皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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ヲホド王来襲

呼び出しの真意

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少しぼんやりしていたらしい。
気付くと隣の部屋から物音は消えていた。合議の間にいた重臣たちは去ったようだわ。
随分冷えてきたし、私も部屋に戻ろう。
立ち上がったところで、扉の外で言い合う声が聞こえた。
「どうしましたか?」
声を掛けると声は止み。
「手白香様、いらせられますか?」
金村の声が聞こえた。まだ屋敷に戻ってなかったのかしら?
「ええ。今、出ます。」
言いながら立ち上がると扉が開いて、松明の灯りが、さっと室内を照らした。
「このような暗くて寒い場所に・・・申し訳ございません。」
言いながら、手白香の方へ松明を向ける。
「遅い時刻ですが、あと少し、お話申し上げたいことがございます。お時間を賜りたく。」
慇懃に頭を下げるこの男は、断らせない言い方をよく心得ている。
「暖かいところで短くならば。」
一つだけついていた灯明をフッと吹き消すと、手白香は扉へ向かった。
「ごもっともで。合議の間でよろしいですか?」
「ええ。」
金村の前を通り廊下へ出ると、扉の脇に磐井がいた。何だか機嫌が悪い。疲れたのかしら?
「ご苦労。もう少しかかるわ。何なら今日はもう先に休んでも・・・」
「お供致します。」
有無を言わさぬ声。こういう時の磐井は絶対に譲らないから言うだけ無駄だ。
「分かったわ。ついていらっしゃい。金村、磐井も中に入れるわ。駄目なら話は聞かない。」
磐井を入れると言った瞬間、金村ははっきりとイヤそうな顔をした。それだけで話の内容が知れて憂鬱になるけれど。
押し切るように言い重ねると、黙って隣の合議の間の扉を開けた。
中の暖かい空気がふわっと顔を撫でる。
「どうぞ」
「行くわよ、磐井。貴方は私の後ろにいなさい。」
「畏まりました。皇女様。」
一瞬、ほんの一瞬だけど金村が苦虫を噛み潰したような顔をしたので。手白香は少し留飲を下げた気がした。


「先ほどの話はご理解頂けましたか?」
部屋の中ほどに向かい合って座すと、早速金村は本題に入った。
「そうね・・・。」
手白香は頭の中を整理しつつ口に出していく。
「ヲホド王と名乗る者が百を数える兵を率いて大和と山背の国境まで来ている。要求は新大王の位。その者の本拠地は越と近江。事前に準備を進めていた可能性が高い。」
金村はただ頷く。こういう時のこの男は、何を考えているのか分からない表情をする。
大和私達はまだ新大王も決まっていない。考えていた候補は貴方と麁鹿火が迎えに行ったのに逃げてしまう体たらく。到底団結して対応する状況ではない。」
「と、思っていたら、なんと、問題のヲホドなる者は大王の血筋かも知れないと言う話になった。調べる必要はあるが、上手く行けば、大王選出、国境の争い、どちらの問題も一気に解決出来そう・・・こんな理解でよろしくて?」
折角にっこりと微笑んだのに、金村は無表情なまま。でも、大きく頷くと口を開いた。
「流石は手白香様。聞き取りにくいこともございましたろうに、よくお分かりでいらっしゃる。・・・実は」
ここで金村は言葉を留めた。
グッとこちらを見る目に力を籠めているのが分かる。
金村にとって勝負の時のようだ。
手白香も自然に、膝に置いた手に力が入った。
「ヲホド王の血筋は既に調べが付いております。」
「なんですって?」
品陀和氣命ほむだわけのみことより五世孫のお方で、間違いありません。近江に強い影響を持つご一族でしたが、ヲホド王の代で越と、海の向こう、伽耶・百済などとも交易を通じ誼を結んだとのこと。ああ、品陀和氣命なる大王は、手白香様にとっても五世先の祖でいらせられます。」
何という事だ。
手白香は叶う限りの速さで今の話を消化しつつ、目の前の男を睨みつけた。
「つまり、お前の中ではもう、ヲホド王は新大王の最有力候補なのね。ではなぜ、今回の合議で、お前は知っていることを出し惜しんだの?何が目的?」
言いながら見えてくるものがある。
「ああ、そう。大和の豪族の誰が敵になりそうか、誰は味方に引き込めそうか、判断するためね。でも、こんな重要な事、流石のお前も一人ではしないでしょう?仲間は誰・・・そうか、麁鹿火・・・」
金村は沈黙を守る。それが答えだった。
大連、つまり、政の中で戦事いくさごとを司る二人が組んだのだ。この話はもう決定となろう。
「大王候補だった丹波の国の倭彦王やまとひこのおおきみにも、何か恐れるような事を事前に伝えてあったのでしょう?どれだけ周到に準備したのだか?いつから?・・・もしや、ヲホド王に大和の事を流していたと言うのは・・・」
「手白香様には本当に男皇子としてお生まれ頂きたかった。」
これ以上は口にするな。
そう言わんばかりに、金村は手白香の言葉に、言っても詮無いことをかぶせてきた。
だが、金村は頭のいい男だ。こと交渉事で、無駄な事は一切しない。
手白香に言いたい放題言わせてきたのは、それが正しい推論で、話させることで理解させようとしたから。
では、詮無い事をかぶせてきたのは?
女で残念でしたわね、と言わせて、その後出る言葉は?
「・・・大王家では、女で生まれてこそ出来る役割があると、お前は持っていきたいのね?」
自然に低くなった手白香の声に、金村は少し目を見開いた。
「・・・はい。手白香様の仰せの通りです。ヲホド王の血は、今の大王家とはあまりに離れている。それを補完することが出来るのは、今の大王家の血を最も濃く受け継ぐ皇女との婚姻のみ。つまり、手白香様、貴女との婚姻です。」
分かっていた。
先ほどの合議の最後の方に、血の薄さは以前と同じ方法で補えば良いと誰かが言った時から、薄々こうなるだろうと思ってはいたのだ。
だが。
「金村、私は・・・」
「そこまでだ、金村殿。」
少し考えさせて欲しい、出来ればヲホドなる者の情報をもう少し欲しい。そう言おうとした私の言葉を、今度は磐井が遮った。
磐井は杖刀人、つまり護衛。今までおおやけにしろわたくしにしろ、主たる手白香の言葉を遮ったことなど、一度も無かったのに。
驚いて振り返ると、いつもは努めて感情を抑える磐井が、怒りの形相で金村を睨みつけていた。
「どうしたの、磐井?」
思わず声を掛ける。
磐井は手白香の声にハッとすると、申し訳ありません、と言いつつ、彼女の腕をつかんで無理やり立たせた。
「こんな夜更けに、お疲れの皇女様に決断を迫る内容では有りますまい、金村殿。今日のところは失礼させて頂く。さあ、皇女様、参りましょう。」
そのまま手を引いて扉に向かおうとする磐井。
「待ちなさい、磐井。」
いくら何でも失礼だわ。
手白香は磐井に制止の言葉を掛けながら、金村の方を振り返った。
すると。
「分かった、磐井。そちにも辛い話だったな。手白香様、話を急ぎすぎました。遅くなりましたが部屋は暖めさせてあります。ゆっくりお休みください。詳しいことはまた後日。」
金村はそう言いながらゆっくり平伏した。
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