喪女の夢のような契約婚。

紫倉 紫

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シーズン2

第四十六話前

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 区役所で手続き待ちをしている最中に、泉堂からメッセージが来た。
『今日、休みなの?』
 外出時に、受付の前を通ったのだろう。
『今日は前半休です』
『何か用事があったの?』
 凡子はスマートフォンの画面を見ながら迷っていた。通院だと嘘をつくと、後々嘘を重ねる必要が出そうだ。
『ちょっと手続で区役所に』
『そうなんだ! 今、近くにいるから行っていい?』
 凡子は思わず「えっ?!」っと、大きめの声を出していた。泉堂に家の場所を話したことがあっただろうか。どの区役所にいるのかわかっているのだから、どの区に住んでいるかは知っていることになる。
『どうして、どの区役所かわかったんです?』
『情報網があるからさ。いろいろ』
 誰かから聞いたようだ。家が会社と近いというくらいの内容なら、知っている人がいてもおかしくはない。おかしくはないのだが、桜まつりの日に家までつけられていたのかもしれないと、疑ってしまう。
『お仕事中ですよね?』
『蓮水に許可をもらえば、問題ないかな』
 凡子は、蓮水がきっと断ってくれると期待した。
『半日休なら14時出勤だよね?』
 この点は嘘をついても仕方ないので、肯定した。
『じゃあ、お昼いつもよりゆっくりできるんじゃない?』
 手続きはもう終わるので、ゆっくりできないわけではないが、返事に困っていた。
『蓮水に、中抜けの許可もらったから、行くね』
 凡子はまた「ええ! なんでえ」と、声に出していた。
 どうしたらいいかもわからず、ただ焦っていると、番号で呼び出された。
 窓口で蓮水凡子と書かれた住民票を受け取った。素早く折りたたんで封筒に入れる。バッグにしまったところで、スマートフォンが震えはじめた。

 画面を見ると蓮水からだった。てっきり泉堂からだと思っていた。
 ひとまず、電話に出る。
〈いま、話せるか?〉
「届出等は終わりましたが……」
 まもなく泉堂が来てしまう。
〈家に戻ってから出勤なら、持ってきて欲しいものがあるんだが〉
 凡子は答えに迷った。泉堂が来ないのであれば、確実に家に帰る。
「家に帰るかは未定で……」
 泉堂がここへ向かっていることを伝えた方がいいだろうかと考えていたが正解がわからない。
〈戻れそうにないか?〉
 よほど大事な物なのだろう。凡子もできれば帰りたかった。しかし、帰れない可能性が高そうだ。
 凡子が謝ると〈合鍵があれば、自分で取りに行けたんだが……〉と、言った。
 蓮水が帰ってくる頃には必ず凡子がいるので、合鍵は渡していなかった。
「い……」
 名前を呼ぼうとした時に、視界に泉堂が入った。もう、数メートルしか離れていない。凡子は思わず、スマートフォンを持った手を背中に隠した。
「やっと見つけた。電話中じゃなかったの?」
「で、電話は……」
 凡子は、誤魔化しきれないと判断し「まだ、終わっていません。少しプライベートな内容なので、ちょっと離れますね」と、言った。
「ごめんごめん、僕があっちに行っておくから、終わったら来て」
 泉堂は軽やかな足取りで、書記台の方へ歩いていく。
 凡子は泉堂の背中を見張りながら、スマートフォンを耳に当てた。
「ごめんなさい。ちょっと……」
 蓮水に事情を説明しようとしたところ、〈今のは泉堂?〉と、訊かれた。
「はい、泉堂さんです」

〈中抜けの理由は、なみこだったのか……〉
 泉堂も、凡子とゆっくり食事するために中抜けするとは言わなかったらしい。
「泉堂さんから、受付にいないから休みなのかと訊かれまして……」
〈それで、区役所で待ち合わせたのか〉
「区役所の手続きのために半休をとったと伝えただけです。経緯は、また、夜にでも説明しますね。泉堂さんを呼び戻せないですか? 泉堂さんがいなくなれば家に帰れます」
 電話の向こうで、蓮水が考えているのが伝わってくる。
「一度許可を出したのを、なんの理由もなく撤回は難しいな」
 凡子の交渉で、ランチを早く切り上げるのは難しそうだ。
〈そういや、まだ転出届のみだな?〉
「元々、転入届は別日で考えていたので……」
 窓口の混み具合が予想できなかった。区役所間の移動時間もあるので、午前中で終わらせられるかわからなかったからだ。
 思っていたよりはすんなり終わったけれど、これから港区に移動して窓口に並ぶとなると、14時の出勤に間に合うかは微妙だ。
〈わかった。こちらの用は、どうにかできるから、泉堂と……ランチへ行くのか?〉
「はい、私に、昼休みより時間に余裕があるからゆっくりランチを食べられると言ってました」
 蓮水が〈ふーん〉と、唸るように声を出した。
〈ともかく、こちらのことは気にする必要はない。また、夕食の時に〉
 電話を切って泉堂の待つ書記台へ向かう。泉堂は、用紙を手に持って眺めていた。
「お待たせしました」
「ううん、僕が無理矢理、押しかけたから」
 泉堂が「ごめんね」と言って、笑顔を見せた。
 まもなく正午だ。昼ご飯に良い時間ではある。
「お昼、どうします?」
「オススメのお店はある?」
「この辺りは、会社から少し離れているので詳しくないです」
「じゃあ、ぶらぶら歩いて、良さそうな店に入ろう」
 泉堂に促され、二人で出口に向かって歩き始めた。
 

「区役所にはなかなか用事がないから、新鮮。普段あまり触れ合わないタイプの人がたくさん来てるなあ」
 区役所には、凡子のように休みを取って来たサラリーマンもいそうだが、確かに普段会社では見かけない子供連れやお年寄りが多くいる。
 来所しなくてもできる手続きが増えて来たが、それでも結構な人数がいた。
「今日はなんの手続きだったの?」
 正直に答えるわけにはいかない。
「まあ、ちょっとした手続きが必要で」
「最近、わざわざ窓口に行かなきゃいけない手続きって減ってるよね?」
「そうですね……」
 凡子はどう誤魔化せば良いかわからずにいた。
「窓口へ行かなきゃいけないのは、例えば、婚姻関連とか」
「そんなわけありません!!」
 凡子は焦って、大きな声で否定した。
「冗談だよ。彼氏いないって言ってたのに、まさか、いきなり結婚するなんて思ってないよ」
――そのまさかが、起こったんですって……。
 今日の凡子の用件は、結婚に伴う転出届の提出なのだ。
 凡子はいったん落ち着こうと、ゆっくり息を吸い込んだ。
「僕はほとんど区役所に用事ないから、どんな手続きが必要だったのかなって気になっただけで、困らせたかったわけじゃないんだ」
 泉堂は申し訳なさそうにしている。
「泉堂さんは悪くないです。家族に言われていろいろとあって……」
 凡子は、ギリギリ嘘ではない言い方をして誤魔化した。
「プライベートなことに踏み込んでしまって、ごめんね」
「いえ、こちらこそ申し訳なかったです」
「さあ、気を取り直して、ランチランチ!」
 これ以上追求はされなさそうなので、凡子はホッとした。
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