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シーズン3
第五十話前
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かつて、毎週楽しみでしかたなかった月曜日に、凡子は朝からずっと憂鬱だった。
夢に和人が出てきたのだ。
内容は大したことはなく、一緒にカフェでお茶を飲んだだけだ。
夢の中で凡子は、ただただ「五十嵐室長、カッコいい」と、思っていた。
「浅香さん?」
泉堂に呼ばれて、我に返った。
いつものようにランチに誘われて、一緒に来ていた。今日は一人で食べたい気分だったのに、起きてすぐ、夢の内容に呆然としているときメッセージが来て、何も考えずに『はい』と返してしまったのだ。
「さっきからため息ばかりついてるね」
「そうですか? 気づいていませんでした」
凡子はまた、深いため息をついた。
「休みの間に何かあった?」
凡子は「まあ……」と、曖昧に返した。
ここは、泉堂が見つけた薬膳料理の店だ。
壁も床も白木で、テーブルや椅子も、木目がはっきりと見える。『天然素材』を意識した内装で雰囲気が良い。凡子も初めてなので、もっとワクワクできるはずなのに、和人のことで頭がいっぱいになり、テンションが上がらなかった。
テーブルについたあとも、メニューを選ぶ心の余裕がなくほとんど何も見ないまま「日替わりで」と、泉堂に伝えた。
「体調が悪い……いや、どちらかというと『恋煩い』っぼい?」
凡子は泉堂の言葉に対して「絶対、恋じゃありません」と、過剰反応した。
「その否定は、正解だと言ってるようなもんだよ」
泉堂は「冗談のつもりだったのに……」と少し困ったような顔をした。
「相手は蓮水じゃないよね?」
凡子は「違います! あっ、だいたい恋じゃないです」と、拳を握りながら否定した。
「前に会った、憧れの人?」
泉堂は、蓮水と憧れの人が同一人物とは知らない。
「違います! それに、恋じゃないと思います……」
「だんだん、自信なくなってきてるよね……」
「自信がないというか……恋というものがよくわからないんです」
泉堂は「ああ、そういうこと」と、納得している。
凡子は、心を落ち着かせるために、お茶を一口飲んだ。よくある野草茶の味がした。
「相手は、どんな人? 僕は知らない人、だよね……」
凡子は首を傾げた。泉堂と蓮水は大学で出会ったはずだ。和人と会ったことがあるかもしれない。
「即答じゃないってことは、僕が知ってる可能性があるんだ」
「はあ、まあ……」
「で、どんな人?」
凡子はどう答えればいいかわからなかった。
「よく知らないので……」
「外見でいいよ」
凡子は和人の姿を思い浮かべた。
「背が高くて、服装も髪型もおしゃれで、いつ……」
『樹さん』と言いそうになり、凡子は言葉を止めた。誤魔化すために「いつもクールな蓮水さんが、表情豊かになったような感じの方です」と言った。
「蓮水が表情豊か……へえ、そんな人がいるなら、僕も会ってみたい」
泉堂は、和人に会ったことがなさそうだと、凡子は思った。
「あっ、瓜二つってわけじゃなくて、なんとなく似てる程度です」
本当はよく似ているが、わざと訂正した。
「でも、あれでしょ。眉目秀麗だっけ?」
「はい、眉目秀麗でした……」
凡子は和人の表情や声を思い出し、またため息をついた。
「えっと……、この土日で出会った相手に、一目惚れしたってこと?」
凡子は力強く顔を左右に振った。
「一目惚れなんかしてません」
「さっきからの反応だと、そうとしか思えないんだけど」
「それでも違います」
凡子は必死で否定した。和人に恋をするなんて、絶対にあってはならないからだ。
蓮水の親族であること以上に、わかりやすくプレイボーイである和人に惹かれて、酷い目に遭いたくなかった。
「その人とはどこであったの?」
「言えません」
泉堂が「その返し、ますます気になっちゃうなあ」と目を細めて笑った。
