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三章
ジノアの過去②
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ジノアは起きてから宮殿が騒がしいことに気づく。
使用人があっちらこっちらと、走り回っている。
「セバス、これは一体何事?」
「これはジノア様。今朝方、エフィマン家の侯爵令嬢が襲われたと言う報告がありました」
「え!?あのエフィマン家の!?」
エフィマン家の侯爵令嬢と言えば、領地経営の手腕で有名で長男や次男を差し置いて次期侯爵当主と言われている女性だと思い出すジノア。
それは恐らく彼女を疎ましく思う者の実行だろうと思った。
何故ならエフィマン家はドブさらいと言われる貴族と平民は同じ人間として、平民に対して手厚い援助をする貴族だからだ。
そのため敵が多いから、どこかの別の貴族の仕業で見つかるのも時間の問題。
しかし正しい行動をする人間が不幸な目に遭うのは、この国も末だとジノアは嘆いた。
「どうやら薬も盛られていたようで、今は意識を失っている状況になっております」
「そっか。心配だね」
「はい。ですが、ジノア様には公務がございます。こちらへ」
「あぁそうだね。さっきまでは公務が終わったらアルアとデートを行えると思ったけど、そんな気分にはなれそうにないな」
「ジノア様の慈悲の念痛み入ります」
セバスはそういうと、ジノアを今日視察に向かう馬車へと案内する。
そこではガランと皇子付きの騎士ホウエルが腕を組んで待っていた。
「遅いぞジノア」
「申し訳ございません兄上」
「ふぁぁぁああ。ガラン様。向かいましょう。僕、寝不足で眠いんですよ」
「そうだな。セバス」
「御意」
セバスはジノアの目配せされ、姿を変える。
その姿は甲冑を纏い、腰に剣を納刀している。
ジノアの専属執事であるセバスは表の姿。
セバスは皇子付きの騎士でもあった。
「ふんっ」
「セバスのおっさんは執事もやってて仕事熱心だなぁ」
「ホウエルが仕事を真面目にしないから悪いんじゃ無いかな」
「よし、皇子様方は馬車に乗りましたよ。御者達よ。馬車を出せ」
セバスの合図と共に馬車が動き出す。
向かう先はシャルネ公爵領であり、ジノアの最愛の婚約者が居る場所だ。
「今日は公爵領で税を支払っていない人物がいないかの視察調査だ。皇族としての自覚を持って事に当たるように」
「わかりました」
ジノアは皇族としての自覚とはなんだろうかと思った。
アルバートとガランは貴族至上主義寄りの人間だ。
「ジノア様、お茶菓子です。心を落ち着けてはどうでしょう」
「ありがとうセバス」
感情の起伏を外面には出さないジノアだが、内心では憤りを覚えている。
彼らは祖父のような愚帝にでもなるつもりなのだろうかと。
「おいおいセバス~。まるでジノア様がガラン様に対してイライラしてるみたいじゃん」
「さぁどうでしょうね。私にはわかりかねます」
「これは皇族への不敬罪とみて断罪してもいいよなガラン様ぁ」
「勝手にしろ」
「よっしゃぁ!オラァ!」
しかしホウエルが腰から抜こうとした剣が、鞘から抜けることは無い。
セバスが予め魔法を使用していたからだ。
「甘いですよ」
「くっ!万物を固定させる魔法かよ」
セバスの持ち精霊は下級精霊のピクシー。
風属性のピクシーで、魔法は一見使い途が少ないと言えるが、風魔法を上手く使いモノの位置を固定させる技術をセバスは身につけていた。
「あなたは未熟なのです」
「この爺が!」
「ホウエル。うるさくするな」
「ちっ。申し訳ございません」
ガランの声とと共に、再び席に着くホウエル。
そのあとは四人全員、何も発すること無くシャルネ公爵領へと辿り着いた。
「ジノア様!」
「アルア!」
ジノアとアルアは抱き着く。
アルアは普段は宮殿で寝食を共にしているが、視察先が実家と言うこともあり一足早く公爵領へと戻っていた。
一日ぶりとなるが、ジノアとアルアはまるでずっと離れていたかのように、再会を喜びあう。
「寂しかったわジノア様」
「僕もだよ。普段毎日顔を合わせてるから、君が一日いないだけでありがたみを深く感じることができた」
「茶番は止せ。さっさと荷物を置いて視察に行くぞ」
「わかった兄上。アルアもついてくるかい?」
「行きます!」
アルアはもう行く気があったのか、ドレスは動きやすいタイプのモノを選んで着ていた。
何を着ても似合うと思ってるジノアだが、アルアは比較的控えめのドレスの方が似合うと思っているので嬉しかった。
荷物をすべて置くと、ジノアはアルアと手を繋いで視察に向かった。
街に着けば、ガランとジノアが来ることを知っていた領民達が手厚く歓迎をしてくれた。
そして一人一人の話を聞いていて、領主に告げる改善案を記していけば、時間はあっという間に過ぎていき気づけば日が暮れていた。
「皆さまちゃんと税収を納めていて素晴らしいですね。僕達皇族も、皆さまの税で暮らしてる以上、より精進して国を良くして生きたいと思っております」
「ジノア様のおかげで、他の領地でも平民達の人権が強くなってきてるって聞いてます!これからも頑張って下さい!」
「ジノア様、アルア様!お幸せにどうぞ!」
ジノアとアルアの領民達の評価は、最早他領地にまで及ぶほどとなっていた。
公爵家や侯爵家に、平民達を虐げ過ぎないようにジノアが注意勧告を入れていたからだ。
そのため領民達の評価は比較的に高い。
相談やすべての視察を終え、シャルネ公爵邸へと戻ってきたジノア達。
一泊して、明日の朝に帝都宮殿に帰還の予定だ。
「二人ともお疲れ様でした。食事の準備が出来ていますのでこちらへどうぞ」
二人の皇子に対してそう振る舞うのは、ラーフェミア・フォン・シャルネ。
アルアの母親で、愛称はラミア。
公爵家では珍しく、料理はラミアを筆頭にして準備している。
そのため母親の味というモノを、貴族ながらに体験しているアルアとジノア。
ジノアは何度も公爵邸に訪れているので、ラミアの料理を楽しみにしていた。
「ラミアさん。今日はご相伴にあずからせていただきます」
「そんな堅くならなくていいのよ」
「そうだぞジノア。皇族としてもっと大きく振る舞え。公爵も皇族より下の階級なんだからな」
ガランの全く相手を気づかわない態度に、ジノアは眉を寄せる。
たしかに皇族は何をしても許される立場ではあるが、何をしても良いと言うことではなかった。
マナーを守るのは皇族以前に人としての常識だ。
そのことにアルバートもガランも自覚がないので、ジノアは頭を抱える。
「すいませんラミアさん」
ラミアは苦笑いして、ジノアの耳元に顔を寄せる。
「大丈夫よジノアくん。今日はお兄さんを立ててあげてね」
「ラミアさんがそういうのなら」
「ジノア様、行きましょう。お母様の料理、久しぶりで楽しみでしょう?」
「あ、あぁそうだな。気を取り直して行こう」
「ふふっ、二人とも仲が良さそうで何よりね」
アルアがジノアを引っ張り領邸へと入っていく姿を後ろからゆっくりと見るラミア。
将来の義理の息子をみて、将来を楽しみにしていた。
そして着替えを済ませて会食の場に着くと、先に席に着いていた公爵現当主の姿があった。
やはりガランは何を言わずに席を着く。
「さぁさぁ、冷めないうちにお召し上がり下さい。こちらの料理は私の妻が作っているため、毒物の心配をしなくても結構でございますよ」
そう笑うのはシャルネ公爵現当主、パルファム・フォン・シャルネ。
パルファムもまた、ドブさらいと蔑まれる貴族の一人ではあるが、貴族としての矜恃も理解しているため政敵も少ない珍しい貴族だった。
「パルファムさん。本日は宿泊させていただきありがとうございます」
「良いのですよジノア様。公爵家として皇族の頼みを聞くのは義務ですからな」
「そうだ。公爵は良いことを言う。もう少し皇族として振る舞ったらどうだジノア」
ここでもガランクオリティは変わらない。
寧ろ不機嫌な所為で口調が強まる。
「あはは・・兄上お戯れを。ここは会食の場なので、ひとまず公務はおいておきましょう」
「ふんっ」
そういうと席に着き食事を始めた。
