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三章

信用できる者の条件

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 俺達は侯爵領に向かって馬車を走らせている。

「改めまして私はジノア様の元執事でセバス・グンソクと申します。現在は実家のあった場所で、ひっそり隠居暮らしをしております」

 セバスさんは俺達に深々と頭を下げる。

「これはご丁寧にどうも。俺はリアス・フォン・アルゴノートです」

「ミライ・フォン・アルゴノートです」

 そしてイルミナ、グレイ、グレシア、アルナ、バルドフェルド先輩と全員自己紹介を終えた。
 本題はここからだ。

「ジノア、どうしてこのタイミングでセバスさんを紹介するんだ?」

「実はセバスも僕が皇位に戻ったことを聞きつけて、皇太子になるための協力をしてくれるって言うんだ」

「微力ながら、力を貸すことが出来れば良いかと」

 実家で隠居暮らししてたって言ってなかったか?
 この人の実家は田舎じゃ無いのか。
 見た目で人を判断するのは失礼だが、どう見ても田舎で隠居しそうな風貌してるのに。

「じゃあ殿下は彼を執事に据えるのですか?」

 あぁ、先輩知らないのか。
 先輩はジノアが皇族に復帰するために、陛下に出された条件に引っかかるからそれはあり得ない。

「それは母上が許さない。僕が皇族に復帰する条件として、今までいた側近に仕えさせないことを条件としてるからね。セバスには有事の際の護衛でもやってもらおうかと思って」

 ジノアが皇族に復帰するために陛下から課せられた条件が三つあったらしい。
 一つ目は自分の無実を証明すること。
 まだ完全に無実を証明出来ていないが、事実もまた証明出来ないため保留となってる。
 二つ目は皇族に復帰したことを公表するのは、皇太子が誕生するまでしないこと。
 これを破った場合はいかなる状況でも皇族には戻さないらしい。
 それはジノアが皇太子になるとなった場合は、その時点で公表するらしい。
 三つ目は当時の使用人や側近を再び懐に入れないこと。
 これはもしジノアが令嬢達を襲ってないとすれば、近くにいた人物が疑わしいかららしい。
 まぁ俺達はガランがやったとみてるが・・・実際はどうだったんだろうな。

「へぇ、リアス達は何も言わないって事は知ってたのか?」

「えぇ」

「もしそれを破ったらどうなるんだ?」

「ジノアは皇族では無くなるだけです。まぁジノアが嘘でも吐いてない限り、条件は全部クリア出来ますからね」

「ジノアは嘘を吐いてないもんね」

「まぁ我々に対して嘘を吐ける胆力があるとも思えませんが」

「おい2人とも。ジノア、涙目になってるぞ」

 年下泣かせるなよ。 
 嘘吐いてるとか疑われるのもトラウマになってるんだから。
 俺は別にジノアを攻めるために言ったわけじゃないのに。

「お前もすぐ泣くな。男だろ」

「リアスみたいに僕は強くないんだ!」

「へいへい。ところで、自己紹介するためだけにみんなを連れて来たわけじゃ無いんだろ?」

「いや、自己紹介するために連れてきただけだよ?」

「は?」

 え、それだけってことはみんなを連れてきたのは、領地に行くのと全く関係ない?
 俺が寂しくこいつと領地に行く生活しなくてよかっただろ。
 な、ん、で、だ、よ!
 わかるよ?皇族という立場に戻りたいために少数の護衛で媚びを売ってると思わせて、失礼の無いように少数で来たと思わせるためにそうしてるのは。
 でも別にミラを連れてくるくらいよかっただろうがっ!

「あ、セバスじゃないよ」

「それを、先に言えよっ!」

「よっ、ノリツッコミ~」

「グレイ、リアスは今ピリピリしてるから下手に煽ると・・・」

 あぁ、もう時既に遅しだ。
 俺はグレイの顔面を鷲づかみにしてるからな。

「あ、あがぁあああ!り、りあすぅぅ!は、はなして?」

「やだ♡」

「そのしゃべり方きもちわりぃんだぁいたたたたああ!すいませんでした!もう煽ったりしないので離してください!」

 グレイの必死さに負けて俺はグレイの頭から手を離した。
 こめかみに力を入れてたから、しばらくグレイはこめかみを押したり離したりを繰り返している。
 なんか内部が痛いときって、痛いところ押したくなるよなぁ。

「はぁ、それで紹介する相手って誰なんだ?」

「僕の元婚約者だよ」

 婚約者?
 たしかジノアの元婚約者はアルターニア・フォン・シャルネ令嬢だったよな?
 
