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第二章
第十四話 反撃と覚醒
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「こいつ…なんてやつだ…!」
ウォルフを打ちのめしていた騎士の一人が、驚愕の声を上げた。
アンジェロの命令からおよそ三時間程の間、ウォルフは後ろ手に縛られたまま、ずっと暴行に耐えていた。既に全身血塗れで、服はズタズタになっているが、その眼光はまるで変わらず、アンジェロを見据えている。
アンジェロは、ウォルフが完全に抵抗できなくなってからエルエを凌辱すると言った。要はアンジェロの目的は、ウォルフの心にこれ以上ないほどのダメージを与え、折る事なのだ。ただ単に殺すだけでは飽き足らないというその憎しみが、ウォルフとエルエの命を繋いでいると言っていい。
くわえて、性行為というのは隙の大きいものである。エルエを殺すのではなく、まず犯すとなれば、いつ反撃をしてくるか解らない人間の傍では難しいだろう。仮に縛り付けて行動を封じようにも、ウォルフには人知を超えるほどの怪力があるのをアンジェロは知っている。今はエルエの命がかかっているから黙って耐えているが、隙を見せれば何をしでかすかわからない。エルエのように邪香で無力化できるわけでもないのだから、猶更だ。
仮に、エルエを先に殺してしまった場合も同様だ。その場合は、怒りの激情に駆られたウォルフを止める手段が無くなるので、真向から相対することになる。そんな危険を冒さずとも、このまま続ければ楽に勝てると解っている状況で、無駄に焦る必要はなかった。
それに、いかに耐久力が高くとも、回復しているわけではないのだ。いずれは意識を失うか、立ち上がる事すらままならなくなるだろう。アンジェロはじっくりと、その瞬間を待てばいい、そう考えていた。
「あ、ある…じ…」
そんな中、エルエは意識を取り戻し、涙を流しながらウォルフが痛めつけられる様を見せられていた。このままではウォルフが死んでしまう。そして、その時が確実に近づいていると認識しながら、満足に動かぬ身体を呪うが、邪香によって麻痺した身体は、全く動こうとはしなかった。
さらに数十分ほどの暴行が続いた後、苛立ちとわずかな困惑をみせながら、アンジェロが口を開く。
「おいおい、甘ったれのお坊ちゃんよ。そいつはどういう手品なんだ?剣でも斧でも斬れやしねぇ…打撃は効いてるみてぇだが、訳がわからねぇな…」
アンジェロは怪訝そうに、ウォルフの全身を眺めて言った。ウォルフの身体はどういうわけか、致命傷になり得る怪我だけは受け付けない。じわじわと嬲る分にはちょうどいいサンドバッグだが、さすがに不気味である。
「さぁ、な…」
ただ、さすがのウォルフも、言葉を交わす余裕はなかった。常人ならばとっくに墓の下にいるであろう大怪我だ。今は気力で意識を保っていられるが、このままではそう遠くない内に抵抗できなくなるのは明らかだった。だが、もしそうなれば、死ぬのは自分だけでなくエルエもである。しかも、あのアンジェロに凌辱されて殺される事になるだろう。
そんな事は、自分の命に代えてもさせる訳にはいかない、その思いが、ウォルフに気力を与えていた。
(せめて、エルエだけでも…助けられれば…)
朦朧とした意識の中で、ウォルフはそれだけを考えている。いずれ尽きる力をどう使えば、エルエを助けられるのか。もはや、自分の命を投げ出す覚悟は出来ている、そう思った時だった。
ウォルフの頭の中で、声がする。聞き覚えの無い、それでいて昔から知っているような、若々しい男の声だ。いつしか、その声につられて、ウォルフは頭に響く言葉を唱えていた。
”ハガル ユル ニイド アンスール”
「ハガル…ユル…ニイド…アンスール」
すると、ウォルフの右肩が、ぼんやりと輝きを放つ。しかし、広間は明るく、またその輝きも弱かった為に、誰も気付いていない。それは当のウォルフ自身でさえもだ。しかし、次第にそれは熱を帯びて、徐々に眩い程の光に変わっていく。
「な、なんだぁ!?」
玉座に座り、エルエの頭に足をかけていたアンジェロは、思わずその足を離して立ち上がった。予想外の事態を受けて、我を忘れ見入ってしまっている。
(魔法か?!いや、こいつは魔法の使えない出来損ないだったはず…だが、なんだか解らねぇが、ヤバイ気がする…!)
