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ヲホド王来襲
合議
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冬の寒空に二十日の月がやっと顔を出した頃。
闇夜に紛れる様に宮に重臣たちが集まり、合議が始まった。
金村より大王の座所である簾内を勧められた手白香は、あくまで内密に話が聞きたいからと丁寧に断り、自分が来ていることをよくよく口止めすると、隣室に座を取った。
常であれば重臣たちが従者を控えさせるこの部屋でも、充分に隣室の話は聞こえるだろう。
(どうやら始まったようね)
灯火一つの薄暗く深々と冷える中、手白香は居住まいを正し、隣室の声に耳を澄ませた。
「ヲホドとかいう者の使者は何といっているのだ?」
「我を新大王に推戴せよと言っておる。山背と大和の国境まで軍を進めており、既に木津川は越えたと。」
「何という速さだ!大王が薨去されてまだ二月にもならないと言うのに・・・」
「しかも、本拠地は大雪で有名な越の国※と言うではないか?なぜ真冬に軍勢を率いて出てこられるのだ?」
「何でも、父方の出は近江の国だとか。事前に兵を近江に移していれば、この早い進軍も有り得るのではないかと。」
重臣達に現状を説明し、質問に答えているのは金村だけ。
つまり、この事態に対応しているのは、大王の護衛と大和の守りを担う大連である大伴一族とその長、金村ということ?
「事前に?一体どのくらい前から準備をすれば、真冬に行軍などと言う事が出来るのであろう。お分かりになるか、物部麁鹿火殿?」
大和の外の征討を任務とし、時に海も渡る大連、物部氏の長である麁鹿火は、暫し考えたのち、低い声で答えた。
「行軍の距離と期間による……百を超える兵をある程度の期間外征先に滞在させようと思ったならば、一月やそこらでは無理だな。」
「かなり前から計画されたと言う事だな?」
「その可能性は高い。」
「では先の大王のご容態や、我々大和の様子を、そ奴は以前から探っていたと言う事か?」
「……つまり、内通者がいたと?」
誰かが言った一言で、場に緊張が走った。
しん、と合議の間に沈黙が落ちる。
お互いの顔を見て腹の探り合いでもしているのか、そのまま暫らく、沈黙が続いている。
(今日はここで話は終わりかしら?現状を共有したということね)
まだ考える時間はありそうね、と、手白香が思っていると。
「今は仲間割れをしている時ではない。外から新大王に名乗りを上げてきた者がいるのだ。我らが協力して事に当たらねば。」
落ち着いた金村の言葉が聞こえてきて、場は再び動き始めた。
「協力して……確かにそうだが。本来であればこのような一大事、大王の判断を仰ぎつつ対応すべきこと。」
「だが、我等はいまだ新しい大王を選べておらぬ。」
「そもそも大和の国中にはもう大王たるべき血筋の皇子がいないのだ。そうだ、金村殿、大王の血筋を辿って行きついた丹波の国の倭彦王殿はどうだった?会いに行くと、前回の合議で言っておったではないか。」
「あの方は駄目だ。私と麁鹿火殿で向かったが、何を恐れてか山奥に逃げてしまった。」
「なんだと?では、大王の血筋はどこにおわすというのか?我々は誰を頼りにヲホド王とやらを撃退すればよいのか!」
(父大王の男皇子が一人だった時点で分かっていた問題だったわ。解決しようと弟にも重臣にも提案してみたけれど、話も聞いてもらえなくて、結局この有り様。馬鹿みたい)
冷ややかに聞いていた手白香の耳に、あっ、という声が聞こえた。
「国境まで来た者、ヲホド『王』と言ったな。『王』を名乗るのだ。どのような出自なのか、聞いておるか、金村殿?」
これは、政を担う大臣※の巨勢男人の声だ。確か以前より、大王の血族が少ないのを憂いて、何代か遡り、大王の血筋を辿ってくれていた。
倭彦王の血筋も辿っていたのはこの大臣だった筈。
「品陀和氣命※の五世孫だとか。使者の言葉を信じるならば。」
淀み無く答える金村の言葉に。場にどよめきが走った。
「品陀和氣命といえば、河内の国に大きな御陵※があるではないか!」
「まことに大王の血筋なら、話は変わる。我らが推戴すべきお方となるやも知れん。」
「血が薄いのが問題と言えば問題だが……」
「それは以前と同じ方法で補えば良い。」
場の雰囲気が一気に変わったのが、隣室に居ても感じられた。
手白香は身じろいだ。良くない方向に進んでいる。
「では、ヲホド王の出自を確認しよう。」
「金村殿はヲホド王の使者により詳しく出自の確認を。」
巨勢男人が言えば、
「分かった。併せて、出自が確認出来るまでは大和に入らぬよう、使者に伝えよう。無体をすれば、この大連大伴金村の名に掛けて撃退する。」
「では、私は河内の御陵に行き、守り人に当たろう。」
麁鹿火も協力を申し出て、合議は終わった。
どうやら、最後のわずかな間に、ヲホドとやらは外敵から大和の新大王候補に変わってしまった。
(最悪に近い流れだわ)
手白香は自分の運命が大きく動かされたことをひしひしと感じていた。
※の解説
越の国 古代の広域地名。高志,古志,古之とも書く。本州の日本海沿岸域北半,敦賀湾から津軽半島までを包括する(世界大百科事典より)
大臣 大和朝廷における国政の最高官の一。臣おみを姓かばねとする豪族の最有力者で、大連おおむらじとともに国政に参画(大辞林より)
品陀和氣命 応神天皇。第15代に数えられる天皇。
御陵 天皇・皇后・皇太后・太皇太后の墓(大辞林より)
闇夜に紛れる様に宮に重臣たちが集まり、合議が始まった。
金村より大王の座所である簾内を勧められた手白香は、あくまで内密に話が聞きたいからと丁寧に断り、自分が来ていることをよくよく口止めすると、隣室に座を取った。
常であれば重臣たちが従者を控えさせるこの部屋でも、充分に隣室の話は聞こえるだろう。
(どうやら始まったようね)
灯火一つの薄暗く深々と冷える中、手白香は居住まいを正し、隣室の声に耳を澄ませた。
「ヲホドとかいう者の使者は何といっているのだ?」
「我を新大王に推戴せよと言っておる。山背と大和の国境まで軍を進めており、既に木津川は越えたと。」
「何という速さだ!大王が薨去されてまだ二月にもならないと言うのに・・・」
「しかも、本拠地は大雪で有名な越の国※と言うではないか?なぜ真冬に軍勢を率いて出てこられるのだ?」
「何でも、父方の出は近江の国だとか。事前に兵を近江に移していれば、この早い進軍も有り得るのではないかと。」
重臣達に現状を説明し、質問に答えているのは金村だけ。
つまり、この事態に対応しているのは、大王の護衛と大和の守りを担う大連である大伴一族とその長、金村ということ?
