喪女の夢のような契約婚。

紫倉 紫

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シーズン2

第四十七話後

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 蓮水は台本の作成に取りかかった。凡子はコーヒーを淹れた後で、食器を片付けはじめた。
 凡子は日曜に使う台本よりも、明日、泉堂に誘われてしまった場合のことで頭がいっぱいだった。
 凡子は、契約婚より前に自分が蓮水にどんな態度でいたのか、今となってはわからなくなっている。
 泉堂は勘が鋭そうだ。蓮水と一緒にいるところを見られたら、きっと、以前との違いに気づかれてしまう。
 凡子は、初めて蓮水とランチに行った時のことを思い出そうとした。しかし、緊張しすぎていたせいで、記憶が朧げだ。
 裏を返せば、緊張しておけば済む。
――こ、これは……、もしかしなくても、明日は泉堂さんの前で緊張してみせて、そのあとは、日曜に向けて自然体を身につけなければならない。
 凡子は、流石に難易度が高すぎると感じた。
 食器を片付ける手を止め、蓮水の元に急いだ。台本を作成する蓮水に声をかけ、かくかくしかじかと、説明した。
「たしかに、今は、叔父との面会を優先すべきだな」
 凡子は、難を逃れたと胸を撫で下ろした。
「泉堂と三人でランチへ行くのは、次の週にしよう」
「中止じゃないんですか!」
「当然、ただの延期だ」
 ガッカリはしたが、ひとまず一つは先延ばしにできた。

 食器を片付け終わり、蓮水のいるリビングに戻った。
 凡子の気配に気づき、蓮水が顔をあげた。
「考えたんだが……」
 真剣な顔で見つめられ、ドキッとした。
「仕事と思えば、うまく行くんじゃないか?」
「仕事ですか?」
 蓮水は、「叔父たち相手には、多少かたい言葉や表情でも構わない。だから、叔父たちは取引先、俺のことは気心のしれた同僚という位置付けにすれば、それほど違和感が生じない」と、言った。
「イメージしやすいですね」
「仕事中に会ったときには、挙動不審でもなかなかったからな」
 蓮水が通るたび、心の中では大興奮だったが、表には出さなかった。
「あとは、極力発言を控えれば、叔父たちの目には清楚なお嬢様に映るもしれない」
 凡子は頷いた。無理に話そうとすると、暴走しかねない。
「今話した基本設定で、叔父とのやりとりを作ってみた。なみこ個人への質問は自分で答えてもらうが、二人に関することは、俺が答えるから相槌をうってくれればいい」
 社長へは蓮水から簡単に凡子の年齢や職業は伝えてあるという。
 凡子は急に、なんとかなりそうな気になってきた。

「受付係の他の二人とはどんな話をするんだ?」
 蓮水に、SNSでしていた情報発信は、二人から教えてもらった内容を元にしていたことを話した。
「経済や政治について話さないのは予想していたが、テレビドラマや芸能関連の話はしないのか?」
「私はテレビを見ないので」
 凡子は、芸能関連に近い話題として「一人は泉堂さんのファンです……」と言った。
 蓮水と泉堂が、瑠璃からカップリングされていることは絶対に言えない。優香が以前、泉堂にアプローチして相手にされなかったことも黙っておいた。
「小説は? あー、WEB小説でなく、一般文芸で」
 瑠璃にBL関連の話題をふられるが、そのことも伏せておきたい。そして、優香が読むのはほとんどファッション情報誌だ。
「ほかの二人はあまり小説を読みません」
 蓮水は「うーん」と頭を抱え込んだ。そこまで重要な質問には思えなかったので、凡子は戸惑った。
「俺となみこには、ビルの受付でお互いを時々見かけていたことと、小説の作者と読者だったことしかない。小説については叔父達に話せないから、大部分は架空のエピソードで補うしかない。おまけに、なみこが自然に演じられる範囲で考える必要がある。きっかけは、ランチで入った店で相席になったことにするとして、他がなかなか思いつかない」
 蓮水が思いつかないものを、凡子が思いつくわけもなく。しばらく沈黙が続いた。
「よし決めた。なみこを気に入った俺が、何度も食事に誘って打ち解けていったことにしよう」
「それだと、リアリティが……」
 蓮水が「十分、成立するだろう。現に……いや、なんでもない」と言葉を濁した。
「たしかに、何度も食事を一緒にとれば、自然に打ち解けるかもしれませんね」
 凡子は泉堂との関係を思い浮かべた。泉堂の場合は単に美味しいランチ目当てだが、何度も一緒に食事をしているうちに、緊張しなくなった。ただ、泉堂のコミュニケーション能力の高さのおかげかもしれない。
「ほかの設定を考えている時間もないしな」
 凡子も納得し、頷いた。

