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ドス黒なずみ童話 ⑥ ~どこかで聞いたような設定の血まみれの鍵~(前編)
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1
結婚。
この言葉を聞いた時、皆さんはどのような絵を心の中に描くでしょうか?
愛する人と結ばれて生涯をともにする。それはとてつもなく幸せなことです。どんな金銀財宝にも代えがたいことでしょう。
しかし、誰もが心から愛する人と結ばれる運命とは限りません。そして結ばれたとしても、その先に待ち受けている運命が幸せなものであるとは限りません。
そう、今からお話する”彼女たち”のように……
ある町にブランシュという娘がいました。彼女は、美しいうえに大層気立ての良い娘でした。白を意味するその名前の通り、純真であり、積極的に人を疑ったり悪く言ったりすることのない娘でした。
彼女は数年前に、アンヌお姉さんや二人のお兄さんとともに今住んでいる町へと移り住んできました。彼女たち四人は、結束が非常に固いうえにどこか謎めいたところもありましたが、徐々に町の者たちへと溶け込み、やっと手に入れることができた平凡でありつつも穏やかな日々を過ごしておりました。
ですが、とある男性が彼女を見初めたことで、その穏やかな日々は終わりを告げたのです。
ブランシュを見初めたのは、町の皆から青髭様と呼ばれている男性でした。
そう、青髭様です。
町のはずれの大きなお屋敷に住んでいらっしゃる青髭様。
さすがにご本人を前にして、青髭様と呼ぶ命知らずは誰一人としていませんでしたが、彼の真っ青な髭は、それを目にした者全てをゾワワッとさせるのに充分なほどでありした。
外見が恐ろしいのは百歩譲って良しとしましても、青髭様が今までに娶ったはずの奥方様たちは皆、いつの間にやら行方不明になっているのです。青髭様に殺されたに違いない、と町の誰もが推測しておりました。
青髭様からの突然の求婚に、当人であるブランシュだけでなく、アンヌお姉さんと二人のお兄さんも戸惑うばかりか慄きました。
あんな噂が流れている男の元に、大切なブランシュを嫁にやるわけにはいかない。
けれども、ブランシュたちは碌に教育を受けることもできず、町から町へと移り住んでいたため、どちらかというとやや貧困に近い暮らし向きでありました。青髭様もそれを分かっていたのでしょう。
「ブランシュを私に下さるなら、あなた方にも経済的援助を約束しましょう」と、お金という甘い餌でブランシュを自分の元へと手繰り寄せようとしていました。
ブランシュは、ついに青髭様の元に嫁ぐ決意をすることとなりました。
親子ほど年の離れた青髭様の元へと。
残虐な連続殺人犯かもしれない青髭様の元へと。
二人のお兄さんは、ブランシュに言いました。
「ブランシュ、何かお前の身に危険が迫ったら俺たちを呼ぶんだ。俺たちはすぐに……”本当にすぐに”お前の元へと駆けつけるから」と。
ブランシュは頷きました。そして、彼女は自分自身に言い聞かせました。
何かあったらお兄さんたちが私を助けに来てくれる、けれども私自身の身は自分で守らなければ、私にはそれができるはずよ、と。
2
絶大なる不安と恐怖を抱えたまま、青髭様へと嫁いだブランシュでした。青髭様は、その真っ青な髭こそ間近で見るとより一層恐ろしく不気味ではありましたが、優しくて穏やかな方であり、ブランシュは拍子抜けしてしまいました。
ブランシュがドレスや宝石、グルメやスイーツをおねだりせずとも、ほぼ毎日のように素敵な贈り物をしてくれます。
「ブランシュ……お前はこんな親子ほど年の離れた私の所に、さらに言うなら町でもおかしな噂が流れているだろう私の所に嫁に来てくれた。私はお前が望む物は何でも与えよう。遠慮することはない。何でも望むがいい」と。
ブランシュは色とりどりの宝石箱の中で新婚生活を送っているではないかと錯覚するほどでした。
