1 / 1
世界を救った勇者への求刑
しおりを挟む
一人の勇気ある若者によって、悪の権化である魔王は見事に倒された。
世界は救われた。
世界の大半の人々にとって、彼は勇者であった。
しかし、勇者であるはずのその彼は、今や後ろ手に縛られた状態で、広場に引っ立てられてしまった。そう、まるで重罪人のごとく……
沈む夕陽に赤く染まりゆく乾いた広場にて、彼をグルリと取り囲んだのは、性別も年齢も瞳の色も髪の色も肌の色も様々な五十人余りの民たちであった。
勇者は民たちを――いや、”自分がこの世界を救ってやったからこそ、今も生きていられる者たち”をギッと睨みつけた。
「おい、これはいったい何の真似だ?! お前ら、誰のおかげでそうしていられると思ってんだ?!」
一人の老人がスッと歩み出た。
「お前さんは確かにこの世界を救ってくれた勇者じゃ。だがな、お前さんは魔王を討伐する旅の途中で、飢饉の最中にあったわしの村に立ち寄っただろう。そこで、わしらが備蓄していた大事な食べ物を盗み食いし、止めようとした村の幾人かを斬り殺したろう。覚えておるか?」
「……ああ、一応は覚えているよ」
「お前さんが斬り殺した者たちは、誰かの大切な夫であり、大切な父親でもあったんじゃ。それにお前さんが食料を奪ったことが原因で何人かの者は飢えて死んでしまった」
「……何も出来ねえお前らなんかよりも、この俺にこそ、栄養が必要だってもんだろ! あれは一種の緊急避難だっての!」
次は一人の中年女がスッと歩み出た。
「あなたは確かにこの世界を救ってくれた勇者です。けれども、あなたは魔王を討伐する旅の途中で、私が経営していた宿に寄ったでしょう。そこで私の娘に強引に……娘には将来を約束した人だっていたのに、あの夜以来、娘は部屋から出ることができなくなったんですよ」
「……芋臭くてダサい田舎娘が無名時代の俺とヤレたなんて、光栄に思うところだろ、そこはよ。”勇者に抱かれた女”って箔をつけてやったんだよ」
さらに一人の少年がスッと歩み出た。
「あんたがこの世界を救ってくれた勇者なのは、ここにいる皆だけでなく、この世界の全ての人々が理解してるよ。けれども、あんたが城下町で魔王のペットに追われていた時、たまたま近くの市場で果物を売っていただけの”僕の兄さん”を捕まえて、魔王のペットの前に突き飛ばしたろ。”単なる時間稼ぎのため”だけに……生きたままグチャグチャと食べられていく兄さんの断末魔が僕の耳から今も離れない…………ううん、一生離れることはないんだよ」
「……大義を成すためには、多少の犠牲は必要なんだよ! これは選ばれし勇者による救世物語の鉄則だっての! 鉄則だよ! 鉄則ゥ!!」
湿った風がビュウウと広場を吹き抜けていった。
この世界の彼方から、無念と慟哭を運んでくるがごとき風が。
勇者の肌すらブワリと鳥肌立たせ、”血生臭い数刻後”を予感させる風が。
「お前ら……この俺を殺そうってのか! 俺にこの世界を救ってもらっておきながら!! 恩知らずどもめ!!!」
吠える勇者に、中年女が首を横に振った。
「いいえ、私たちは皆、あなたをサクッと処刑する気はありません。あなたに虐げられ傷つけられた被害者ならびに遺族一同であるとはいえ、あなたにこの世界を救ってもらったのは事実でありますから……」
「だったら早くこの縄をほどけよ! んでもって、お前ら全員、土下座してこの俺に詫びろ! 詫びるんだ!! 一人一人頭を踏みつけてやるからよ!!!」
老人が溜息を吐いた。
「まだ分からんのか。わしらはお前さんの功績は認めてはいるし、癪であるが感謝はしておる。だが、それとは別に、お前さんが犯した罪に対しての報いはきちんと受けて欲しいんじゃ」
「……は? 勇者相手にそんなこと許されると思ってんのか! お前ら雑魚どもに何の権限があンだよ!」
少年も溜息を吐いた。
「だからぁ、勇者のあんたにとっては僕たちは単なる雑魚でも、僕たち皆にちゃんと心があって、大切な人もいて、それぞれの一度しかない人生があって……それなのに……」
老人が少年の肩に、そっと手を置いた。
少年は老人に頷き返した。
そして、彼は懐から短剣を取り出した。
いや、短剣を取り出したのは少年だけではなかった。
老人も中年女も……勇者を取り囲んでいる”五十人余りの者全員の手”に、短剣が握られていたのだから
「や、やっぱり俺を殺す気なんだろ?! その短剣でめった刺しにして……!!」
「違うよ。刺すんじゃなくて”削いでいくだけ”だよ」
少年が言う。
「一人、一刀(いっとう)ずつ、個々の事情はどうあれ、私たちは”全員平等に”とちゃんと話し合って決めたんです」
中年女も言う。
「まあ、サクッと一思いにではなくジワジワといったところじゃ……途中でお前さんは”もう呻き声もあげられなくなる”かもしれんがのう」
老人が”本当の始まりの一歩”を踏み出した。
――完――
世界は救われた。
世界の大半の人々にとって、彼は勇者であった。
しかし、勇者であるはずのその彼は、今や後ろ手に縛られた状態で、広場に引っ立てられてしまった。そう、まるで重罪人のごとく……
