片隅の天使

mizuho

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第一章

プロローグ

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 天使とは、宗教の聖典や伝承に登場し、神の使いとして描かれる存在であり、実在はしない。
 いや、実在するのかもしれないが、大抵の人間は架空の存在として認識しているはずだ。

 けれど、世界の片隅で、時たま流れる噂がある。

 天使が現れた、と。

 しかしその存在が公になる事はなく、多くの人々にとっては、やはり架空の存在なのだ。

 天使などいない。

 そう、天使などではない。

 長い歴史の中で時たま噂になる彼らはただの人間なのだから。



 いまにも崩れそうな、ボロボロの家屋が建ち並ぶ一画。
 スラム街と呼ばれるその場所で、少女は物陰に身を隠し、息を潜める。
 ほんの数時間前まで一緒にいたあの子が、黒い影に担がれ音もなく運ばれていく。
 あの子の意識はなく、だらりとぶら下がった腕が、脱力しきった様子で揺れているのだけが、やけにはっきりと見えた。

 少女は見た。
 あの子の背後から近づいた黒い影が、何かを顔に押し当てて、あの子の意識を奪ったところを。
 黒く、汚く、不快なモノが視界を遮る。
 これほどの色を視るのは、少女にとって初めてだった。

 怖い。
 けれど、助けなくては、と。

 あの子はまだここへ来たばかり。
 すべてをなくして、ここへ来たばかり。

 物陰から出ようとする少女の肩を、きつく掴んで引き留める手があった。
 少女とよく似た顔の少年が、唇を噛み締め静かに首をふる。

 掴まれた肩に込められた力の強さに、少年の想いを感じ取り、少女は空を仰ぐ。
 崩れそうなレンガの隙間から、いまにも降って落ちてきそうなほどの星、星、星。

 少女はこの夜の色が好きだった。
 いつ、どんな時も、どれほどの絶望を抱えていても、包み隠してくれるような、深い夜の色が。
 深ければ深いほど、星は輝くものだから。

「ここはもう危ない。遠くへ行こう。もっと遠くへ」

 少年が言った。
 少女がゆっくりとうなずく。

 どこでもいいのだ。

 この夜空の下ならば、どこへ行っても生きていける。
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