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序章

精霊契約の儀

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 また一悶着あるよなこれ。
 アルナの形相を見ればわかる。
 そもそも俺を前にしてグレコが倒れてることが信じられない、認めない。
 そんなところだろう。

「どうしてお母様が倒れているんですの!お前の仕業ですね!」

「おぉ、愚妹にしては良い線ついてるな。母上、どうしてこの状況になったか教えてやれ。一言一句、虚偽の報告を言えばどうなるか、わかってるよな?」

 俺は笑顔でそう問いかける。
 今、グレコの目には、鬼が微笑みかけてるのと大差無い状況だろうな。
 いい気味だ。

「平民が無礼ですわよ!」

「おい、母上?」

「ひっ!あ、アルナお辞めなさい!彼は兄でしょう」

「お、お母様?」

 まるで自分が怒られてるとは思っても見なかっただろうアルナは、少しだけ口を開けて間抜けそうな顔をした後、俺の方を睨みつけてきた。

「お前、お母様になにをした!」

「辞めなさい!今回は私が不手際でリアスの料理を片そうとしてしまったからです。リアス、ゆっくり食事を楽しんでくださいな。そこのお嬢さんもごゆっくり」

 アルナを無理矢理部屋から連れ出していく。
 うん、まぁまぁ情状酌量の余地はあるな。
 ここで俺を逆恨みしてきたら、俺は容赦なくアルナごと吹き飛ばすようにクレに頼んだだろう。
 
「まだこの家に出るには実力不足だからな。衣食住が保証されるこの環境を逃すわけにはいかない」

「いいの?あの子にも痛い目を合わせた方が、暮らしやすい環境になったんじゃない?」

 キョトンと首を傾げるその姿は可愛い。
 でも結構しっかりしてる方だとは思うけど、やっぱ9歳の頭じゃ後先は考えないよな。
 俺は二人の話を聞きながら、この場に邪魔な最高責任者を俺の権限でクビは取り消すからと言って追い出した。
 これから聞かれたらまずい話もするしな。

『違いますよミライ。敢えてグレコだけに恐怖を植えつけたのです』

「どうして?」

『他者を圧倒するような魔法が使えることを見せたくなかったってところでしょうか?』

「だな。ミライが精霊と言うことを隠す以上に、力があることは隠して置きたかった。元からボコるのは一人のつもりだったしな。さっきから怖いくらい俺の思考を読んでるな」

『これくらい当然です。何年生きていると思ってるのですか!』

 イタチが頬を膨らませる姿なんて、生前の世界だって崇めないだろうな。
 だから俺はクレの小さな頬を押してみる。
 少しだけ指が頬に押し込めた。
 しかし硬過ぎてそれ以上押せなかった。

「硬い・・・」

「ねぇ、どうして力を知られちゃいけないの?」

「それは万が一、皇帝に知られた場合、俺を捕縛する可能性があるからだ」

「それは、力を利用する為?」

 あら、わかってるじゃん。
 ミライも雷神だ。
 この怯えようは過去にそういった経験があるってことだろう。

「あぁ、それは最悪の一歩手前だな」

「最悪の手前?」

「最悪は討伐対象にされる可能性がある。仮にも風神様と雷神様、2人の神の名を持つ精霊と契約してるんだ。国家存亡の危機と言われたら、そんなの殺しにかかるな決まってる。今の俺には信用もなにもない。あの三人が揃って皇帝に直訴すれば、通るかもしれないだろ?」

 俺は前世で学んだ。
 確実な証拠がなければ咎められることはないと言うことを。
 上司は社長の子息と言う理由から、ケンカを売らないために誰も俺を擁護しなかった。
 なんもない平社員の俺を庇って共倒れするのと切り捨てるの、どちらが自分たちに利があるかは馬鹿でもわかる。
 若い、役職についていない、それだけじゃ勝てると言うだけの信用が足りなかった。
 逆に言えば、信用さえ築いて仕舞えば、例え俺が暴力沙汰を起こしたと言われていても、俺に仕事をくれる人もいた。
 それが会社にいた時の取引先のひとつで、前世での俺を救ってくれたんだ。
 まぁ結局あのクソ親父に殺されたんだが。

『人間は愚かですね。グレコの代わり様から、すぐにでも何かが起きたかはわかりそうだと言うのに』

「これは俺の持論だが、人は事実を目にしなければ対応を変えないと思う。たとえ、誰か一人が恐怖しても、今までの俺への扱いを考えたら、頭がおかしくなったとか、まぁあれこれ理由付けをしてまともに取り合うことはないはずだ。その事実を目の当たりにしなければ、人はまともに相手もしないだろう」

 その事実がわからなければ、脅威すべき対象であるかも判断が難しい。
 傲慢なアルゴノート家は自分でなんとかなると思うだろうし、なんとかなるであろうことに皇帝の手を借りて仕舞えば、それこそこちらの命が危うい。

「実際見ていなければ、今まで虐げてきた人間が力を身につけるのはありえない。だから我々で対処できるって思うわけだ。なるほど、その間に下地を固めて皇帝とか言う偉い人ですら排除するには惜しい、もしくは排除することは不可能と思わせるってわけだね!」

「ご明察。ミライは頭が回るな。とても俺より歳下とは思えないよ」

「むっ!いや同い年じゃん!」

『ですね。前世があるにしても、あなたの行動はとても9歳児が考えそうな穴だらけの計画でした。実際、<狂戦士の襟巻き>だけじゃ同じ様なことができた疑問に思います。貴方の考えは杜撰です!』

 たしかにクレの言う通りだ。
 武勲を挙げて独立するには、アルゴノート家が邪魔だ。
 だから何をするにも、一人には恐怖を味合わせる必要があった。
 アルジオでもアルナでもよかったんだ。
 しかしクレと出会ってなかったから、力で屈服させることはできたかもしれないけど、それ以上のことはできなかった。
 身体能力を上げるだけじゃ、治療を行って文字通り恐怖を身体に植え付ける証拠を残さない戦法は通じなかった。
 力だけではダメなんだ。
「本当にその通りだよ。クレのおかげで、俺は間違えずに済んだ。ありがとう」

『これは貸しですね!あとで美味しい物をください!』

「ははっ、わかってるさ。おい、クレが美味しい物を御所望だ専属コック。なにキョロキョロしてんだ。お前だメルセデスだ」

 口をぽかんとさせてこの状況を見ていたメルセデスは、我に帰りあたりをキョロキョロ見回した。

「あー、いや坊ちゃんが難しい話をしだして、驚いちまった。学がない俺には理解するのが大変だ」

「それで固まってたのか。自分で俺の専属って豪語したんだ。もっとしっかりしてくれよ」

「あぁわりぃな。そっちの精霊は風神なんだな。伝説の精霊と契約してるなんてすげぇや」

 放心してたのに、しっかりその一言は聞き入れてるんだな。
 やっぱ神って付くだけあって伝説とか言われてるんだな。
 あとで聞いてやろ。

「わかってると思うけど、このことは内密にな。言えば母上、いやお前の前で取り繕うこともないか。グレコと同じ目に合う」

「坊ちゃんが言うと冗談に聞こえないんだが!まぁ作ってくるぜ、任せとけ!」

 冗談じゃないから当たり前だな。
 慌てて出ていくメルセデスを見送ったところで、本題に入ろうと俺はポケットにいるこいつを外に摘み出した。
 
『お、終わりましたか!この度はお助けいただき誠にありがとうございます』

「マニュー、だっけ?悪いな、お前に一つ聞きたいことがあって留まらせてしまった。本来であれば、そのまま自然に戻ってもらう予定だったのにな」

『あ、僕はマニューでないです。ナスタチウムと言います』

「じゃあナスタだな」

 そう言うとナスタはなぜか嬉しいそうに飛び回った。

「一体どういうことだ?」

『精霊は友好的な人間が、自分にあだ名を付けられると嬉しい物なのです』

 だからあんなに飛び回ってるのか。
 そういやクレも喜んでたな。
 じゃあミライはどうなんだろう?

「へぇ、ミライも嬉しいのか?」

「え、ボク!?その、まぁ嬉しいかな。でもボクは人間の血も半分入ってるから・・・」

「なんだ?遠慮してんのかミラ。ミライだからミラ。うん呼びやすいしどうだろうか?」

「ミラ!うんっ!いいよそれ!お母さんもミラって呼んでくれてたし!」

 あ、遠慮してたのは母がつけてくれた仇名があったからか。
 そりゃ母親も大事な人だろうし、遠慮と言うより負い目からきた遠慮だろうな。

『ふふっ、微笑ましいです。昔を思い出しますね。でも感情に浸る前に、ナスタチウムには聞きたいことがあります』

 クレがそう言うとナスタは小さなその身体を地上に下ろして、膝を地面に突いてまるで騎士が王に跪くかのような姿勢を見せた。

『なんなりと、風神様』

「フェリーの時とは違ってすぐ風神ってわかるのな」

『はい・・・あの今更ですけど、なんでヒューマンがボクと会話できるんですか!?』

 え、今更驚く?
 あだ名を付けられたことに夢中だったのか、それとも長らく無理矢理契約させられた所為で感覚がボケていた所為か?
 いつから契約させられていたかは知らないけど。

「なんでと聞かれてもわからない。なんでナスタは俺の言葉わかるの?って言われたらわかるか?」

『そういうものだからですか。その通りですね』

『話が進みません!少しリアスは黙っててください!』

 俺じゃないじゃん話を振ってきたの。
 まぁ俺が呟いた言葉が原因だから俺の所為か。
 うん、仕方ない。
 俺の所為だ。

『ナスタチウムに聞きたいことは一つです。精霊契約の儀について知っていることを全て話してください』

 聞いてることは一つだけど、答えは複数あるじゃん絶対!

『それは風神様の耳に入れてもらうつもりでしたので、問題ありません。まずその精霊契約の儀についてですが------』

 精霊の儀は精霊と無理矢理契約を行う儀式らしい。
 実際にナスタが目にした光景は、俺が想像してるよりも野蛮じゃなく、それでいてとても残酷なものだった。
 いつも通り昼寝していたナスタは、気が付いた檻の中に入れられていたらしい。
 周りにも精霊が数多く居たそうだが、魔法が使えないこと以外は、食事も出ていたしかなり高待遇だったらしい。
 ナスタは自身の経過した時間をうまく把握してはおらず、いつ捕まったのかは覚えていないという。

『目の前で次々と精霊たちが無理矢理ヒューマンと契約されていきました。キョーコーと呼ばれる者が、これは神がお召しくださった精霊様との契約の儀式、精霊契約の儀であると言ってたことから、この強制的に契約をする行為は、精霊契約の儀と言うことがわかりました』

 キョーコーって恐らく教皇だろう。
 花そその世界では、精霊と契約するときは教会でする設定があった。
 花そそでは課金精霊以外にも様々な精霊がおり、レベルが上がることによって契約できる精霊が増えていく。
 そして初契約時にはムービーが流れる。
 その会場がまさに今話に出た教皇のいる教会だ。
 精霊の契約ムービーでは、協会のような場所で祈りを捧げる主人公と横で座る精霊がおり、おっさんのが放つ光で画面が真っ白になり、契約が成立すると言うものだった。
 ナスタにそれを言うと、全く同じ感覚だったと言っていた。

『契約した途端、精霊たちはまるで意識があるのに、感情がないかのような状況になってしまったのです。そして自分の予想は正しく、他の精霊同様に私にも同じ魔法がかけられたとき、意識があったのですが別の思考に囚われてしまったのです』

『別の思考とはどう言うものでしたか?』

『契約者を愛し、契約者に絶対服従せよと言うものでした。私はさっきのさっきまで、彼女グレコに盲信し、願いを全て叶えていたのです。しかしそれ以上の感情は許されず、ただひたすらに願いを叶えるだけの人形となりました』

 精霊の言葉がわからない以上、契約者自身もそれが本人の意思で契約するかどうかわかる術がない。
 しかし契約魔法を行った後は、愛するという呪縛で強制的に契約者を愛さないといけない。
 つまり例え、言葉がわかったとしても精霊は契約者を愛しているのだ。
 自分の気持ちとは裏腹に。
 俺はそのような感情が別の何かに支配される現象を知っている。

『気づきましたか?』

「あぁ、それって<狂戦士の襟巻き>を身につけた時の俺の感覚に似てるな」

『えぇ、おそらく<狂戦士の襟巻き>に付与されてる魔法と、精霊の儀で行われる契約魔法は似たようなものと見るのがいいでしょう』

「何を考えてこんな魔法を作ったんだろうな」

『全く同意です。今すぐキョーコーとやらを殺しに行きたいです。行きましょうリアス』

「待て待て、教皇がこの魔法を作ったかわからんだろ」

 過激派代表クレさんはふんすふんすと、尻尾の刃を振り回している。
 人を愛すこと以外は許さない魔法。
 精霊達の待遇を考えてもかなり平和的だ。
 しかしとても残酷だ。
 お互いに偽りの絆が本当の絆としてしてしまうからだ。

