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三章

冴え渡る才能と記憶の残滓(イルミナ視点)

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 リアス様が落ちてしまうのは内心驚きました。
 しかしミライ様も動揺しているのに、わたしごときがこんなことで動じていたらしょうがないですよね。
 わたしはグランベル様を探して、走り回っています。
 ミライ様はきっとリリィ様を倒します。
 だけど一筋縄ではいかないはず。
 リアス様が落とされたんですからね。
 そんなことを考えながら、建物の物陰に潜む何かを見つけました。
 ここは決闘場であり、何か生き物がいるなんて事はありませんから。

「これは向こうから来て下さるとは」
 
「イルミナ・フォン・アルゴノート」

「グランベル様」

 彼はリアス様を倒された御方。 
 理由はどうか知りませんが、少なくともリリィ様と二人ならリアス様と互角の実力を持っているに違いありません。

「殿下ならこの先にいるぜ」

「貴重な情報をありがとうございます。そこを退いてくださると、更に助かるのですが」

「それはできない相談だ。決闘は------おっと」

 蹴りを入れるも避けられてしまいました。
 避けることはわかっていました。
 頬を掠めることで魔力が少しだけ漏れて、しばらくすると放出が止まりました。
 
「いきなり足癖の悪い女だ」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「だがこちらも、その程度で怯んでるほど甘くはないんだ!」

 二刀流は珍しいです。
 片手に剣一本より、対処がしやすいように見えます。
 実際手数は増えますから、一本よりも強いでしょう。
 理論的に見れば、ですがね。

「ほぅ、二刀流に対処できるとはリアスといい、曲者揃いだな」

「貴方の腕が大したことないだけじゃないのですか?」

 一撃も受けることができない。
 この闘いが生身であれば話は違いますが今は魔力体。
 わたしは魔力量がさほど高くなく、身体強化の魔法を使ってしまった以上、どこかから魔力が漏れるだけで落とされる可能性がありますからね。

「たしかに俺は大したことない。まだまだ父に勝てるレベルでもないさ。だが、同年代に負けるほど俺はまだ落ちぶれてもいないんだぜ?」

 それだけ自信を持って言うだけのことはあります。
 現に彼の攻撃は神経を研ぎ澄ませなければ、避けることすら一苦労。
 
「そうですか。そう言う割にぶんぶんと振り回すだけですか?」

「当ててやるさ。体力は無尽蔵ではない!」

 魔力体でも体力はある。
 この身体は簡単に言えば、一度死ぬ権利が与えられただけの肉体です。
 つまりそれ以外はほとんど生身と変わらない。
 わたしの場合は、生身よりも闘いにくいですが。
 このまま防御に徹したところで、敗北するのはわたしです。
 一度攻勢に出なければ!

「はぁぁ!」

「勝ちを先走ったな」

 迷わず脇腹に剣を振るうあたり、目はいいようです。
 しかしこれは釣りだと言うことに気づけないとは、わたし以上に実戦経験が少ないと見える。
 体勢を素早く変え、剣の旨を膝と膝で受け止める。
 そのまま膝に力を入れることで、簡単に剣を奪うことができた。
 奪い取った剣を後方に弾き飛ばす。

「わーお」

「その余裕そうな顔がムカつきます」

「まだもう一本あるからな」

 実際一本でも彼の脅威はそこまで変わらないです。
 しかしそれでも、二刀流の熟練度のが高いためか回避を落ち着いてきました。
 向こうも焦りが生まれている。
 キレはさっきよりも増してきたけど、繊細さは欠けてきています。
 彼の剣は、キレの速さよりもその繊細さの方が脅威でした。
 極端に速ければバランスを崩して、勝機へと繋げられるかも知れません。
 しかし今の彼の剣速はさっきよりも少し速い程度です。

「くっ!お前こそ、表情を動かせ!本当に余裕な訳でも無いだろう!」

「どうでしょうね」

 実際余裕ではないですが、絶対におもて表には出しません。
 人は自分より遥か上の相手と対峙する場合、多少の隙や粗を見せるものです。
 余裕がない人間は、焦り以上に一撃もらってでも倒し切りたいと思うものですからね。
 そこにわたしは勝機を見出しています。