「今から行くのは侯爵家なのに、どうしてお前の元婚約者に会うことになるんだ?公爵令嬢だっただろう?」

「あぁ、それはラミアさんって言う僕の元婚約者の母親が、今から行く侯爵家の令嬢だったからさ。本来であれば僕は元婚約者と会うわけには行かないけど、セバスがなんとか手配してくれたんだよ」

「へぇ、セバスさんが」

「僭越ながら、セッティングさせていただきました」

 あまりにも出来る人過ぎないか?
 うちにもほしいなあの執事。
 いや、元執事か。

「でも元婚約者はお前を許しているのか?未だに実の母親に疑われてるだろ?」

「残念ながら僕が負った冤罪は、そう簡単に拭えるものじゃない。なにせ決定的な状況証拠と数々の証言があるからね。僕自身は身の潔白を断言できるが、仮に洗脳をされていたと可能性もゼロじゃないからね」

「ジノア様、そのようなことは!」

「無いとは言えないだろセバス?」

 無いとは言えないが、それを言えば切りが無い。
 でも仮に犯人が洗脳系の魔法使いだったとしたら、ジノアが皇族戻ったことがなかったことになるかも知れない。
 グレーゾーンだからな。
 結局、令嬢達の純潔を奪った罪は消えないって事になる。
 と言うかジノアが自分を許せないだろう。
 令嬢達に申し訳ないとかそう言うことを思う質じゃないだろうが、元婚約者のシャルネ嬢に会う顔はないはずだ。

「まぁだとしても、僕の元婚約者は僕を信じてくれていると思うんだ」

「そう言うからには根拠があるんだろ?詳しくは聞かないさ」

 後ろにお客さんがいるみたいだしな。
 どうやら犯人さんは元婚約者に会って欲しくないらしい。
 こういうことはたまにあった。
 大抵が元々有力貴族だった領主のところに向かう時だ。
 今回はジノアの元婚約者は公爵令嬢だからな。
 公爵家はドブさらいだとしても影響力が強い。
 ジノアが冤罪と言うことを、少なくとも領主に知られたくないことが窺える。

「そんな事言うってことは、つけてられてるのかい?」

「え、リアスくんそうなの?」

「あぁ。って言っても俺達はなにも出来ない。みんなも追手の存在に気づいてると思わせないようにしてくれ」

 ここでもし、俺達が追手が居ることに気づいていると犯人側に知られた場合、ただつけられるだけじゃなく強硬手段に出られる可能性がある。
 ジノアを一日中守ることは出来ないからな。
 クレがジノアについててくれたら安心なんだが・・・
 俺の視線に気づいたクレが、ふてくされて丸くなる。

『嫌ですよ。貴方は私が居ないと決定力が著しく欠けるじゃないですか。それに今回の事件の犯人はなんというか、とても怖い感じがします』

 怖い感じがするのはたしかだ。
 一人の皇子を簡単にハメたことを考えたら、あまりにも手際が良すぎる。
 何故なら皇族って言うのは、普段から色々な人間の監視があるもんだ。
 もちろんそこのセバスも。
 それを掻い潜ったとなれば、それはかなりの実力者だという事になる。
 
「兄貴にしては珍しい。普段の兄貴なら鉄拳制裁が当たり前ですわよね?」

「今回は俺の問題じゃなくこいつの問題だ。下手な行動を取って危険に晒すわけには行かないだろう。あと失礼なことを言うなよ。俺だって犯人の規模を考えたら追手をどうこうする気にはならないぞ?」