さらに言うなら、青髭様がお優しいのは日が高く昇っている間だけではありませんでした。
えっと、その……子供向けの童話ではふわふわとカモフラージュされている夜の営みにおいても、青髭様は未開発のブランシュを優しく気遣い導いてくれました。さらに念のためにお伝えしておくなら、異常で猟奇的な性癖なども感じ取れず、青髭様は性的にもノーマルな方のようでした。
ブランシュと青髭様の間には、夫婦としての愛や絆はまだしっかりとは生まれてはいませんが、これから徐々に培われていくことになるのかもしれません。
ですが、ブランシュにはとてつもなく気にかかっていることが二点ほどありました。
3
一点目は、皆様お察しの通り、今までの奥方様たちの行方です。
屋敷のとある部屋には、今までの奥方様――総勢五名の肖像画が飾られていました。五名もの奥方様が全員が行方不明とは、あまりにも不自然です。事件の可能性が高いなんてものじゃありません。
ブランシュは、五名の中でも群を抜いてお美しい一番最初の奥方様の肖像画に見惚れてしまいした。
この一番最初の奥方様は、貴族のご令嬢かと思うほどの美貌と気品に溢れていましたが、実際はそう身分が高かったわけでもなく、ブランシュと似たり寄ったりの身の上であったと町の噂で聞いていました。さらに言うなら、他の四名の奥方様も同様の身の上であったと……
つまりは生家の強力な後ろ盾などを持っていないため、突如、何らかの事件に巻き込まれ行方不明となっても、青髭様の権力と財力の前においてはそれほど深く追及されることもなく、有耶無耶になってしまう身の上であるということです。
なお、元奥方様たちの肖像画が飾られた壁には、明らかに他の肖像画が飾られていたであろう空白がありました。ここにはいったい、誰の肖像画が飾られていたのでしょうか?
そして、二点目は、この広いお屋敷と召使いの数が全く釣り合っていないことです。
屋敷の本格的な清掃や門前での警備等は人を雇い、定期的に外注しているとのことでありましたが、住み込みで働いているのは、クレマンティーヌという名前の老婆ただ一人だけでした。
これだけのお屋敷なのに、常駐している召使いがおばあさん一人だけとは、人材不足にもほどがあります。それに、クレマンティーヌはよく転んでしまう人のようでした。
先日もブランシュが、クレマンティーヌの腫れあがり変色してしまった唇に驚き理由を尋ねたところ、「転倒した際に顎を打ち、唇を切ってしまったのです」と彼女は答えました。
青髭様のお屋敷内には、物はそれこそ溢れかえるほどでありましたが、人が少ないため秋の枯れ草が風とともに屋敷内を吹き抜けていくような寂しく冷たい空気が漂っていました。
それにブランシュが一人で部屋にいると、時折、獣の雄叫びのような声がどこからか聞こえてくることだってあったのです。
4
そうこうしているうちに、お約束の展開といいますか、青髭様がお屋敷を留守にする日がやってきたのです。
「ブランシュ、私が留守の間、姉たちや友人をこの屋敷に招いても楽しんでもらって構わない。私はお前にこの屋敷内の部屋の鍵を預けておく。ただし、この小さな鍵の部屋――北側の二階の開かずの部屋――だけは中をのぞくことも、入ってみることもならない。私はそれだけは事前に忠告しておく」
はい、これもお約束ですね。
絶対に開けてはいけない部屋の鍵なら、最初からブランシュに鍵を渡さない、もしくは鍵の存在すら匂わさなければいいと思うのですが。
「旦那様、その開かずの部屋へと足を踏み入れてしまったなら、私はどうなるのですか?」
ブランシュは、つい聞いてしまいました。青髭様は、ブランシュの華奢な両肩にそっと手を置いて答えました。
「お前があの部屋に足を踏み入れてしまったなら……お前の運命は私ではなく別の者に委ねられることとなるであろう」
この屋敷の主である青髭様ではなく、別の者にブランシュの運命が委ねられる。それは、いったいどういうことなのでしょうか? まさか、ブランシュの運命は死神にでも委ねられてしまうのでしょうか?
