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シーズン2
第四十六話中
しおりを挟む「東京駅の方へ向かうと、いつもと変わらない店になりそうだから、反対方向に行こう」
離れると、完全に家には寄れなくなる。凡子は立ち止まった。泉堂の背中に「いつものエリアで問題ありません」と、投げかける。
泉堂は振り返ると「そう言わずに」と、手招きをした。
蓮水からは家に戻れなくても問題ないと言われたけれど、できれば取りに行きたい。ただ、泉堂には正直に理由を話せない。
――樹さんのお役に立ちたいのに……。
上手い理由も思いつかない。凡子は諦めて、泉堂の方へ歩き始めた。
会社の辺りもそうだが、ここも高層ビルがひたすら立ち並んでいる。自然豊かな皇居と首都高速環状線の間に居て、凡子は自分を情けないと感じていた。
「そんなに嫌だった?」
「そういうわけでは。遅刻が心配だから、あまり離れたくないだけです」
適当な言い訳をした。
「そっか。この辺りに来たとき気になった店があってさ。アスリート用の食堂。浅香さん、健康志向だから喜ぶかと思って……」
泉堂の言葉に、凡子は反応した。
「アスリートのための食堂ですか!!」
アスリートに必要なのは、強靭な肉体と体力だ。執筆する上でも役に立つ要素だと凡子は思った。
「ぜひ、行きたいです!」
「うん、行こう!」
少し後ろを歩きながら、凡子は泉堂の背中を見つめる。
――樹さんも泉堂さんは気が利くと言っていた。こんな風に、先回りして好みのものを提案できるから、頼りにされてるんだわ。私も、泉堂さんのように樹さんの役に立ちたい。
「学ばせていただきます」
凡子はつい口に出していた。泉堂が振り返って「何を?」と訊いてきた。
「他人への気遣いを、です」
泉堂が首を傾げた。
「気遣いなんかしてないけどな」
――出た。自然に出来る人特有の発言。
「僕はただ、浅香さんが喜びそうなことを考えただけ」
凡子はドキッとした。
――今のは『キュン』だ。モテる男の人がナチュラルに吐く『女子をときめかせるセリフ』に、まんまと引っかかってしまった。
泉堂が少し戻ってきて、凡子の横に並んだ。凡子はわざと少し遅れて歩いていたのだが、仕方がない。なんにせよ、アスリート用の食堂は楽しみだ。
「浅香さん、武道をしてるから、体づくりが必要でしょう?」
凡子の仕事の上でも強靭な体と体力は重要だ。
「はい。警備員としても大切です!」
泉堂が「やっぱり、受付でなく、警備員なんだ」と、笑った。
「実際、警備員です」
「でも、他の二人はそう思ってないんじゃない?」
確かに一理あると、凡子は思った。
「私が二人も守ります」
「頼もしいなあ」
泉堂がそう言ったあと「でも、本当に危ないときは、浅香さんも逃げてよ。仕事だとしても」と、真剣な顔を見せた。
凡子は俯いた。どうにかときめきを押さえ込もうと唇を噛み締めた。
――イケメン、恐るべし。樹さんも泉堂さんも、心臓に悪い。
「そこまで、考え込まなくても……」
泉堂には考え込んでいるように見えたらしい。
「善処します」
「ほんとうに、頼むからね。でないと、心配で仕事が手につかなくなるかも」
凡子は顔を上げた。泉堂が仕事に集中できないと、蓮水に影響が及ぶ。
「逃げます! もう、真っ先に、一目散に。なので、仕事に集中してください」
泉堂が「それなら、安心」と、目を細めた。
アスリート用の食堂は、それほど遠くなかった。
入り口に、メニューが張り出されている。主菜三品を選んでご飯と汁物で自分好みの定食をオーダーできるシステムらしい。
凡子は、定食をカスタマイズできるのは面白いと、心躍らせた。
泉堂も「何を選ぼうかな」と楽しそうだ。
店内は、白い壁紙と木製家具の組み合わせで優しく明るい雰囲気だ。
開店から間もないので、まだ席に余裕がある。基本的にカウンター形式になっている。テーブル席でも、向かい合う席の間にはついたてが置いてある。
泉堂が厨房カウンター近くの席を選んだので、隣に座った。
アスリート用らしくタンパク質多めの料理が用意されている。小鉢は十種類以上あり、中から三つを選べる。
凡子は『豆腐ハンバーグ和風トマトソース』『小松菜と蒸し鶏の胡麻和え』『生ワカメとちくわのわさび和え』に、決めた。
選んだ小鉢の番号を記入する。
ご飯は、いくつもの穀物の入ったブレンド米と白米から選べる。白米は家でも食べられるので、ブレンド米にした。
今日の味噌汁は、エノキとワカメと書いてある。
「浅香さんは何にしたの?」
泉堂に訊かれたので、小鉢の写真を指さして教えた。
「豆腐ハンバーグ、迷ったんだよね」
泉堂はトンテキにしたらしい。
「少し分けますよ」
泉堂は喜んでいる。
「僕のも分けるね」と言われたので、凡子は「私は良いです」と、断った。
「遠慮しなくて良いのに」
「ここは、ボリュームがありそうなので」
泉堂は「確かに」と、頷いた。
凡子は、メニュー表にもう一度目を通した。今後の献立の参考にするためだ。
蓮水には健康でいてもらわなければ困る。
水樹恋として、五十嵐室長が完結した後も、他の作品をずっと書き続けてもらいたい。そして凡子は、読者で居続ける。
それが凡子の理想とする未来だ。
食べ終わって、店を出た。味付けもしっかりしていて満足できた。
何よりも今後の献立の方針が決まったのが大きい。一人の時にはただ、野菜を多めにとるように心がけて来たが、凡子よりも体が大きく筋肉量も多い蓮水には、もっとたんぱく質が必要に違いない。
早速、これからのメニューをあれこれ思い浮かべていると、「まだ、時間あるよね」と、話しかけられた。
正直なところ、もう解散して家に帰りたい。ただ、家に帰ると言うと、ついてこられそうな気もする。
「私は、2時に間に合えば問題ありませんが、泉堂さんは、お仕事に戻らなくて良いんですか?」
「普段、馬車馬のように働いてるから、今日くらいは問題なし。蓮水の許可ももらってるしね」
「それなら良いですけど……」
凡子は心の中で、許可を出した蓮水に文句をつけたくなっていた。
蓮水にしてみれば、いつもサポートしてくれている泉堂が珍しく中抜けを希望したから、受け入れただけなのだろう。
「今日は天気も良いし、散歩日和だね」
泉堂は、機嫌良くしている。この時間でリフレッシュできれば、きっと、仕事に戻った後の効率が上がるはずだと、凡子は自分を納得させた。
「定食は、僕にはちょうど良い量だったけど、浅香さんには少し多かったかな?」
「少し手伝っていただいたんで、大丈夫でした」
「でも、スイーツを食べる余裕はないよね?」
「あー、それは厳しいです」
ゆっくり歩きながら、カフェを探そうと言われ、凡子は頷いた。
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