intercalary

hana4

文字の大きさ
1 / 8

1

しおりを挟む
「私の予想が合っているなら、明日からまた……」


4月7日23時45分。16歳の誕生日まで残り15分。毎年恒例の悪寒に襲われながらも、相馬若菜そうまわかなは自分の机に向かい日記を書いていた。


「若菜、まだ起きてたの?熱はどう?」


これで最後。そんな想いのせいで集中力が増していたのか、すぐ後ろでその声がするまで母の存在に気が付かなかった。若菜は慌ててその日記帳を閉じ、机上に重ねてある雑誌の山の中にそっと隠す。


「ほら、また熱出てきているんでしょ?」


若菜の母、相馬瑞穂そうまみずほはそう言いながら若菜のおでこに手を当て、眉を下げながら若菜の顔色を確認すると「今年も誕生日の前日に熱が出るのね?明日は高校の入学式だっていうのに……」と心配とも何とも言えないような声色で呟く。

「大丈夫だよ。お母さん、何か……ごめんね」

「どうして謝るの?まあ、風邪ではなさそうだし、季節の変わり目はよく熱を出す子だったしね。きっとこれまで通り明日には熱が下がるわよ」

「うん。私もそうだと思う」

「でも一応、もうベッドに入って寝なさい。布団もちゃんと掛けてね。それに、明日は入学式なんだから、早めに起こすわね?」

「ありがとう」

「はい。じゃあ、おやすみ」

「わかった。あっ……あのさっ」

「どうしたの?」

「……ううん。やっぱ、なんでもない」

「そう。じゃあね、おやすみ」

「……おやすみなさい」


瑞穂に促された若菜はベッドに入り、改めて瑞穂の顔を眺めた。するとこの一年間のことが次々と思い出されてゆく。中学3年生だった若菜にとって、この一年間は特に気苦労が多かった気がする。思春期女子特有の人間関係に加え受験もあった。いくらこの生活に順応しているとはいえ、どこで挫けてもおかしくなかった。しかし“今年の母”だった瑞穂はそんな若菜に寄り添い深い愛で支えてくれた。

だから若菜は、瑞穂の声や軽やかに階段を降りていくこの音を、これから先も決して忘れまいと心に誓う。


「お母さん。一年間本当にありがとう……バイバイ」


若菜はそう呟くと、もう二度と目覚めないこの世界にも別れを告げて目を閉じた。



“若菜”は毎年、誕生日の前夜に原因不明の熱を出し、誕生日の朝に『別の世界』で目を覚ます。


『別の世界』というのは、異世界みたいなそれではない。家や学校の場所、建物は全く同じだというのに、家族や友達……そこに居る“登場人物”が全く違う世界。

しかも若菜にしてみれば『全く違う世界』の様に感じるそこには、元々「別の若菜」が存在している。だから若菜は周囲の人達の記憶の中の「別の若菜」として、一年間を過ごさなければならないのだった。


でも若菜が8歳になった年、誕生日の朝“その年の母”に会った若菜は、これまでとは違う「懐かしい」という感覚を抱いた。そのあと同じような感覚を味わったのはその四年後、若菜が小学6年生になる年のことだった。そして若菜はある一つの法則に気が付く。


四年に一度「うるう年」の誕生日からの一年間、若菜は『全く同じ設定の世界』で目を覚ます。そこでは若菜の母だけでなく、同級生も皆、何もかも同じ。

幼い頃、その環境の変化についていけなかった若菜は、その小さな心を壊しかけたこともある。そんな若菜にとってみれば「同じ世界」で過ごせるということだけで、最高に居心地が良いものだった。

若菜は、この境遇が自分だけであること、そしてどう頑張っても抗えないということをどうにか受け入れ、それならば「この一年間を少しでも楽しく過ごすために、せめて明るい自分でいよう」と、そんな風に必死で振る舞うようになっていた。

誕生日の朝『別の設定の世界』で若菜は目を覚ます。


次に目覚めたら4月8日、若菜の16歳の誕生日。

そして今年はうるう年。


そう、あれから四年後の朝なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...