「この野郎!!」

「野郎ではありませんよ」

「その余裕そうにしてる面、引っ剥がしてやる!」

 わたしが持っていきたい方向に、彼は動いてくれました。
 強敵と相手していると認識してくれたようです。
 おかげで隙が出るわ出るわで、脇腹に何度か蹴りが入りました。
 おそらく内臓が破裂したのでしょう。

「どんな馬鹿力してんだよくそっ」

 彼が文句を言うのは、軽装とは言え鎧越しの打撃で大ダメージを負わせたことだらう。
 口の中で魔力が少しだけ漏れ出ているようです。
 魔力体は血の代わりに、緑色の粒子が飛び出します。
 内臓が破裂した場合口から粒子が漏れ出るのです。
 そして魔力体は魔力がある限り、30秒もしないうちに傷口が塞がります。
 体内の魔力を消費して傷を治療してくれるのです。
 だから魔力体は、魔力切れを起こす以外で即死させる方法は魔力体の核がある心臓を潰すか、指令を出している頭と核のある身体を切り離すかの二択ですね。
 しばらくすると漏れ出る魔力は無くなりました。

「へっ、やるな!だが、俺だってこの程度で終わるほど甘くない!」

 実際実力差は大差ないのですが、気持ちの問題ですね。
 威勢が良くても、焦っていることが太刀筋からわかります。
 リアス様を簡単に落とせたこともあって、自信があった分それが如実現れていますね。
 付け入る隙は多いに越したことはありません。

「脇の締めが甘いです」

「うぐっ!」

「その程度でいちいち怯むとは情けない。剣聖の肩書も大したことないですね」

「そうやって俺の心を揺さぶろうとしてもそうはいかない!」

「自意識過剰もいいところです。どうせリアス様には卑怯に不意打ちでもしたのでしょう?その程度でリアス様に勝てるはずもありません」

「ははっ、その通りだ。彼には不意打ちで倒させてもらった。そして君も不意打ちで倒されるよ」

 近接での殴り合いをしながら駆け引きに持ち込みますか。
 ここでわたしが警戒を後ろに向けることを望んだのでしょうけど、ミライ様が二度も同じヘマをするはずがありません。

「すごいな!微動だにもしないとは!」

「そんな見え見えの罠に引っかかるはずもありません」

「あぁ、だろうな。だからこそここに勝機を賭けた!」

 わたしは冷や汗が頬を伝っていくのを感じる。
 自分に判断に自信はありますが、どこか間違えてしまったのではないかと、疑問に思ってしまった。
 そしてほんの一瞬だけ、後ろに警戒を向けてしまった。
 それは主導権を再び明け渡したことを示してる。

「腹の探り合いは俺の勝ちだな!」

「くっ!」

「ブヒブヒィ!」

「なんだこの豚!」

 シュバリン!?
 シュバリンが魔法を唱えてくれたおかげで、主導権は握られずにすみました。
 あのままでは決着こそ付かないものの、攻勢に出た相手に受け身を取るしか無くなってしまうところでしたよ。
 
「わたしの大事な相棒です」

「なるほど、貴様の精霊か!しかし豚風情に遅れは取らん!ライトニングスピア!!」

 上級魔法を使えたのですね。
 それにしても豚風情ですか。
 昔にらそんなこと言われましたね。
 契約したわたしですら、リアス様と出会うまではシュバリンが上級精霊とは知りませんでした。
 思えばシャバリンとの出会いも、わたしが魔物に襲われているところを助けてもらったところからでしたね。
 闘いの最中、しかも上級魔法が迫り来る中、いやだからこそあの時のことを思い出していた。
 


 アルゴノート領が飢餓に苦しめられる少し前の話。
 商家の生まれであり3歳に達したイルミナにまだ自由があった頃、自宅の庭で小さな小鬼、ゴブリンが入ってきた。
 幼いイルミナはゴブリンに対して震え上がり、失禁してしまった。
 
