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四章

黒い影と暗躍する何か

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 時は少し遡る。
 ハヌマンが大猿から進化して間もない時の話だ。
 古代樹と呼ばれる幻獣の森の最奥にそびえ立つ木の付近で魔物は進化を行う。
 古代樹付近では魔力がさ
 それは最も安全だからだ。

「兄貴ぃ!オラすげぇ身体かりぃぞ!」

「進化した影響っすね。身体になれるまでは無理して動かない方がいいっす」

 進化したばかりのハヌマンは自身の肉体の軽さを持て余しつつも、怪我をしないようにチーリンが注意を入れる。
 チーリンも同じ様な感覚で怪我をした経験をしているために、ハヌマンに気を遣っての言葉だった。

「わかっとっぞ。そーいや今日は何しにきたんだ?」

「情報収集っすよ。言ったじゃないっすか。知能数値はそこまで上がんなかったんすね」

「オラ難しいことはわかんねぇぞ」

「はいはい。ちょっと付いてきて欲しいっす」

 そういうと、チーリンは歩みを進めていく。
 しばらく歩くと小さな村がある。
 フェンリルの姉御であるスノーの指示で小さな村を拠点にし、アルゴノート領を攻め入れるための自陣にするつもりだったのだ。
 この村は領主のリンガーウッド家の元に成り立っている村で、飢餓の貧困で困っている場所だった。
 一番近い街があるのはアルゴノート領ではあるが、その国境にあるこの村が魔物達にとっては理想の地区だったのだ。

「全く遅いわ!」

「チーリン、ハヌマン、時間厳守で頼むでござるよ」

「お前らは細かいこと気にしすぎなんだよ、だアホ」
 
「あはは、すまないっす」

 小さな村よりほんの少し離れた場所でクピド、鬼神、カムイの三体が、チーリン達を待っていた。
 ここで夜まで様子を見て、一番話が通じそうな見た目をしているチーリンが村の労働力を担保に場所を確保させると言う算段だった。
 魔物達は領地の内情まではわからない。
 だから近くに栄えてる街があるのに、貧困な村があると言うことは虐げられていると思ったので交渉の余地があると判断したのだった。
 実はその街も元は小さな村で、リアスの手腕で発展していったのだがそれを知る由も魔物にはない。

「兄貴、飯があっぞ!」

「飯ってなんすか。ちゃんと食材って言うっすよ・・・あれは」

 ハヌマンが指さした方向を見ると、ジャイアントボアが小さな人間の子供に迫っている現場だった。
 流石にチーリンは捨て置けないと判断したが、この距離じゃ間に合わない。

「焦らないで。アタシの能力忘れた?」

 クピドの種族能力“群集統率マエストロ“はAランクまでの魔物を自由自在に統率し、指揮を取ることができる能力だった。
 そこに意思が生まれるわけではないが、暴れ狂う魔物達は全てクピドの支配下に置くことができる。

「おい、坊主なんでこんなとこにいんだ?」

「は、はぅ・・・」

 カムイが襲われていた子供の近づくと、子供は恐怖のあまり失禁してしまった。
 あまりの巨体と異形の耳をした大男が近づけばこうなる。

「ありゃ、嫌われちまったな」

「見た目考えなさいよ!ねぇ僕?どうして僕はこんなところにいるのかなー?」

 クピドも異形の見た目ではあるが、それでも容姿と比較的に温厚な口調に子供はひとまず安堵する。
 彼女はグチャグチャになった顔を、自身の羽でそっと拭き取りズボンを脱がして新しいズボンを着せてあげる。

「手慣れてるでござるな」

「これくらい当然よ。アタシ達は知識を得たのよ?それくらい勉強なさい」

「すっげぇなクピドは!オラ、そんなことできねぇぞ」

「あんたは進化したのに猿頭ね」

「おっす!オラ大猿だったハヌマンだ!」

「ハヌマンってのは種族名で名前じゃないっすよ」

「ほぉん。まぁオラどぉでもいいぞそんなこと」

 ハヌマンは最低限喋る知識、人間の子供程度の思考しか持たなかった。
 それは種族ゆえか、それとも何か別の理由があるのかは不明だったが、彼の言動は良くも悪くも空気を変える。
 
「ふふふっ」

「あら、やっと笑ったわね」

 今回はその能天気さは子供にウケたようだ。
 ずっと黙って怯えていたのにだ。

「それで童は何故ここにいたでござる?」

「え、えっと、あたし女の子・・」

 この場にいる全員がこの子供のことを男の子だと思っていた。
 しかし彼女は飢餓貧困により、食糧もろくに食べておらず、肉付きがない。
 髪も短いため男の子と間違えても不思議ではなかった。

「おっと、こりゃ失敬」

「ううん。あ、あのね!あたしのむら、いまたいへんなの!」

「大変、でござるか?」

「ごめんね。お姉ちゃん達にもわかりやすく説明してくれるかしら?」

 大変だけじゃ何が大変なのかもわからず、どう対処すればいいかもわからなかった。
 しかしよっぽどのことでもない限り魔物達はこの子に協力しようと考えている。
 村に恩を売れば、それだけ交渉もうまくいくと考えている。
 
「んっと、んっと!なんか、おおきなひとがいっぱいきてね!そんちょーがはなしをきいてたの!それでねー」

 少女はまだ言葉を覚えた間もない。
 なので呂律もうまく回らず、話も1から順にすっ飛ばさず話しているため、少女の話が終わる頃には日が暮れていた。

「要するにその村長が倒れちゃって大変だから、貴女が薬草を取りに森に迷い込んじゃったってわけね?」

 少女の話によれば大きな人とやらが村に何かを言いに来て、その際に喧嘩か何かの影響で村長が倒れてしまった。
 だから薬草でもなんでもいいから村長を助けたい一心で森へと踏み入れたのだ。

「うん!でもあたりがくらくなっちゃった。まま、しんぱいしてると、おもう」

 実際月明かりである程度照らされてるとは言え、周辺は真っ暗になってしまっている。
 少女の母親は心配していることだろう。

「そうね。貴女のお名前は?」

「ペリュカ・・」

「そう、じゃあペリュカ。アタシ達が貴女をおうちまで送ってあげるわ」

「ほ、ほんとぉ?」

 女の子は不安そうに魔物達を見渡す。
 カムイと目が合うと顔を埋めて隠れてしまった。

「カムイ!」

「そんなこと言われてもなぁ」

「まぁいいわ。全員いいかしら?あの村にも交渉に行かないといけないんだから、人間の子供を保護したって言う方が警戒心は解けると思うのだけど?」

 クピドの言うことは最もであり、全員そのことについては同意なかった。
 一体不安要素のある者もいたが、クピドは忘れることにした。

「じゃあジャイアントベアの子と、そこにいるジャイアントボアと、あとはオーガの子供達を連れてきましょうか。比較的に警戒心は薄れるはずよね」

「子供ばかりで大丈夫っすか?」

「アタシ達は交渉に行くのよ?逃走するだけならむしろ過剰よ」

「そうでござるな。今ここで人類全てを敵に回すのは得策ではないでござる」

 魔物達の目標は魔物の権利の確保、並びに生物界の頂点に立つことで人類の絶滅ではない。
 つまり無駄な殺生も行わないのだ。

「そういうことだからペリュカは安心してアタシに抱かれてなさーい!」

「おー!」

 ペリュカを抱えてクピド一行は歩き出す。
 ここからそこまで離れた距離ではない村に着くのはそう時間はかからないはずだった。
 到着してから村の状況を見て、魔物達は絶句する。
 
「村が燃えてる・・・」

「ま、まま?」

 ペリュカが震えながら見る方向を、魔物達も見てみる。
 そこには人間の女性の頭だけが柵に刺さっていて、首から下がない。
 周りの家も見渡してみると、柵に頭だけが刺さっている家がいくつかあり、そこには子供の頭もあった。
 しかし一つわかることは、ペリュカの母は死んでいて更に辱められていると言うことだった。