凡子は、失敗したと思った。買い物に出かけた先で会ったと適当に誤魔化せばよかった。
「僕が知っている可能性があって、言えない相手かあ……」
泉堂の言葉を聞いて、凡子は適当な嘘をつかなくて良かったと思い直した。
「でも、昨日初めて会ったなら、グループ会社の人じゃないよなあ……」
凡子には、泉堂を納得させる嘘を思いつけない。黙秘を貫くしかないと決意した。
「あっ、前にレンタル彼氏がどうとか言ってたよね。今度はマッチングアプリとか?」
「まっ、マッチングアプリ……」
「僕や蓮水と出身大学が同じだったとかさ。でも、嘘の経歴かもしれないよ」
凡子は、肯定した方が良いか、迷った。
「違うみたいだな」
迷っているうちに、泉堂は判断を下した。
凡子は「お願いですから、もう、訊かないでください」と言って、頭を下げた。
「ごめん。そこまで嫌がってるとは思ってなくて」
「嫌がっているわけではなく、困っています」
「わかった。困らせたくないから、この辺りでやめておく。すごーく、気になっているけどね」
泉堂がおどけてみせた。こういう時、優しい人だと感じる。
泉堂は人との距離の取り方が、上手い。人懐っこく距離を縮めてきたが、無遠慮に感じるラインはこえてこない。
蓮水はというと、やはりどこか近寄りがたい。
料理が届いた。
適当に選んだ日替わり定食だったが、小鉢がいくつも並んでいて、色とりどりだった。
主菜は、豚肉と春キャベツのミルフィーユ煮だ。コンソメの香りが食欲をそそる。
ほかには、ホタルイカの炊き込みと山菜のお吸い物。小鉢は、そら豆のがんもどき、アサリとアスパラの酒蒸し、筍と大葉の和物と、デザートにゼリーもついていた。
「泉堂さんのは、天ぷら御膳ですか?」
「そう、お茶の葉の天ぷらが気になって」
「珍しいですね。アスパラも美味しそうです」
主菜以外は、日替わり定食と同じだ。
「よかった」
泉堂が嬉しそうに笑った。
「初めて来たお店ですけど、ここは当たりですね」
凡子も笑顔を返した。
「たしかにこのお店も良いけど。浅香さんがいつも通りになってよかったなあって思ったんだよ」
――て、天使なの?!
蓮水や和人からは感じない癒しが、泉堂からは得られた。
夢に和人が出てきたのだ。
内容は大したことはなく、一緒にカフェでお茶を飲んだだけだ。
夢の中で凡子は、ただただ「五十嵐室長、カッコいい」と、思っていた。
「浅香さん?」
泉堂に呼ばれて、我に返った。
いつものようにランチに誘われて、一緒に来ていた。今日は一人で食べたい気分だったのに、起きてすぐ、夢の内容に呆然としているときメッセージが来て、何も考えずに『はい』と返してしまったのだ。
「さっきからため息ばかりついてるね」
「そうですか? 気づいていませんでした」
凡子はまた、深いため息をついた。
「休みの間に何かあった?」
凡子は「まあ……」と、曖昧に返した。
ここは、泉堂が見つけた薬膳料理の店だ。
壁も床も白木で、テーブルや椅子も、木目がはっきりと見える。『天然素材』を意識した内装で雰囲気が良い。凡子も初めてなので、もっとワクワクできるはずなのに、和人のことで頭がいっぱいになり、テンションが上がらなかった。
テーブルについたあとも、メニューを選ぶ心の余裕がなくほとんど何も見ないまま「日替わりで」と、泉堂に伝えた。
「体調が悪い……いや、どちらかというと『恋煩い』っぼい?」
凡子は泉堂の言葉に対して「絶対、恋じゃありません」と、過剰反応した。
「その否定は、正解だと言ってるようなもんだよ」
泉堂は「冗談のつもりだったのに……」と少し困ったような顔をした。
「相手は蓮水じゃないよね?」
凡子は「違います! あっ、だいたい恋じゃないです」と、拳を握りながら否定した。
「前に会った、憧れの人?」
泉堂は、蓮水と憧れの人が同一人物とは知らない。
「違います! それに、恋じゃないと思います……」
「だんだん、自信なくなってきてるよね……」
「自信がないというか……恋というものがよくわからないんです」
泉堂は「ああ、そういうこと」と、納得している。
