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第一章
赤い来訪者
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ふと時計に目をやり、すでに午後の一時を過ぎている事に気づいたミクラスは、おもむろに立ち上がった。
そろそろお昼ご飯にしなければ。
そう思いながら、隣で黙々とキーボードを叩いているシイナに身体を向ける。その足下には、処理済みのファイルが山になりつつある。一度集中してしまえば、恐ろしく仕事は早いのだ。
「最初からそうすればいいのに……」
ぼそりと呟くと、こちらを見ずに「何か言ったか?」とシイナが問う。
「いいえ、気にしないでください。ところでお昼は何が食べたいですか?」
食事はいつもミクラスが準備することになっている。
問われたシイナはちらりとミクラスを見るが、すぐにまた画面へと視線を戻した。
「なんでもいい」
しばしの沈黙の後、返ってきた答えに、ミクラスは大きく息を吐く。
「なんでもいいって言いますけどね、それが一番困るんですよ」
「だろうな」
はぁーっとまた盛大に息を吐きながら、ミクラスは目の前のカウンターに突っ伏した。
この手の問いかけをして、まともな返答をもらった試しがない。
だからいつも適当に作るのだ。
リクエストをもらう方がはるかに作りやすいのに。
買ってもいいが、作る方がコストも安く、なにより作る事が苦ではないので、手早くぱっと作ってしまう。
シイナの食事の世話をするうちに、無駄に料理のレパートリーが増えてしまった。
「朝のパンが余ってるので、サンドウィッチでもいいですか?」
今ある食材を思い浮かべ、簡単に作れそうなものを提案してみる。
「お前が作るならなんでもいい」と、たいして考えもせずにシイナが答えた。
「……美味しくなかったらどうするんですか?」
あるいは、変なモノだったらどうするのだ、と。
その問いに、ふと作業の手を止めてシイナは怪訝な顔を向けた。
「お前が作って美味くない料理があるのか?」
「……それはどうも」
何を言ってるんだと言いたげな顔をして、シイナは再び画面へ向かう。
これだ。
無表情のままこの人は、さらりとこういう台詞を吐くから質が悪いのだとミクラスは思った。
――全部無意識なのが、また。
苦笑しながらシイナを眺める。
黒髪に黒い瞳、無表情だがよく見ると整った顔。そこにかけられた銀縁の眼鏡がシャープで、一見冷たい印象を与えるが、ぶっきらぼうに発せられる言葉は時折相手の心をわしづかみにするのだ。
そういった理由で、シイナを慕う者は多かった。
――基本、優しいんだよな、この人。
カウンターに突っ伏したままそんな事を考えていると、黒い瞳がこちらを見て細められた。不機嫌そうな顔に向かって、ミクラスはにやっと笑って見せた。
ふと、人の気配を感じ、シイナとミクラスは入口の方へ顔を向けた。
「あの、利用手続きをしたいのですが」
肩まであるブロンドの髪に、グレーのスーツを着た女性がカウンターへ向かってくる。
一般エリア利用希望者だろうか。
しかしミクラスは違和感を覚え、入ってきた女を上から下まで眺めた。
「あの……?」
女は落ち着かない様子で、身体の前で指先を絡める。最後に女の目をじっと見ると、ふうんとミクラスは腕組みをした。
「――で、今度はなんの任務を任されたの? シェリア」
小さく舌打ちが聞こえた。
大人しく、清楚な女性といった雰囲気だった女の様子がガラリと変わった。
「なんであんたはすぐにバラすのよ! ちょっとは合わせなさいよ」
そう言いながら、女が自身の髪を引っ張ると、ブロンドの長い髪の下から赤いショートヘアーが現れた。赤い髪を整えながら先程の清楚な雰囲気から一転、気の強そうな鋭い目がミクラスを睨み付ける。
「それに、女性の身体を上から下まで眺めるなんて、セクハラもいいところだわ」
「だって、シェリアだし……」途端、今度はミクラスがたじたじと。
「なによ! あたしは女じゃないって言いたいの?」
「そ、そんな事言ってないし……」
段々と小さくなっていくミクラスの声と共に、その身体も小さくなっていく。
「そのくらいにしておけ」
見かねたシイナが、手にしたファイルで二人の頭を軽く小突いた。
頭をさすりながらミクラスが喧嘩相手を見ると、あんたの所為よと言いたげな視線とぶつかった。
「ご無沙汰しております。シイナさん」
気を取り直し、赤い髪がシイナの前に下げられた。
「ん、元気そうだな、シェリア。王都は変わりないか?」
赤い髪の女、シェリア・リオネスは顔を上げると、にこりと笑った。
「ええ、皆――」言いかけて訂正する。
「やはりあなたがいないと――」しかし言葉を呑んだ。
目の前のシイナの表情で、これ以上言うべきではないと判断したからだ。
「キナ様が寂しがっておられますよ」
代わりに別の言葉を口にすると、シェリアの口から出た人物を思い浮かべ、困ったような顔でシイナはそうか、とだけ答えた。
「シェリア、お昼は? サンドウィッチを作ろうかと思うんだけど」
少し重くなった空気を和らげるように、ミクラスが明るく話題を変える。
「あら」ぱっとシェリアの顔色が変わる。
「いただこうかしら。じゃあこれ、外に出してくるわね」
慣れた手つきでカウンターの中の棚から『一時休館中』の札を取り出すと、シェリアは入口へ向かった。
「……あいつ、来るときはいつも食事時を狙ってきますよね」
札を掛け終わり、軽やかな足取りでこちらへ戻ってくるシェリアを見ながら、ミクラスは隣のシイナへぼそりと言った。