「ペリュカ、見たらダメよ!」

「くっ!」

「なんてむごいことを!」

 カムイと鬼神はすぐに警戒体制に入る。
 上空から飛来する何かをチーリンが防いだ。

「これは、人間の身体でござるか?」

 疑問系に思ったのは、ほとんどまるこげになってしまっていて、なにかは判別が困難でシルエットで判断するしかなかったからだ。
 
「くんくんっ、こりゃあひでぇ。人間だぞこりゃぁ。ペリュカと同じにえぇがする」

 同じ匂い、つまりこれはペリュカの母の身体の可能性が高かった。
 ペリュカの目を抑えるクピドは唇を噛む。

「こんな!」

「やめろクピド!ペリュカもいるんだぞ」

 カムイの静止がなければ、クピドはこんな幼い子の親を奪う非道があっていいのかと叫びそうになった。
 それをペリュカが聞けば、親が死んでしまったことを受け入れることになる。
 今の彼女にそれは酷だった。

「ごめんなさい」

「しかし、それなりに人間がいたはずなのになんの抵抗もなく短時間で壊滅できるもんなんすか?」

「オラには難しいなぁ」

 ハヌマンにはもちろん、クピドやチーリンにも無理だった。
 この場でそれができるのはSらんくの魔物の中でもトップクラスのカムイと鬼神のみ。

「この村を壊滅させたのは某達レベルか!」 

「えぇ、それもの炎の魔法をを使える・・・」

 丸コゲにしたのは人間の身体。
 そして人間の身体を焼くのは時間がかかるもので・・・

「イダァァ・・」

 ふらふらと歩いてくる人影が見えた。
 しかしその人間は、どこか生気が抜けたような雰囲気をしている。

「これを作ったのは貴様でござるか人間!」

「サァァ?」

 それは相手を小馬鹿にした笑い方で、不気味にも舌を伸ばしたまま返事した。
 まるで人間なのに、人間を見ていないようなそんな感じだった。

「黙っていたとしても、この状況で笑っている貴様を放置するほど甘くはないでござる!」

 即座に鬼神の髪は金髪に変わり、目にも留まらぬ速さで首を狙い打つ。
 しかし、手応えを全く感じなかった鬼神。
 確かに首を切ったのにだ。

「これは?」

「鬼神、危ないわ!」

 首がないまま、鬼神に斧を振り下ろす人間だったが、すぐに青髪になり攻撃を見切る。
 しかし受けることは叶わなかった。
 受ければ刀が折れてしまうと、威力まで見切れてしまったかるだ。

「こいつはヤバいでござる」

「ほんとに人間か?鬼神の動きについて来れたとしても、何故頭がないまま動けるんだ?」

「サァァァア!」

 次の瞬間に首から頭が生えてきた。
 進化して時間が空いている流石の鬼神もこれには驚きを隠せない。

「馬鹿な!?」

「なにやってんのよもぉ!ハヌマン、ペリュカを任せたわよ!」

 ハヌマンにペリュカを渡して、弓を構えて手を撃ち抜くクピド。
 しかしそんなこと微塵も気にすることなく鬼神へとせまりくる。

「ハヌマン、ペリュカを連れてここから離れろ!某達も加勢するぞ」

「オラも闘いてぇぞ!」

「この中で一番弱いのはお前っす。現に奴との力量差も分かってないっすし!この4人でも勝てるかわからないっす。姉御達も加勢してくれればもしかしたらもあるかもしれないっすけど」

 ハヌマンは兄貴分のチーリンがそれほどの相手と判断しているので、引き下がりペリュカを連れて逃走を始める。
 そしてフェンリルのスノーの元へと森を駆け抜けて行く。

「オラァァ!」

 カムイの肘が、人間の顔面にクリーンヒットして吹っ飛んでいった。
 更に加えて、クピドが追撃の矢を放つ。
 しかしそれもまた手応えがなかった。
 土煙で様子が見えなかったが、煙が晴れると人間の胸を貫く矢が見えた。
 しかしそれでも人間は止まることを知らない。
 すぐに矢をぬいてそれをクピドに投げ返した。