「事前に?一体どのくらい前から準備をすれば、真冬に行軍などと言う事が出来るのであろう。お分かりになるか、物部麁鹿火殿?」
大和の外の征討を任務とし、時に海も渡る大連、物部氏の長である麁鹿火は、暫し考えたのち、低い声で答えた。
「行軍の距離と期間による……百を超える兵をある程度の期間外征先に滞在させようと思ったならば、一月やそこらでは無理だな。」
「かなり前から計画されたと言う事だな?」
「その可能性は高い。」
「では先の大王のご容態や、我々大和の様子を、そ奴は以前から探っていたと言う事か?」
「……つまり、内通者がいたと?」
誰かが言った一言で、場に緊張が走った。
しん、と合議の間に沈黙が落ちる。
お互いの顔を見て腹の探り合いでもしているのか、そのまま暫らく、沈黙が続いている。
(今日はここで話は終わりかしら?現状を共有したということね)
まだ考える時間はありそうね、と、手白香が思っていると。
「今は仲間割れをしている時ではない。外から新大王に名乗りを上げてきた者がいるのだ。我らが協力して事に当たらねば。」
落ち着いた金村の言葉が聞こえてきて、場は再び動き始めた。
「協力して……確かにそうだが。本来であればこのような一大事、大王の判断を仰ぎつつ対応すべきこと。」
「だが、我等はいまだ新しい大王を選べておらぬ。」
「そもそも大和の国中にはもう大王たるべき血筋の皇子がいないのだ。そうだ、金村殿、大王の血筋を辿って行きついた丹波の国の倭彦王殿はどうだった?会いに行くと、前回の合議で言っておったではないか。」
「あの方は駄目だ。私と麁鹿火殿で向かったが、何を恐れてか山奥に逃げてしまった。」
「なんだと?では、大王の血筋はどこにおわすというのか?我々は誰を頼りにヲホド王とやらを撃退すればよいのか!」
(父大王の男皇子が一人だった時点で分かっていた問題だったわ。解決しようと弟にも重臣にも提案してみたけれど、話も聞いてもらえなくて、結局この有り様。馬鹿みたい)
冷ややかに聞いていた手白香の耳に、あっ、という声が聞こえた。
「国境まで来た者、ヲホド『王』と言ったな。『王』を名乗るのだ。どのような出自なのか、聞いておるか、金村殿?」
これは、政を担う大臣※の巨勢男人の声だ。確か以前より、大王の血族が少ないのを憂いて、何代か遡り、大王の血筋を辿ってくれていた。
倭彦王の血筋も辿っていたのはこの大臣だった筈。
「品陀和氣命※の五世孫だとか。使者の言葉を信じるならば。」
淀み無く答える金村の言葉に。場にどよめきが走った。
「品陀和氣命といえば、河内の国に大きな御陵※があるではないか!」
「まことに大王の血筋なら、話は変わる。我らが推戴すべきお方となるやも知れん。」
「血が薄いのが問題と言えば問題だが……」
「それは以前と同じ方法で補えば良い。」
場の雰囲気が一気に変わったのが、隣室に居ても感じられた。
手白香は身じろいだ。良くない方向に進んでいる。
「では、ヲホド王の出自を確認しよう。」
「金村殿はヲホド王の使者により詳しく出自の確認を。」
巨勢男人が言えば、
「分かった。併せて、出自が確認出来るまでは大和に入らぬよう、使者に伝えよう。無体をすれば、この大連大伴金村の名に掛けて撃退する。」
「では、私は河内の御陵に行き、守り人に当たろう。」
麁鹿火も協力を申し出て、合議は終わった。
どうやら、最後のわずかな間に、ヲホドとやらは外敵から大和の新大王候補に変わってしまった。
(最悪に近い流れだわ)
手白香は自分の運命が大きく動かされたことをひしひしと感じていた。
※の解説
越の国 古代の広域地名。高志,古志,古之とも書く。本州の日本海沿岸域北半,敦賀湾から津軽半島までを包括する(世界大百科事典より)
大臣 大和朝廷における国政の最高官の一。臣おみを姓かばねとする豪族の最有力者で、大連おおむらじとともに国政に参画(大辞林より)
品陀和氣命 応神天皇。第15代に数えられる天皇。
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