アンジェロは直感的に危機を感じた、だが、先程まで勝利を信じて疑わなかったせいか、退くという考えには至らなかった。
その間にも、輝きがウォルフの全身を包む。やがて、ウォルフは糸の切れた人形のようにぐったりとして意識を失い、輝く光は球状の結界に変わった。
誰もが唖然とする光景の中、アンジェロの背後で、何かが壊れる音がした。一度だけではない、二度、三度と続くその音は、まるでアンジェロの心に楔を打ち込んでいくような恐怖を齎していく。ウォルフの放つ輝きから逃れるように、ゆっくりと振り向けば、そこには動きを封じられたはずのエルエが立っていた。
「なっ!?こ、コイツどうやって…じゃ、邪香が効いてねぇのか?!」
気づけば、エルエの身体もまた、ウォルフと同じ光を纏っている。ウォルフほど強い光ではないが、その光はエルエを守っているかのようだった。その証拠に、傍らに置いていた邪香の煙は生きているが、もはや効果を発揮しているとは言えず、意味を成していない。
そして、エルエが邪香を踏み壊すと、アンジェロは一気に窮地に追いやられた。
「主…今行くからね…!」
「ヤベェっ!?」
アンジェロが咄嗟に身を屈めると、エルエの振るった右腕から光の斬撃が幾重にも放たれる。それはまるで巨大な魔獣の爪が放つ一撃のように、ウォルフを囲んでいた兵士達を一瞬で切り裂いていく。
(な、なんだコイツは?あの光…あの甘ったれが何かしやがったのか!?)
その場の誰もが、何が起きているのか解らず、一方的な蹂躙を見ているしか出来なかった。まるで海が割れるように、エルエの前に立つ者達が倒れていき、ウォルフへ道が出来ていった。
悠然と歩くエルエはウォルフの元へ辿り着くと、輝き続ける光の球に頬を寄せ、涙をこぼす。
「もう誰にも傷つけさせない…主は、アタシが守る!」
その独白は、布告だ。ウォルフを傷つけるもの全てを排除するという、強い決意を持った誓いの言葉でもあった。そして、エルエは睨みをみせながら振り返り、動揺して動けないアンジェロ達へ歩き出す。
「くっ…!魔導兵!アイツを、あの女を撃て!撃ち殺せ!!」
いち早く我に返ったアンジェロの命令で、待機していた魔導兵達が前に出て、一斉に強力な攻撃魔法を解き放った。炎の矢、氷塊、稲妻、土槍…様々な魔法がエルエを襲う。しかし、そのどれもがエルエには意味をなさなかった。
炎の矢はエルエの纏う光にかき消され、氷塊は爪で打ち砕かれ、稲妻はそれを上回る速度で回避されて、土槍は弾かれる。その全てが通用しない現実に、魔導兵達は恐れをなして、追撃すらままならない。
さらに、彼らをカバーするように後方から放たれた弓兵の矢は、命中寸前に掴み取られ、投げ返された。正確無比に返された矢は、弓兵達の目を打ち抜き、彼らを無惨な死体へと変えた。
この時、エルエと対峙する全ての存在が、死を予感した。
そしてわずか数分の後、広間に生き残っているのはエルエと、傷だらけで倒れるウォルフだけになっていたのだった。
ウォルフを打ちのめしていた騎士の一人が、驚愕の声を上げた。
アンジェロの命令からおよそ三時間程の間、ウォルフは後ろ手に縛られたまま、ずっと暴行に耐えていた。既に全身血塗れで、服はズタズタになっているが、その眼光はまるで変わらず、アンジェロを見据えている。
アンジェロは、ウォルフが完全に抵抗できなくなってからエルエを凌辱すると言った。要はアンジェロの目的は、ウォルフの心にこれ以上ないほどのダメージを与え、折る事なのだ。ただ単に殺すだけでは飽き足らないというその憎しみが、ウォルフとエルエの命を繋いでいると言っていい。
くわえて、性行為というのは隙の大きいものである。エルエを殺すのではなく、まず犯すとなれば、いつ反撃をしてくるか解らない人間の傍では難しいだろう。仮に縛り付けて行動を封じようにも、ウォルフには人知を超えるほどの怪力があるのをアンジェロは知っている。今はエルエの命がかかっているから黙って耐えているが、隙を見せれば何をしでかすかわからない。エルエのように邪香で無力化できるわけでもないのだから、猶更だ。
仮に、エルエを先に殺してしまった場合も同様だ。その場合は、怒りの激情に駆られたウォルフを止める手段が無くなるので、真向から相対することになる。そんな危険を冒さずとも、このまま続ければ楽に勝てると解っている状況で、無駄に焦る必要はなかった。
それに、いかに耐久力が高くとも、回復しているわけではないのだ。いずれは意識を失うか、立ち上がる事すらままならなくなるだろう。アンジェロはじっくりと、その瞬間を待てばいい、そう考えていた。
「あ、ある…じ…」
そんな中、エルエは意識を取り戻し、涙を流しながらウォルフが痛めつけられる様を見せられていた。このままではウォルフが死んでしまう。そして、その時が確実に近づいていると認識しながら、満足に動かぬ身体を呪うが、邪香によって麻痺した身体は、全く動こうとはしなかった。
さらに数十分ほどの暴行が続いた後、苛立ちとわずかな困惑をみせながら、アンジェロが口を開く。
