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第一章
ソロモ国立書物館
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長い冬が終わり、やっと暖かい日差しが届くようになった。
天井に近い壁にはステンドグラスの窓が並び、本が日焼けしないよう控えめに日差しが差し込む。
ここはネロトニア国が管理する書物館。王都の隣町アーリに所在し、書物館にしては規模の大きい施設だ。
国中から集められた資料や蔵書が保管されているが、貴重な本が多いため大部分は一般公開をしていない。けれど、利用手続きを取れば貸し出しは不可だが、一部一般人にも開放している図書館のような施設だ。
人気のない館内の隅、日差しを浴びながら黒髪の男が一人、窓際の椅子で腕組みをして目をつぶっていた。薄い瞼をとおり越して入ってくる、日の光の眩しさに目を覚ます。
黒髪の男、シイナ・セルスは大きく欠伸をすると、涙目で柱に掛かった無駄に立派な時計に目をやった。
――まだ十一時か。
心の中で呟いて、椅子から立ち上がり歩き出す。
たくさんの本棚の間を通り、一般開放エリアを抜けると、中央広場の真ん中にあるカウンターへ向かう。カウンター上に置かれている利用者名簿をパラパラとめくってみるが、記入された利用者名は二名だけだった。まあ、専門的な本が多いため利用する人も限られるだろう。
今日も暇だと思いながら、シイナが名簿から顔を上げると、誰もいないと思っていたカウンターの下からこちらを睨んでいる茶色の瞳と目が合った。
思わず眉をひそめる。
「気色悪い見方をするな」
そう言うと茶色の瞳がさらに険しくなる。
「遅刻ですよ、シイナさん」
茶色の瞳の青年が、カウンターの下からぴょんと跳ねるように立ち上がると、瞳と同じ色の少しクセのある髪がふわりと揺れた。
その視線から逃れるように移動したシイナは、カウンター内の椅子に腰掛けて足を組んだ。
「時間通りに来ている」
「どうせ一般エリアでまた寝ていたんでしょう?」
ほらね、というように青年はシイナの左胸を指さした。
「眼鏡かけ忘れてますよ」
指摘されて自身の左胸に目をやると、ポケットに入ったままの銀縁の眼鏡を無言で取り出す。そして何事もなかったかのようにそれを顔にかけた。眼鏡は顔の一部……とは言っても、眠る時にははずさないと気持ちが悪いものだ。
つまりは惰眠を貪り、ここへ来た事がバレている。
「どうせ暇だろうが」
開き直ってそう言うと、
「馬鹿言わないでくださいよ! やる事はたくさんあるんですからね。
さっき新しい本が届いたからデータ入力しないとだし、元ある本達だって補修したり綺麗にしたり、管理も大変なんですから!」
くい気味に、鼻息荒く迫る青年の顔を片手で押しやると、シイナはカウンターの下に置いてある箱の中からファイルを手に取った。
「……これを入力すればいいんだな? ミクラス」
ため息まじりにそう言うと、青年ミクラス・サウリーは仰々しく大きく頷いた。
「まったく、貴方なら簡単に片付けられる仕事ですよ。今日はちゃんと働いてくださいね」
満足げにシイナの隣に腰掛けると、ミクラスは別のファイルを手に取り、先程の剣幕から一転、鼻歌まじりにキーボードを軽快に叩き始めた。
その隣で、シイナがやや疲れた顔でファイルをめくる。
ここは王都の隣町にあるソロモ国立書物館。
その管理者シイナ・セルスとミクラス・サウリーのいつもの日常。
このすぐ後に舞い込む事件の知らせを聞くまでは、いつも通りの日常だったのだ。
天井に近い壁にはステンドグラスの窓が並び、本が日焼けしないよう控えめに日差しが差し込む。
ここはネロトニア国が管理する書物館。王都の隣町アーリに所在し、書物館にしては規模の大きい施設だ。
国中から集められた資料や蔵書が保管されているが、貴重な本が多いため大部分は一般公開をしていない。けれど、利用手続きを取れば貸し出しは不可だが、一部一般人にも開放している図書館のような施設だ。
人気のない館内の隅、日差しを浴びながら黒髪の男が一人、窓際の椅子で腕組みをして目をつぶっていた。薄い瞼をとおり越して入ってくる、日の光の眩しさに目を覚ます。
黒髪の男、シイナ・セルスは大きく欠伸をすると、涙目で柱に掛かった無駄に立派な時計に目をやった。
――まだ十一時か。
心の中で呟いて、椅子から立ち上がり歩き出す。
たくさんの本棚の間を通り、一般開放エリアを抜けると、中央広場の真ん中にあるカウンターへ向かう。カウンター上に置かれている利用者名簿をパラパラとめくってみるが、記入された利用者名は二名だけだった。まあ、専門的な本が多いため利用する人も限られるだろう。
今日も暇だと思いながら、シイナが名簿から顔を上げると、誰もいないと思っていたカウンターの下からこちらを睨んでいる茶色の瞳と目が合った。
思わず眉をひそめる。
「気色悪い見方をするな」
そう言うと茶色の瞳がさらに険しくなる。
「遅刻ですよ、シイナさん」
茶色の瞳の青年が、カウンターの下からぴょんと跳ねるように立ち上がると、瞳と同じ色の少しクセのある髪がふわりと揺れた。
その視線から逃れるように移動したシイナは、カウンター内の椅子に腰掛けて足を組んだ。
「時間通りに来ている」
「どうせ一般エリアでまた寝ていたんでしょう?」
ほらね、というように青年はシイナの左胸を指さした。
「眼鏡かけ忘れてますよ」
指摘されて自身の左胸に目をやると、ポケットに入ったままの銀縁の眼鏡を無言で取り出す。そして何事もなかったかのようにそれを顔にかけた。眼鏡は顔の一部……とは言っても、眠る時にははずさないと気持ちが悪いものだ。
つまりは惰眠を貪り、ここへ来た事がバレている。
「どうせ暇だろうが」
開き直ってそう言うと、
「馬鹿言わないでくださいよ! やる事はたくさんあるんですからね。
さっき新しい本が届いたからデータ入力しないとだし、元ある本達だって補修したり綺麗にしたり、管理も大変なんですから!」
くい気味に、鼻息荒く迫る青年の顔を片手で押しやると、シイナはカウンターの下に置いてある箱の中からファイルを手に取った。
「……これを入力すればいいんだな? ミクラス」
ため息まじりにそう言うと、青年ミクラス・サウリーは仰々しく大きく頷いた。
「まったく、貴方なら簡単に片付けられる仕事ですよ。今日はちゃんと働いてくださいね」
満足げにシイナの隣に腰掛けると、ミクラスは別のファイルを手に取り、先程の剣幕から一転、鼻歌まじりにキーボードを軽快に叩き始めた。
その隣で、シイナがやや疲れた顔でファイルをめくる。
ここは王都の隣町にあるソロモ国立書物館。
その管理者シイナ・セルスとミクラス・サウリーのいつもの日常。
このすぐ後に舞い込む事件の知らせを聞くまでは、いつも通りの日常だったのだ。
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