これ以上火を広げるわけにも行かないので、全員黙って食事に手を着け始めた。
そしてガランを置いて、パルファムとラミアはジノアにあれやこれやと、アルアとの関係を聞き始めた。
義両親となる二人に、結構きわどいラインまで聞かれたので対応に困ったジノア。
さすがに手を繋いだり、部屋で接吻を交わしたりくらいは経験があるというと、メイドも含めて盛り上がっていた。
ガランは終始不機嫌で、ホウエルとセバスは入り口で無言で目を瞑っていた。
そしてジノアがパルファムに、領民達の不平不満などからまとめた改善案を伝える。
「以上のことから少し娯楽が不足してるように見えます。商会へどうにか融通を利かせてもらえたりしませんか?」
領民達は主に、お金を稼いでも食料調達と税を納めることにしか使えないという。
この公爵領は田舎では無いが、帝都から少し遠い。
そのため娯楽施設が多い帝都に行かなければ、お金の使い道は少ないのだ。
「ふむ。今、発展している地の商人に頼み込んでみよう」
「ありがとうございます。差し出がましいですが、それはアルゴノート家の?」
ジノアは昨日の夜に見た資料でアルゴノート領では、ボードゲームとなるものを作成していたり、トランプという貴重な紙を使った娯楽物を作成し、安値で売りさばいているというものがあった。
発展してる土地と言うのだから、恐らくアルゴノート領のことだろうとジノアは推測した。
「あぁ。男爵家なのに大した物だ。他の男爵家も見習ってほしいものですね」
「貴族が商売とは」
「えぇガラン様。今時は貴族も商売に手を出して、領地を改革して行くモノなのですよ」
「くだらん。貴族らしくない。気に入らんな」
ガランはアルゴノート領が貴族として商売に手を出したことを、貴族の恥だとまで思っていた。
さすがに、アルゴノート領の改革はドブさらいと言われる者達に取っては、革命に近いため少しだけムッとした顔をしたパルファムだったが、すぐに顔を取り繕う。
「そうだ。ジノア様、アルア。二人は今日は一緒に寝ますか?」
すかさず公爵夫人であるラミアがフォローを入れる。
本来であればそれは、ジノアや側近のホウエルの仕事なのだが、いち早く気づいたラミアが話を二人に振った。
「あ、え、えっと・・・」
「そうですね。アルア、今日の夜は君の部屋に行ってもいいかい?」
そのフォローを無駄にしないためにも、言いよどむアルアに変わりジノアが彼女を部屋に誘った。
もちろん下心も無かったわけではないジノアだったが、皇族と公爵家の身分である以上婚姻前にそう言った行為を行うわけには行かないが。
「も、もちろんですわ。寝るまでお話ししましょー!」
「アルアとジノア様の仲は良好ですな。ふぁっはっは」
一人娘であるアルアを溺愛し、ジノアが公爵家に婿いるすると聞いてジノアも可愛がっている男だ。
「では今日は二人は同じ部屋にさせていただきましょう」
「ふんっ。間違いを起こして皇族の恥にならないことだな」
ガランは見るからに不機嫌だった。
この公爵領では、ガランよりもジノアの方が馴染み深い。
何故なら婚約者の実家だからだ。
更に加えて、ガランの明らかな平民を見下した態度に領民達は腹を立てており、明らかに態度が違ったため注意をしたのだが、それをジノアに宥められてしまったのだ。
そのため立つ瀬が無いガランは、ジノアに対して八つ当たりにも近い行為を行っていた。
「兄上!公爵達に失礼だ」
「皇族なんだ。もっと堂々としろ。俺は私室に戻るぞ」
席を立ち、宿泊予定の部屋へとホウエルと共に戻っていくガラン。
ガランの横暴ッぷりは今に始まったことじゃない。
貴族至上主義でアルバート至上主義の彼は、それ以外の人間は彼に跪くのが当たり前と言うこと。
そしてその血縁者であるジノアも、それ相応の態度を取るのが当然で、母と同じ様に平民を大事にする考えを持つジノアを、ガランは軽蔑の眼差しで見ていた。
そんなガランのことをジノアもまた侮蔑を見る視線を向けていたが、ガランは気づかない。
「すいません公爵。うちの兄が」
