放蕩者と誤解されて追放された王子ですが、可愛い弟妹達の為に、陰ながら世直しします!

世界

文字の大きさ
61 / 70
第六章

第五十六話 母との再会

しおりを挟む
「も、もういいだろう…!ダンテ、降ろしてくれ!」

 ダンテに抱えられながら移動していたウォルフが叫んだ。
 大ホールからはかなり離れて、今は地下牢に向かう廊下の途中だ。

「ああ、失礼しました。若を抱えて走るなど久方振りですな。大きくなられたものです」

 ダンテは苦笑しながら立ち止まり、ウォルフをそっと床に下ろす。
 最近やけに子ども扱いされることが多い気がする。
 セヴィにしろダンテにしろ、いつも一緒にいるのだから今更過ぎると思うのだが、ウォルフは照れ臭くて何も言えなかった。

「さっきの轟音…アイテールは大丈夫だろうか?」

 改めて、今来た道を振り返り、ウォルフは呟いた。
 
 アイテールの強さはよく解っているが、相手はあのカサンドラだ。
 まともな状態なら、自分やウッツでも勝てるかは解らない。
 せめて、彼女の使う魔法のカラクリだけでも伝えておきたかったが、あのタイミングでは話す余裕すらなかった。

「アイテールなら心配いりますまい。それよりも、優先すべきはヴェロニカ様とボルド様です」

 ダンテは突き放したように釘をさす。
 一見すると冷酷に聞こえるが、現実的に考えれば、それは間違っていない。
 その為に、エルエやセヴィ、そしてヴァレイにイーリスの相手を任せてきたし、ロードリックやミリアン達も背中を押してくれた。ここで自分が行動を誤れば、皆の思いも台無しになる。それは絶対に避けねばならないことだ。
 ウォルフはそれを解っているから、ダンテの言葉に素直に頷き、前を向いた。

「ああ、そうだな。…よし、行こう」

 こういう時、ダンテはいつも思う事がある。ウォルフは優しすぎると。
 王となるべく育てられてはきたものの、彼は長男でありながらあくまで予備であった。
 本来、彼は未来を期待され、その力を嘱望されるべき存在であるにも関わらず、彼の役割はあくまで仮のものだ。
 彼はいつでもお役御免にされて、捨てられる可能性に追われてきた。
 その為だろうか、彼は本能的に他人を見捨てる事を極端に嫌う傾向がある。

 結局、彼は王やカサンドラ、或いはイーリスの策謀により捨てられてしまったわけだが、そんな日が来ないように彼は懸命に自分を磨き、民を助けることに全力を注いでいたのだ。
 だが、王や為政者とは、時として非情なまでに他人を切り捨てる事が出来なければならない。
 敵を殺す事はできても、ウォルフには仲間や民を捨てる事は出来ないだろう。彼にはそういう強さがない。
 幼い頃からずっと傍にいたダンテには、それがよく解っていた。

(若が王になる道を閉ざされたのは、ある意味で正しかったのかもしれぬ…だが、若が受けた心の傷に関してだけは、きっちり落とし前を付けて貰わねばならん)

 ウォルフに父を殺す覚悟があるとは思っていない。ならばこそ、ダンテはもしその時がくれば、彼に代わってそれを行おうと強く心に決めているのだった。

 城の地下牢に向かう道を走り、地下への階段を下っていく。
 魔導灯で照らされた階段は、そう広くはないが、薄暗くどこか黴臭い。
 しばらく下ると、少し広い廊下に出て、その奥には牢に繋がる扉がありその前には一人の若い男が立ち塞がっていた。

「あれは…ゲイリー!久し振りだな、無事だったか」

「ウォルフ様、ご無沙汰しております。妹からご様子は伺っておりました、ご無事でなによりです」

 そう言うと、ゲイリーと呼ばれた男は、恭しく頭を下げた。

 ゲイリーは、セヴィの兄であり、第二王妃ヴェロニカの護衛を任された男である。
 彼らの一族は、ヴァージリア王家、その前身であるバージル家に代々仕えてきた護衛兼召使の家系だ。
 彼らの父はウッツの、母はシャルロッテの、そしてゲイリーはヴェロニカの護衛を務めていた。
 ウォルフの場合にはセヴィが任されたが、彼女はウォルフと歳がそう変わらない事もあって、ダンテも共に付けられたらしい。
 
 そのゲイリーがここにいるという事は、ヴェロニカも間違いなくここにいるだろう。

「母上はこの中か?」

「さようでございます。下手に連れ出すよりも、ここが一番城の中では安全でしたので…」

 それはそうだろう。脱走を防ぐ為、牢というものは基本的に頑丈な造りになっている。
 外からも内からも簡単には出られないという事は、外部からの攻撃も受けづらいという事だ。
 これだけの騒ぎの中、戦う術を持たない母を連れ回すよりは、ここで守る方が確実だっただろう。

 ゲイリーに礼を言い、扉を開けようとするウォルフの手は震えていた。

 それは無理もないだろう。ウォルフが母と直接顔を合わせるのは、三歳の時に引き離されて以来、およそ十五年振りだ。
 その間、手紙などでやり取りはしてきたが、カサンドラによって、会う事は許されていなかった。
 
 女性に対する恐怖心を植え付けられてから、カサンドラのような年上の女性は特に恐怖の対象であったが、母ヴェロニカもまた、同じ年頃の女性である。
 それでなくても、ほとんど顔を合わせた事のない母を恐れはしないか?もしそうなったら、悲しませてしまうのでは?
 そんな思いが、ウォルフの頭から離れようとしない。

