喪女の夢のような契約婚。

紫倉 紫

文字の大きさ
56 / 59
シーズン3

第五十話後

しおりを挟む
 薬膳料理は、素材の味を活かしたあっさり目の味付けで、体に良さそうだ。
 蓮水の健康のため、一品として取りいれたい。
 凡子は、出汁の奥にある風味や旨味を感じとりたくて、食事に集中した。
 食べ終わったとき、泉堂が「気に入ってもらえたようで」と、声をかけてきた。
「ありがとうございます。リピートしたいお店が増えました」
「ゼリー、ジャスミンティーだったね。初めての味だった」
「他にもいろいろと勉強になりました」  
「料理、するんだったね?」
「夕食は、作るようにしてます」
「どんな料理が得意なの?」
 凡子は、顔合わせのために練習した言葉で返した。
 泉堂は「食べてみたいなあ」と言った後、「冗談だよ」とウインクをした。
 泉堂からは、やはりからかわれていると思った。そして、思い出した。
「あっ、いつ……」
 凡子は、「なんでもありません」と俯いた。
 蓮水に、泉堂からランチに誘われたことを伝えていなかった。
「今週、ランチにまた一緒に来られる日、あります?」
「えっ! 毎日でも」
 流石に毎日は面倒なので、「今週は、一日おきでどうですか?」と返した。
「それより、夜、カフェに行く日を先に決めよう」
 今週は泉堂を早めに帰らせると、蓮水が言っていた。蓮水と暮らし始めてからは、フラワーアレンジメントの教室を休んでいる。合気道の練習日以外は、どこでも良い。
 ランチも夜もとなるとなんとなく抵抗感がある。
「木曜日はいかがです?」
「了解」
 約束してしまったことなので、とにかく早く済ませてしまいたい。


 蓮水が夕食を食べに帰ってきた。
 玄関で出迎えをすると、蓮水は開口一番「泉堂とランチに行ったんだってな」と、言った。
「はい……次、ランチをご一緒するのは水曜日、夜、カフェに行くのは木曜日の予定です」
「泉堂から聞いた」
「さすが、樹さんの補佐役です。報連相が徹底してらっしゃる」
 蓮水が「泉堂からの報告は、おかしい。プライベートなのに」と、無表情で返してきた。
 狼狽える凡子を気にもとめず、中に入っていく。凡子は慌てて後を追った。
 昼間食べた炊き込みご飯が美味しかったので、急遽予定を変えた。ホタルイカは失敗すると生臭くなりかねない。無難な、鶏胸肉と大根の炊き込みご飯にした。油揚げも入れてみた。
 蓮水が帰ってくる前に味見をしてみたが、なかなか美味しく炊き上がった。
 早速、食卓に料理を並べた。
「今夜は炊き込みご飯なんです。樹さんは、お焦げは食べられます?」
「炊き込みご飯か、楽しみだ。もちろんお焦げも食べたい」
 凡子は笑顔で「かしこまりました」と言い残し、キッチンへと足早に向かった。
 茶碗に炊き込みご飯をよそった。底の方をしゃもじで擦って、一番上にお焦げをのせた。
 凡子は茶碗に鼻を近づけて、息を吸い込んだ。
 香ばしい。
 蓮水もきっと喜んでくれると思い、急いでダイニングに戻った。

 凡子はワクワクしながら食卓についた。蓮水は「いただきます」と手を合わせたあと、箸を持つ。
 まず、味噌汁から口をつけた。凡子は、蓮水の様子をじっと見ていた。
「なみこは食べないのか?」
「あっ、食べます。いただきます」
 凡子も味噌汁から食べ始めた。アオサをふんだんに入れてある。汁を一口啜ったあと、箸でアオサを摘んで口に運んだ。
――美味しい。
 蓮水は炊き込みご飯を食べている。凡子は、蓮水の感想が気になって仕方ない。
 蓮水が視線をあげ、目が合った。期待に胸を膨らませながら、言葉を待つ。
 蓮水が、微笑みながら俯いて「とても美味しいよ」と言った。
「落ち着いて食べたいから、あまり見ないでくれ」
 たしかに、凡子も蓮水から見つめられたら、味がわからなくなるほど緊張してしまう。
「気をつけます」
 そう言いながらも、蓮水の反応が気になり、凡子はチラチラと視線を向けてしまう。
「心配しなくても、全部美味しいよ」と、少し呆れた顔をした。
 蓮水は食べ終わり「今日は遅くなりそうだ。なみこの鍵を貸してくれないか? 先に寝ておいてもらえるだろう」と、言った。
「先に寝るなんて……お待ちします」
「ありがとう。だが今日は、残れるだけ残りたいんだ」
 凡子は受け入れた。
 部屋から鍵を取ってきて蓮水に渡した。
「あと、なみこに確認しておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「泉堂に、俺と頻繁に会っている印象を与えてないか?」
「まさか、そんな! バレるようなことは……」
 つい、『樹さん』と言いかけたことを思い出した。

「樹さんと言いかけたときは、ちゃんと誤魔化せました」
「なんと言って、誤魔化した?」
「いつもクールな蓮水さん……と……」
 蓮水は「うーん」と言いながら腕組みした。凡子としては上手く誤魔化せた気でいたが、問題があったようだ。
「気をつけていたんですが……」
「何度ともなると話は変わるが、一度だけなら誤魔化せているはずだ。それに、俺も、泉堂の前で、なみこと呼びかねない」
「それは、まずいですね……」
 泉堂とランチに行く日には気を引き締める必要がある。
「えっと、泉堂さんとのランチに同席するのやめません?」
「それはダメだ。泉堂がなみこを気にする意図を知りたいからな」
――面白がられてる気が……。
 蓮水が何を気にしているのかはわからない。一度一緒にランチに行けば、納得するだろう。
 明日は、夜も外で食べると言い残して、蓮水は仕事に戻っていった。
 蓮水から先に寝るようにと言われていたので、凡子はシャワーで汗を流してすぐ、ベッドに横になった。
『五十嵐室長はテクニシャン』のお気に入りエピソードを読み返そうと、投稿サイトにアクセスした。
 途端に、和人の顔が思い浮かんだ。
 思わずニヤついてしまう。
 和人を思い出すだけでときめきはするが『恋』ではないと思っていた。
 それより凡子は、水曜日のランチの約束が気がかりだった。
 泉堂のいる場で蓮水を前にして、どんな表情をすれば怪しまれずにすむのか。
 ミスをすれば、泉堂に、蓮水との関係を疑われてしまう。
 

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...