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8【:discord】
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しおりを挟むソラは俺みたいに「人間になってみたかった」と言っていた。
俺を?
俺なんかを追いかけて人間になった?
全部俺のせいなのか?
でもそうだとしたら、ソラは夢だって叶えたはずなのに……なんで?
「ほうほう。キミはあの人魚が死ぬのが嫌なのか?おかしいな?人間はいつか死ぬだろ?それを覚悟で人間になったのだろ?それなのに死にたくないのか?死なせたくないのか?自分だってもうすぐ消えてなくなるのに、あの人魚を死なせたくはないか?おお、それはおもしろい。それだけは少し面白いな。どうしようか?そうだな?そうだ。キミはどうしたい?」
「俺は……ソラを助けたい。ソラを死なせたくない!」
こんなに奴に真面目に答える自分が馬鹿みたいだ。それでも、口に出さずにはいられなかった。俺のそんな覚悟を気にも留めず、ソレは目の前にただ浮かんで微動だにしない。そして、その顔にある大きな溝の端がゆっくりと持ち上がる。
「ほう。そうか。じゃあ、キミは?キミも死にたくはないだろ?そうだよな?でもだめだな。あの時約束したからな。約束は果たさないとな?立派な人間になれただろ?夢も叶えられないで、夢も見れない大人になれたのだろ?アイツも倒せずに、何もできないまま。大人になったんだ。でもキミはあの時確かに約束した。約束をして人間になれたんだ。だから最期はただ、アイツに食べられて消えるんだ。怖いか?嫌なのか?なあ、どうしたらいいんだろうな?」
急かすようで、諭すような声が俺の中に浸透する。こんな奴の言う事なんて信じたくはない。でも、これが真実であるということは、何故だか理解できていた。
一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。
ソラにちゃんと謝りたい。
前みたいに、あの虹雲の群れを追っていた時のように、また二人で出掛けたい。
こんな奴と話も、過去の俺が交わした約束も、全部忘れてしまいたい。
俺の顔をギョロリとした目玉が覗き込む。ハッと息を呑んだ俺を見て、ソレはまたさも可笑しなことが起きたかのように笑い出していた。俺の出来るせめてもの反抗は、この視線を逸らさずにいる事だけになっていた。
「じゃあ、これはどうだ?そうだ。それが一番面白い。ああ、可笑しい。おかしいな。選ばせてあげよう。キミと、あの人魚。どちらかはそのまま人間でいればいいさ。そうだな、こうしよう。まず、キミが夢を叶える方法を教えよう。そんなの本当は簡単なんだ。アイツを倒して厄災から人間を守りたいんだろ?大勢を助けて、キミの夢も叶う。ああ、すごいな。凄いじゃないか?もう、人魚もアイツも視えるんだろ?じゃあ簡単さ、何でもいいのさ。アイツに向かって「消えろ」と言っても、アイツに殴りかかったって良い。キミがやればアイツは倒せる。だってキミは人間になった人魚なのだからな?」
「そんなことで……良いのか?」
呆気なくその答えを教えてもらったのに、騒ぎ始めた心が休まらない。どこに心臓があるのかを把握して、こんな時に限って生きている事を実感する。
「ああ、そうさ。キミだって「人間になった人魚になら倒せる」と聞いたから人間になったんだろ?アイツが見える今なら簡単な事さ。でもな、そうしたらだめだ。あの人魚にも約束を守らせよう。だからあの人魚は間もなく死ぬな。それが約束だからな?」
「は?何だよ?」
こいつの声で聴く「約束」という言葉がやけに耳障りだった。確かに記憶の中の俺は人間になりたくて、誰かを守りたくて、こいつと「約束」をするように制約を交わしてあの薬を貰ったのかもしれない。ソラもそうなのだろう。そうなのだけど……。
やるせなさに吐き気がする。睨みつけたはずの視線も気圧されていた。
「おお、こわい。だから卑しい人魚は嫌なんだ。違うのか、今は卑しい人間なのか。じゃあしょうがない。約束とはそういうもんさ?まあ、聞けよ。あの人魚が死ぬのがそんなに嫌なら、あの人魚だけを助ければいいさ。それにはキミの全てを貰おう。キミは厄災で大勢が死に逝くのを見ながら、何も出来ずにアイツに食われるのさ。そうだ。それならいい。あの人魚の時間は返そう。まあ、もう人間なのだからいつかは死ぬけどな。それでも今すぐは死なないだろうさ。どうだ?嬉しいだろ?」
「大勢のって……そんなの、割に合わない……」
「じゃあ、キミがアイツを倒せばいいさ。そしてソラとかいうあの人魚が死ねばいい。自分がそういう約束をして人間になったんだ」
「っ、約束、約束って……そんなの約束って呼ばねーんだよ!お前が唆したんだろ?お前が全部。騙すみたいに……だから俺だけじゃなくてソラまで人間になって……
それに……全部忘れてたんだ。そんな話は……」
覚えていない。あの時の感情なんて俺の中に記憶としてあるだけなんだ。今の俺は違う。もう違うのに。どうして俺がそんな「約束」を守らなきゃいけないんだ。
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