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旅の恥は……
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私は友人全員に絶縁を言い渡されてしまった。
理由は「あんたの酒乱ぶりにはもううんざり。反省して二度とお酒を飲まないってならまだしも、何度も何度も同じことを繰り返して。いくら何でも限度ってものがあるわよ」とのことだ。
……と言われても、私には一切の記憶がない。
記憶がないのだから、反省のしようがない。
いくら友人たちに、悪酔いした私が周りで飲んでた人たちにもしつこく絡んでいってたとか、お店で下品な言葉を大声で連発して騒いでいたとか、グラスや備品を壊したり、ゲロゲロ吐きまくったり、ジョロジョロ失禁していたと言われてもね。
さらには、暴れる私を止めようとした人まで殴って鼻血を出させたり、目潰ししようと襲いかかってきたり、腕に噛み付いて流血させたなんて言われてもね。
まったく身に覚えのない無実の罪を着せられているとしか思えない。
だが、友人たち一同は怖い顔をしたまま、私に詰め寄ってくる。
「あんたのせいで、私たちまでお店を出入り禁止になったんだからね!」
「人に噛みつくとか、怖すぎるんだけど。あんた、犬? っていうか、犬だってちゃんと躾されていたなら、無闇矢鱈と人を噛んだりしないわよ!」
「本当に頭おかしいよ、あんた。まったく話の通じない違う世界の人みたい」
……というのが、友人たちからの私に対する代表的な”誹謗”であった。
友人たちは去っていった。
私と”楽しく”お酒を飲んでくれる友だちはいなくなってしまったということか?
でも、お酒を飲みたい。
お酒を飲むだけなら、家で一人でも飲めるが、家で飲んだってつまらない。
私は”お店で飲む”ということが好きなのだ。
だから、私はアルバイトを辞め、気晴らしに異世界で三ヶ月ほどのショートステイをすることにした。
「異世界短期滞在センター」で私が出したショートステイ先の条件はたった二つ。
「治安が良いこと」「お店で美味しいお酒を飲めること」だ。
二つの条件を満たす異世界はすぐに見つかった。
そして、なんと親切なことに三ヶ月間、私専用の通訳までついていてくれるらしい。
異世界への好奇心、そして何よりもお店でお酒が飲めるという楽しみに、私の心は弾まずにはいられなかった。
ザッと目を通した誓約書にも、私はウキウキ気分でサインした。
※※※
異世界に足を踏み入れた一日目の夜。
私の専属通訳として同行してくれるそこそこイケメンな男子(年齢は私と同じ二十代前半ぐらい?)とともに、賑やかな飲み屋街へと向かった。
この世界の文字や言葉は全く分からないが、そこらへんは通訳男子に全任しよう。
私はただ楽しく、お酒を飲む。
万が一、少し弾けちゃったとしても”旅の恥はかき捨て”……と言うか、この異世界に移住して骨を埋めるなど気はさらさらないし、多少のことは皆、大目に見てくれるだろう。
しかし、翌日の昼過ぎ、私は「異世界短期滞在センター」が手配してくれた宿泊先のベッドではなく、冷たい床の上で目を覚ますことになった。
そのうえ、私は鉄格子の中にいた。
何これ?! どういうこと?!
グワングワンと揺れる頭、酒臭くゲロ臭く生臭い息、戸惑うしかない私であったが、鉄格子の向こうよりこちらへと向かってくる通訳男子に気づいた。
「やっと目が覚めました? 残念ながら、先ほどあなたの死刑が決定したとのことです」
「ちょ、ちょっと、死刑ってどういうことよ?! 私が何をしたっていうのよ?!」
「何をって……あんなに暴れておいて、全く覚えていないんですか? 僕もかれこれ、一世紀近くこの仕事に就いていますが、初日にあそこまでやらかした人は初めてでしたよ」
一世紀近く?!
見た目二十代前半にしか見えない、この通訳”男子”の実年齢はいったい幾つなのか?!