「いや皇族とは本来あぁ言うのが普通なのだろう。エルーザ様やジノア様が例外なんですぞ」
「そうかもしれません。だから兄たちが皇太子になるのが不安もあります」
「たしかに。しかしながら、お二人も成人すればいやでもまともになるはずですよ」
「そうだと良いのですが・・・」
さすがに皇族が、民は自分達のためにあると言う考えを持つのが許されるのは、成人する15歳までだろう。
それ以上はさすがに感化出来なくなるだろう。
かといって二人が廃嫡されれば自分に皇太子の座が来てしまう。
そうすると、跡取りもいないシャルネ家との縁談は白紙に戻される可能性が高い。
政略とは言え、もうジノアはアルア無しの生活を考えてはいないので、ごめん被りたかった。
「僕は公爵家に嫁ぎたい。と言うよりアルアと結婚したいから、皇太子にはなりたくない・・・かな」
「ジノア様ぁ!」
アルアがジノアに抱きつく。
家族だけとはいえ淑女にとっては余りよろしくない。
「おいおいアルア。まだ君達は籍を入れてないんだぞ」
「でももうほぼ決定してることなのでしょう?それに私はアルア様を愛していますし、アルア様は私を愛してくれています。これはもう結婚以外選択肢はないでしょう?」
「はっはっはっ。そうですな。ジノア様が息子になる人を快く楽しみに思っていますよ」
その後も絶え間ない笑顔と共に会食が続いた。
明日にはその笑顔が無くなっているとは、この時は誰も想像していなかった。
*
会食を終え、公爵の晩酌に付き合わされたあと廊下を歩いているジノア。
今夜、ジノアはアルアと初めてのお泊まり会を行うのだ。
今までと宿泊したことはあったが、一緒の部屋で寝るのは初めてであった。
もちろん、婚姻前で間違いが無いようにシャルネ公爵家の騎士とセバスが部屋で警護に着く。
元々無責任に手を出す気もないので、ジノアはアルアとともに同じベッドで寝れること自体を喜んでいた。
「アルアと話して今日は夜更かししちゃうかもしれないから、明日は起こしてねセバス」
「もちろんにございます」
ウキウキ足で部屋につき、今日も出ている課題に手を付ける。
家庭教師から命じられている宿題は、例え公務中でも手を付けないと行けないほどの量で、ジノアには休んでる暇がないのだ。
「少し休まれてはどうでしょう?」
「僕は不出来だから人一倍頑張らないと。いずれはこの領地も僕が管理しないといけなくなるわけだし」
「ほどほどにしてくださいね。それでは私はメイド達に湯浴みの準備をさせてきます」
「あぁ、ありがとね」
それから小一時間ほどで、家庭教師から出された課題を片付け、メイド達に湯浴みの手伝いをしてもらったあと、再び部屋に戻ったところで事件は起きた。
「よし気持ちもすっきりしたところで、アルアを待とうかな」
「ですな。アルア様もおそらく湯浴み後です。万が一でも襲わないようにお気をつけ下さいね」
「わかってるよ」
セバスが後ろで追随しながら小言を言うので、ジノアは不適されながら歩みを早めた。
セバスも慌てて速度を速める。
しかし突如立ちくらみが起きる。
これは覚えがあった。
ジノアも皇子であり、何度か毒殺されかけたり誘拐されかけたりしたことがある。
これは薬による睡眠作用だ。
しかしいつ盛られたのか、わからない。
これは食事に入っているはずで、普通なら1時間もしなうちに回るような薬物だというのに。
だとすれば空気中に睡眠作用がある薬物を撒かれた可能性があった。
そしてこの家の人間がそんなことするとは思えない。
つまり犯人は近しい人間。
その中でやりかねない人物と言えばガランしかジノアには思いつかなかった。
ここで寝たら、彼の思うつぼだと意識を手放さないようにするが、耐性を持つ皇族を狙っての行動だ。
そんな気合いでどうこうなるレベルじゃないだろう。
そう言った点でも犯人は皇族に近い人間と言うことは明らかだった。
「せ、ばす・・・」
しかしその声を応える者はいない。
意識が朦朧としてるため、セバスがどういう状況なのかはわからない。
しかし意識を手放している可能性が高いだろう。
