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五章

鍛錬と名前

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 カムイやチーリンとの訓練が始まってからしばらく経つ。
 俺はカムイと血反吐を吐く様な基礎練の後だってのに、攻防を繰り広げている。
 だって屋敷の周りを全力疾走五分だぜ?
 ただ走るんじゃなくて限界まで振り絞って走るのを五分は死ぬ。
 俺とカムイの修行内容は至って単純。
 カムイの頭についてる鉢巻を奪うこと。
 単純だけど簡単ではない。
 なにせSランクの魔物から隙を作らないといけないからな。
 これが自身を鍛えるための行為とわかっていても、俺は言いたい。

「少しは手加減しろやこの畜生野郎!」

「手加減なんて生ぬるいわ!」

 カムイの蹴りが俺の交差させた腕に痛烈にヒットする。
 俺の治癒魔法ヒールは傷を軽く治す程度のもので、痛みを和らぐことはできない。
 更に加えて治癒魔法って聖獣契約者以外が使えばコスパがクソ悪い。
 魔力量は問題ないが痛みは残るから倦怠感が半端ないんだな。
 だと言うのにこいつは攻撃を受けるたびに使えと言う。
 おかげで痛みだけが中途半端に残ってて嫌な感じだ。

「いてぇんだよ!分かれよ!」

「ふんっ!苦労なくして、己の力を超えることはできんぞ!」

「うるせぇ!わかっとるわ!」

 拳で殴れば拳で、脚で蹴れば脚で、鏡の様に受け止められる。
 しかしどれをとっても硬い硬い。
 まるで石像を殴ってる感覚だ。

「そんなんじゃまだまだ弱いわ!」

「へっ!ウェザーウィンド!」

「なにっ!?」

 この修行中は治癒魔法以外は使わない約束だ。
 けど俺は魔法名を唱えた。
 無意識に手を引っ込めるカムイだったが、これはブラフだ。

「隙あり!」

「ぬぉ!」

 俺は見事に鉢巻を取る。
 ふぅ、危ねぇ!
 初日は俺は徹夜で次の日の朝まで鉢巻を奪おうと必死になっていた。
 それから数日繰り返していくうちに一日で奪える様にはなったんだ。
 だからか、昨日までは魔法を使用してよかったけど、俺が新しい魔法を使うや否や、カムイの奴は魔法禁止にしやがったんだ。
 それは身体強化も含まれるからかなり痛い。
 生身ではAランクの魔物だって強敵へと様変わりだ。

「ふぅ、今日は4時間で済んだぜ」

「卑怯だぞ」

「闘いに卑怯もくそもない!ルールは守ってるし問題ないだろ」

 魔法を使っちゃいけないというルールには反していない。
 つまり不正ではないってことだ。

「リアスの奴なんであんな元気なんだ?」

「自力の差よ。彼が単独でAランクの魔物を倒せるようになったのは5年も前の話よ?わたし達は最近やっと倒せるようになったのだし」

「まぁ今でもオレ達じゃAランクの魔物複数なら確実に死ぬしなぁ」

 グレイとグレシアがなんか駄弁ってるけど、ここからじゃ何を言ってるか聞こえない。
 どうやら駄弁ってたのがチーリンに見つかって叱られてる。
 二人のチーリンの修行内容は魔力の底上げらしいからな。
 今、この屋敷内に漂う魔力は異常で、最近就職した若い使用人とかの魔力量も上がってるらしい。
 まぁ動かないと魔力の底上げはできないらしいから、二人ほど上がってはいないだろう。
 俺も昔クレにあれやらされたなぁ。
 精霊共鳴レゾナントを幼い頃から繰り返してた影響で、魔力の成長が止まってたらしい。
 だから聖魔法しか使えなかったようだが、伸び代はまだあるからそこでなんとか汎用魔法を自力で使えるようにはしたいらしい。
 二匹の聖獣、クロとメシアはそれぞれ籠の中とグレシアの首で休んでるようだ。
 とりあえず俺は疲れたからその場に寝転んだ。
 その横にあぐらで座り込むカムイ。

