皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

磐井の思惑Ⅱ

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扉が静かに閉まる。
脱力して冷たい丸太の床に寝転ぶと、磐井は薄暗い天井を見上げた。

磐井は女に不自由したことが無い。
筑紫で初めて女を抱いて以来、大和に移り、今に至るまで、必要な時には必要なだけ、手を伸ばせば事足りた。特に文句を言われたことも無く、文句も無かった。
磐井に取って『女』とは、そういう存在だった。

「しかし、あの方は違う。」
全く違うのだ。『女』と一括りで考えてきた、あの姦しかしまくて、弱くて、温かくて、柔らかい、愛すべき生き物とは。
手白香の言葉に姦しさを感じたことは無い。
そもそも主であり、その言葉に全身全霊で耳を傾けるのは当然であるが、その真っすぐで温かな心根と知性を感じる言葉は、いつでも耳にも心にも心地よい。
女の体であるから弱いのは当然だが、しかし、手白香には気骨がある。
先の大王を幼い頃から献身的に支え、気丈にもその枕元で最期まで看取った。若雀命の最期は、穏やかなものであったと聞く。その分、手白香の心労はいかばかりであったことか。
それでも、寝込んでしまった母后の代わりにすべてを取り仕切り、殯宮へ未練も見せず去って行った。
一層細くなった肩に大きな責任を背負う姿を見て、助けたいと思わない男はいないだろう。実際、政に係わる豪族連中も、手白香の指図には唯々諾々と従っていた。
そして、衣越しとは言え、昨夜初めて触れた、あの嫋やかな肢体は。
部屋の扉を守りつつ、宮の周囲を巡りつつ、時には非番の自室で。
眠らぬ夜に、背徳感に苛まれつつ幾度も心秘かに思い描いた通りの、いやそれ以上の温かさ、柔らかさだった。
じかに触れた頬の、なんと滑らかだったことか。
そう、手白香はただの『女』ではない。
倭国でも最も貴い皇女と言う身分も、飾りに過ぎない。手白香は彼女自身が輝いているのだ。
そんな手白香を、磐井は追い詰めた。
手白香に遊んでいると思われているのは知っていた。女の噂好きは止められないし、それだけの事をしてきた自覚もある。想いを隠すにはちょうど良いと、揶揄うように話を出されて、平然と肯定したこともある。
だからこそ。
今この時になって、磐井は怖くなったのだ。
もし。
渾身の想いを込めて一人の男として妻問いをして。
あの意志のある澄んだ瞳で見つめられ、涼しい声であっさり断られたりしたら。
もう、自分は杖刀人としてもそばにはいられなくなってしまう。

「そうだ……俺は恐ろしかったんだ……」
山門の言う通りだ。磐井は、自分が心細い思いをしたくないがため、手白香に味方は無いと思わせ、追い詰め、頷かせようとしたのだ。
あの聡明な方が、そんな男に身を寄せるはずがないのに。
「……今からでも、間に合うのだろうか?」
一度は間違えた。
二度目を、赦してもらえるのならば。
「そうではない、乞い願って赦してもらうのだ。」
妻問うことを。そして磐井の妃になる、と頷くまで、乞い続けるのだ。
「よし、行こう。」
心を決めると、再び周りが見えてきた。
大伴大連が味方でないと分かった今、手白香の側を離れるのは不味い。
磐井が急いで立ち上がった時。
蔵の外から駆け寄る足音が聞こえてきた。
一瞬びくりとするが、扉を開けたのが山門だったのでほっとする。
「どうした、山か……」
だが。
「磐井殿!まだこちらですか?皇女様がお部屋にいらっしゃいません!」
「何だと!」
山門の押し殺した叫び声に、スッと血の気が引くのが分かった。
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