同じ食事をセバスも口にしているし、この場に一緒にいたならば同じ様に睡眠薬の作用を受けているからだ。
そしてジノアは意識を手放した。
使用人があっちらこっちらと、走り回っている。
「セバス、これは一体何事?」
「これはジノア様。今朝方、エフィマン家の侯爵令嬢が襲われたと言う報告がありました」
「え!?あのエフィマン家の!?」
エフィマン家の侯爵令嬢と言えば、領地経営の手腕で有名で長男や次男を差し置いて次期侯爵当主と言われている女性だと思い出すジノア。
それは恐らく彼女を疎ましく思う者の実行だろうと思った。
何故ならエフィマン家はドブさらいと言われる貴族と平民は同じ人間として、平民に対して手厚い援助をする貴族だからだ。
そのため敵が多いから、どこかの別の貴族の仕業で見つかるのも時間の問題。
しかし正しい行動をする人間が不幸な目に遭うのは、この国も末だとジノアは嘆いた。
「どうやら薬も盛られていたようで、今は意識を失っている状況になっております」
「そっか。心配だね」
「はい。ですが、ジノア様には公務がございます。こちらへ」
「あぁそうだね。さっきまでは公務が終わったらアルアとデートを行えると思ったけど、そんな気分にはなれそうにないな」
「ジノア様の慈悲の念痛み入ります」
セバスはそういうと、ジノアを今日視察に向かう馬車へと案内する。
そこではガランと皇子付きの騎士ホウエルが腕を組んで待っていた。
「遅いぞジノア」
「申し訳ございません兄上」
「ふぁぁぁああ。ガラン様。向かいましょう。僕、寝不足で眠いんですよ」
「そうだな。セバス」
「御意」
セバスはジノアの目配せされ、姿を変える。
その姿は甲冑を纏い、腰に剣を納刀している。
ジノアの専属執事であるセバスは表の姿。
セバスは皇子付きの騎士でもあった。
「ふんっ」
「セバスのおっさんは執事もやってて仕事熱心だなぁ」
「ホウエルが仕事を真面目にしないから悪いんじゃ無いかな」
「よし、皇子様方は馬車に乗りましたよ。御者達よ。馬車を出せ」
セバスの合図と共に馬車が動き出す。
向かう先はシャルネ公爵領であり、ジノアの最愛の婚約者が居る場所だ。
「今日は公爵領で税を支払っていない人物がいないかの視察調査だ。皇族としての自覚を持って事に当たるように」
「わかりました」
ジノアは皇族としての自覚とはなんだろうかと思った。
アルバートとガランは貴族至上主義寄りの人間だ。
「ジノア様、お茶菓子です。心を落ち着けてはどうでしょう」
「ありがとうセバス」
感情の起伏を外面には出さないジノアだが、内心では憤りを覚えている。
彼らは祖父のような愚帝にでもなるつもりなのだろうかと。
「おいおいセバス~。まるでジノア様がガラン様に対してイライラしてるみたいじゃん」
「さぁどうでしょうね。私にはわかりかねます」
「これは皇族への不敬罪とみて断罪してもいいよなガラン様ぁ」
「勝手にしろ」
「よっしゃぁ!オラァ!」
しかしホウエルが腰から抜こうとした剣が、鞘から抜けることは無い。
セバスが予め魔法を使用していたからだ。
「甘いですよ」
「くっ!万物を固定させる魔法かよ」
セバスの持ち精霊は下級精霊のピクシー。
風属性のピクシーで、魔法は一見使い途が少ないと言えるが、風魔法を上手く使いモノの位置を固定させる技術をセバスは身につけていた。
「あなたは未熟なのです」
「この爺が!」
「ホウエル。うるさくするな」
「ちっ。申し訳ございません」
ガランの声とと共に、再び席に着くホウエル。
そのあとは四人全員、何も発すること無くシャルネ公爵領へと辿り着いた。
「ジノア様!」
「アルア!」
ジノアとアルアは抱き着く。
アルアは普段は宮殿で寝食を共にしているが、視察先が実家と言うこともあり一足早く公爵領へと戻っていた。
一日ぶりとなるが、ジノアとアルアはまるでずっと離れていたかのように、再会を喜びあう。
「寂しかったわジノア様」
「僕もだよ。普段毎日顔を合わせてるから、君が一日いないだけでありがたみを深く感じることができた」
「茶番は止せ。さっさと荷物を置いて視察に行くぞ」
「わかった兄上。アルアもついてくるかい?」
