喪女の夢のような契約婚。

紫倉 紫

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シーズン3

第五十一話中

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 泉堂が目を見開いたので、凡子は自分が声に出してしまったと気づいた。
「失礼しました。心の声が漏れました……」
 凡子は蓮水が怒っていないか心配になり、チラッと視線を向けた。
 さきほどよりさらに呆れ顔をしていた。
 凡子はすっかり意気消沈して俯いた。
「写真くらい別に良いよな?」
 蓮水はすぐに答えなかった。
「本当に、お忘れください……」
 凡子は俯いたまま頭を下げた。
「蓮水、彼女は趣味でSNS発信をしているだけで、悪意はまったくないからさ」
 泉堂が庇ってくれている。
「僕も前に、浅香さんの『匂わせ』に協力したことがあったけど……そういや浅香さんのアカウントを知らないから、どう使われたか確認していないや」
 凡子は慌てて顔を上げた。
「誓って悪用はしておりません。しかし、アカウントをお知らせするわけにはいかないため、信じていただければ幸いです」
 何せ、凡子のアカウントには、『五十嵐室長はテクニシャン』の宣伝が定期的に発信されている。監査部のころ、蓮水と一緒に出張していた泉堂なら、誰が書いているかに気づいてしまうかもしれない。
「それに、今、写真におさめたいと感じたのは、お二人の姿が絵になっていたからであって、SNSに発信したかったからではございません。個人の鑑賞用にしたかったと言いますか……」
 蓮水が「他人に、断りもなく譲渡しなければ、構わない」と言った。
「勝手に写真を人に あげなければ撮って良いって」
 泉堂が凡子に目配せをしてきた。飲み会の写真のことを黙っておいて欲しいのだろう。
――ごめんなさい。もう、樹さんはご存知です。
 心の声とは裏腹に、凡子は小さく頷いた。
 

 凡子は、そのうち夕食に生姜焼きを作るのを見込んで、味の確認をすることにした。
 蓮水は鯖の味噌煮、泉堂はホッケの開きの定食だ。
 凡子はどちらも食べたことがあった。
 注文が済むと、泉堂が「で、どんなシチュエーションが良いの?」と、訊いてきた。
 咄嗟に何に対してか分からず聞き返した。
「僕たちが絵になるシチュエーション」
「お二人なら、どんなことでも絵にはなりますが……さっきのように、泉堂さんが蓮水副部長の肩に手をのせて親しげにお話しされるのは、とても……」
 言い終わらないうちに「こんな感じ?」と、泉堂が蓮水の肩に手をのせただけでなく、体を蓮水の方に傾けて、頭まで添えた。
――ヤバい!ヤバすぎる!!!
 凡子は思わず自分の鼻と口を手で隠した。
「写真撮らなくていいの?」
「よ、よろしいんでしょうか?」
 凡子は蓮水を見た。
「構わない」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
 スマートフォンのカメラを起動させ、二人に向ける。
「何枚か撮らせていただきますね」
 泉堂は、シャッター音がなる度、モデルのように表情を変化させる。蓮水はずっと無表情だ。
――そこがまた良い!!!
 凡子はスマートフォンの画面に表示されている二人を夢中になって見ていた。
 表情豊かな泉堂と、どこか面倒そうにしている蓮水のギャップが良い。
「動画はOKです?」
 画面の中の泉堂が指をOKの形にした。蓮水にはあとで謝れば許してもらえると凡子は思った。滅多にない動画撮影のチャンス、凡子は悔いを残したくなかった。
 凡子は動画撮影を始めた。
「リクエストよろしいでしょうか?」
「何をすれば良い?」
「耳打ちをお願いします」
「耳打ち……」
 泉堂が顔をくしゃっとしながら笑った。泉堂とは結構な回数会っているが、初めて見る表情だ。
「浅香さんのリクエストに答えるダメだからね」
 泉堂が蓮水に断りを入れたあと、顔を蓮水の耳元に寄せた。
 何やら話しかけているのはわかるが声は聞こえない。
 蓮水が顔を顰めたあと「息をかけるな」と、泉堂から体を離した。
「嫌がられちゃった」
 泉堂は凡子の方を見て、舌を出した。
「こんな感じで良かった?」
「はい! 良すぎてジャンルが変更されてしまいました!」
「ジャンル?」
「私は腐女子はございませんが、腐女子が失神するくらいの録れ高でした!」
「浅香さん、なんか、蓮水がいること忘れてない?」
 
 画面越しに見ていたので近くにいる感覚が薄れていた。
「失礼いたしました。私は決して、お二人をカップリングしたいとなどと思っておりませんので」
 瑠璃以外にも、妄想を膨らませている隠れ腐女子が大勢いそうだとは思うが、わざわざ言う必要はない。
「多分、落ち着くまで何も言葉を発しないほうが良いと思う」
 泉堂から止められた。自分で、ほとんどしゃべらずに決めていたはずなのに、いつの間にか余計なことばかり口走っていた。
「泉堂は、本当に浅香さんと親しいんだな」
「何? 蓮水も浅香さんと仲良くなりたいの?」
 蓮水は答えに困っている様子だ。間を置いて「少しは」と返した。
「少しって、何をする程度?」
 泉堂が具体的な答えを求めるとは思っていなかったので、凡子は驚いた。
 蓮水は「時々、ランチを一緒に取るくらいだな」と、無難に返す。
 泉堂は急に真顔になって「本当にその程度でいいの?」と訊いた。
 凡子は心配になり蓮水の顔を見た。
「その程度でもちろん構わないが、どの程度だと答えれば、泉堂は納得するんだ?」
 泉堂が「そうだな……」と腕を組んで考え始めた。
「なんとなく誤魔化されているような……何かを隠そうとしているような気がしたからさ」
 凡子は気が気でなくなった。
――泉堂さんのこの勘の良さは一体何なの!? 
「ちなみに僕は隠す気はない。浅香さんとは休みの日にでかけたことも有るし、仕事のあと、会う約束もある」
 泉堂が、いつになく凜々しい表情で蓮水に視線を送った。
「そうか」
 少し空気がピリついていて、凡子は心配になってきた。
  
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