 蓮水は木曜も早く帰ってきた。
「代わりに、来週は泉堂に早く帰ってもらう」
 ランチで会った時に泉堂から「来週の水曜日あたりで、仕事の後、カフェに行こう」と誘われていたので予想していた。
 蓮水に相談するとあっさり「夕食は適当に済ませるから、日が決まったら教えてくれ」と言われた。
「三人でランチに行くのも、来週、すませてしまおう」
 まだ、社長との顔合わせも終わっていない状況で、凡子は来週のことまでは考えられなかった。
 夕食後は、台本をもとに、受け答えの練習だ。
 蓮水が考えてくれた台本は、凡子のセリフはそう多くない。それでもなかなか自然には話せなかった。
「少しの緊張はあってもかまわないんだ」
 相手はグループ会社の社長なのだから当然緊張する。
「それにしても、表情はかたすぎて、声量、体の動きについては大きすぎる」
 練習段階でこれだけ緊張してしまうのだから、本番はもっとひどくなりそうだ。凡子が弱音を吐くと蓮水は「当日、頭が真っ白になるのは想定内だ。頭が真っ白な状態でも口が勝手に動くくらい練習するんだ」と言った。
「さあ、次の質問だ」
 蓮水の口調は強めだ。
 蓮水が、社長の質問部分を読んでくれる。
「なみこさんには趣味はあるのかな? 樹はこれといった趣味もなく仕事ばかりしているようだが」
 凡子は、コピー用紙に印字された文字を読む。
「合気道を少々」
「いいね。合気道。私は若い頃、空手をしていたよ。糸東流だ」
 凡子は「社長は空手をされてたんですか! 帯の色は?」と、素に戻って質問を返してしまった。
 蓮水がため息をついた。
「なみこが臨機応変にできるならかまわないが、極力、話を膨らませるのはやめてほしい」
 凡子は顔を左右に動かした。
「台本通りに、返すようにします」

  
 蓮水と、何度も台本を読み合わせるうちに、すべて頭に入った。
「そろそろ、次の段階だ」
 凡子は台本を覚えてスラスラ言えるようになれば良いのかと思っていたが、そうではないらしい。
「なみこは、叔父、または叔母からの質問に答えながら、俺ともコミュニケーションをとらないといけない。今までのように、質問に当たり障りのないことを返すだけだと、採用面接のようだ。俺も合いの手くらいは入れないと不自然だからな」
 凡子は納得し、頷いた。
「俺が無反応だとおかしな質問でまず、練習してみよう」
 蓮水は、少し低めの声を出して、社長のセリフを読み始めた。得意料理に関する質問だ。
「得意といえるような料理はありませんが、和食をよく作ります」
 凡子は、台本通りに返した。
「なみこはこう言ってるけれど、どの料理も絶品だ。俺はプロ並みの腕前だと思っている」
 蓮水の言葉に凡子は動揺した。
「プ、プロ並みだなんて、めめ滅相もございません」
「狼狽えすぎだ」と、蓮水が大きなため息をついた。
「申し訳ございません」
「今のはわざと、なみこが動揺しそうなことを言ってみたんだ」
 その後で、「ある程度は予想していたが、練習を重ねた後でもここまでとは……」と、頭を抱えた。
「どう返せば正解でした?」
「否定するのは問題ない。『そんなことは……』と言葉を濁しながら、俯くくらいが良いだろう」
「じゃあ、次はそうします」
「心配しなくても、本番では、なみこが狼狽えないような合いの手をいれる」
 蓮水が配慮してくれるのなら安心だ。
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