「行きます!」
アルアはもう行く気があったのか、ドレスは動きやすいタイプのモノを選んで着ていた。
何を着ても似合うと思ってるジノアだが、アルアは比較的控えめのドレスの方が似合うと思っているので嬉しかった。
荷物をすべて置くと、ジノアはアルアと手を繋いで視察に向かった。
街に着けば、ガランとジノアが来ることを知っていた領民達が手厚く歓迎をしてくれた。
そして一人一人の話を聞いていて、領主に告げる改善案を記していけば、時間はあっという間に過ぎていき気づけば日が暮れていた。
「皆さまちゃんと税収を納めていて素晴らしいですね。僕達皇族も、皆さまの税で暮らしてる以上、より精進して国を良くして生きたいと思っております」
「ジノア様のおかげで、他の領地でも平民達の人権が強くなってきてるって聞いてます!これからも頑張って下さい!」
「ジノア様、アルア様!お幸せにどうぞ!」
ジノアとアルアの領民達の評価は、最早他領地にまで及ぶほどとなっていた。
公爵家や侯爵家に、平民達を虐げ過ぎないようにジノアが注意勧告を入れていたからだ。
そのため領民達の評価は比較的に高い。
相談やすべての視察を終え、シャルネ公爵邸へと戻ってきたジノア達。
一泊して、明日の朝に帝都宮殿に帰還の予定だ。
「二人ともお疲れ様でした。食事の準備が出来ていますのでこちらへどうぞ」
二人の皇子に対してそう振る舞うのは、ラーフェミア・フォン・シャルネ。
アルアの母親で、愛称はラミア。
公爵家では珍しく、料理はラミアを筆頭にして準備している。
そのため母親の味というモノを、貴族ながらに体験しているアルアとジノア。
ジノアは何度も公爵邸に訪れているので、ラミアの料理を楽しみにしていた。
「ラミアさん。今日はご相伴にあずからせていただきます」
「そんな堅くならなくていいのよ」
「そうだぞジノア。皇族としてもっと大きく振る舞え。公爵も皇族より下の階級なんだからな」
ガランの全く相手を気づかわない態度に、ジノアは眉を寄せる。
たしかに皇族は何をしても許される立場ではあるが、何をしても良いと言うことではなかった。
マナーを守るのは皇族以前に人としての常識だ。
そのことにアルバートもガランも自覚がないので、ジノアは頭を抱える。
「すいませんラミアさん」
ラミアは苦笑いして、ジノアの耳元に顔を寄せる。
「大丈夫よジノアくん。今日はお兄さんを立ててあげてね」
「ラミアさんがそういうのなら」
「ジノア様、行きましょう。お母様の料理、久しぶりで楽しみでしょう?」
「あ、あぁそうだな。気を取り直して行こう」
「ふふっ、二人とも仲が良さそうで何よりね」
アルアがジノアを引っ張り領邸へと入っていく姿を後ろからゆっくりと見るラミア。
将来の義理の息子をみて、将来を楽しみにしていた。
そして着替えを済ませて会食の場に着くと、先に席に着いていた公爵現当主の姿があった。
やはりガランは何を言わずに席を着く。
「さぁさぁ、冷めないうちにお召し上がり下さい。こちらの料理は私の妻が作っているため、毒物の心配をしなくても結構でございますよ」
そう笑うのはシャルネ公爵現当主、パルファム・フォン・シャルネ。
パルファムもまた、ドブさらいと蔑まれる貴族の一人ではあるが、貴族としての矜恃も理解しているため政敵も少ない珍しい貴族だった。
「パルファムさん。本日は宿泊させていただきありがとうございます」
「良いのですよジノア様。公爵家として皇族の頼みを聞くのは義務ですからな」
「そうだ。公爵は良いことを言う。もう少し皇族として振る舞ったらどうだジノア」
ここでもガランクオリティは変わらない。
寧ろ不機嫌な所為で口調が強まる。
「あはは・・兄上お戯れを。ここは会食の場なので、ひとまず公務はおいておきましょう」
「ふんっ」
そういうと席に着き食事を始めた。
これ以上火を広げるわけにも行かないので、全員黙って食事に手を着け始めた。
そしてガランを置いて、パルファムとラミアはジノアにあれやこれやと、アルアとの関係を聞き始めた。