「おいおい、甘ったれのお坊ちゃんよ。そいつはどういう手品なんだ?剣でも斧でも斬れやしねぇ…打撃は効いてるみてぇだが、訳がわからねぇな…」
アンジェロは怪訝そうに、ウォルフの全身を眺めて言った。ウォルフの身体はどういうわけか、致命傷になり得る怪我だけは受け付けない。じわじわと嬲る分にはちょうどいいサンドバッグだが、さすがに不気味である。
「さぁ、な…」
ただ、さすがのウォルフも、言葉を交わす余裕はなかった。常人ならばとっくに墓の下にいるであろう大怪我だ。今は気力で意識を保っていられるが、このままではそう遠くない内に抵抗できなくなるのは明らかだった。だが、もしそうなれば、死ぬのは自分だけでなくエルエもである。しかも、あのアンジェロに凌辱されて殺される事になるだろう。
そんな事は、自分の命に代えてもさせる訳にはいかない、その思いが、ウォルフに気力を与えていた。
(せめて、エルエだけでも…助けられれば…)
朦朧とした意識の中で、ウォルフはそれだけを考えている。いずれ尽きる力をどう使えば、エルエを助けられるのか。もはや、自分の命を投げ出す覚悟は出来ている、そう思った時だった。
ウォルフの頭の中で、声がする。聞き覚えの無い、それでいて昔から知っているような、若々しい男の声だ。いつしか、その声につられて、ウォルフは頭に響く言葉を唱えていた。
”ハガル ユル ニイド アンスール”
「ハガル…ユル…ニイド…アンスール」
すると、ウォルフの右肩が、ぼんやりと輝きを放つ。しかし、広間は明るく、またその輝きも弱かった為に、誰も気付いていない。それは当のウォルフ自身でさえもだ。しかし、次第にそれは熱を帯びて、徐々に眩い程の光に変わっていく。
「な、なんだぁ!?」
玉座に座り、エルエの頭に足をかけていたアンジェロは、思わずその足を離して立ち上がった。予想外の事態を受けて、我を忘れ見入ってしまっている。
(魔法か?!いや、こいつは魔法の使えない出来損ないだったはず…だが、なんだか解らねぇが、ヤバイ気がする…!)
アンジェロは直感的に危機を感じた、だが、先程まで勝利を信じて疑わなかったせいか、退くという考えには至らなかった。
その間にも、輝きがウォルフの全身を包む。やがて、ウォルフは糸の切れた人形のようにぐったりとして意識を失い、輝く光は球状の結界に変わった。
誰もが唖然とする光景の中、アンジェロの背後で、何かが壊れる音がした。一度だけではない、二度、三度と続くその音は、まるでアンジェロの心に楔を打ち込んでいくような恐怖を齎していく。ウォルフの放つ輝きから逃れるように、ゆっくりと振り向けば、そこには動きを封じられたはずのエルエが立っていた。
「なっ!?こ、コイツどうやって…じゃ、邪香が効いてねぇのか?!」
気づけば、エルエの身体もまた、ウォルフと同じ光を纏っている。ウォルフほど強い光ではないが、その光はエルエを守っているかのようだった。その証拠に、傍らに置いていた邪香の煙は生きているが、もはや効果を発揮しているとは言えず、意味を成していない。
そして、エルエが邪香を踏み壊すと、アンジェロは一気に窮地に追いやられた。
「主…今行くからね…!」
「ヤベェっ!?」
アンジェロが咄嗟に身を屈めると、エルエの振るった右腕から光の斬撃が幾重にも放たれる。それはまるで巨大な魔獣の爪が放つ一撃のように、ウォルフを囲んでいた兵士達を一瞬で切り裂いていく。
(な、なんだコイツは?あの光…あの甘ったれが何かしやがったのか!?)
その場の誰もが、何が起きているのか解らず、一方的な蹂躙を見ているしか出来なかった。まるで海が割れるように、エルエの前に立つ者達が倒れていき、ウォルフへ道が出来ていった。
悠然と歩くエルエはウォルフの元へ辿り着くと、輝き続ける光の球に頬を寄せ、涙をこぼす。
「もう誰にも傷つけさせない…主は、アタシが守る!」
その独白は、布告だ。ウォルフを傷つけるもの全てを排除するという、強い決意を持った誓いの言葉でもあった。そして、エルエは睨みをみせながら振り返り、動揺して動けないアンジェロ達へ歩き出す。
「くっ…!魔導兵!アイツを、あの女を撃て!撃ち殺せ!!」
いち早く我に返ったアンジェロの命令で、待機していた魔導兵達が前に出て、一斉に強力な攻撃魔法を解き放った。炎の矢、氷塊、稲妻、土槍…様々な魔法がエルエを襲う。しかし、そのどれもがエルエには意味をなさなかった。
炎の矢はエルエの纏う光にかき消され、氷塊は爪で打ち砕かれ、稲妻はそれを上回る速度で回避されて、土槍は弾かれる。その全てが通用しない現実に、魔導兵達は恐れをなして、追撃すらままならない。
さらに、彼らをカバーするように後方から放たれた弓兵の矢は、命中寸前に掴み取られ、投げ返された。正確無比に返された矢は、弓兵達の目を打ち抜き、彼らを無惨な死体へと変えた。
この時、エルエと対峙する全ての存在が、死を予感した。
そしてわずか数分の後、広間に生き残っているのはエルエと、傷だらけで倒れるウォルフだけになっていたのだった。
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