「危ないわ------ね!?」

 続いてそれに合わせて炎の魔法を撃ってきたのだ。
 流石のクピドでもその程度なら簡単に避けれるのだが、それをあの人間は許さなかった。
 炎で視界が埋まってるところに思い切り剣を投げつけたのだ。
 そしてその剣が肩に突き刺さり、空中に飛んでいた彼女は墜落する。

「クピド!?貴様ぁぁ!!」

 鬼神は感情が昂ることでアラートモードに入る。
 そして今からの頭は怒り一心等だった。
 人間を脳天から一刀両断を決める。
 しかしすぐに斬られた身体は再生してしまう。

「くっ!なんだこいつは!どうなっている!」

「サァァ?」

「間に触るでござるな!」

 しかし次の瞬間に、魔物達は思わず動きを止めてしまった。
 彼が取り出した武器が、あまりにも惨たらしいので動きを止めてしまった。

「人間を串刺しにした剣?」

「この外道が!」

「二人ともバカっすか!?これはどう考えてもヤバいっす!」

 チーリンの判断は正しかった。
 振り回された剣は、チーリンの防御をすり抜けダメージを与える。
 幸いしたのが、鈍器と化していたために打撲で済んだ点だが、依然として状況は変わらない。
 
「チーリン、大丈夫か?」

「問題ないっす!それよりもあれを倒すことだけを考えて欲しいっす!」

 クピドは肩から血を流し満身創痍。
 鬼神とカムイでは力は強いが、考えると言うことをもっと覚えてほしかったと思うチーリンだった。

「とりあえず奴を・・・」

「ウハハ!」

 人間は首に何かを注入する。
 次には、彼は苦しみ始める。
 まるで何かに呪われているかのように、何倍も肉体が膨れ上がりそして------

「まるで別の生き物でござるな!」

「ウォォォォォ!」

 人間が叫び声を上げると共に高速で動き出した。
 何故この巨大で動けるのか?
 そんな疑問なんてなんのその、カムイと鬼神は吹き飛んでしまう。
 そしてチーリンに攻撃を施すが、剣以外の攻撃を全て受け止める。

「オガ?」

「ナイスチーリン!逃げてみんな!」

 そういうと、クピドの支配下にある魔物達が次々と一斉に森へと駆け出す。
 流石に戦力をここに削ぐわけには行かないと判断したクピドだったが、その場で時が止まったかのように魔物達の動きが止まってしまった。

「なっ!?」

「ニヘラァ!ぐるぉぁあ!」

 次々に破裂して行く魔物達。
 あっという間に、Sランク以外の魔物は死んでしまった。

「そんな・・・」

「弱肉強食ぅ!!」

 カムイが岩を持ち上げて投げつけるも、ライトニングスピアを放ち、簡単に砕かれてしまう。

「くっ、これでもダメか!

「この隙は見逃さぬ!」

 鬼神は刀を突き刺し、そこに魔力を流し込む。
 そして人間は爆発して、肉片があたりに飛び散った。

「流石っす鬼神!」

「やるわね・・いったい!」

「大丈夫でござるか、クピド」

 肩の傷を止血し始めるクピド。
 しかしカムイだけは、警戒を一切解いていなかった。

「おい、まだ安堵するには早いぞ!」

「なにっ!?」

 次の瞬間破裂した肉片が次々と集まって行く。
 そしてみるみるうちに人の形を形成し、元の姿へと戻ってしまった。

「バカな!?どう言う仕組みでござるか!?」

 流石に聖魔法でも完全に死んだ人間を元に戻すことはできない。
 聖魔法でも前提として、対象者が生命活動を停止していないと言う条件が入るのだ。

「これはまずいわね・・・」

 ここからが、魔物達にとって最悪の悪夢の始まりでもあった。
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