「そうですね。泳がせておくのが賢明です。そのうち相手はボロを出しますからね」

 索敵魔法が使えるから敵の人数がバッチリわかる。
 そして相手は俺が索敵魔法を使ってるかどうかはわからない。
 
「それにしてもリアス殿はどうやって追手の存在に気づいたのですか?」

「なんとなく視線が気になるだろ?」

「すごいよねリアスって。勘で言ってるらしいのに、大体追手が居るんだよ」

 俺はジノアに索敵魔法のことを話していない。
 別にこいつのことを疑ってるわけじゃ無い。
 クレに止められた。
 敵を騙すならまず味方からって訳じゃ無いが、ジノアは一度ハメられているため信用はないらしい。
 グレイやグレシアとかはどうして話しても何も言わなかったか、理由はわかんないけどクレには見えないものがあるだろう。
 グレイとグレシアはなんで話してないのと、抗議の目を向けてる。

『私が止めたんですよ。二人ともそんな目をリアスに向けていたら、彼らに何か隠していることに気づかれてしまいます』

 二人はそういうと、さっと視線を俺から外した。
 グレシアはさすがだが、グレイも表情をすぐに切り替えられるのはやっぱり貴族だなと思う。

「それにしても、もう侯爵領に入ったけど視察は時間的に無理だね」

 俺の所為だと言いたいんだな。
 そうだ、俺の所為だな。
 うん、言い訳しない。
 言い訳なんて・・・しない!

「追手はどう?」

「んー、どうだろうな。あまり視線は感じないから、さすがに領地に入ったら追手は引き上げたんじゃ無いか?」

 追手は領地内でそれぞれ霧散したから、追手が消えたわけじゃ無い。
 でも索敵魔法でも使わなきゃそんなことはわからないため、そう言ってごまかした。
 この侯爵領は比較的デカいから、どうしても端っこの方までは回らない。

領地ここは結構広いんだな」

「侯爵領は元々は公爵領だったからね」

「へぇ、なんで降格したんだ?」

「さぁ?それは僕も聞かされてないけど50年以上前の話だから、アルアにとっては曾祖父の代の事だからね」

 降格する理由はそれなりに考えられる。
 横領、不正、或いは暗殺による殺人未遂は・・・下手したら爵位剥奪って重たい処分になるからないか。
 何はどうあれ、降格する理由はそれなりにあるはずだ。

「先にここの特産物の話をしよう」

「了解」

「リアスくん達はいつも領地に入ってから特産品の話をしてるの?」

「いや、いつもなら事前に資料を渡されてそこから物を作成してる。今回は渡されなかったんだよ」

 だから今回は領地で話さないとわからないことだと思って何も言わなかったが。
 
「それはごめん。今回は色々忙しくして資料作成が間に合わなかったんだ」

「まぁ今は辛うじて皇族に戻れてるだけで、首の皮一枚繋がってるだけだもんな」

 その皮がいつ切れるかなんてわからない。
 だから皇族として優先する事があったんだろう。

「この領地での特産品は、魔法木なんだよ」

「魔法木?あの脆い奴だよねリアスくん」

 魔力を通しやすい木を魔法木と言う。
 普通の木を品種改良したもので、魔道具に一般的に使われていた時期もあったらしいがとにかく脆い。
 今は魔鉄という魔力伝導率も高く物理的にも丈夫な物があるから、徐々に廃れていった物だ。
 家の骨組みを立てるときくらいにしか使われないだろう。

「今では新しい家が建つこともあまり多くないからね。たしかにこの前の魔物大量発生スタンピードで家を作る需要は増えたんだけど、魔法木なんて高価な物を使って作る庶民は居ないんだ。今では赤字続きで財政難にまで陥っている」

「その魔法木を使った新たな事業、または特産品を考えるのが俺の役目か」

 とは言っても用途って結構限られるんだよな。
 魔法木ってのは思い割りに強度があまり高くない。
 馬車に使われる木は、ブラックオークとかブヒの木。
 前世にあったホワイトオークやブナの木のような物が主流だ。
 値段もかなり高額だけど、魔法木の維持費を考えたら仕方が無い。
 魔法木は切っても一ヶ月で元の大きさに戻るという特性を持つ。
 量産には良い反面、肥料には魔力が必要なのだ。
 だからどうしても人件費が出てしまう。

「魔力が通しやすいから、魔術学園の剣術の授業の木刀に使えれば良いと思ったが、剣を打ちあうための強度はあるか?」

「残念ながらないよ。セバス、魔法木で作った木刀ってある?」

「こんなこともあろうかと用意して置きました」

 セバスの手際の良さがもう怖い。
 なんで木刀常備してるんだよ。
 しかも二本。

「これ、壊しても大丈夫ですか?」

「はい、問題ないです」

「グレイ、学園の生徒用の模擬刀構えろ」

「おい、こんな狭いところで振り回すのか!?」

「んなわけねぇだろ!軽くだ軽く」

 模擬刀と木刀がぶつかり合うが、木刀はぶつかった瞬間にバキバキに折れてしまった。
 脆すぎ!?