「自分の意思と裏腹に相手を好きになるって、好きになられた側も事実を知れば虚しくなるよね」

「ミラの言う通りだな、もし俺がとして、正しい契約魔法で精霊を手に入れたとして、その事実は知りたくないと思う」

 <狂戦士の襟巻き>を付けた時の自分を思い出す。
 狂戦士の襟巻きは、乾きを満たすために血を欲した。
 そこには抗えないものがあり、クレとミラを危険に晒してしまったのだ。
 夢の中で、自分は絶対にしないであろう行為をした時の感覚に近い。
 あの時の俺は自分の意思とは違うなにかに支配をされていたが、確実に自分の意思でミラを攻撃しに行っていた。
 もしそれと同じ感覚だとしたら、自分の意思で愛していた者に、魔法が解けた瞬間にその愛は偽りだと自覚させるようなものだ。
 それまではその愛が本気で偽りのないものだと信じて疑うこともできないのだから。
 襟巻きをつけてなくても、ミラを殺したいなんて間違ってと思わないと思うから。

「まさか乙女ゲーで当たり前の出来事の裏設定が、精霊の意思をねじ曲げたものだなんて想像していなかった。精霊を無理矢理契約してるなんて。それじゃあまるで------」

『奴隷や道具として装備してるみたいですね。少なくとも私でしたらそう思います。お互い同意の元に行われるのが精霊契約だと言うのに、自身の意思を歪められて契約させられれていれば、それはもはや契約とは言いません。精霊にとっては魔力が切れれば死活問題ですが、誰でもいいというわけではない!』

 声を荒げて叫ぶクレの言うことはわかる。
 たしかにクレの意思を曲げてまで俺は契約しにはいかなかっただろうなぁ。
 単純に魔物だと思ったのもあるけど、クレが怪我をしてた時に精霊だとわかっても、それを理由に契約しようとは思わなかったし。
 人間と精霊はお互いに支え合うのが理想だと思う。
 
「ナスタはどうなんだ?」

『僕ですか?』

「あぁ、ねじ曲げられた意思を抜きにして、グレコと再契約したいかと思ってな」

『ゾッとするようなこと言わないでください。意識をねじ曲げられたのは彼女の責任だとは思いませんけど、彼女の性格を考えたら二度とごめんです』

 俺とクレはお互い目を合わせる。
 笑いがこみ上げてきた。
 そこまで言うってことは俺は間違ったことはしてないな。

「ははっ、なら良いんだ。お前の意思と関係なくグレコとの契約を引き裂いたんじゃ、俺もやってることが変わらないと思ってさ」

『自由意思が現れていなければ、あんな人と契約なんかしませんよ。あなたもそれはよくわかってるでしょう?』

「違いない。精霊契約の儀については色々探っていく必要がありそうだな。ただクレ、この契約方法は花そそでも採用されていた方法だ。おそらく、歴史が長い。だから教皇を殺したところで解決しない可能性のが高いな」

『ですね。ナスタチウムの話によれば、グレコが子供の頃から契約して居たそうですし、魔法作成者が亡くなってる可能性も視野にいれないとですね』

「二人ともどうにかする気でいるの?」

『当然です。ヒューマン達がこぞって精霊を狩ろうとしてた理由がわかりましたからね。奴らには目に物を言わせます・・・』

「相棒がそう言ってるならやるしかないだろ。もちろんミラの願いも叶えてやるから、何かあったら言えよな」

「ふふっ、ありがと。これからすることが多いねぇ」

 まずは魔法を覚えるところだな。
 自衛手段があるに越したことはないし、虎の威を借りる狐には成り下がりたくない。

『あ、あのリアスさん』

「なんだナスタ?」

『僕と契約してほしいんです。いいですか?』

 これは驚いた。
 人に酷い目に遭わされたって言うのに、それでも俺と契約したいなんて言ってくるとは。

『さすがナスタリウムはお目が高い。契約してあげたらどうでしょう?』

「クレは賛成なんだな。ミラはどうだ?」

『いいと思う。クレセントおじさんがいいって言うなら何か考えがあるんでしょ?』

 俺もそう思った。
 精霊は無尽蔵に契約できるわけじゃない。
 自身の魔力の最大値を消費して装備するって言うのは、多分花そそ通りだろうから、クレと契約して8割残ったと考えて、ミラも同じくらい魔力を消費してるだろうから、ナスタと契約しても5割くらいは余るだろう。
 それでも精霊契約の儀がいつから起きてるかわからないのに、その全てを助けていたら俺の魔力は足りなくなるのは確かだ。