義両親となる二人に、結構きわどいラインまで聞かれたので対応に困ったジノア。
さすがに手を繋いだり、部屋で接吻を交わしたりくらいは経験があるというと、メイドも含めて盛り上がっていた。
ガランは終始不機嫌で、ホウエルとセバスは入り口で無言で目を瞑っていた。
そしてジノアがパルファムに、領民達の不平不満などからまとめた改善案を伝える。
「以上のことから少し娯楽が不足してるように見えます。商会へどうにか融通を利かせてもらえたりしませんか?」
領民達は主に、お金を稼いでも食料調達と税を納めることにしか使えないという。
この公爵領は田舎では無いが、帝都から少し遠い。
そのため娯楽施設が多い帝都に行かなければ、お金の使い道は少ないのだ。
「ふむ。今、発展している地の商人に頼み込んでみよう」
「ありがとうございます。差し出がましいですが、それはアルゴノート家の?」
ジノアは昨日の夜に見た資料でアルゴノート領では、ボードゲームとなるものを作成していたり、トランプという貴重な紙を使った娯楽物を作成し、安値で売りさばいているというものがあった。
発展してる土地と言うのだから、恐らくアルゴノート領のことだろうとジノアは推測した。
「あぁ。男爵家なのに大した物だ。他の男爵家も見習ってほしいものですね」
「貴族が商売とは」
「えぇガラン様。今時は貴族も商売に手を出して、領地を改革して行くモノなのですよ」
「くだらん。貴族らしくない。気に入らんな」
ガランはアルゴノート領が貴族として商売に手を出したことを、貴族の恥だとまで思っていた。
さすがに、アルゴノート領の改革はドブさらいと言われる者達に取っては、革命に近いため少しだけムッとした顔をしたパルファムだったが、すぐに顔を取り繕う。
「そうだ。ジノア様、アルア。二人は今日は一緒に寝ますか?」
すかさず公爵夫人であるラミアがフォローを入れる。
本来であればそれは、ジノアや側近のホウエルの仕事なのだが、いち早く気づいたラミアが話を二人に振った。
「あ、え、えっと・・・」
「そうですね。アルア、今日の夜は君の部屋に行ってもいいかい?」
そのフォローを無駄にしないためにも、言いよどむアルアに変わりジノアが彼女を部屋に誘った。
もちろん下心も無かったわけではないジノアだったが、皇族と公爵家の身分である以上婚姻前にそう言った行為を行うわけには行かないが。
「も、もちろんですわ。寝るまでお話ししましょー!」
「アルアとジノア様の仲は良好ですな。ふぁっはっは」
一人娘であるアルアを溺愛し、ジノアが公爵家に婿いるすると聞いてジノアも可愛がっている男だ。
「では今日は二人は同じ部屋にさせていただきましょう」
「ふんっ。間違いを起こして皇族の恥にならないことだな」
ガランは見るからに不機嫌だった。
この公爵領では、ガランよりもジノアの方が馴染み深い。
何故なら婚約者の実家だからだ。
更に加えて、ガランの明らかな平民を見下した態度に領民達は腹を立てており、明らかに態度が違ったため注意をしたのだが、それをジノアに宥められてしまったのだ。
そのため立つ瀬が無いガランは、ジノアに対して八つ当たりにも近い行為を行っていた。
「兄上!公爵達に失礼だ」
「皇族なんだ。もっと堂々としろ。俺は私室に戻るぞ」
席を立ち、宿泊予定の部屋へとホウエルと共に戻っていくガラン。
ガランの横暴ッぷりは今に始まったことじゃない。
貴族至上主義でアルバート至上主義の彼は、それ以外の人間は彼に跪くのが当たり前と言うこと。
そしてその血縁者であるジノアも、それ相応の態度を取るのが当然で、母と同じ様に平民を大事にする考えを持つジノアを、ガランは軽蔑の眼差しで見ていた。
そんなガランのことをジノアもまた侮蔑を見る視線を向けていたが、ガランは気づかない。
「すいません公爵。うちの兄が」
「いや皇族とは本来あぁ言うのが普通なのだろう。エルーザ様やジノア様が例外なんですぞ」
「そうかもしれません。だから兄たちが皇太子になるのが不安もあります」
「たしかに。しかしながら、お二人も成人すればいやでもまともになるはずですよ」