「まぁしゃあない。騙された某が悪いな。まぁお前もかなりにいい動きするようになったな」

「むっさんもなー」

「某は元からいい動きをするからな!」

 ガハハと笑いながら背中を叩くのはカムイの、むっさんの照れ隠しだ。
 どうやら魔物達は種族名で呼ばれるのがあまり好きじゃないらしい。
 だから俺が僭越ながら、カムイからむっさんの名前をつけさせてもらった。
 因みに鬼神はロウ、クピドはウル、チーリンはツリム、キュクロープスはシングル、ハヌマンはウェストだ。
 ロウは、スキルが信号のように変わるから道路を英語にした読み方からとった。
 ウルは麗しい姿だから頭文字の二つをとってウル。
 チーリンはその、むっつりそうな顔をしてるからそうした・・・
 シングルは一つの目のみを持つ姿からで、ウェストは西遊記の孫悟空の姿を連想させたからで西を英語にしてウェストだ。
 ほとんどの名前がシンプルだけど、まぁみんな喜んでたしいいよな。
 
「魔法ありきならむっさんといい勝負になるんだけどなぁ」

「お前さんの魔法は強力だからな。出会った当時ならまぁ大したこともなかったが、今はかなり厄介になっている」

「よく言うぜ。余裕を残してた癖によ」

「かっかっか!鉢巻を奪う時間が1時間以内奪えたではないか」

「どこまでも上から目線だなくそっ」

 確かに昨日は27分で鉢巻を奪えた。
 でもそれはあくまで鉢巻を取ることを考えたらだ。
 俺がむっさんにダメージを与える方法が今のところない。
 シールドを貼らなくても、肉体に纏う魔力がシールド魔法並みに強固な硬さをしていて、俺が使用できるどんな魔法でもまともなダメージが入らなかった。
 雷魔法は少し痺れるからってあまり受けたがらないけど、ダメージと呼べるものじゃないのは言動からも明らかだった。

「終わったみたいっすね。今日は昨日より長かったじゃないっすかむっさん」

「少しだけ本気を出したからな!」

「本当に少しかよ!おとなげねぇ!」

「これ俺もむっさんには勝てないっすからね!」

「まぁツリムは某達の中ではもっと硬いからな」

 防御面では硬いと言うよりも、攻撃が通りにくいが正しいな。
 何せあらゆる運動を止めるんだから。
 
「じゃあ次は俺の番っすよ!」

「いや、少し休ませてくれよ」

「確かに魔法には集中力がいるっすからね。1時間の休憩にするっすか!俺は二人を見てるっすから、あのでも見てきたらどうっすか?」

 ツリムがニヤリと笑い指差す方向は、アルバートとバルバディのいるところだ。
 あの二人は、ロウに扱かれてから日に日にやつれている。
 むっさんとツリムは俺とグレイとグレシア、グランベルとリリィを受け持ってくれてるが、ロウは二人専門だ。
 当然面白いよな!
 俺はむっさんを連れて二人の修行場所へと向かう。
 唯一あの二人は屋敷の前の庭を使ってる。
 因みにここは別邸で、新たな魔法実験等街のみんなの安全も考えて作ったから家から少しだけ離れてる。
 歩いて10分ほどの距離だ。

「俺は現場をあまり見てないから楽しみだなぁ」

「人の不幸は蜜の味か?」

「まぁな!あの二人、特にアルバートの不幸は俺得だ!」

 俺様系嫌いなんだよ。
 それに浮気とかも嫌いだ。
 嫌な気持ちになるし。
 だからハーレムとか想像できないし、イルミナには悪いが愛人として囲う予定もその気もない。