「ゴァァァ」

「や、やだ。来ないでぇ」

 しかしその場に助けを聞き届ける者は居ない。
 商家の令嬢とはいえ、そこまで大した稼ぎをしてるわけでもないので、護衛なんてつけても居なかった。
 ガクガクと震える脚で、必死に家に逃げ込もうとするイルミナ。
 ゴブリン程度であれば、民家の中に入ってまで人を襲おうとはしない。
 ゴブリンは頭こそ悪いが、民家には決して入らない。
 本能で殺されてしまうことを理解してるからだ。
 森に近いこともあり、イルミナもそのことは教わっていた。
 イルミナの母はゴブリンによって嬲り殺されたからだ。

「あっ」

 幼いイルミナはまだ走ることが覚束無い。
 だから思わず転んでしまった。
 もうダメだと目を閉じるが、いつまで経っても痛い思いをしないイルミナは目をパチクリとさせた。
 ゴブリンの攻撃を羽の生えた豚が防いだのだ。
 イルミナは急いで家に駆け込む。
 ジッと外を見ると、ゴブリンは亡骸となっていた。
 そして自分を庇ってくれた豚に目を移す。
 豚は見るからに大怪我を負っていて、今にも死んでしまいそうだった。

「豚さん。大丈夫?」

「ブヒ・・ブヒィ」

 それはイルミナの知る豚の鳴き声ではない、物語で描かれるような鳴き声だった。
 イルミナはそっと近づいていく。

「豚さん?」

「ぶ、ブヒブヒィ・・」

 イルミナは豚の血が止まらないことに恐怖を覚えた。
 このままでは、自分の命を助けてくれた豚が死んでしまう。
 まだ出会って数分しか経っていないが、自分の為に何かしてくれたのは、死んだ母以外では初めてだった。

「豚さん!どうか死なないで」

 ここで豚が小さく光の魔法を放つ。
 彼は精霊だと言うことは、幼いイルミナにもすぐにわかった。
 父と兄は獣の姿をした精霊は、程度の低い精霊だと罵り、絶対にそんな精霊と契約するなと、いつも怒鳴りつけてきてた。
 しかしイルミナはそうだろうかと考える。
 自分に何もしてくれない家族と、身を挺して守ってくれた豚。
 どっちが大事かなんて明白だった。

「豚さん、わたしと契約して!」

「ぶ、ぶひ!?」

 幼い少女が自分と契約したいと言って、豚の精霊は驚いたのだろう。
 しかし少女の見つめる眼差しに、豚も冗談でもなんでもないことを察することができた。

「お母さん言ってた!精霊と契約したら、精霊は使える魔力が増えて傷だって簡単に治せるって!」

 それは正しくもあり間違いでもある。
 イルミナの母は別の国の元貴族令嬢で、精霊の常識が少しだけかけ離れていた。
 その特性は神話級の精霊や、聖獣と言った治癒魔法が使える精霊であって、すべての精霊が同じことができるわけではなかった。
 それでも幼いイルミナは、豚がすぐに自らの傷を治すと信じて、精霊に契約のために手を差し出す。

「えーっと、たしか契約するには魔力を流し込まないといけなかったんだよね?」

「ブフ、ブフゥ!」

 首を横に振る豚は、それが違うと言うことをアピールした。
 そしてイルミナの手の甲にキスをして、左手の薬指と小指と親指を曲げさせたあと、前足だけをばたつかせた。

「なな?前足?ななまえ・・・名前!」

「ぶひ!」

 名前をつけないと契約できない精霊は少ない。
 生まれたての精霊のみだからだ。
 この豚もまた名前がなかった。
 この豚も幼い頃に親を亡くし、色々なところを彷徨っていたからだった。
 豚がイルミナを助けたのも自身と境遇を重ねていたからかもしれない。
 しかしイルミナはそんな考えを追い払い、自分を助けてくれた事実だけを見る。