「うぉっ!?粉々になった。どうなってんだこれ」

「これはたしかに脆いな。木刀を使うなら付与魔法で強度をあげる必要があるが、なら別に模擬刀でいいからなぁ」

「だから困ってるんだよ」

「ここまで壊れやすいなら、強度を付与して骨組みに使う分にはかなり役には立ちそうだが・・・」

 恐らくその程度のことはもう思いついているだろう。
 骨組みのが家の素材や建築費用並みに高くなりそうだな。
 いや、この木材チップ・・・

「・・・パーティクルボードなんてどうだ?」

「パーティクルボード?」

 これだけ粉々になるなら、パーティクルボードの素材にならないか?
 この世界の建築で使われる木は、全部綺麗に形を整えてそれを重ねていくことで作られる。
 その点、パーティクルボードは木材チップを熱で圧着して作る板で大きさや形も自由にできる。
 耐熱性もあるし、北の領地では重宝しそうな物だ。
 雨には弱いから家の表面には使いにくいけど、家を囲う感じで作成すれば問題ない。
 更に魔法付与も可能となれば、人気は出そうなもんだ。
 他にも台所に使うにはもってこいで、レストランなどでも使われそうだし、顧客確保にも問題ないんじゃないか?
 俺は試しに折れた木刀を使って簡単にパーティクルボードを作ってみる。
 そしてパーティクルボードについて説明して見せた。
 セバスさんの視線がすごい気になる。

「なるほど、たしかにそれは良い考えだ。棚とかにも使えそうだな。それに何よりそのデザイン性は新しい!」

「これは驚きました。リアス殿は一体このやり方を何処で?」

「うちは基本的にお金を領民達に回してますからね。廃材をどうにか上手く使えないかと、考えて作りました」

 半分嘘で半分本当だ。
 たしかに領民にお金を回してはいたが、パーティクルボードなんて今普通に思い出しただけだしな。
 実際には作っていない。
 しかし前世のことを話さなきゃいけなくなるから、それは避けたかったからこうして嘘を吐いた。

「リアス様は聡明な方とお見受けした。もしこれをリアス殿が自分で考えたのでしたらかなり才ですよ!」

「あ、ありがとうございます」

 セバスさんが異様に持ち上げてくる。
 さすがに前世の知識を使っているため、俺が考えたとは言い難い。
 しかしまぁセバスさんがそれを知るよしもないので、俺は黙っていた。
 すると馬車が止まる。
 やっと着いたか。

「詳しい話は領主達としようか。とりあえず屋敷に着いたよ」

「そうだな」

 俺達は馬車から出ると少女と初老の女性が俺達を出迎えてくれている。
 
「アル・・・ターニア!ラミア様、お出迎えありがとうございます」

「ジノア様、そんなよそよそしい。昔の様にアルアと呼んでくださってもよろしいのですよ?」

「いえ、僕はもうアルターニアの婚約者では無くなったのでそんなことは・・・」

 本当はアルアと呼びたいんだろう。
 しかし拳を握りしめている。
 そりゃそうだ。
 ジノアが直接皇族に戻ったことを言えない以上、冤罪だとしても廃嫡された身の皇子って事になるんだから。
 
「ジノア様、娘は今でも貴方のことを思っていますのよ。どうか略称で呼んでくださらないかしら?」

「今でも私はジノア様を信じていますの!いつか絶対にジノア様の身の潔白を証明して差し上げますわ!」

「ありがとうアルア。あ、遅れたね。今、僕に協力してくれている人達のリアスだ」

 ジノアが俺達の紹介をアルターニアとラミア様にしてから、領主の館へと案内された。
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