5
広いお屋敷に残されることなったブランシュは、大好きなアンヌお姉さんを招待しました。
ブランシュとアンヌお姉さんは、十五才も年が離れておりましたが、同性であることに加え、その他にも”稀有な共通点がありました”め、非常に仲が良かったのです。
アンヌお姉さんは、セレブ妻となったブランシュをとてつもなく羨ましがりました。
「あんたがこれほど大切にされているなら、私が青髭様に嫁ぎたかったかも。年齢的には私の方が青髭様と釣り合いがとれているわけだし。でも、やっぱり男ってのは私みたいなババアより若い娘の方がいいんでしょうね」と。
アンヌお姉さんは自分のことをババアとは言いましたが、世間でいうお姉さまとおばさまの中間にいるかのような年齢です。
アンヌお姉さんには、何でも話すことができたブランシュです。ブランシュは、青髭様から渡された鍵のことも、北側の二階の開かずの部屋こともそのまま話してしまいました。
アンヌお姉さんの目がキラリと光りました。
気が付いた時、ブランシュはアンヌお姉さんと一緒に北側の二階の開かずの部屋の扉の前に立っていました。
さあ、この扉の向こうにはいったい何が待ち構えているのでしょうか?
まさか、歴代の奥方様のすでに白骨化した屍が壁にズラリと吊るされており、ブランシュとアンヌお姉さんを出迎えてくれるのでしょうか?
それとも、床が真紅の血の絨毯でヌルッヌルになっているのでしょうか? 血の絨毯はすごく滑るでしょうね。その絨毯の上に、手の中にある小さな鍵を落としてしまったら……さらに言うなら、嫌過ぎる魔法にかかったかのように鍵に染み込んでしまった血がいくらぬぐっても取れなかったら、本当に大変なことになってしまいますよね。
鍵は鍵穴にカチリとはまりました。
鍵穴に蜘蛛の巣などははっていませんでした。ということは、この鍵穴は定期的に使用されているのです。
キイイイッと、意外に軽快な音を立てて扉は開きました。
薄暗い部屋の中です。ずっとカーテンが閉め切られたままなのでしょう。そして、中からの臭いが扉の外にモワワワンッと漏れ出てきました。
!!!!!
その強烈な臭気に、ブランシュもアンヌお姉さんも思わず鼻を押さえ、後ずさってしまいました。
この悪臭が血の臭いではないことは、二人とも一瞬で悟りました。
籠った空気の臭い。そして、汗の臭い。そこはかとなく漂う排泄物の臭い。つまりは、あまり身なりに構わない人――不潔で不衛生な人――の醸し出す臭いであったのです。
誰かがこの部屋の中に住んでいるの?
急いでランプを持ってきたブランシュとアンヌお姉さんは、音を立てないように禁じられた部屋へと足を踏み入れました。
勇気があるというよりも、ここまできて好奇心を抑えきれなかったのでしょう。好奇心は身を滅ぼす、とはどこかで聞いたことのある言葉です。ですが彼女たちは、そう簡単に我が身が滅ぼされるはずがない、という自信を持っていたからこそ進んでいったのです。
部屋の中からは鼾が聞こえてきました。
ガアアアアアともグオオオオオとも聞こえる、何とも言い難い獣のような鼾。その鼾の合間を縫うかのようにブウウウウウともブボオオオオとも聞こえる、何とも言い難い放屁の音までもが幾発か。
ブランシュとアンヌお姉さんのランプが照らし出したのは、ゴミだらけのうえ汚れたベッドで爆睡している男でした。
何年も日の光に当たっていないかのような男の肌は、生白いうえにブヨブヨとしていることは、触らなくとも分かります。男は、たるみ切った毛むくじゃらの腹をボリボリと掻いていました。
さらに、男の”真っ青な髭”は汚らしくもじゃもじゃと伸びっぱなしでした。
真っ青な髭? 青髭様と同じ色の髭?
まさか、この男は……!
ブランシュとアンヌお姉さんが、ゴミ箱よりも散らかったこの部屋を見まわしました。床には、何やらイカ臭い妙な匂いのするちり紙がタンポポの綿毛のように散らばっています。それに、膨大な量の紙が束となって積み上げられていました。
紙は高価なものです。といっても、宝石ほどに高価ではなく、青髭様の財力を持ってすれば、この男がこれだけの紙に囲まれて爆睡することは不可能ではありません。
アンヌお姉さんは、近くにあった数枚の紙を手に取りました。
紙には絵が描かれていました。
裸の男女が睦あっている絵。大事なモノを大事なトコロに差し入れ、まさに結合中の男女の絵。陰毛の一本一本までもが、性器の皺やテカリまでもがとっても鮮明に描かれた絵。
いいえ、これは”絵”などではありません!
