ツァオベラーの結婚

三日月千絢

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陛下の執務室に行くと、陛下はひとりで机に向かって書類を捌いていました。お父様の姿がありませんね、珍しい。出勤時間はとうに過ぎておりますのに。


「お?エデルガルト?」
「おはようございます、陛下」
「何、お前まで仕事の文句を言いに来たのか?」
「陛下から見て、私はそういうことを言う者に見えているんですね…。殿下、私、心に傷を負ったので帰りますわ」
「待て待て。陛下も考えもせずに言わないでください。エデルガルトは魔物の活発化について我らに教えてくれると」
「なにぃ!?それは本当か、エデルガルト」
「いえ、もう言うことは何もありませんわ。直接、メルキゼデク様の所にお伺いしてそちらにお話しすることにします」
「すまんかった!」


いくら初恋の人でも、あぁ言うことを言われると私でも傷つきますのよ…。といいますか、既にメルキゼデク様が文句を陛下に言いに来ていたのですね。改めて、代わりの休みをもらえるといいのですけど。高望みはしませんわ。魔物の襲撃は国民にとっても死活問題ですし。


「次はありませんわよ、陛下。私、メルキゼデク様が騎士団長であるから急な仕事にも納得しているんですの」
「あぁ!エデルガルトはそんなこと言わない。肝に銘じておく」
「えぇ、それがようございます。」


顔を引きつらせた陛下に笑いかけて、私は殿下に促されるままにソファーに腰かけました。そして、広げられる国内の地図。殿下はそこにササっと駒を置いていきます。現在の部隊配置でしょうか。


「これが目撃情報で、こっちが討伐部隊」
「種類は?」
「今までは小物ばかりだったが、昨日のは中型だったんですよね陛下?」
「あぁ。竜種やヘルハウンドの目撃情報も出始めて、夜間巡回の部隊数を増やした矢先にだ」
「あらまあ。ヘルハウンドまで首都に出てくるなんて」


ヘルハウンドとは大型の犬で、大型と言ったって人間よりは大きいものです。それに噛みつかれれば絶命は免れれませんし、大きな鈎爪で引っ掻かれても重傷を負います。濁った赤い目をして、硫黄のようなにおいを放つ魔物で、死の予兆としても謳われている魔獣の一種。


「竜種というのはワイバーンでしょうか?」
「ワイバーンは影を、実物で出てきたのはニーズヘッグだな」
「どちらにせよ、そこそこの大物ですわね。確か、メルキゼデク様が討伐されたドラゴンですけど、詳しい種類は?」
「ペルーダだな。頭三つの奇形種で、随分と手を焼かされたが」
「奇形種まで出てきてるんですか…。今代は荒れますねえ」


ペルーダは水辺に生息する大きな蛇のような魔物です。水辺に生息するくせに、火を吐く個体もいるちょっと変わった竜種でもあります。大きさが大きさのため、メルキゼデク様が出向いて討伐することになったのでしょう。しかし、そう目にする魔物ではないのも確かです。


「エデルガルト、先ほど言っていた乙女たちと魔物の活発化の同時発生についてだが」
「あぁ、そうでした」


殿下の言葉に思い出して、パチンと指を鳴らしグリモワールを召喚します。陛下も殿下も、もう慣れてくださったのでしょう驚きこそすれ真顔で私を見ています。


「私が知る限り、全国各地の魔物の活発化は過去に二度ありました。どれも、秘宝の乙女たちが私の手元に揃った時です」
「揃う?」
「はい。私と生きて会うという意味です。秘宝たちがお互いを認識し合う時に限って、魔物たちは数を増やし人を屠る。これで滅びた国もいくつかあった筈です」
「国が滅ぶのか」
「陛下たちからすれば昔の記録になるので…。あぁ、ざっと四百が五百年ぶりですわね、これ」
「そんなにか昔!?」
「建国前だから知らないのも無理はありません」


そんなに会えてなかったんですねえ。秘宝四人と揃って会うことが出来ていなかった。そりゃあ、行き違って生まれたりするわけです。魔女と盾の再会が、今回の引き金というところも感じますが知らないフリをしてもいいでしょう。


「それは、何か対策法などあるのか?」
「ないですね。戦力を拡散させて魔物をばっさばっさ切っていくしかありません」
「…ないのか」
「ないです。しかし、この国にはユシュル様が居るので、魔術陣が展開されたら国内に魔物が入って来ることはありません。しかし、その分諸外国への手助けをしなければならないので、治癒魔術が使える人の増員と備蓄食料の確認などをお勧めしますわ」
盾の子アイギスはそこまで出来るのか?」
「できますとも。だから、誰も彼もが盾を欲しがるんです。剣や槍は共に戦場に出ることを好み、鎧は唯一を守ることを好む。その中で盾は、唯一を守るために国そのものを守ることを好みます。防御術は誰にも劣りません」


けど、その分とても怖がりなのが盾の子です。陛下と殿下は顔を見合わせて、難しい顔をしています。これから協議して、この国がどう在るべきかを明確にしていくのでしょう。


「私自身が今代の剣、槍、鎧を知りません。しかし過去から予測すると、あの子らは盾に会うことを願うでしょう。秘宝が在住する竜族、獣人族、妖精族の国から申し出が出た場合は、魔導書の魔女の存在も一緒に明かしてくださって構いません」
「良いのか?」
「はい。竜族でも妖精族であっても私に魔術は敵いませんから」
「…すごい自信だな」
「魔導書の魔女を名乗ってるんです、当たり前のことですよ。あと、メルキゼデク様は嫌がるかもしれませんが必要であれば魔物の討伐にも出向きます」
「お前が?」
「はい。まあ、王宮魔術師団のメンツもありますから、その辺りは陛下に采配をお任せいたします」
「それは、心強いが…。確か、今まで別荘に居たんだろう?今生では初めてじゃないのか?」
「そうですね、今生は引き籠りしていたので。しかし、身に付いている経験値は誰よりも多いことを自覚しているので、そう易々とヘマするようなことはありませんわ。陛下みたいに討伐の際に魔術の暴発で森一個焼き払って、王族が買い取ることにしたとかそういうのもありませんし」
「な゛っ!?な、なんでお前がそれを」
「魔導書の魔女ですもの。ギルトロメアの子がやってんなあ、なんて思ったものです」


お前は…。と次は頭を抱えた陛下に私はにんまり笑いました。侮るなよ、小僧が。というそんな気分でもあります。精神年齢は誰よりも年上ですからね。


「エデルガルトは、その、よくギルトロメア王の名を出すけど他の王は?」
「子孫を前にして言うのも憚られますけど、他の王なんてギルトロメアを前にすれば誰もが霞んでしまいますのよ。バルトロメウスの代にも、この国で生まれ落ちて盾の子アイギスと再会しましたけど、ギルトロメア程でもありませんでしたし」
「バルトロメウス王の時代にも居たのか!?」
「居ましたとも。あの時代のこの国穏やかでしたねえ。盾の子アイギスの輿入れに一悶着あった程度で、バルトロメウスはギルトロメアほど傲慢でもなければ激情家でもなく」


殿下に言われて、他の代の王を思い浮かべますが――ギルトロメアほど印象強い王が少ないので何とも。ま、誰も彼もが魔女の生を許して、願ってくれていたことに変わりませんが。


「けれど、この国の王族は本当に何処か甘ったれですのよ。ギルトロメアもバルトロメウスも、そして陛下にしろ殿下にしろ、メルキゼデク様にしろ。呆れかえるほど、甘ったれているのです」
「…容赦なくなったなあ、お前。昔は、あんなに俺を見て頬を染めていたのに」
「仕方ないじゃないですか。王族の男たち、みなが私の好みの顔ですもの。同じ顔をしやがって、と思うこともありますわよ。本当に」
「好みの顔」
「陛下やメルキゼデク様は随一ですわね。前国王陛下の顔を覚えてないのが少々残念ですが、おふたりを見ていると『こういう顔』というものは想像に容易いのです」
「エデルガルト…」
「殿下は王妃に似てますけど、恐らく成熟型ですわね。バルトロメウスがそうだったのですもの。びっくりするぐらい美少年だったのに、歳を重ねると顔つきが変わって。昔、剣の子ジリルが『やっぱり、この国の王族の顔ね』と言っていたほどですのよ」


そんなに?と言いたそうなふたりに私はひとつ頷いて、陛下の後ろにある大きな窓に目を向けました。まだ、昼にもなっていないのに。


「エデルガルト?」
「乱暴者がやってきたようですわね」


ドンッと響く爆発音に、陛下と殿下は一斉に窓に目を向けました。立ち上る煙と聞こえてくる僅かな悲鳴と怒号。


「この地図、使っても?」
「は?」
「ちょっと使いますわよ。あとで新しいの買ってくださいまし」


私は駒が乗ったままの地図に、手のひらを向けます。詠唱は要りませんわ。魔女ですもの。ただ映像を空間へ移すイメージをするだけです。そして、瞬き一つの間にあの場所の映像を引き寄せました。浮かび上がる惨状に陛下が息を飲みました。
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