「若?」

 ダンテに声をかけられ、ハッとして、ウォルフは我に返る。
 そうだ、母を助けに来たのだから、今更四の五の迷っている暇はない。ウォルフはそう心に活を入れて、その扉を開いた。

 重く鈍い扉の音が、牢内に響き渡り、ゆっくりと牢の中が見えてきた。
 扉の先はやや広い通路があり、そこから左右にいくつかの牢が配置されている。
 
 ゆっくりと通路を進み、右側から数えて三つ目の牢に、彼女は居た。

 薄暗い牢の中の母ヴェロニカは、まるで自身がうっすらと光を放っているように輝いて見え、ウォルフの記憶の中の姿と寸分違わぬものであった。
 その牢の前に立つと、鉄格子越しだというのに温かな気配さえ感じられる。
 母の温かみなど、当の昔に忘れてしまったと思っていたのに…

「あら、貴方は…ウォルフね?こんなに大きくなって…ふふ、会えて嬉しいわ」

「あ…」

 声が出ない。何を言えばいいのかも分からないが、とにかく何か喋らなくては。
 そう思えば思うほど、ウォルフの口は声を忘れてしまったように、何の音も発せなくなった。

 身体が強張るのは緊張のせいなのか、或いは女性に対する恐怖心からか。
 ウォルフの頭は真っ白になってしまっていた。

 後ろで見ていたダンテもゲイリーも、ただ黙って静かに見守っている。
 二人共、親子の再会に水を差すつもりはない。
 
 だが、彼らの置かれた状況は、そんな些細な時間さえも許してはくれないようだった。

「な、なんだ!?」

 遠くで激しい爆発音が聞こえ、城全体が揺れている。
 地下牢であるここは、さほど影響がないようだが、天井から細かい石の欠片が降ってきて、とても悠長にしていられる余裕は残されていない。
 ウォルフ達はすぐさま牢の様子を目視する。ゲイリーは出入り口が塞がれていないか確認すると、素早く声を上げた。

「奥方様、ウォルフ様。申し訳ございませんが、時間があまりないようです。お早く」

「あ、ああ、解った!」

 ウォルフはそう返事をすると、恥ずかしさからかヴェロニカの方をあまり見ないようにして、別の牢を探った。
 ボルドとセグインがどこかにいるはずだ。

 反対側の牢をくまなく見ていくと、さらに二つ奥の牢内に、二人が閉じ込められていた。
 ボルドもセグインも激しく痛めつけられているようで、ウォルフ達にも気付かずに気絶している。
 慌てて牢を壊して中に入り、二人に声をかける。
 命に別状はなさそうだが、自分の足で歩けるかは怪しい。

「ボルド様!セグイン君!しっかりして下さい、大丈夫ですか?!」

「う、うう…あ、ウォルフ殿…済まない。イーリスに…」

 意識を取り戻したボルドは、そう言うとぐったりと再び倒れてしまった。一刻も早く治療が必要だ。

「そちらのお二人は、ここへ入れられる前に、相当甚振られていたようです」

 ゲイリーがそう呟く。牢の入口をゲイリーが守っていたのだから、当然だろう。
 この状態では、連れ出すのも厳しいが、かといって治療魔法が使えるのは、今の所セヴィだけだ。
 ウォルフが困っていると、ダンテによって牢から出されたヴェロニカが、傍に立っていた。

「怪我をなさっているのね。見せてごらんなさい」

 ヴェロニカはそう言うと、ボルドとセグインの手を取り、小さく何かを呟いた。
 次の瞬間、その手から温かな光が伝わって、二人の身体を包み込み、瞬く間に、大きな傷が消えていく。
 ヴェロニカも治療魔法が使えた事に、ウォルフは驚きを隠せなかった。
 治療や回復の魔法は、それなりに訓練をしなければ扱えないものだ。
 ヴェロニカにそんな経験があった事など、当然ウォルフは知る由もない。
 母の事を何も知らないという事実が、ウォルフの胸を痛ませた。

「さぁ、これでいいわ」

 優しく微笑むヴェロニカの横顔が、ウォルフにはとても眩しく、輝いて見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

空手馬鹿の俺が転生したら規格外の治癒士になっていた 〜筋力Eのひ弱少年治癒士が高みを目指す!?〜

くまみ
ファンタジー
 前世は空手部主将の「ゴリラ」男。転生先は……筋力Eのひ弱な少年治癒士!?  「資質がなんだ!俺の拳は魔法を超える!……と、思うけど……汗」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  俺は五里羅門(ごり・らもん) 35歳独身男だ。硬派すぎて女が寄り付かず。強すぎる空手愛と鍛え抜かれた肉体のせいで不本意ながら通称「ゴリラ」と呼ばれていた。  仕事帰りにダンプに跳ねられた俺が目覚めると、そこは異世界だった。だが転生した姿は前世とは真逆。  病弱で華奢。戦闘力最低と言われる職業の「治癒士」(ヒーラー)適正の10歳の少年・ノエル。  「俺は戦闘狂だぞ!このひ弱な体じゃ、戦えねぇ!  「華奢でひ弱な体では、空手技を繰り出すのは夢のまた夢……」  魔力と資質が全てのこの世界。努力では超えられない「資質の壁」が立ちふさがる。  だが、空手馬鹿の俺の魂は諦めることを知らなかった。  「魔法が使えなきゃ、技で制す!治癒士が最強になっちゃいけないなんて誰が決めた?」  これは魔法の常識を「空手の技」で叩き壊す、一人の少年の異世界武勇伝。    伝説の騎士、美少女魔術師、そして謎の切り株(?)を巻き込み、ノエルの規格外の挑戦が今始まる!    

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...