「性格が悪い」

「そんなもんだろ?知性ある生き物は」

「某達のことを言ってるのか?」

「それ以外に?」

「それもそうだな。確かにあの二人が痛い目見るのはスカッとするな。お前達の話を聞いた限りでは」

 魔物目線からしたら上のものが横暴に振る舞うのは許容範囲らしい。
 しかし婚約者を蔑ろにすることは魔物達にとってもおかしいとわかることらしい。
 確かに動物界では、メスをめぐる争いは起きても、オスをめぐる争いなんて早々おきないもんな。

「背筋を伸ばしこの体制を維持!はいっ!動かないでござる!そうそう、それを維持------はいっ!力を緩めない!」

 ロウの声とペチンという音と共に、アルバートの呻き声が小さく響き渡る。
 修行僧みたいな尺を抱えている。
 服装もそうだけど、ロウって転生者みたいな感じがしたんだよなぁ。
 和装なんてこの世界にないし。
 あ、領地で和装作って売るのもありかも。

「やってるなロウ!」

「むっさんとリアスでござるか」

「ツリムから休憩時間もらったから観にきた」

「二人とも相変わらずでござるよ。グレコ殿の授業はいつも寝ようとするでござるから叩き起こしてるでござる」

 二人はロウの修行時間以外はグレコからこの国についての指導を行ってもらってる。
 あいつは元伯爵令嬢でもあるからそれなりに教養はあったし、貴族としての常識は粉々に砕けてるはずだから任せた。
 ロウが付きっきりで聞いてるし、極端な考えを受け付けたりはしてないだろう。
 Sランクの魔物に見られてたら、まぁ下手なことは言えないだろうしな。
 グレコのストレス?
 そんなのは知らない。
 アルジオの風俗通いついては流石に隠したけどな。
 可哀想だ。

「はいそこっ!揺れない」

「うぉ、びっくりした」

 少しでも二人が体制を崩せば、話してる最中でも見逃さないのがロウだ。
 こいつなんだかんだ魔物の中で真面目なんだよな。

「根入れすぎじゃねぇか?もう少し大目に見てもいいとは思うぞ?」

「むっさんは何を言うでござるか!拙者達は居候させてもらってる身でござるからこれくらい当然でござる。夢に見た魔物の国よりも、人間との共存という現実味の帯びた出来事が転がってきたんでござるから、ここは心を鬼にしてやるでござるよ!」

 あ、結構大層な理由あったんだ。
 魔物の国は魔物達の理想だったらしい。
 理性のある魔物だけの理想郷。
 Sランクの魔物だらけの国とか想像したくねぇ。
 理性がある魔物は今のところSランクのみだからなぁ。

「そりゃまぁわかるが、そんなに急ぐこともねぇんじゃねぇか?」

「シングルの奴はもう街の奴らと馴染んでるのでござるよ!」

「たしかにあいつすごいよな。街のみんなも最初こそビビってたけど、今じゃ仲良しみたいだし」

 シングルの種族、キュークロプスはSランクの魔物達の中で一番異形の姿に近い。
 けど持ち前のコミュニケーション能力や、彼自身のスキルが攻撃特化じゃない武器作りに特化してる、鍛冶伝説レクリエイトと言うものもあり、街のみんなにはすぐに受け入れられた。
 鍛冶伝説レクリエイトは物に対して特殊な付与をランダムでつけると言う能力。
 それは魔剣だったり、持つだけで傷が修復するものだったりと便利なものや、振るっただけで剣先から花が出ると言った利便性のないものまで様々できる。
 更にSランクに指定される理由がおかしな武器を作る能力であることから、この領地の工場を点々として色々な物に付与をして時に感動させたり、笑ったりとある意味一番魔物の中でこの領地生活を楽しんでるまである。鍛冶伝説レクリエイト

