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ヲホド王来襲
回顧Ⅸ残月(杖刀人磐井)終
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そう言えば、大伴の大連(金村)とこの件について一度だけ話したことがあった。
明け方の冷えの厳しさに身震いしながら、磐井は朝までの僅かな時間を眠りに使わず、なおも思い返している。
あれは大王の病重篤と重臣に発せられ、宮の内が騒がしくなり始めた頃だった。
所用で已む無く主の元を離れて政の宮に居た時に、偶々金村とすれ違ったのだ。
「ああ、磐井。」
「大伴の大連様。」
脇に避け、頭を下げて礼をしている磐井の前を通り過ぎようとして、ふと金村は立ち止まった。
「あの話、大王から承った。」
お互い連れが無かった為か、そのまま話し始める。
「……その時は宜しくお願いいたします。」
取り敢えず一層深く頭を下げた磐井に頭を上げるよう促すと、金村は磐井の顔をじっと見た。
「いつ発つ?」
「大王のご快癒を願っておりますので、今はまだ何とも。」
「そうか。確かに。……発つ時は私に言うように。後のことがある。」
「時、至れば必ず申し上げます。」
何処で誰が聞いているか分からないので、お互いに問いも答えも端的に伝える。立ち止まっている時間も短ければ短いほど良い、、、それなのに、次の質問の前には、少し沈黙があった。
「それでは私はこれで…「それで、大和に戻るつもりか?」
頭を下げて挨拶をしかけていたので、やや驚いて金村を見上げた。
かつての上役で、今は宮の警護と大和の治安、それに付随する情報管理を一手に引き受ける辣腕の大連は、実に怜悧な目で磐井を見つめていた。
スッと背筋が凍る。この答えは間違えてはいけない。と、何故だか強く思った。
だが、何が正解かも分からない。
「……発つ前に大連様にご相談に上がります。」
そう答えるのが精いっぱいだった磐井に、金村は微かな笑みを向けた。
「そう怯えるな……悪いようにはしないつもりだ。では。」
そう言って、静かに去る金村を、磐井は黙って頭を下げて見送ったのだった。
「悪いようにはしないと、貴方は言ったのに、何故……!」
口惜しさが思わずこぼれ出る。
見上げた空は、明け方が近く少しずつ闇が薄まり、中天を過ぎた月が弱い光を放ってほの白く浮かんでいる。
そろそろ朝の早い采女の起き出す頃合いだ。
そう思ったところで、背中の扉が静かに開いた。
「磐井様……やはりいらせられましたか。」
「山門か。皇女様は?」
「よく、お休みです……そろそろ宮の兵の見回りがあります。磐井様も朝餉まで少しお休みください。」
「……分かった。そうさせてもらおう。」
「私の部屋をお使いください。今お湯をお持ちします。」
扉を開けて、すぐ脇にある控えの間を示される。磐井は少し躊躇ったが、素直に従うことにした。
大連の権力を持ち、先の大王に頼れと言われた金村は、恐らく自分の味方ではない。となれば、休める時に休んでおかないと、危急の時に不覚を取ってしまう。
奥の間の簾内が静かなのを確認し、改めて誓う。先の大王の若雀命に。そして、まだ何も知らない手白香皇女に。
「必ずや、仰せに従ってお守りします。」
そして、なんとしても、この腕に、、、。
長い一日が、始まろうとしていた。
明け方の冷えの厳しさに身震いしながら、磐井は朝までの僅かな時間を眠りに使わず、なおも思い返している。
あれは大王の病重篤と重臣に発せられ、宮の内が騒がしくなり始めた頃だった。
所用で已む無く主の元を離れて政の宮に居た時に、偶々金村とすれ違ったのだ。
「ああ、磐井。」
「大伴の大連様。」
脇に避け、頭を下げて礼をしている磐井の前を通り過ぎようとして、ふと金村は立ち止まった。
「あの話、大王から承った。」
お互い連れが無かった為か、そのまま話し始める。
「……その時は宜しくお願いいたします。」
取り敢えず一層深く頭を下げた磐井に頭を上げるよう促すと、金村は磐井の顔をじっと見た。
「いつ発つ?」
「大王のご快癒を願っておりますので、今はまだ何とも。」
「そうか。確かに。……発つ時は私に言うように。後のことがある。」
「時、至れば必ず申し上げます。」
何処で誰が聞いているか分からないので、お互いに問いも答えも端的に伝える。立ち止まっている時間も短ければ短いほど良い、、、それなのに、次の質問の前には、少し沈黙があった。
「それでは私はこれで…「それで、大和に戻るつもりか?」
頭を下げて挨拶をしかけていたので、やや驚いて金村を見上げた。
かつての上役で、今は宮の警護と大和の治安、それに付随する情報管理を一手に引き受ける辣腕の大連は、実に怜悧な目で磐井を見つめていた。
スッと背筋が凍る。この答えは間違えてはいけない。と、何故だか強く思った。
だが、何が正解かも分からない。
「……発つ前に大連様にご相談に上がります。」
そう答えるのが精いっぱいだった磐井に、金村は微かな笑みを向けた。
「そう怯えるな……悪いようにはしないつもりだ。では。」
そう言って、静かに去る金村を、磐井は黙って頭を下げて見送ったのだった。
「悪いようにはしないと、貴方は言ったのに、何故……!」
口惜しさが思わずこぼれ出る。
見上げた空は、明け方が近く少しずつ闇が薄まり、中天を過ぎた月が弱い光を放ってほの白く浮かんでいる。
そろそろ朝の早い采女の起き出す頃合いだ。
そう思ったところで、背中の扉が静かに開いた。
「磐井様……やはりいらせられましたか。」
「山門か。皇女様は?」
「よく、お休みです……そろそろ宮の兵の見回りがあります。磐井様も朝餉まで少しお休みください。」
「……分かった。そうさせてもらおう。」
「私の部屋をお使いください。今お湯をお持ちします。」
扉を開けて、すぐ脇にある控えの間を示される。磐井は少し躊躇ったが、素直に従うことにした。
大連の権力を持ち、先の大王に頼れと言われた金村は、恐らく自分の味方ではない。となれば、休める時に休んでおかないと、危急の時に不覚を取ってしまう。
奥の間の簾内が静かなのを確認し、改めて誓う。先の大王の若雀命に。そして、まだ何も知らない手白香皇女に。
「必ずや、仰せに従ってお守りします。」
そして、なんとしても、この腕に、、、。
長い一日が、始まろうとしていた。
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