「シュバリン、貴方の名前はシュバリンよ!」

「ブヒぃ!」

 するとシュバリンの身体が光り出した。
 イルミナとシュバリンの契約が成立した瞬間だった。
 イルミナは自分の身体が重くなることを感じて、手を地面につく。

「ううっ、身体が重い・・」

 シュバリエは風の上級精霊なため、内包する魔力も抜きん出ている。
 そのためイルミナは契約の際に、分け与える魔力が多すぎて、魔力マナ欠乏症を起こしてしまった。
 シュバリンはそんなイルミナを心配して、手を舐める。
 イルミナもまたシュバリンを見る。
 シュバリンは治癒魔法を使うことができないが、器用に傷口を何かで縫い合わせていた。

「シュバリンすごいっ!」

「ぶひっ!」

 シュバリンは誇らしげに鳴く。
 そんなシュバリンを抱えてイルミナは抱きしめた。

「わたしはシュバリンのお母さんだから、ずっと一緒だからね!」

「ブヒィ!!」

 それがイルミナとシュバリン、二人の出会い。
 二人は後にリアスと出会うまで、色々な苦難にぶち当たる。
 それでも彼女達はお互いを支え合い、生きながらえた。
 二人の絆は、親を失って間もない傷を満たして簡単には切れない関係となっていたのだ。



 シュバリンはいつでもわたしの味方をしてくれましたね。
 父と兄に犯されそうになった時も、リアス様達をシュバリンが呼んでくれたおかげで難を逃れました。
 だからわたしは、シュバリンを信じます。
 避けることもなく、グランベル様に突撃する。
 それは紛れもなく虚をついた攻撃。
 そしてわたしの目の前でライトニングスピアは方向を曲げて、彼の元に戻っていく。

「バカな!?」

 シュバリンは風の精霊でありながら、滅多に風魔法を使わない。
 魔法効率に風がいいのはたしかでしょうけど、彼を上級精霊としたのは、治癒魔法が使えないけど特別な力を持っている精霊だからです。
 そしてシュバリンが得意とするのは、全属性の魔法!
 そして魔法をある程度好きな方向に動かすことができる魔法も使うことができるのです!

「ライトニングスピアで打ち消せば良い!」

 もちろん制約もあります。
 シュバリンの半径0.5m以内の魔法しか操ることができない。
 つまりギリギリまで近づかなければ、操作は不可能です。
 なのでライトニングスピア同士でそれは霧散してしまいます。

「しかし、魔法を放つにはそれなりの集中力がいる!最初ほど備えてはいません!」

「しまっ!?」

 気づいた時にはもう遅いんです。
 切羽詰まって魔法を放ったのは、ミスでした。
 これがリアス様の様に、自ら魔法を放っていたのなら、少しだけ状況は変わっていたかもしれません。
 まぁそんなたらればをしてもしょうがないです。

「がっ!」

「ふふっ」

 わたしの攻撃が胴体に直撃すると共に、剣を手放して崩れ落ちます。
 しかし魔力体が消えることはありません。

「ど、どうなって!?」

「点穴と言うものが、人間の身体にはあります。そこを強く突いたことで、貴方の身体はしばらく動かすことができません」

 後方から爆音が鳴り響き、後ろを見ると雷の風が混じり合う竜巻が見えます。
 あれはミライ様の魔法でしょうか?

「何故とどめを刺さない!」

「それでアルバートが納得するとでも?」

 彼に様付けは不要。
 グレシア様を貶めた罪は重いです。
 敬意を払う理由をありません。
 そして、彼は王取り戦のルールで自分が生き残れば喚き散らすのが目に見えてます。

「リリィはミライ様が倒すでしょう。その場合、貴方が残っていなければ、アルバートを倒す前に決闘が終わってしまう」

「なるほど。リアスを落とせばお前らは瓦解すると思ったんだけどな」

「これは殺し合いですが、命のやりとりはしていません。そこを履き違えないでいただきたい」

 彼らの作戦は悪くないです。
 敵の将を倒せば烏合の衆となるのは、明白。
 実際、軍が相手なら変わったでしょう。
 けどわたし達はまだ学生で、リアス様もまた未熟なのです。
 故にいなくてもどうにかしなければならない。

『あ、えー!』

 アナウンスが聞こえてきます。
 誰かが落ちたのでしょう。
 さてそれはリリィか、アルバートか。
 一体誰でしょうね。
 グレイやグレシア様じゃないと良いですが。
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