さあな、と肩をすくめ、シイナは先にカウンターを出て歩き出した。
そろそろお昼ご飯にしなければ。
そう思いながら、隣で黙々とキーボードを叩いているシイナに身体を向ける。その足下には、処理済みのファイルが山になりつつある。一度集中してしまえば、恐ろしく仕事は早いのだ。
「最初からそうすればいいのに……」
ぼそりと呟くと、こちらを見ずに「何か言ったか?」とシイナが問う。
「いいえ、気にしないでください。ところでお昼は何が食べたいですか?」
食事はいつもミクラスが準備することになっている。
問われたシイナはちらりとミクラスを見るが、すぐにまた画面へと視線を戻した。
「なんでもいい」
しばしの沈黙の後、返ってきた答えに、ミクラスは大きく息を吐く。
「なんでもいいって言いますけどね、それが一番困るんですよ」
「だろうな」
はぁーっとまた盛大に息を吐きながら、ミクラスは目の前のカウンターに突っ伏した。
この手の問いかけをして、まともな返答をもらった試しがない。
だからいつも適当に作るのだ。
リクエストをもらう方がはるかに作りやすいのに。
買ってもいいが、作る方がコストも安く、なにより作る事が苦ではないので、手早くぱっと作ってしまう。
シイナの食事の世話をするうちに、無駄に料理のレパートリーが増えてしまった。
「朝のパンが余ってるので、サンドウィッチでもいいですか?」
今ある食材を思い浮かべ、簡単に作れそうなものを提案してみる。
「お前が作るならなんでもいい」と、たいして考えもせずにシイナが答えた。
「……美味しくなかったらどうするんですか?」
あるいは、変なモノだったらどうするのだ、と。
その問いに、ふと作業の手を止めてシイナは怪訝な顔を向けた。
「お前が作って美味くない料理があるのか?」
「……それはどうも」
何を言ってるんだと言いたげな顔をして、シイナは再び画面へ向かう。
これだ。
無表情のままこの人は、さらりとこういう台詞を吐くから質が悪いのだとミクラスは思った。
――全部無意識なのが、また。
苦笑しながらシイナを眺める。
黒髪に黒い瞳、無表情だがよく見ると整った顔。そこにかけられた銀縁の眼鏡がシャープで、一見冷たい印象を与えるが、ぶっきらぼうに発せられる言葉は時折相手の心をわしづかみにするのだ。
そういった理由で、シイナを慕う者は多かった。
――基本、優しいんだよな、この人。
カウンターに突っ伏したままそんな事を考えていると、黒い瞳がこちらを見て細められた。不機嫌そうな顔に向かって、ミクラスはにやっと笑って見せた。
ふと、人の気配を感じ、シイナとミクラスは入口の方へ顔を向けた。
「あの、利用手続きをしたいのですが」
肩まであるブロンドの髪に、グレーのスーツを着た女性がカウンターへ向かってくる。
一般エリア利用希望者だろうか。
しかしミクラスは違和感を覚え、入ってきた女を上から下まで眺めた。
「あの……?」
女は落ち着かない様子で、身体の前で指先を絡める。最後に女の目をじっと見ると、ふうんとミクラスは腕組みをした。
「――で、今度はなんの任務を任されたの? シェリア」
小さく舌打ちが聞こえた。
大人しく、清楚な女性といった雰囲気だった女の様子がガラリと変わった。
「なんであんたはすぐにバラすのよ! ちょっとは合わせなさいよ」
そう言いながら、女が自身の髪を引っ張ると、ブロンドの長い髪の下から赤いショートヘアーが現れた。赤い髪を整えながら先程の清楚な雰囲気から一転、気の強そうな鋭い目がミクラスを睨み付ける。
「それに、女性の身体を上から下まで眺めるなんて、セクハラもいいところだわ」
「だって、シェリアだし……」途端、今度はミクラスがたじたじと。
「なによ! あたしは女じゃないって言いたいの?」
「そ、そんな事言ってないし……」
段々と小さくなっていくミクラスの声と共に、その身体も小さくなっていく。
「そのくらいにしておけ」
見かねたシイナが、手にしたファイルで二人の頭を軽く小突いた。
頭をさすりながらミクラスが喧嘩相手を見ると、あんたの所為よと言いたげな視線とぶつかった。
「ご無沙汰しております。シイナさん」
気を取り直し、赤い髪がシイナの前に下げられた。
「ん、元気そうだな、シェリア。王都は変わりないか?」
赤い髪の女、シェリア・リオネスは顔を上げると、にこりと笑った。
「ええ、皆――」言いかけて訂正する。
「やはりあなたがいないと――」しかし言葉を呑んだ。
目の前のシイナの表情で、これ以上言うべきではないと判断したからだ。
「キナ様が寂しがっておられますよ」
代わりに別の言葉を口にすると、シェリアの口から出た人物を思い浮かべ、困ったような顔でシイナはそうか、とだけ答えた。
「シェリア、お昼は? サンドウィッチを作ろうかと思うんだけど」
少し重くなった空気を和らげるように、ミクラスが明るく話題を変える。
「あら」ぱっとシェリアの顔色が変わる。
「いただこうかしら。じゃあこれ、外に出してくるわね」
慣れた手つきでカウンターの中の棚から『一時休館中』の札を取り出すと、シェリアは入口へ向かった。
「……あいつ、来るときはいつも食事時を狙ってきますよね」
札を掛け終わり、軽やかな足取りでこちらへ戻ってくるシェリアを見ながら、ミクラスは隣のシイナへぼそりと言った。
さあな、と肩をすくめ、シイナは先にカウンターを出て歩き出した。
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