”目に見えた光景を、そのまま紙に写した”としか思えないものでした。
その時、地獄の獣の唸り声のごとき鼾をかき続けていた青髭の男は、自分のテリトリーに無断で足を踏み入れた者たちの気配を感じたのかハッと目を覚ましました。
性欲含め、ありとあらゆる本能のままに生きてきたに違いない青髭の男の動物的勘は、相当に研ぎ澄まされていたのでしょう。
「だだだだだ誰だああああああ!!!!!」
ブランシュもアンヌも、逃げ出しました。この状況では逃げること一択でしょう。この青髭の男は、普通に話をすることなどできない相手であるのは、明らかでしたから。
「おおおおお女あああああ! そそそそそれにババアあああああ! まままま待ちやがれええええ!!!」
女とババア。青髭の男は、ブランシュとアンヌお姉さんをこう呼びました。どちらを女と呼び、どちらをババアと呼んだのかは、あえて説明しなくてもお分かりかと思います。
必死で逃げつつも、アンヌお姉さんはムッとしていました。自分で自分をババアと自虐するのは良しとしても、他人にババアと言われるのはやはり腹が立つものです。
廊下へと転がり出たブランシュとアンヌお姉さんは、急いで鍵をかけました。しかし、青髭の男は部屋の分厚い扉すらぶち破らんばかりに、幾度も体当たりを食らわせ続けています!
騒ぎを聞きつけたのか、召使いクレマンティーヌが息を切らしながら走ってきました。
「お、お二人とも、この部屋の鍵を開けてしまったのですね!? 見てしまったのですね!? おお、なんてこと……」
そして、クレマンティーヌは叫びました。
扉の向こうで唸り続ける、青髭の獣に向かって――
「エミリアン! 後で母様がお前の大好きなお菓子を作って持って行くから、早くベッドに戻りなさい!! お願いだから、今はベッドに戻って!!!」
結婚。
この言葉を聞いた時、皆さんはどのような絵を心の中に描くでしょうか?
愛する人と結ばれて生涯をともにする。それはとてつもなく幸せなことです。どんな金銀財宝にも代えがたいことでしょう。
しかし、誰もが心から愛する人と結ばれる運命とは限りません。そして結ばれたとしても、その先に待ち受けている運命が幸せなものであるとは限りません。
そう、今からお話する”彼女たち”のように……
ある町にブランシュという娘がいました。彼女は、美しいうえに大層気立ての良い娘でした。白を意味するその名前の通り、純真であり、積極的に人を疑ったり悪く言ったりすることのない娘でした。
彼女は数年前に、アンヌお姉さんや二人のお兄さんとともに今住んでいる町へと移り住んできました。彼女たち四人は、結束が非常に固いうえにどこか謎めいたところもありましたが、徐々に町の者たちへと溶け込み、やっと手に入れることができた平凡でありつつも穏やかな日々を過ごしておりました。
ですが、とある男性が彼女を見初めたことで、その穏やかな日々は終わりを告げたのです。
ブランシュを見初めたのは、町の皆から青髭様と呼ばれている男性でした。
そう、青髭様です。
町のはずれの大きなお屋敷に住んでいらっしゃる青髭様。
さすがにご本人を前にして、青髭様と呼ぶ命知らずは誰一人としていませんでしたが、彼の真っ青な髭は、それを目にした者全てをゾワワッとさせるのに充分なほどでありした。
外見が恐ろしいのは百歩譲って良しとしましても、青髭様が今までに娶ったはずの奥方様たちは皆、いつの間にやら行方不明になっているのです。青髭様に殺されたに違いない、と町の誰もが推測しておりました。
青髭様からの突然の求婚に、当人であるブランシュだけでなく、アンヌお姉さんと二人のお兄さんも戸惑うばかりか慄きました。
あんな噂が流れている男の元に、大切なブランシュを嫁にやるわけにはいかない。