「たしかにウルの奴なんて街の警備に回ってる騎士に混じって巡回してるよな」

「あれは笑えたな。熟練のスナイパーって感じだ」

「すないぱあと言う単語はよくわからんが、弓の腕は一流だ」

 ウルは、ただでさえ頭のいいハーピィに理性がクピドという種族で、ハーピィ時代から使っていた弓を武器に持つ。
 彼女の腕もさることながら、進化した時に得たスキルが鷹の目ターゲットホークと言う、発動したら自身の視界の前方を見る距離の倍率を変えるという、現代のスナイパーライフルなどに付けられているスコープ代わりのスキルを持つ。
 それに加えてクピド特有の種族魔法、アーミー・オブ・ザ・リーダーという魔法があって、それはAランクの魔物を従わせることができる魔法だ。
 つまり彼女は単体で強力な後方支援のある軍団を持つ魔物って訳だ。
 今は街の警備の一片を担ってもらっている。
 この街の警備力は、あまり高くないし助かるよな。

「それに比べたら拙者達はリアスの家でこうして教えを乞うことしかしてないでござるから、せめてこれだけはしっかりとこなさなければ!」

「いや、皇子の教育はこの国の未来に関わることだからかなり重要だぞ?」

「リアス。正直に申すが、これが国の長の種族なのでござるか?あまりにも教養がなさ過ぎるでござるよ。進化したての拙者達並みの思考で中途半端に知識だけあるからタチが悪いでござる」

 人間の価値観って自分で気づかないと変えられないんだよなぁ。
 本当に15年も生きてきた?とは思うけど、実際は15年間で正してくれる人間がいなかったとも取れるんだよな。
 陛下はそこのところ、子育てをちゃんとしてほしかった。
 父親の悪影響をもろに受けている気がするんだが、こればかりは仕方ない。
 でも思ったけど、未だ陛下はアルバートの父親を皇族から追い出してないんだよな。
 離婚した時点で、あの父親は皇族じゃないから自動的に追い出せるはずなのに。
 それとも単純に陛下は彼のことが好きなのか?

「うーん」

「おい、アルゴノート・・・早く俺を助けろ・・・」

「姿勢どころが体制を崩すとはお仕置きがいるでござるな!」

「ひっ!」

 アルバートは皇族だからこんな体験滅多にしてこなかっただろうな。
 なにせ------右から何か来る!
 俺は咄嗟に右からくる方向に手を出して受け止める。
 まぁだいたい誰か見当はついてるけど。

「流石リアス!スノーに教えてもらった技術でもまだまだ足りないかー」

「ジノア様速いです!」

 横から拳を振るってきたのはジノアで、後ろから追いかけてくるのはアルターニア。
 恐らくこの数日、俺たちの中で一番伸びたのはこいつだろう。
 元からの才能か、それとも教えがいいのかはわからないが、スノーから個別に指導を受けていて気づけばアルナを負かすほどに成長を遂げている。
 体術に至っては、俺やイルミナの身体強化してない状態より僅かに強い。
 何せアルバートもそうだが皇族は実戦経験が少ないからな。
 今ならAランクを複数体相手にしても勝てるんじゃねーか?

「婚約関係にせっかく戻れたのにアルターニアほっといて俺に殴りかかってくるなよ」

「それを言うならリアスもミライを放っておいて実力をつけることに勤しんでるじゃん」

「ミラは優秀だからウルと一緒だ」

「ウル?あ、クピドの!彼女達ツーバックのいる警備って一体何を想定してるんだ?って言うまでもないか」

「あぁ。例の魔物達が対峙した人間ってのは薬を使ってる可能性が高い」

 少なくとも敵がいると言うことはわかってる。
 だったらあとは警備を手厚くするだけ。
 皇族が二人もいるんだ。
 厚くしすぎても問題ないだろ。

「もしその化け物と対峙することになったらどうするの?」

「某達でも苦戦を強いられたからな」

「拙者は協力するでござるよ!リベンジマッチと言ったところでござ------はいっ!姿勢を正す!」

「思ったけど、これだけの戦力を有してて皇族がいるから警備網もすごい場所に攻めてくる情弱いるのかな?」

 ジノアがそう馬鹿にしているが、その情弱者は着々と牙を整えていることを俺達はまだ知らない。
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