「初日にやらかした人というだけでなくて、あれほどに酒癖の悪い人にも会ったのも僕は生まれて初めてですね。僕含め、男数人で取り押さえようとしたら、さらに金切り声で喚いて暴れまくって……おまけに僕の足にまで噛み付いてきて」
小さな舌打ちをした通訳男子は、ズボンの裾を上げ、ふくらはぎに刻まれた赤い歯型を見せてきた。
「そ、そんなの、全く覚えていないわよ! そもそも人を噛んだりするわけないじゃない! ”仮に”私がちょっと暴れてしまったのだとしても、その程度で死刑っておかしいでしょ! せいぜい罰金とか慰謝料とか、物を壊してしまったなら賠償金とか、お金で済むことでしょ!」
「……このショートステイに来る前に渡された誓約書を、あなたはきちんと読んでいないのですか? 『滞在先の異世界にて問題行動もしくは犯罪行為を行い、治安を著しく乱した時の処罰は、滞在先の異世界が定めた法に従うものとする』と。この世界の人々は、あなたが希望した『治安が良いこと』『お店で美味しいお酒を飲めること』の条件通り、皆、節度やルールを守って平和にお酒を嗜んでいるのです。そもそも『酒乱』という言葉や概念自体が存在しないのでしょう。昨夜のあなたの暴れっぷりを見た人々は、あなたが日本の言葉で言う悪魔や鬼、あるいは魔物に取り憑かれてしまった者だとの判断を下したようです」
「悪魔とか鬼とか、魔物とか……いったい、いつの時代の話よ! それに、裁判もせずに翌日に死刑決定とかおかしいでしょ!! 人権無視にも程があるわよ!!!」
「だから、ここは異世界なんですって。あなたが暮らしていた世界の歴史も法律も倫理も通用しない……」
「旅先で少しだけ羽目を外して、”旅の恥はかきすて”を地で行ってしまっただけじゃない! ”暴れてしまったらしい”私は今すぐ元の世界に帰って、もう二度とこの世界には足を踏み入れない! そう、いわゆる強制送還処分! それで丸く収まるじゃないの!」
「……残念ながら、僕にはそれを決める権限も、この世界の人々に掛け合う義理もないですね」
冷たく言い放った通訳男子は、私に背を向け立ち去ろうとした。
だが、奴は踵を返し、私にさらなる絶望の言葉を投げつけてきた。
「ちなみに、この世界での死刑は絞首刑ではなく”釜茹で”とのことでした。しかも、公開処刑であるとも……どのみち身を持って知ることになるとは思いますが、念のため先にお伝えしておきますね」
(完)
理由は「あんたの酒乱ぶりにはもううんざり。反省して二度とお酒を飲まないってならまだしも、何度も何度も同じことを繰り返して。いくら何でも限度ってものがあるわよ」とのことだ。
……と言われても、私には一切の記憶がない。
記憶がないのだから、反省のしようがない。
いくら友人たちに、悪酔いした私が周りで飲んでた人たちにもしつこく絡んでいってたとか、お店で下品な言葉を大声で連発して騒いでいたとか、グラスや備品を壊したり、ゲロゲロ吐きまくったり、ジョロジョロ失禁していたと言われてもね。
さらには、暴れる私を止めようとした人まで殴って鼻血を出させたり、目潰ししようと襲いかかってきたり、腕に噛み付いて流血させたなんて言われてもね。
まったく身に覚えのない無実の罪を着せられているとしか思えない。
だが、友人たち一同は怖い顔をしたまま、私に詰め寄ってくる。
「あんたのせいで、私たちまでお店を出入り禁止になったんだからね!」
「人に噛みつくとか、怖すぎるんだけど。あんた、犬? っていうか、犬だってちゃんと躾されていたなら、無闇矢鱈と人を噛んだりしないわよ!」
「本当に頭おかしいよ、あんた。まったく話の通じない違う世界の人みたい」
……というのが、友人たちからの私に対する代表的な”誹謗”であった。
友人たちは去っていった。
私と”楽しく”お酒を飲んでくれる友だちはいなくなってしまったということか?
でも、お酒を飲みたい。
お酒を飲むだけなら、家で一人でも飲めるが、家で飲んだってつまらない。
私は”お店で飲む”ということが好きなのだ。
だから、私はアルバイトを辞め、気晴らしに異世界で三ヶ月ほどのショートステイをすることにした。
「異世界短期滞在センター」で私が出したショートステイ先の条件はたった二つ。
「治安が良いこと」「お店で美味しいお酒を飲めること」だ。
二つの条件を満たす異世界はすぐに見つかった。
そして、なんと親切なことに三ヶ月間、私専用の通訳までついていてくれるらしい。
異世界への好奇心、そして何よりもお店でお酒が飲めるという楽しみに、私の心は弾まずにはいられなかった。
ザッと目を通した誓約書にも、私はウキウキ気分でサインした。
※※※
異世界に足を踏み入れた一日目の夜。
私の専属通訳として同行してくれるそこそこイケメンな男子(年齢は私と同じ二十代前半ぐらい?)とともに、賑やかな飲み屋街へと向かった。
この世界の文字や言葉は全く分からないが、そこらへんは通訳男子に全任しよう。
私はただ楽しく、お酒を飲む。
万が一、少し弾けちゃったとしても”旅の恥はかき捨て”……と言うか、この異世界に移住して骨を埋めるなど気はさらさらないし、多少のことは皆、大目に見てくれるだろう。
しかし、翌日の昼過ぎ、私は「異世界短期滞在センター」が手配してくれた宿泊先のベッドではなく、冷たい床の上で目を覚ますことになった。
そのうえ、私は鉄格子の中にいた。
何これ?! どういうこと?!
グワングワンと揺れる頭、酒臭くゲロ臭く生臭い息、戸惑うしかない私であったが、鉄格子の向こうよりこちらへと向かってくる通訳男子に気づいた。
「やっと目が覚めました? 残念ながら、先ほどあなたの死刑が決定したとのことです」
「ちょ、ちょっと、死刑ってどういうことよ?! 私が何をしたっていうのよ?!」
「何をって……あんなに暴れておいて、全く覚えていないんですか? 僕もかれこれ、一世紀近くこの仕事に就いていますが、初日にあそこまでやらかした人は初めてでしたよ」
一世紀近く?!
見た目二十代前半にしか見えない、この通訳”男子”の実年齢はいったい幾つなのか?!
「初日にやらかした人というだけでなくて、あれほどに酒癖の悪い人にも会ったのも僕は生まれて初めてですね。僕含め、男数人で取り押さえようとしたら、さらに金切り声で喚いて暴れまくって……おまけに僕の足にまで噛み付いてきて」
小さな舌打ちをした通訳男子は、ズボンの裾を上げ、ふくらはぎに刻まれた赤い歯型を見せてきた。
「そ、そんなの、全く覚えていないわよ! そもそも人を噛んだりするわけないじゃない! ”仮に”私がちょっと暴れてしまったのだとしても、その程度で死刑っておかしいでしょ! せいぜい罰金とか慰謝料とか、物を壊してしまったなら賠償金とか、お金で済むことでしょ!」
「……このショートステイに来る前に渡された誓約書を、あなたはきちんと読んでいないのですか? 『滞在先の異世界にて問題行動もしくは犯罪行為を行い、治安を著しく乱した時の処罰は、滞在先の異世界が定めた法に従うものとする』と。この世界の人々は、あなたが希望した『治安が良いこと』『お店で美味しいお酒を飲めること』の条件通り、皆、節度やルールを守って平和にお酒を嗜んでいるのです。そもそも『酒乱』という言葉や概念自体が存在しないのでしょう。昨夜のあなたの暴れっぷりを見た人々は、あなたが日本の言葉で言う悪魔や鬼、あるいは魔物に取り憑かれてしまった者だとの判断を下したようです」
「悪魔とか鬼とか、魔物とか……いったい、いつの時代の話よ! それに、裁判もせずに翌日に死刑決定とかおかしいでしょ!! 人権無視にも程があるわよ!!!」
「だから、ここは異世界なんですって。あなたが暮らしていた世界の歴史も法律も倫理も通用しない……」
「旅先で少しだけ羽目を外して、”旅の恥はかきすて”を地で行ってしまっただけじゃない! ”暴れてしまったらしい”私は今すぐ元の世界に帰って、もう二度とこの世界には足を踏み入れない! そう、いわゆる強制送還処分! それで丸く収まるじゃないの!」
「……残念ながら、僕にはそれを決める権限も、この世界の人々に掛け合う義理もないですね」
冷たく言い放った通訳男子は、私に背を向け立ち去ろうとした。
だが、奴は踵を返し、私にさらなる絶望の言葉を投げつけてきた。
「ちなみに、この世界での死刑は絞首刑ではなく”釜茹で”とのことでした。しかも、公開処刑であるとも……どのみち身を持って知ることになるとは思いますが、念のため先にお伝えしておきますね」
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