けれども、ブランシュたちは碌に教育を受けることもできず、町から町へと移り住んでいたため、どちらかというとやや貧困に近い暮らし向きでありました。青髭様もそれを分かっていたのでしょう。
「ブランシュを私に下さるなら、あなた方にも経済的援助を約束しましょう」と、お金という甘い餌でブランシュを自分の元へと手繰り寄せようとしていました。
ブランシュは、ついに青髭様の元に嫁ぐ決意をすることとなりました。
親子ほど年の離れた青髭様の元へと。
残虐な連続殺人犯かもしれない青髭様の元へと。
二人のお兄さんは、ブランシュに言いました。
「ブランシュ、何かお前の身に危険が迫ったら俺たちを呼ぶんだ。俺たちはすぐに……”本当にすぐに”お前の元へと駆けつけるから」と。
ブランシュは頷きました。そして、彼女は自分自身に言い聞かせました。
何かあったらお兄さんたちが私を助けに来てくれる、けれども私自身の身は自分で守らなければ、私にはそれができるはずよ、と。
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絶大なる不安と恐怖を抱えたまま、青髭様へと嫁いだブランシュでした。青髭様は、その真っ青な髭こそ間近で見るとより一層恐ろしく不気味ではありましたが、優しくて穏やかな方であり、ブランシュは拍子抜けしてしまいました。
ブランシュがドレスや宝石、グルメやスイーツをおねだりせずとも、ほぼ毎日のように素敵な贈り物をしてくれます。
「ブランシュ……お前はこんな親子ほど年の離れた私の所に、さらに言うなら町でもおかしな噂が流れているだろう私の所に嫁に来てくれた。私はお前が望む物は何でも与えよう。遠慮することはない。何でも望むがいい」と。
ブランシュは色とりどりの宝石箱の中で新婚生活を送っているではないかと錯覚するほどでした。
さらに言うなら、青髭様がお優しいのは日が高く昇っている間だけではありませんでした。
えっと、その……子供向けの童話ではふわふわとカモフラージュされている夜の営みにおいても、青髭様は未開発のブランシュを優しく気遣い導いてくれました。さらに念のためにお伝えしておくなら、異常で猟奇的な性癖なども感じ取れず、青髭様は性的にもノーマルな方のようでした。
ブランシュと青髭様の間には、夫婦としての愛や絆はまだしっかりとは生まれてはいませんが、これから徐々に培われていくことになるのかもしれません。
ですが、ブランシュにはとてつもなく気にかかっていることが二点ほどありました。
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一点目は、皆様お察しの通り、今までの奥方様たちの行方です。
屋敷のとある部屋には、今までの奥方様――総勢五名の肖像画が飾られていました。五名もの奥方様が全員が行方不明とは、あまりにも不自然です。事件の可能性が高いなんてものじゃありません。
ブランシュは、五名の中でも群を抜いてお美しい一番最初の奥方様の肖像画に見惚れてしまいした。
この一番最初の奥方様は、貴族のご令嬢かと思うほどの美貌と気品に溢れていましたが、実際はそう身分が高かったわけでもなく、ブランシュと似たり寄ったりの身の上であったと町の噂で聞いていました。さらに言うなら、他の四名の奥方様も同様の身の上であったと……
つまりは生家の強力な後ろ盾などを持っていないため、突如、何らかの事件に巻き込まれ行方不明となっても、青髭様の権力と財力の前においてはそれほど深く追及されることもなく、有耶無耶になってしまう身の上であるということです。
なお、元奥方様たちの肖像画が飾られた壁には、明らかに他の肖像画が飾られていたであろう空白がありました。ここにはいったい、誰の肖像画が飾られていたのでしょうか?
そして、二点目は、この広いお屋敷と召使いの数が全く釣り合っていないことです。
屋敷の本格的な清掃や門前での警備等は人を雇い、定期的に外注しているとのことでありましたが、住み込みで働いているのは、クレマンティーヌという名前の老婆ただ一人だけでした。
これだけのお屋敷なのに、常駐している召使いがおばあさん一人だけとは、人材不足にもほどがあります。それに、クレマンティーヌはよく転んでしまう人のようでした。
先日もブランシュが、クレマンティーヌの腫れあがり変色してしまった唇に驚き理由を尋ねたところ、「転倒した際に顎を打ち、唇を切ってしまったのです」と彼女は答えました。
青髭様のお屋敷内には、物はそれこそ溢れかえるほどでありましたが、人が少ないため秋の枯れ草が風とともに屋敷内を吹き抜けていくような寂しく冷たい空気が漂っていました。
それにブランシュが一人で部屋にいると、時折、獣の雄叫びのような声がどこからか聞こえてくることだってあったのです。
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そうこうしているうちに、お約束の展開といいますか、青髭様がお屋敷を留守にする日がやってきたのです。
「ブランシュ、私が留守の間、姉たちや友人をこの屋敷に招いても楽しんでもらって構わない。私はお前にこの屋敷内の部屋の鍵を預けておく。ただし、この小さな鍵の部屋――北側の二階の開かずの部屋――だけは中をのぞくことも、入ってみることもならない。私はそれだけは事前に忠告しておく」
はい、これもお約束ですね。
絶対に開けてはいけない部屋の鍵なら、最初からブランシュに鍵を渡さない、もしくは鍵の存在すら匂わさなければいいと思うのですが。
「旦那様、その開かずの部屋へと足を踏み入れてしまったなら、私はどうなるのですか?」
ブランシュは、つい聞いてしまいました。青髭様は、ブランシュの華奢な両肩にそっと手を置いて答えました。
「お前があの部屋に足を踏み入れてしまったなら……お前の運命は私ではなく別の者に委ねられることとなるであろう」
この屋敷の主である青髭様ではなく、別の者にブランシュの運命が委ねられる。それは、いったいどういうことなのでしょうか? まさか、ブランシュの運命は死神にでも委ねられてしまうのでしょうか?
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広いお屋敷に残されることなったブランシュは、大好きなアンヌお姉さんを招待しました。
ブランシュとアンヌお姉さんは、十五才も年が離れておりましたが、同性であることに加え、その他にも”稀有な共通点がありました”め、非常に仲が良かったのです。
アンヌお姉さんは、セレブ妻となったブランシュをとてつもなく羨ましがりました。
「あんたがこれほど大切にされているなら、私が青髭様に嫁ぎたかったかも。年齢的には私の方が青髭様と釣り合いがとれているわけだし。でも、やっぱり男ってのは私みたいなババアより若い娘の方がいいんでしょうね」と。
アンヌお姉さんは自分のことをババアとは言いましたが、世間でいうお姉さまとおばさまの中間にいるかのような年齢です。
アンヌお姉さんには、何でも話すことができたブランシュです。ブランシュは、青髭様から渡された鍵のことも、北側の二階の開かずの部屋こともそのまま話してしまいました。
アンヌお姉さんの目がキラリと光りました。
気が付いた時、ブランシュはアンヌお姉さんと一緒に北側の二階の開かずの部屋の扉の前に立っていました。
さあ、この扉の向こうにはいったい何が待ち構えているのでしょうか?
まさか、歴代の奥方様のすでに白骨化した屍が壁にズラリと吊るされており、ブランシュとアンヌお姉さんを出迎えてくれるのでしょうか?
それとも、床が真紅の血の絨毯でヌルッヌルになっているのでしょうか? 血の絨毯はすごく滑るでしょうね。その絨毯の上に、手の中にある小さな鍵を落としてしまったら……さらに言うなら、嫌過ぎる魔法にかかったかのように鍵に染み込んでしまった血がいくらぬぐっても取れなかったら、本当に大変なことになってしまいますよね。
鍵は鍵穴にカチリとはまりました。
鍵穴に蜘蛛の巣などははっていませんでした。ということは、この鍵穴は定期的に使用されているのです。
キイイイッと、意外に軽快な音を立てて扉は開きました。
薄暗い部屋の中です。ずっとカーテンが閉め切られたままなのでしょう。そして、中からの臭いが扉の外にモワワワンッと漏れ出てきました。
!!!!!
その強烈な臭気に、ブランシュもアンヌお姉さんも思わず鼻を押さえ、後ずさってしまいました。
この悪臭が血の臭いではないことは、二人とも一瞬で悟りました。
籠った空気の臭い。そして、汗の臭い。そこはかとなく漂う排泄物の臭い。つまりは、あまり身なりに構わない人――不潔で不衛生な人――の醸し出す臭いであったのです。
誰かがこの部屋の中に住んでいるの?
急いでランプを持ってきたブランシュとアンヌお姉さんは、音を立てないように禁じられた部屋へと足を踏み入れました。
勇気があるというよりも、ここまできて好奇心を抑えきれなかったのでしょう。好奇心は身を滅ぼす、とはどこかで聞いたことのある言葉です。ですが彼女たちは、そう簡単に我が身が滅ぼされるはずがない、という自信を持っていたからこそ進んでいったのです。
部屋の中からは鼾が聞こえてきました。
ガアアアアアともグオオオオオとも聞こえる、何とも言い難い獣のような鼾。その鼾の合間を縫うかのようにブウウウウウともブボオオオオとも聞こえる、何とも言い難い放屁の音までもが幾発か。
ブランシュとアンヌお姉さんのランプが照らし出したのは、ゴミだらけのうえ汚れたベッドで爆睡している男でした。
何年も日の光に当たっていないかのような男の肌は、生白いうえにブヨブヨとしていることは、触らなくとも分かります。男は、たるみ切った毛むくじゃらの腹をボリボリと掻いていました。
さらに、男の”真っ青な髭”は汚らしくもじゃもじゃと伸びっぱなしでした。
真っ青な髭? 青髭様と同じ色の髭?
まさか、この男は……!
ブランシュとアンヌお姉さんが、ゴミ箱よりも散らかったこの部屋を見まわしました。床には、何やらイカ臭い妙な匂いのするちり紙がタンポポの綿毛のように散らばっています。それに、膨大な量の紙が束となって積み上げられていました。
紙は高価なものです。といっても、宝石ほどに高価ではなく、青髭様の財力を持ってすれば、この男がこれだけの紙に囲まれて爆睡することは不可能ではありません。
アンヌお姉さんは、近くにあった数枚の紙を手に取りました。
紙には絵が描かれていました。
裸の男女が睦あっている絵。大事なモノを大事なトコロに差し入れ、まさに結合中の男女の絵。陰毛の一本一本までもが、性器の皺やテカリまでもがとっても鮮明に描かれた絵。
いいえ、これは”絵”などではありません!
”目に見えた光景を、そのまま紙に写した”としか思えないものでした。
その時、地獄の獣の唸り声のごとき鼾をかき続けていた青髭の男は、自分のテリトリーに無断で足を踏み入れた者たちの気配を感じたのかハッと目を覚ましました。
性欲含め、ありとあらゆる本能のままに生きてきたに違いない青髭の男の動物的勘は、相当に研ぎ澄まされていたのでしょう。
「だだだだだ誰だああああああ!!!!!」
ブランシュもアンヌも、逃げ出しました。この状況では逃げること一択でしょう。この青髭の男は、普通に話をすることなどできない相手であるのは、明らかでしたから。
「おおおおお女あああああ! そそそそそれにババアあああああ! まままま待ちやがれええええ!!!」
女とババア。青髭の男は、ブランシュとアンヌお姉さんをこう呼びました。どちらを女と呼び、どちらをババアと呼んだのかは、あえて説明しなくてもお分かりかと思います。
必死で逃げつつも、アンヌお姉さんはムッとしていました。自分で自分をババアと自虐するのは良しとしても、他人にババアと言われるのはやはり腹が立つものです。
廊下へと転がり出たブランシュとアンヌお姉さんは、急いで鍵をかけました。しかし、青髭の男は部屋の分厚い扉すらぶち破らんばかりに、幾度も体当たりを食らわせ続けています!
騒ぎを聞きつけたのか、召使いクレマンティーヌが息を切らしながら走ってきました。
「お、お二人とも、この部屋の鍵を開けてしまったのですね!? 見てしまったのですね!? おお、なんてこと……」
そして、クレマンティーヌは叫びました。
扉の向こうで唸り続ける、青髭の獣に向かって――
「エミリアン! 後で母様がお前の大好きなお菓子を作って持って行くから、早くベッドに戻りなさい!! お願いだから、今はベッドに戻って!!!」
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冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
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