喪女の夢のような契約婚。

紫倉 紫

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シーズン1

第二話

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 泉堂隆也は、蓮水監査部長の大学の同級生らしい。類は友を呼ぶとはよくいったもので、泉堂も、蓮水監査部長にひけをとらないイケメンだ。しかし、少しタイプは違い、中性的な顔をしている。

 泉堂に関する情報はすべて、同僚の吉永瑠璃から入ってくる。瑠璃は、小柄で可愛らしい顔立ちをしているが隠しきれないほどの腐女子だ。蓮水監査部長と泉堂を勝手にカップリングしている。瑠璃が推しているのは『蓮水×泉堂』のカップリングであって、どちらか単体ではない。瑠璃もさすがに周囲にはカップル推しだと言えず、泉堂ファンを名乗っている。そして、日々、妄想の解像度をあげるための情報収集に励んでいる。泉堂の周囲を探れば、自然に、蓮水監査部長の情報も入るらしい。

 凡子は、蓮水監査部長のバックグラウンドには全く興味がない。見た目が五十嵐室長のイメージに近く、目の保養に利用しているだけだ。それでも凡子が瑠璃の相手をするのは、結構気が合うからだ。しかし、同僚として以上に親しくならないよう線引きをしている。凡子は周囲に、自分がオタクであることを隠しているのだ。

 今日の泉堂は、濃紺のスーツに、紫色のネクタイを合わせている。センスは良いのだが、凡子にとってはそこが気に食わない。なぜなら、五十嵐室長の親友は、野暮ったい見た目をしている設定なのだ。それに、開発部にいる根っからの研究者だ。五十嵐室長の会社は化粧品メーカーなので、商社と会社内の部署の構成が違うのは仕方の無いことだ。

 蓮水監査部長が、凡子の目の前を通り過ぎた。

 一瞬、男性用の香水の匂いがしたが、残念なことにつけているのは泉堂だ。当然この情報は瑠璃から得た。 

「二人は長時間一緒にいるから蓮水さんからも泉堂さんの香りがほのかにするの。自然に香りが移っちゃう関係ってことなの」

 瑠璃が実際に二人の匂いを嗅ぎ比べたのか定かではない。二人に近い誰かから聞いたのかもしれない。
 五十嵐室長は香水をつけている設定なので、蓮水監査部長にも香りを纏って欲しいのだが、人の好みはそう変わることはない。泉堂の香水は五十嵐室長のイメージに合うので、凡子は勝手に、泉堂の残り香を蓮水監査部長のものとして脳内変換させた。どちらにせよ、凡子の前を通るときは、いつも二人一緒なのだ。

  週初めの大事なイベントが終わり、残りの勤務時間は、SNSで発信する情報を集めることが中心になる。主な情報源は瑠璃と、もう一人の同僚、松本優香だ。優香は彫りの深い美人だ。隣の芝生が青く見えるように、凡子のあっさりした顔立ちを「メイクでどんなタイプにも変身できる」と、いつも羨ましがっている。優香から「浅香さんの顔に生まれていたら、いくらでも相手の好みに自分を合わせられる」とも言われた。

 優香は、蓮水監査部長をはじめ、イケメンなら誰でもOKという、雑食系だ。エリートサラリーマンとの出会いを求めて、就職先も選んだという。ある意味目的意識のはっきりしたタイプだ。そのため、自分磨きに余念がなく美容関係の情報に詳しい。加えて、男性の好むブランドなどの情報も、優香から得られる。

 蓮水監査部長や、泉堂の身につけている物がどこのブランド品なのかも、すべて、優香が教えてくれる。その情報を元に、凡子は『五十嵐室長はテクニシャン』の二次創作をする際に、五十嵐室長の装いを詳細に描写する。誰に読ませるわけでもないが、凡子はこだわって書いていた。

 主な内容は、五十嵐室長と、親が決めた婚約者が、プラトニックなデートをするショートストーリーだ。婚約者の名前は『七海子』にしている。七海子は深窓の令嬢で、結婚するまで清い関係でいるのが当たり前だと思っているから、五十嵐室長もEDを気に病む必要がない。七海子は大学生で結婚もまだ少し先になる。お互い、恋人というよりは兄妹に近い感情で一緒にいる設定だ。

『五十嵐室長はテクニシャン』は、出張先で出会った女でDT卒業をすまそうとする五十嵐室長の奮闘がコミカルに描かれている。凡子が書いているのは、妹のように大切にしている婚約者を紳士的にもてなす五十嵐室長だ。凡子は、勝手にサイドストーリーを書きながら「この二面性が最高」と、盛り上がっているのだ。

 昼食は交代で行くので、基本一人だ。優香に教えてもらったフレンチを食べにいく。ランチの時間帯は、美味しいフレンチが三千円ほどで食べられる。もちろん、SNSで発信するためだ。凡子自身の収入から考えると贅沢な昼食だが、月曜日は特別なので、いつもより高めの店を選んだ。

 優香には、『男におごらせるための店』と紹介された。しかし、筋金入りの喪女である凡子が、男性から昼食に誘われるはずがない。たとえ、凡子がおごると言ってもついてきてもらえないだろう。

 凡子は、ビルの地下にある警備会社社員用の更衣室で、制服の上着を脱ぎ、カーディガンを羽織った。
 春が近づいているが、カーディガンではまだ肌寒い。それでも凡子はSNSの写真をアップするのに、少々無理をしておしゃれな女子を演出する。顔の手入れは最低限だが、手指は念入りにケアしている。凡子は仕事に役立てるために合気道を習っているから爪は伸ばさない。それでも、常に淡い色のマニキュアを塗っている。

 本社ビルから、東京駅の八重洲口に向かってしばらく歩くと、様々なアパレルショップとレストランが入った商業ビルがある。目当てのフレンチレストランは六階だ。
 凡子は予約時間の五分前にたどりついた。

 予約してあったので、店の入り口で名前を告げた。店員に案内され、席へと向かう。凡子の背後で、次に来た男性が、満席だと告げられていた。
 凡子は内心、「予約しておいて正解」と、ガッツポーズをきめた。

 その時、「浅香さん」と、男性から呼び止められた。
 振り返ると、泉堂がいた。

 凡子は、泉堂から名前を覚えられていたことにまず驚いた。
 店の入り口で、泉堂が手招きをしている。案内役の店員に「少しお待ちいただいても?」と、声をかけて、凡子は仕方なく、泉堂の元に戻った。案内役も凡子についてきた。

「何かご用でしょうか?」

 凡子の質問には答えずに、泉堂が店員に「予約席、二人は座れるでしょう。彼女が相席を了承してくれたら、構わないよね?」と言い出した。

 凡子は、思わず口をポカンと開けたまま、泉堂を見上げた。

「お知り合いでございますか?」

 凡子は、泉堂を知り合いと呼んでいいのかわからず、すぐに答えられなかった。

「浅香さん、僕のこと知ってるよね?」
 知っているか知らないかだと、前者なので、凡子は頷いた。

「蓮水から美味しいって聞いてて、ずっと食べてみたかったんだ。奢るから相席させてよ」
 泉堂の口から蓮水監査部長の名前が出て、凡子のテンションが一気に上がった。一緒に昼食をとれば、泉堂のつけている香水がどのブランドか聞き出せるかもしれない。と、一瞬、変な期待をしたが、どう切り出すか思いつきそうもない。
 それよりも、勝手に予約人数を増やせるかもわからない。

「わたしは構いませんが、お店としてはどうなのでしょう?」
 店員に視線を送ると「お料理はご用意できます」と、返ってきた。
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