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しおりを挟むあの場所で偶然シンと鉢合わせ、僕と同じように二つの世界が見えるようになってしまった事を知った。
助けを求める様な顔をしたシンが倒れて行った時、あの朝の光景が蘇っていた。
カラダを貫く太陽の光。その時、僕の隣には誰も居なかった。
シンはアイツを倒すために人間になった。アイツが引き連れてくる厄災を恨み、厄災に巻き込まれ、悪夢を吐き出しながら死んでゆく人間を助けたいと願っていた。それがもしシンの本当の願いだったとしたら、それはきっと叶わない。
アイツは厄災にただついて来ているだけなのだ。もしもアイツを倒せたとしても、厄災が起こる事は止められずに、誰一人として助けられない。シンはその事を知らないまま人間になった。
だから「そんな事を願ってない」とシンに否定して欲しくて僕はシンに詰め寄ったんだ。
あんな大声で怒鳴ったのは初めてで、自分でもその声に驚いた。
でもシンは僕と同じだと言っていた。それに「夢ももう叶えた」と。あれは、何かを誤魔化している時のシンだったのかもしれない。シンはいつもそうだ。僕の為に急に怒り出す。
あの頃から僕は何にも変わってなんかいなかった。
シンの夢が叶ったのだと、もうこのまま人間として生きていく事が出来るのだと、その僕にとって都合の良い方の言葉を信じたくなってしまった。
だからそれ以上聞けなかった。何を確かめればいいのかわからなくなってしまった。そして、気が付いた時にはシンから逃げるように走り出していた。
*
カラダは重く、思うようなスピードが出ない。でも、シンが追いかけて来る事は無かった。
シンの気配を振り払うように走り続ける。首から下げたカメラがみぞおちにぶつかる。
痛い。
痛い。
痛い。
カラダも、足も、喉も、濡れた頬を針のように刺す向かい風も。
全部、全部痛かった。
「ゴホッゴホッ……っく、っはあ、はあ……」
荒くなった息のせいで噎せ返ると、肺にも痣のような痛みを感じる。
「まだ痛くなる場所が……あるんだ……」
想像以上に全部が痛くて、何だか笑えた。
僕は人間にしてもらう事の見返りに僕自身の時間を捧げた。それは人間でいうところの寿命だった。僕は、大人になるまで生きる事は出来ない。その制約を受け入れて人間になった。
でも僕はそんな事さえも忘れていた。おじいちゃんの言葉でこの時間が永遠ではないことを思い出させてもらったけど、それでもまだ、こんなにすぐに死ぬことになるなんて思ってもみなかった。
明日が来ることが当たり前ではないと、ちゃんと心に刻んだはずだったのに。
カラダが終わりに向かっている事がわかる。
だからこの記憶が現実なのだとわかる。
きっともうすぐ動かなくなってしまうのに、未練がましいな。
あちこちが痛くて足が止まる。
その場にへたり込んだ僕は、首から下げたカメラを見つめた。
もう死んでしまったおじいちゃんの記憶。僕の中に確かに残るそれも、もしかしたら現実に起こったことでは無かったのかもしれない。
自ら望んで手にしたこのカラダでさえも偽物かもしれない。
確かに残る記憶を、どうやって証明すればいい?
現実は僕の知っているものと違っていた。
幻想だと、夢だと思っていたものが現実だった。
具現化したカラダと、相変わらず透き通ったままの記憶を持て余している。
ふいに思い立った僕は、手の中のカメラを放り投げてみた。
少しだけ、ほんの少しだけ楽になったような気がする。
それでもこのカラダはバラバラになってゆくような痛みを抱えたままだった。
僕はそれを少しでも忘れたくて、楽しかった思い出に縋る。
シンと二人で虹雲の群れを探していた。あの記憶が一番好きだった。
突如訪れた奇跡と、圧巻だったあの光景を反芻してみる。
隣ではしゃぐシンの姿が眩しくて、あの瞬間に閉じ込められてしまいたかった。
この記憶だけを本物にして、後は全て失くしてしまったっていい。
あの時、虹雲の群れを見た時、僕にはそれが人魚の群れに見えていた。
羊雲の連なりに重なった人魚たちは虹色に輝いていて、それはほんの一時だったけれど、僕が全てを思い出すには十分な光景だった。
その時から、僕のピントは完全に二つの世界を捉えるようになった。
朧気だった記憶も、確かにあったものと同じように並べられ、この人生の終わりが見えた。
シンと一緒に居る時の僕を、その記憶は浸蝕してきて、僕はシンを避けることにした。
シンとの思い出を積み重ねていくほどに、僕に残された時間を恨んでしまう。
だからもう限界だった。
楽しい時間が多ければ多い程、失うのが惜しくなる。
だったらこれ以上、増えなければ良いと思っていた……。
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