沈む夕陽に赤く染まりゆく乾いた広場にて、彼をグルリと取り囲んだのは、性別も年齢も瞳の色も髪の色も肌の色も様々な五十人余りの民たちであった。
勇者は民たちを――いや、”自分がこの世界を救ってやったからこそ、今も生きていられる者たち”をギッと睨みつけた。
「おい、これはいったい何の真似だ?! お前ら、誰のおかげでそうしていられると思ってんだ?!」
一人の老人がスッと歩み出た。
「お前さんは確かにこの世界を救ってくれた勇者じゃ。だがな、お前さんは魔王を討伐する旅の途中で、飢饉の最中にあったわしの村に立ち寄っただろう。そこで、わしらが備蓄していた大事な食べ物を盗み食いし、止めようとした村の幾人かを斬り殺したろう。覚えておるか?」
「……ああ、一応は覚えているよ」
「お前さんが斬り殺した者たちは、誰かの大切な夫であり、大切な父親でもあったんじゃ。それにお前さんが食料を奪ったことが原因で何人かの者は飢えて死んでしまった」
「……何も出来ねえお前らなんかよりも、この俺にこそ、栄養が必要だってもんだろ! あれは一種の緊急避難だっての!」
次は一人の中年女がスッと歩み出た。
「あなたは確かにこの世界を救ってくれた勇者です。けれども、あなたは魔王を討伐する旅の途中で、私が経営していた宿に寄ったでしょう。そこで私の娘に強引に……娘には将来を約束した人だっていたのに、あの夜以来、娘は部屋から出ることができなくなったんですよ」
「……芋臭くてダサい田舎娘が無名時代の俺とヤレたなんて、光栄に思うところだろ、そこはよ。”勇者に抱かれた女”って箔をつけてやったんだよ」
さらに一人の少年がスッと歩み出た。
「あんたがこの世界を救ってくれた勇者なのは、ここにいる皆だけでなく、この世界の全ての人々が理解してるよ。けれども、あんたが城下町で魔王のペットに追われていた時、たまたま近くの市場で果物を売っていただけの”僕の兄さん”を捕まえて、魔王のペットの前に突き飛ばしたろ。”単なる時間稼ぎのため”だけに……生きたままグチャグチャと食べられていく兄さんの断末魔が僕の耳から今も離れない…………ううん、一生離れることはないんだよ」
「……大義を成すためには、多少の犠牲は必要なんだよ! これは選ばれし勇者による救世物語の鉄則だっての! 鉄則だよ! 鉄則ゥ!!」
湿った風がビュウウと広場を吹き抜けていった。
この世界の彼方から、無念と慟哭を運んでくるがごとき風が。
勇者の肌すらブワリと鳥肌立たせ、”血生臭い数刻後”を予感させる風が。
「お前ら……この俺を殺そうってのか! 俺にこの世界を救ってもらっておきながら!! 恩知らずどもめ!!!」
吠える勇者に、中年女が首を横に振った。
「いいえ、私たちは皆、あなたをサクッと処刑する気はありません。あなたに虐げられ傷つけられた被害者ならびに遺族一同であるとはいえ、あなたにこの世界を救ってもらったのは事実でありますから……」
「だったら早くこの縄をほどけよ! んでもって、お前ら全員、土下座してこの俺に詫びろ! 詫びるんだ!! 一人一人頭を踏みつけてやるからよ!!!」
老人が溜息を吐いた。
「まだ分からんのか。わしらはお前さんの功績は認めてはいるし、癪であるが感謝はしておる。だが、それとは別に、お前さんが犯した罪に対しての報いはきちんと受けて欲しいんじゃ」
「……は? 勇者相手にそんなこと許されると思ってんのか! お前ら雑魚どもに何の権限があンだよ!」
少年も溜息を吐いた。
「だからぁ、勇者のあんたにとっては僕たちは単なる雑魚でも、僕たち皆にちゃんと心があって、大切な人もいて、それぞれの一度しかない人生があって……それなのに……」
老人が少年の肩に、そっと手を置いた。
少年は老人に頷き返した。
そして、彼は懐から短剣を取り出した。
いや、短剣を取り出したのは少年だけではなかった。
老人も中年女も……勇者を取り囲んでいる”五十人余りの者全員の手”に、短剣が握られていたのだから
「や、やっぱり俺を殺す気なんだろ?! その短剣でめった刺しにして……!!」
「違うよ。刺すんじゃなくて”削いでいくだけ”だよ」
少年が言う。
「一人、一刀(いっとう)ずつ、個々の事情はどうあれ、私たちは”全員平等に”とちゃんと話し合って決めたんです」
中年女も言う。
「まあ、サクッと一思いにではなくジワジワといったところじゃ……途中でお前さんは”もう呻き声もあげられなくなる”かもしれんがのう」
老人が”本当の始まりの一歩”を踏み出した。
――完――
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
続・冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
の続編です。
アンドリューもそこそこ頑張るけど、続編で苦労するのはその息子かな?
辺境から結局建国することになったので、事務処理ハンパねぇー‼ってのを息子に押しつける俺です。楽隠居を決め込むつもりだったのになぁ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる