れていられた様な、そんな昔に交わした約束のせいで
もうとっくに変わっている、そんな自分の価値観のせいで
この命を差し出したくない。
当たり前に来る明日の中に自分の姿が無いなんて信じられない。
もうまともに夢を見る事なんかできない、そんな大人のなりかけになってやっと思い出した。
俺は、生きていたい。
「随分と立派な人間になれたんじゃないか?」
頭の後ろから響いたその声に驚き、反射的に振り返ってしまった事を後悔する。身に覚えのある恐怖が足元から蠢いて全身を伝う。額のすぐ側まで落ちてきた乱層雲に、そのまま飲み込まれてしまうかと思った。
「おや?覚えていないのか?いや、それはない。それはないよな?忘れられるはずが無いんだ。ああ、ずっと忘れていたのか?良かったな?怖いのか?怖くて忘れていられたのか?」
穏やかで、静かな。それでいて何かを試されているような喋り方に虫唾が走る。
そこに居たのは、あの夢の中に出て来た……いや、全てを思い出した記憶の中で、俺がどうしても会いたくて、探し出して、やっとの思いで会いに行ったはずの……
かつて人魚だった俺を、そしてたぶんソラも。
俺ら二人を人間にした、あの魔法使いがそこに居た。
カメラのファインダー越しでなくてもハッキリと見えるソレは、記憶の中よりも更に大きくて、あの時みたいな安心感など微塵もなかった。
「何しに……来たんだよ?」
声が震えそうになるのを必死で堪えた。
「来た?ああ、そうか。おかしい、可笑しいな。ずっと居たのさ、キミが、キミたちが気付かなかっただけで、ずっと自由だ。人魚だからな。そうだよ、魔法使いでも人魚なのさ。おかしいな?人間になった途端に何も見えなくなるなんて」
ソレは嫌に楽しそうに笑い、冬の空気を巻き上げていた。笑い声に合わせて突き刺してくる冷たい風を思わず振り払う。その風に触れてしまった肌が少しだけ赤くなった。
「ああそうか、何をしに来たか?来てはいないが、そうだな、しに来たな。アイツが来ているんだ。知ってるだろ?本当は全部わかっているんだろ?もう見えているんだ。そうだ。アイツだよ、覚えているだろ?アイツが厄災と一緒に来た。だからキミが食べられるところを見ようと思ってついて来た。それだけさ」
さも当たり前のことを聞かされている気分になる。そうだ、俺にはアイツを倒せない。厄災から誰かを救えるわけがない。だから俺は空気の泡になって、ユメみたいにアイツに食べられて終わる。それが俺の物語の結末なのだ。
「おや?嫌なのか?キミが望んだ事なのに?望んで人間になったじゃないか?人間らしく都合の悪い真実なんて全部忘れて。何もしないことを選んだんだろ?それなのに何が嫌なんだ?おかしい、可笑しいな?教えて欲しいな。興味がある。人間になった人魚は何を思う?どうすれば満足なんだ?卑しいな。人間よりも卑しいんだな?欲深い人間よりも、何よりも。そうだ、あの人魚もそうだったしな?そうか。人魚はみんなそうなのか?」
「あの人魚?……そうだ、ソラ。
ソラはもう夢を叶えたから、もう人間としてこれからも生きていけるんだろ?」
「ソラ?ああ、あの人魚はソラという名なのか。生意気だな。人魚のクセに、人間になった途端に名前があるのか。贅沢だ。まあ、いいか。あれはな、そうだ。時間だ。自分の生きていく時間を賭けて人間になった。そんなものを賭けた。おや?そういえば、人間になってキミに会いたいと言ったんじゃなかったか?そうだ。そうだよ。それがキミか?キミにはそこまでの価値があるのか?そうか。不思議だな。実に不思議だ。そんなことのために人間になっただなんて。あの人魚は夢を叶えたところで大人にはなれない。それでも良いと言ったんだ。後悔なんかしないと自分で言っていた。騙してないぞ?人聞きの悪い。ちゃんと言ったさ。怖いのなら、あの薬は飲まなくても良いと。でも飲んだんだろ?飲んだから人間になったんだ。それに夢までもう叶えたのか?なんて図々しいんだ。まあ、いいさ。後は終わるだけさ。哀れだな。卑しい人魚は本当に哀れだ」
「そんな?何でだよ?俺の時と違うじゃねーか!ソラは、ソラは……」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる