皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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ヲホド王来襲

宮の湯屋にて

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「おかしいと思ってる?」
人払いをした湯屋は静かだった。
薄闇の中、湯の中に沈みながら、手白香は仕切り代わりの御簾の向こうで背を向ける磐井に問い掛けた。
「……何についてでしょう?私にとっては全てがおかしいのに。大連の依頼も、その内容も、それを受けた我が主の判断も。」
沈黙の後、磐井が答えた。だいぶご不満のようだ。
「では、なぜ反対しなかったの。」
「始めに致しました。それを無視されたのに、それ以上反対出来ましょうか?」
「嘘つき。」
小さく呟いたつもりだったのに、聞こえたようだ。溜め息が聞こえてから、真剣な声が聞こえてきた。
「そうですね、反対したくとも、出来なかったと言うのが正しい。毛野からあんな話を聞かされては。」
「取り敢えず来て、状況を確認しなければ、となるわよね。」
「ええ。私も、自分の子飼いの者に、情報を集めるよう指示をしました。明朝には第一報が来るでしょう。」
「頼もしいわ。私にはもう、何の力も無いから。」
「主、そんな事は……。」
「いいのよ。先の大王の嫁き遅れた姉なんて、しかも男が途絶えた家なんて、何の力も持てないわ。喪が明けて神器を渡したら、後は付けられた部民べみん※と共にひっそりと暮らしていくか、重臣の乞うまま政略結婚するしか、無いもの。」
「先の大王は、そうは仰いませんでした。」
「ふふ、実の弟だもの。本当に嫁ぐとなったら、多少の我が儘は聞いてくれたでしょうけれど。でもあの子だって、姉上、我を見捨てるのですか?って言って、結局歌垣うたがき※の一つも行かせてくれなかったのよ。」
貴方は良いわね、散々遊んでいて。
手白香が笑うと、磐井の咳払いが聞こえた。
「話がずれてます、主。今日の集まりの事ですが。」
口調が真剣なので、手白香も笑みを消した。
「そうね、でも全くずれてるわけではなくてよ。そうでしょう?」
「主……」
「先の大王の喪中に大和の国境まで手勢と共に押し寄せてくる自称新しい大王なんて、どう対処すると言うの?こちらには目ぼしい大王候補もいないと言うのに。私が重臣達彼らなら、取り敢えず目を引く宝物か、美女か、身分の高い女でも与えて時を稼ごうってなるわ……。」
「まあ、この話がそもそもどの程度真実かは、今夜の集まりで分かるでしょうし、どう対応するかは、今後のお楽しみってところね。」
一息に言って、磐井の言葉を待たずに、そのまま一気に湯に潜る。頭のてっぺんまで湯に入り、そのまま反動をつけて立ち上がった。
ざあーッと湯の流れる音がして、磐井がギョッとしたように振り向く。
「どうした、手白香!あ、失礼を……」
さっと再び背を向ける磐井に、手白香はにこやかに声を掛けた。
「さあ、密談は終わり。磐井、髪を洗うのを手伝ってくれる?それとも采女を呼んで来る?どっちか選んでいいわ。」
答えは分かっているけれど、敢えて聞いてからかう。これくらいしないと、今夜を乗り切れる気がしない。
「主、からかうのは止めて欲しい。すぐに采女を呼んで来るから湯に入ってろ。」
ふふ、動揺している。呼び方は直したけれど、口調は以前に戻ったままだ。
手白香はくすくす笑いながら、早くして、湯冷めしてしまうわ、と言って、磐井を急かした。


※の解説
部民  大化改新以前に,朝廷あるいは天皇・后妃・皇子・豪族などに隷属し,労役を提供し,また生産物を貢納した人々の集団をいう(世界大百科事典より)

歌垣  古代の習俗。男女が山や海辺に集まって歌舞飲食し、豊作を予祝し、また祝う行事。多く春と秋に行われた。自由な性的交わりの許される場でもあり、古代における求婚の一方式でもあった(大辞林より)
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