『ナスタリウムにはミライの契約した精霊と言うことにします』

「あぁ、なるほど。ミラを危険から守るためにも、精霊と契約してると思われた方が人々の目を掻い潜れるか」

『少し違います。危険から守るのはリアス、あなたです。あなたの魔力は精霊から見ても異常だと言うことがまさかわからないのですか?』

「俺の魔力が異常?カンストさせた状態の主人公の3倍近くの魔力はあるはずだし異常なのはわかってるって」

『えぇ、そしてその主人公の女性がそもそも異常なのです。契約で魔力の上限が減るのは、常に契約者が精霊に魔力を満タンに注いでいるのですからなのです。本来エルフでもきついことなのですよ?』

「たしかにリアスくん、魔力が多いはずのエルフよりも魔力が多いのは不思議に思ってた。肉を食べてるから多分ヒューマンなんだろうけど」

『自分で言うのもなんですが、私と契約できるエルフ自体がおいそれといるはずがないのですよ。ましてや雷神と同時に契約するなんて、脅威どころの話じゃありませんね。帝国が滅ぶ理由があなたにあると言っても過言じゃないと思っています』

「そんな大袈裟な」

『大袈裟じゃないです。あなたがそんなことしないとわかっていますが、万が一が来て<狂戦士の襟巻き>を使った時にあなたは世界を滅ぼしてしまいかねない』

 言われて初めて気づいた。
 あんな制御不能なアイテムできるだけ使いたくないし、クレやミラが強いから使う機会も早々こないと思っていたけど、一つ使う可能性がある。
 クレやミラを失った時だ。
 俺はおそらく躊躇わずに使うだろう。
 ガリガリのこの身体でもかなり強力な力を出せた。
 鍛え上げた健康体ではどれだけの力が出るかは、最早測りきれない。
 たしかに滅ぼすことも可能だろう。
 そのことをクレは危惧していてくれたのだ。

『私やミラを殺せるほどの逸材がこの国にいるかはわかりませんが、あり過ぎた力を持っていても、絶対に裏切らない名声を手に入れるまでは公にしないことを勧めます』

「あぁ、気をつけるよ」

「天寿全うするんでしょ?これから世界の常識を学んで行こうね」

「それはブーメランじゃないか?二人とも俺を乗せて酔わせたこと忘れてないよな」

 二人とも目を逸らした。
 おい!
 これだけ俺のこと考えてくれてたってことは、あれはわざとか!
 くっそぉ!
 覚えてろよ。

「ナスタ、契約。こいつらみたいに俺をからかってくれるなよ」

『はいっ!』

 俺はそう言って手を差し出して、ナスタが口付けを行う。
 すると胸から光が立ち始めた。
 紋章は今度は胸に刻まれたか。

『契約魔法は終わりましたね。じゃあ失礼しますよ』

 クレはそういうと、胸をペタペタ触りミラの首に同じ紋章を貼り付けた。

「すごいなこれ」

『投影魔法です。これで私が死ぬか解除するまでは、ミラにも紋章が浮き出ます。そして幻影魔法でミライとナスタリウムの紋章を見えなくすれば完璧ですね』

 何が完璧なんだろう?
 消えてないじゃん

「ボクの紋章は見えなくなってないよ?ナスタのは消えたけど」

『え、ミライ様の紋章は消えましたが僕のは残ってます』

『紋章は契約の証です。当人同士には幻影魔法をかけて見えてしまう物なのですよ』

 なるほど、だから俺は二人の紋章が見えてるわけね。
 自分で見えないことには不安を覚えるけど、クレがやったことに間違いはないだろうし、安心しておこう。

『しかし適正が全くない影魔法を使うのは疲れました。少し休みます』

「わっ、クレ!」

 身体を傾けて落ちるクレをキャッチする。
 クレは寝息を立て始めていた。

「俺のためにありがとなクレ」

「キュゥゥゥ~」

 返事か寝言かわからない様な声を上げて、クレはしばらく眠りについた。
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