凡子は、心を落ち着かせるために、お茶を一口飲んだ。よくある野草茶の味がした。
「相手は、どんな人? 僕は知らない人、だよね……」
凡子は首を傾げた。泉堂と蓮水は大学で出会ったはずだ。和人と会ったことがあるかもしれない。
「即答じゃないってことは、僕が知ってる可能性があるんだ」
「はあ、まあ……」
「で、どんな人?」
凡子はどう答えればいいかわからなかった。
「よく知らないので……」
「外見でいいよ」
凡子は和人の姿を思い浮かべた。
「背が高くて、服装も髪型もおしゃれで、いつ……」
『樹さん』と言いそうになり、凡子は言葉を止めた。誤魔化すために「いつもクールな蓮水さんが、表情豊かになったような感じの方です」と言った。
「蓮水が表情豊か……へえ、そんな人がいるなら、僕も会ってみたい」
泉堂は、和人に会ったことがなさそうだと、凡子は思った。
「あっ、瓜二つってわけじゃなくて、なんとなく似てる程度です」
本当はよく似ているが、わざと訂正した。
「でも、あれでしょ。眉目秀麗だっけ?」
「はい、眉目秀麗でした……」
凡子は和人の表情や声を思い出し、またため息をついた。
「えっと……、この土日で出会った相手に、一目惚れしたってこと?」
凡子は力強く顔を左右に振った。
「一目惚れなんかしてません」
「さっきからの反応だと、そうとしか思えないんだけど」
「それでも違います」
凡子は必死で否定した。和人に恋をするなんて、絶対にあってはならないからだ。
蓮水の親族であること以上に、わかりやすくプレイボーイである和人に惹かれて、酷い目に遭いたくなかった。
「その人とはどこであったの?」
「言えません」
泉堂が「その返し、ますます気になっちゃうなあ」と目を細めて笑った。
凡子は、失敗したと思った。買い物に出かけた先で会ったと適当に誤魔化せばよかった。
「僕が知っている可能性があって、言えない相手かあ……」
泉堂の言葉を聞いて、凡子は適当な嘘をつかなくて良かったと思い直した。
「でも、昨日初めて会ったなら、グループ会社の人じゃないよなあ……」
凡子には、泉堂を納得させる嘘を思いつけない。黙秘を貫くしかないと決意した。
「あっ、前にレンタル彼氏がどうとか言ってたよね。今度はマッチングアプリとか?」
「まっ、マッチングアプリ……」
「僕や蓮水と出身大学が同じだったとかさ。でも、嘘の経歴かもしれないよ」
凡子は、肯定した方が良いか、迷った。
「違うみたいだな」
迷っているうちに、泉堂は判断を下した。
凡子は「お願いですから、もう、訊かないでください」と言って、頭を下げた。
「ごめん。そこまで嫌がってるとは思ってなくて」
「嫌がっているわけではなく、困っています」
「わかった。困らせたくないから、この辺りでやめておく。すごーく、気になっているけどね」
泉堂がおどけてみせた。こういう時、優しい人だと感じる。
泉堂は人との距離の取り方が、上手い。人懐っこく距離を縮めてきたが、無遠慮に感じるラインはこえてこない。
蓮水はというと、やはりどこか近寄りがたい。
料理が届いた。
適当に選んだ日替わり定食だったが、小鉢がいくつも並んでいて、色とりどりだった。
主菜は、豚肉と春キャベツのミルフィーユ煮だ。コンソメの香りが食欲をそそる。
ほかには、ホタルイカの炊き込みと山菜のお吸い物。小鉢は、そら豆のがんもどき、アサリとアスパラの酒蒸し、筍と大葉の和物と、デザートにゼリーもついていた。
「泉堂さんのは、天ぷら御膳ですか?」
「そう、お茶の葉の天ぷらが気になって」
「珍しいですね。アスパラも美味しそうです」
主菜以外は、日替わり定食と同じだ。
「よかった」
泉堂が嬉しそうに笑った。
「初めて来たお店ですけど、ここは当たりですね」
凡子も笑顔を返した。
「たしかにこのお店も良いけど。浅香さんがいつも通りになってよかったなあって思ったんだよ」
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