「そうだと良いのですが・・・」
さすがに皇族が、民は自分達のためにあると言う考えを持つのが許されるのは、成人する15歳までだろう。
それ以上はさすがに感化出来なくなるだろう。
かといって二人が廃嫡されれば自分に皇太子の座が来てしまう。
そうすると、跡取りもいないシャルネ家との縁談は白紙に戻される可能性が高い。
政略とは言え、もうジノアはアルア無しの生活を考えてはいないので、ごめん被りたかった。
「僕は公爵家に嫁ぎたい。と言うよりアルアと結婚したいから、皇太子にはなりたくない・・・かな」
「ジノア様ぁ!」
アルアがジノアに抱きつく。
家族だけとはいえ淑女にとっては余りよろしくない。
「おいおいアルア。まだ君達は籍を入れてないんだぞ」
「でももうほぼ決定してることなのでしょう?それに私はアルア様を愛していますし、アルア様は私を愛してくれています。これはもう結婚以外選択肢はないでしょう?」
「はっはっはっ。そうですな。ジノア様が息子になる人を快く楽しみに思っていますよ」
その後も絶え間ない笑顔と共に会食が続いた。
明日にはその笑顔が無くなっているとは、この時は誰も想像していなかった。
*
会食を終え、公爵の晩酌に付き合わされたあと廊下を歩いているジノア。
今夜、ジノアはアルアと初めてのお泊まり会を行うのだ。
今までと宿泊したことはあったが、一緒の部屋で寝るのは初めてであった。
もちろん、婚姻前で間違いが無いようにシャルネ公爵家の騎士とセバスが部屋で警護に着く。
元々無責任に手を出す気もないので、ジノアはアルアとともに同じベッドで寝れること自体を喜んでいた。
「アルアと話して今日は夜更かししちゃうかもしれないから、明日は起こしてねセバス」
「もちろんにございます」
ウキウキ足で部屋につき、今日も出ている課題に手を付ける。
家庭教師から命じられている宿題は、例え公務中でも手を付けないと行けないほどの量で、ジノアには休んでる暇がないのだ。
「少し休まれてはどうでしょう?」
「僕は不出来だから人一倍頑張らないと。いずれはこの領地も僕が管理しないといけなくなるわけだし」
「ほどほどにしてくださいね。それでは私はメイド達に湯浴みの準備をさせてきます」
「あぁ、ありがとね」
それから小一時間ほどで、家庭教師から出された課題を片付け、メイド達に湯浴みの手伝いをしてもらったあと、再び部屋に戻ったところで事件は起きた。
「よし気持ちもすっきりしたところで、アルアを待とうかな」
「ですな。アルア様もおそらく湯浴み後です。万が一でも襲わないようにお気をつけ下さいね」
「わかってるよ」
セバスが後ろで追随しながら小言を言うので、ジノアは不適されながら歩みを早めた。
セバスも慌てて速度を速める。
しかし突如立ちくらみが起きる。
これは覚えがあった。
ジノアも皇子であり、何度か毒殺されかけたり誘拐されかけたりしたことがある。
これは薬による睡眠作用だ。
しかしいつ盛られたのか、わからない。
これは食事に入っているはずで、普通なら1時間もしなうちに回るような薬物だというのに。
だとすれば空気中に睡眠作用がある薬物を撒かれた可能性があった。
そしてこの家の人間がそんなことするとは思えない。
つまり犯人は近しい人間。
その中でやりかねない人物と言えばガランしかジノアには思いつかなかった。
ここで寝たら、彼の思うつぼだと意識を手放さないようにするが、耐性を持つ皇族を狙っての行動だ。
そんな気合いでどうこうなるレベルじゃないだろう。
そう言った点でも犯人は皇族に近い人間と言うことは明らかだった。
「せ、ばす・・・」
しかしその声を応える者はいない。
意識が朦朧としてるため、セバスがどういう状況なのかはわからない。
しかし意識を手放している可能性が高いだろう。
同じ食事をセバスも口にしているし、この場に一緒にいたならば同じ様に睡眠薬の作用を受けているからだ。
そしてジノアは意識を手放した。
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